第40回 「国に頼らぬ通貨」壁厚く(橘玲の世界は損得勘定)

仮想通貨ビットコインの取引所マウントゴックスの経営破綻が大きな社会問題になっている。“世界を変える画期的なイノベーション”と期待していたひとがたくさんいたからだ。

ビットコインの前身にあたるのが、90年代半ばに登場したイーゴールドだ。ここではふたつの仮想通貨を比較して、今回のトラブルを考えてみたい。

通貨は信用を担保に発行される。商品と引き換えに見知らぬひとからお金を受け取るのは、そのお金と引き換えに見知らぬ誰かが商品を売ってくれると信じているからだ。

かつては金貨や銀貨が通貨として使われ、安全上の理由から金との交換券である紙幣が流通するようになり、現在では国家の信用力が通貨の担保になっている。私たちが1万円札という紙切れに価値があると思うのは、日本国がその価値を保証しているからだ。

「国家に頼らない通貨」を構想するなら、その信用をなんらかの方法で利用者に納得させなければならない。

イーゴールドはこの問題を、発行額と同等の金塊を保有することで解決しようとした。いわば現代の兌換紙幣で、利用者はインターネット上でバーチャルな金貨を購入するが、最終的には、それはイーゴールド社が保有している(はずの)金と交換できるのだ。

だがこの場合は、通貨を発行するイーゴールド社の信用が問題になる。会社が倒産してしまえば、仮想通貨は煙のように消えうせてしまうのだ。

ビットコインは、テツシ・ナカモトなる人物の論文に基づき、通貨の発行や決済を不特定多数のユーザーが行なうことで、民間会社が中央銀行のように振る舞う問題を解決した。決済は銀行を介さず当事者同士で完結し、マイナー(採掘者)と呼ばれるユーザーが高度な演算問題を解き、公開帳簿(ブロックチェーン)にその取引を追加すると報酬が支払われる。報酬目当てのマイナーが帳簿に履歴を積み上げるごとに新たな通貨が供給され、同時に複製に必要な計算量が大きくなって偽造が不可能になる。

金のような裏づけのないビットコインの信用は、通貨の発行を厳しく制限し希少性を担保する仕組みにある。特定の組織に頼らずオープンソースで通貨を発行するという独創が、この仮想通貨の新しさなのだろう。

今回の事件の真相はまだ明らかになっていないが、マウントゴックスの社長は、不正アクセスにより85万ビットコイン(470億円相当)と現金28億円が失われたと説明した。内部犯行説も根強いようだが、取引所に銀行業務や信託業務などすべての機能が集中しながらも、いかなる法律や規制にもしばられていないことを考えれば、こうしたトラブルもじゅうぶん予想できた。

これが深刻な事態なのはいうまでもないが、ビットコインの仕組みそのものが破綻したわけではないから、通貨としての信用はまだ守られている。

イーゴールドは9.11同時多発テロでテロ資金に関与した換金業者が摘発され、廃れていった。今後、ビットコインが信用を回復しようとすれば国家と法による管理を受け入れるほかないだろう。それによって「自由な通貨」の魅力は損なわれてしまうかもしれないが。

 橘玲の世界は損得勘定 Vol.40:『日経ヴェリタス』2014年3月9日号掲載
禁・無断転載 

集団的自衛権より大事な問題 週刊プレイボーイ連載(138)

集団的自衛権の行使容認をめぐって、安倍首相が憲法解釈の変更を示唆したことが議論を呼んでいます。これは憲法9条改正につながるきわめてやっかいな問題ですが、できるだけシンプルに考えてみましょう。

現憲法の条文やその成立過程を見れば、「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」を定めた9条が、戦勝国であるアメリカが敗戦国である日本に科した懲罰規定であることは明白です。ナチスドイツを生んだ反省から、第二次世界大戦では戦後処理の方針が大きく変わり、敗戦国を植民地化したり、苛酷な賠償を取り立てることが抑制されました。その代わり「平和主義」の美名の下に、二度と戦争を起こせないよう戦力を剥奪する罰が加えられたのです。これはいわば、不平等条約のようなものです。

ところがその後、中国の共産化と朝鮮戦争によって日本を取り巻く国際情勢が大きく変わります。アメリカにとって、ソ連・中国という共産勢力を抑止するため日本に再軍備を促すことが国益になったのです。

国の自衛権まで憲法で放棄してしまえば、敵が攻めてきてもなんの抵抗もできず降伏するしかありませんから、これが非常識な規定であることはいうまでもありません。本来であればこのとき〝不平等条約〟を改正し、憲法で自衛軍を定める「ふつうの国」になっていればなんの問題もなかったのでしょう。

しかし当時の日本は国民の大多数が平和憲法を支持しており、9条改正や再軍備を言い出せる状況ではありませんでした。そこで自衛隊という、軍隊でありながら軍法を持たない奇妙な組織がつくられたのです。

戦前の歴史を振り返ってみれば、破滅へと至る最大の原因が、軍の統帥権(最高指揮権)を内閣から切り離し、天皇の下に置いたことにあるのは明らかです。だからこそ軍は「統帥権の独立」を建前に内閣の決定を無視し、各自の権益を追求して泥沼の戦争に突き進んでいったのです。

そのような歴史の反省を踏まえれば、戦後日本の最大の課題は、軍という巨大な暴力装置を厳重なシビリアンコントロールの下の置くこと以外にありません。それは軍を、国土と市民を守るための組織として憲法に規定し、その権限と活動の範囲を法によって定め、内閣の決定に服従させることです。ここまでは文民統制のごく当たり前の定義で、右派、左派を問わず異論はないでしょう。

ところが日本の「リベラル」と呼ばれるひとたちは、憲法9条を教条的に解釈し、自衛隊の存在そのものを違憲とすることで、軍の民主的な統制という重大な課題からずっと目を背けてきました。いまだに日本には、有事の際に自衛隊の行動を規定する法律すら整備されていないのです。

問題の本質は集団的自衛権の行使以前に、軍を統制する民主的な手続きの欠落にあります。これはきわめて危険な状態で、本来であれば保守派に先んじて、リベラル派こそが軍を法の支配の下に置くことを主張しなければなりませんでした。

安倍政権の登場は、戦後70年間、彼らが空理空論を弄んできたことの当然の報いなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2014年3月10日発売号
禁・無断転載 

福島原発事故から3年を経て、「責任」についてあらためて考える

東日本大震災と福島第一原発事故から3年ということで、Yahoo! Newsの企画で3月6日に原発事故現場を見学する機会を得た。訪れたのは汚染水を浄化する多核種除去設備(ALPS)、汚染水を貯蔵する溶接タンクの建設現場、使用済燃料の取り出しが進む4号機のオペレーションフロアと1/2号機の中央制御室だ(いずれも新聞やテレビなどで繰り返し報道されている)。

東京電力の説明を私なりに理解したところでは、原発事故の収束作業の現状は次のようなものだ。

(1)1500体を超える使用済み核燃料が保管され、事故直後に火災が発生して核燃料プールの健全性が不安視された4号機では400体の使用済み核燃料が順調に取り出され、今年末に作業が完了する予定。

(2)水素爆発によって建屋の上部が吹き飛んだ3号機では、クレーンによるガレキ撤去作業が完了し、現在は使用済み核燃料を取り出すための準備作業が行なわれている。

(3)1、2、3号機の圧力容器と格納容器、および1~4号機の燃料プールは注水によって冷温停止状態が維持できている。

(4)その一方で、原子炉格納容器の底部に溶け出した燃料デブリは現時点でも取り出しのための技術的な目処は立っていない。その前段階として格納容器の水漏れ箇所を特定・補修しなければならないが、放射線量が高く作業員が近づけない状況は変わらない。

(5)格納容器から漏れ出した汚染水を淡水化して格納容器に戻す循環システムは機能しているが、それ以外に1日平均400トンの地下水が流入し、大量の汚染水を生み出している。

(6)汚染水対策として、トリチウムを除く核種を除去するALPSの本格稼動に目処がついた。導入予定の高性能ALPSを加え、順調にいけば1日800トン程度の汚染水の処理が可能になる。また水漏れ事故が多発したフランジ接合のタンクをより強度の高い溶接型タンクに置き換え、1000基(約80万トン分)の増設を計画している。

(7)汚染水問題が深刻なのは間違いないが、上記に加え地下水の汲み上げや遮水壁(凍土造成)が実現すれば技術的に管理可能なところまで見えてきた。

多核種除去設備ALPS/写真提供Yahoo! News
多核種除去設備ALPS/写真提供Yahoo! News