あまりに情けない軽減税率論議に、民主党ができること 週刊プレイボーイ連載(228)

2017年4月の消費税率10%引き上げ時に、酒と外食を除く飲食料品全般と新聞の定期購読料に軽減税率が適用されることが閣議決定されました。

税金が上がることを歓迎するひとはいませんから、生きていくのに必要な食品への課税軽減を有権者が歓迎することは間違いありません。もともと自民党は軽減税率に否定的でしたが、支持(宗教)団体に軽減税率導入を約束した公明党が、安保法制に賛成した見返りとして強硬に導入を求め、参院選後の憲法改正を目指す安倍政権が「貸しをつくる」政治判断をした、という経緯も報道のとおりでしょう。

新聞への軽減税率適用が決まったのも、保守系の二紙が安保法制を熱烈に支持したことへの論功行賞なのは明らかです。こちらも憲法改正への布石で、アメを与えることでさらなる協力を確約させる、というのも理に適っています。

安倍政権をきびしく批判していたリベラルな新聞にも軽減税率の恩恵が及びますが、じつはこれも計略のうちで、案の定、ネットなどでの批判は「権力」に向かってキャンキャン吠えるふりをしておいて、じつは懸命に尻尾を振っていた新聞社に集中しています。そう考えれば、見事な深謀遠慮というほかありません。

食品への軽減税率は社会的弱者のためとされますが、富裕層も恩恵を受けるため、消費税の逆進性をほとんど改善しないことは税の専門家から繰り返し指摘されています。いずれ、「アワビや霜降り牛肉の課税をなぜ軽減するのか」という批判が出てくるのは確実で、実際、「消費税先進国」であるヨーロッパではぜいたく品への適用除外が増えすぎて混乱を来たしています。

新聞社は「民主主義を守るためにも知識への課税は最小限度にとどめるべき」と主張しますが、「知識」が宅配の新聞だけに限られるというのはいかにも奇妙です。説明に窮して「出版物や電子メディアへの軽減税率適用も求めていく」などといっていますが、これが実現不可能なのは最初からわかっていることで、ただの口先のごまかしです。

「有害図書(コンテンツ)」問題で紛糾必至のメディアに税の優遇をしても、批判されるだけでなんの政治的メリットもありません。そんなことより、医薬品や電気・ガス・水道などの公共料金の課税を軽減した方がはるかに有権者の受けはいいでしょう。そもそも「知識」を求めて新聞や書籍に高いお金を払う有権者などごく一部しかいないのです。

政治家が軽減税率を好むのは、権力を行使する範囲が広がるからです。本気で「国家権力」を批判するのなら、政治家の裁量の範囲を減らし、特定の業界に便宜を与える余地をなくしていかなければなりませんが、自分たちの生活がかかるとこんな当たり前のことすらわからなくなるようです。

あまりに情けないこの現状に風穴を開けられるのは、野党第一党の民主党でしょう。支持率はどん底まで落ち、新聞やテレビなどメディアを敵に回してもこれ以上失うものはないのですから、ここはぜひ正論を貫いて、弱者保護をかたって特定の宗教の信者に便宜をはかる「国民政党」や、自分たちだけが「知識」を独占していると国家権力に認めてもらって喜んでいる「第四の権力(マスメディア)」の欺瞞をぜひ暴いてほしいものです。

『週刊プレイボーイ』2016年2月1日発売号
禁・無断転載

北朝鮮が「水爆」実験をする合理的な理由 週刊プレイボーイ連載(227)

北朝鮮が水爆実験に成功したと発表したことで、朝鮮半島がいまだ緊張状態にあり、日本もこの奇怪な国とつき合っていくほかない現実を思い知らされました。しかしなぜ、金正恩第1書記はこんな危険なゲームをつづけるのでしょうか。

もっともわかりやすい説明は、長年の鎖国政策と独裁によって政治指導者がもはや正常な判断を下せなくなっている、というものです。日本の報道をみても、軍事パレードやマスゲームの異様な映像を背景に、「あたまのおかしい権力者」「洗脳されたかわいそうな国民」という図式がほとんどです。

しかしこうした(暗黙の)常識とは逆に、北朝鮮がきわめて合理的に行動しているとしたらどうでしょう。

北朝鮮がもっとも大きな利害関係を持つのは、アメリカでも韓国でもなく、中国です。たびかさなる核実験によってきびしい経済制裁の対象となっている北朝鮮は、中国に完全に依存するようになり、中朝間の金融・貿易の流れを止められればたちまち破綻してしまいます。逆にいえば、ここまで孤立してしまうと、中国との関係さえ維持できればあとはどうでもかまわないのです。

だとしたら、中国の北朝鮮政策はどのようなものでしょうか。

2010年末にウィキリークスでアメリカの外交公電が暴露されましたが、中国高官はアメリカの大使に、北朝鮮は「駄々っ子」で「彼らのことは好きではないが、それでも隣国だ」と述べていました。北朝鮮の暴走のたびに、後見人である中国は国際社会からその責任をとわれるのですから、「いい加減にしてくれ」というのが本音なのは間違いないでしょう。

だったらいっそのこと、金政権を崩壊させてしまえばいいのではないでしょうか。しかしこれは、中国政府にはぜったいにできません。

毛沢東率いる中国共産党は朝鮮戦争に参戦し、北朝鮮とともにマッカーサーの米軍と闘いました。これによって中朝関係は「血で固められた同盟」と名づけられ、中国共産党(毛沢東王朝)の正統性を証する神話の一部になりました。

南北に分断された朝鮮半島はずっと世界の最貧国でしたが、20世紀末からの韓国の飛躍的な経済成長によって、いまでは両国の経済力にとてつもない差がついています。北朝鮮が崩壊すれば、金政権に代わる新たな権力が登場するのではなく、そのまま韓国に併合されることになるでしょう。

しかしこれは、中国から見れば、人民解放軍の血によって獲得した同盟国をむざむざ敵(米国)の手に渡すことにほかなりません。もしそんなことになれば、保守派からのはげしい攻撃によってどんな政権も維持不可能になるでしょう。習近平も当然、このことをわかっているので、北朝鮮がなにをしても政権崩壊につながりかねない制裁をすることはできないのです。

そうであれば、北朝鮮にとってもっとも利益が大きいのは、定期的に核実験やミサイル発射を行なって朝鮮半島の緊張を高め、国際社会からの圧力で政権が危機にあることを示し、“瀬戸際戦術”によって中国からのさらなる援助を強要することです。

そしてこれまで北朝鮮は、この仮説のとおりに「合理的」に行動しているのです。

『週刊プレイボーイ』2016年1月25日発売号
禁・無断転載

慰安婦問題を「最終的で不可逆的」に解決するために 週刊プレイボーイ連載(226)

昨年末の「慰安婦」日韓合意は戦後史に画期をなす出来事ですが、その意義がじゅうぶんに理解されているとはいえません。

従軍慰安婦問題についてはさまざまな立場があるでしょうが、国際的には、日韓のナショナリズムの衝突ではなく、女性の人権問題と見なされていることを押さえておく必要があります。

旧ユーゴスラビアの解体とボスニア内戦は、その凄惨さによって西欧諸国に大きな衝撃を与えました。とりわけ戦場における虐殺と性暴力は、「人権の擁護は国家の主権を超える」という新しい流れを生み出しました。従軍慰安婦問題も、こうした「普遍的人権」の枠組みのなかで国際社会で取り上げられるようになったのです。そこで重視されたのは、日韓の歴史認識のいずれが正しいかではなく、戦争の被害者である女性をいかに救済するか、ということでした。

しかし残念なことに、こうした冷戦後の新しいパラダイムは、日本でも韓国でもほとんど理解されませんでした。「リベラル」と称する日本のメディアやジャーリストは慰安婦問題を日本の戦争責任を追及する格好の機会とみなし、天皇を被告とする模擬裁判を開きました。韓国のナショナリズムは慰安婦を植民地時代の日本の「悪」の象徴として、謝罪と反省をひたすら求めました。両者に共通するのは、元慰安婦を自分のイデオロギーに合わせて都合のいいように利用したことです。

そんな混乱のなか、95年に自社さ連立政権の村山内閣によって、アジア女性基金による解決が目指されました。しかしながら、総理がお詫びの談話を発表し、政府と民間で償い金を支払うという、それなりによくできたこの解決案は、日本のリベラルと韓国のナショナリストの活動家によって完膚なきまでに叩きつぶされてしまいます。

彼らがなぜ女性基金に反対したかは、いまになればよくわかります。慰安婦問題が解決してしまうと、自分たちの独善的な「正義」を気分よく振り回すことができなくなってしまうのです。その結果、償い金を受け取った貧しい元慰安婦は活動家たちから裏切り者と罵られ、この20年間に多くの女性たちがなんの補償も受けないまま他界していきました。――もちろん「正義」のひとたちは、この結果責任を担う気はさらさらないでしょう。

今回の合意は、安倍晋三首相と朴槿恵大統領という、強い政治基盤を持つ保守派の政治家が期せずして日韓のリーダーになったことではじめて実現しました。元慰安婦の年齢を考えれば、これが「最終的で不可逆的な解決」の最後の機会でしょう。

アメリカの後押しもあって、合意は国際社会で高い評価を受けています。そのなかで日本にとっての最大の国益は、韓国の反日ナショナリズムに惑わされることなく、元慰安婦が存命のあいだに謝罪と賠償を行なうことです。慰安婦像の移転問題でいがみあっているうちに全員が鬼籍に入るようなことになれば、その責任を一方的に負わされることは目に見えています。

安倍首相は、今回の合意が過去の謝罪と反省よりも、女性の人権を擁護する未来志向のものだと説明することが大事です。そのうえで朴大統領ととともに元慰安婦を訪問し、慰安婦問題の最終解決を宣言すれば、歴史に名を残すことになるでしょう。

【追記】

本文では書ききれなかったので、アジア女性基金の経緯について若干の補足を。

自社さ連立政権の村山内閣で、五十嵐広三官房長官とともに女性基金設立を主導した大沼保昭氏は、『「慰安婦」問題とは何だったのか』(中公新書)などで、村山内閣が多数派の自民党の上に乗っている以上、自民党保守派(とりわけ当時の実力者で日本遺族会会長でもあった橋本龍太郎元首相)の同意が得られない提案は政治的に無意味だ、というのが最初からの大前提だった、と述べている。すなわち、慰安婦問題の解決にあたって右翼・保守派の反発は想定内で、それを押さえ込めるという暗黙の了解があったからこそ女性基金を進めることが可能だった。

それに対して想定を大きく超えたのは、“リベラル”な活動家、弁護士、ジャーナリスト、およびその主張を商業的に利用した“リベラル”なメディアによる強硬かつ原理主義的な全否定と、それを受けて韓国側に広まったナショナリズムのうねりだった。

これについて大沼氏は、以下のように書いている(上記、中公新書)。

--大衆社会で読者に「読まれる」記事を求めるメディアの書き手は、意識的あるいは無意識的に、問題の渦中にヒーロー、ヒロインを求める。「慰安婦」問題という人間の尊厳にかかわる問題を扱ううえで、元「慰安婦」という悲劇のヒロインはお金が欲しいなどという俗っぽいことを言ってはならず、あくまでも人間の尊厳回復にこだわり続ける人でなければならない。メディアにとって幸いなことに、そういう人はたしかに存在する。だとしたら、「お金が欲しい」と小さな声でつぶやく人たちを無視したとしても、積極的にウソを報じたことにはならない。メディアは安心して「ヒロインとしての元慰安婦」に脚光を当て続け、被害者のなかの「お金が欲しい」という声を無視し続けることができた。(中略)

こうして、韓国では「被害者が求めているのは人間(あるいは女性)としての尊厳の回復であって、お金の問題は本質的な問題ではない。お金のことを議論することは卑しむべきことであって、『不道徳な』民間団体であるアジア女性基金から『汚い』お金を受け取ることは韓民族への裏切りである」という雰囲気が社会を覆った。日本でも、多くの支援団体やNGOは「慰安婦問題とは人間の尊厳の問題であって、お金の問題ではない」という主張をくりかえした。多くのメディアは紋切り型にこうした主張を増幅した。

一方で「慰安婦=売春婦」という「右」からの侮蔑的な攻撃にさらされ、他方で「金の問題ではない」と主張する勇気ある元「慰安婦」をモデルとする過剰に倫理主義的な声に押しつぶされたごく普通の被害者たちは、沈黙を守るほかなかった。そして、アジア女性基金に、「償いを受け入れたいけど、それが知られると生きていけない。くれぐれも内密にお金を払い込んでください」と訴えるしかなかったのである。

『週刊プレイボーイ』2016年1月18日発売号
禁・無断転載