誰もが逃れられない「心理的偏向」のリスト

今週は『週刊プレイボーイ』の連載が正月進行で休みなので、代わりにアメリカの心理学者、生物学者デイヴィッド・リヴィングストン・スミスの『うそつきの進化論』から、人類に普遍的(ヒューマン・ユニヴァーサルズ)な心理的偏向のリストを紹介したい。こうした偏向はすべてのひとが(もちろん私も)持っていて、世の中で起きるさまざまな不愉快な出来事の多くを説明するだろう。自戒したい。

  1. 自己奉仕的偏向 成功したことを自分の功績と考えようとし、失敗した場合は外部に原因を求めて非難する傾向。
  2. 自己過大視的偏向 集団で力を合わせて得た結果に対して、自分の貢献度を不相応なほど大きく考える傾向。
  3. 自己中心的傾向 過去の出来事について、自分の果たした役割を過大に評価する傾向。
  4. 総意の誤認 大多数の人が自分と同じ意見や価値観を持っていると信じ込む傾向。
  5. 独自性の思い込み 自分は他人と違う特殊な存在だと思い込む傾向。
  6. 支配力への幻想 自分が外部の出来事に対して及ぼす支配力の強さを過大に評価する傾向。
  7. 結果論的偏向 何かが起きてしまったあとで、その出来事が起きる可能性を実際よりも高かったように考えてしまう傾向。
  8. 独善的偏向 自分がほかの人びとよりも高い道徳的基準を持ち、言行一致を実践していると見なす傾向。
  9. 内集団・外集団の区別による偏向 自分が所属する集団(内集団)のメンバーを自分が所属していない集団(外集団)のメンバーよりも肯定的に見る傾向。外集団のメンバーにはあまり価値を認めず、不運に見舞われるのも本人に責任があるように考え、成功した場合は運がよかっただけと考える。内集団のメンバーよりも外集団のメンバーを型にはめて見てしまう。
  10. 基準値に対する誤認 ある出来事の可能性を推測するとき、対象とする集団の性格やその出来事の一般的な確率をあまり考えない傾向。
  11. 誤った結合 それぞれ独立して起きる二つの出来事を結びつけて考えてしまう傾向。

2016年はこの国の未来を予感させられる年 週刊プレイボーイ連載(225)

2015年はパリの風刺週刊誌シャルリー・エブド襲撃事件で幕を開け、11月には同じパリで死者130名、負傷者300名以上という同時多発テロ事件が起きました。いずれもIS(イスラム国)などカルト系イスラーム原理主義者の犯行とされていますが、標的が一般市民にまで広がったことで世界に衝撃を与えました。

欧州各国からは依然としてムスリムの若者たちがISに身を投じており、テロの脅威は高まる一方で解決の目処が立ちません。その背景にあるのが、ヨーロッパのキリスト教近代国家とイスラームとの、宗教的、歴史的、文化的、政治的な複雑骨折したような歴史問題です。

日本の植民地主義は日清戦争からの約50年ですが、それでも中国・韓国など近隣諸国とのやっかいな感情的対立を引き起こしました。それに比べても聖地奪還を掲げた十字軍がイスラーム世界に侵攻したのが11世紀後半、新大陸「発見」と奴隷貿易の開始が15世紀末、英仏蘭が植民地の獲得を競ったのは17世紀で、第一次世界大戦ではヨーロッパ列強がオスマン帝国の支配地域を切り刻んだのですから、そこから生じたさまざま矛盾が冷戦終焉後の20年や30年で雲散霧消するわけがないのです。

世界経済では、昨年末にかけて原油価格の急落が金融市場の懸念材料になりました。その背景にあるのは中国経済の減速と“人類史上最大”ともされる不動産バブル崩壊ですが、深刻なのは、現在の原油価格では資源輸出国の財政が破綻しかねないことです。アラブの春の混乱に驚いた湾岸諸国は、社会を安定させ王族による支配を維持するために国民に大盤振る舞いをするようになりました。IEA(国際エネルギー機関)の推計では、アラブ首長国連邦(UAE)の国家予算が前提としている原油価格は1バレル=60~80ドル、サウジアラビアは80~90ドルで、40ドルを割っている現在の水準では大幅な社会福祉の削減が避けられません。ロシアに至ってはさらに厳しく、1バレル=100ドルの原油価格が国家予算の前提です。

2010年からのアラブの民主化運動は、資源価格の高騰でアラブ圏の主食であるパンの値段が上がり、ひとびとの不満に火をつけたことから始まり、リビアやシリアなどの「国家崩壊」に至りました。こんどは逆に、資源価格の暴落が産油国や新興国の社会を不安定にしています。いまは増産で資金を確保していますが、早晩行き詰まるのは明らかで、その影響は今年半ばから本格化してくるでしょう。

昨年は戦後70年ということで、安倍政権の集団的自衛権に反対するデモで国会前は盛り上がりましたが、いまでは話題にもなりません。軽減税率をめぐる大騒ぎを見ればわかるように、国民の関心は日々の生活のことでいっぱいで、(ゼロとはいいませんが)わずかな戦争の可能性などどうでもいいのでしょう。

ほとんど話題になりませんでしたが、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会(財政制度分科会)が2015年10月9日に公表した「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」では、2020年までに財政収支が改善できなかった場合、日本の国家財政は破綻に向かうとはっきり書いてあります。「タイムリミット」まであと5年、今年はこの国の未来を予感させられる年になるのではないでしょうか。

参考記事:2016年はどんな年になるのか? テロの脅威、中国経済の失速、米大統領選、日本経済は…?

『週刊プレイボーイ』2016年1月5日発売号
禁・無断転載

第55回 保険は「夢」を追うものにあらず(橘玲の世界は損得勘定)

2006年の保険業法改正で少額短期保険会社の参入が可能になり、ミニ保険市場が拡大しているという。保険金1000万円まで、保険期間1年(損害保険分野は2年)の制約があるが、持病があっても加入できる医療保険とか、遺産分割や離婚調停で弁護士費用を補償する保険とか、さまざまなニッチを開拓しているようだ。

保険というのは、自分では対処できない出来事に備えるための金融商品だ。日本人は保険に入りすぎだとよくいわれるが、リスク管理が必要な分野はまだまだ残されている。そういうニーズを上手に見つければ、面白いビジネスができるだろう。

でも、日本の保険商品には大事なものが欠けているんじゃないだろうか。

医療保険は入院1日目から保険金が支払われるタイプが人気だが、保険の原則からしてこれはまったく意味がない。1週間程度の入院なら貯金を取り崩せばいいのだから、そのぶん保険料を割り引いてもらった方がずっと得だ。

保険と宝くじは同じ仕組みだが、ひとびとが求めるものはまったくちがう。

宝くじは一等賞金が大きく、くじ代金が安いものが人気だ。当然、当せん確率はものすごく低くなり、ほとんどは払い損になるけれど、「夢を買った」とみんな満足している。

ところが保険加入者は、くじ代金(保険料)を払ったのだから賞金(保険金)をもらわなければ損だと思っている。これは当たりくじがものすごく多い宝くじと同じで、その分コストが高くなるが、なぜかそのことはほとんど気にしない。保険料には保険会社の利益が含まれているのだから、これでは自ら進んで損するのと同じだ。

原則に立ち戻るなら、保険は予想もしなかった出来事で経済的困窮に陥ったときのためのものだ。めったに保険金がもらえない代わりに、保険料が安いのがよい商品の条件なのだ。

医療保険に加入するのは、事故や病気で入院したことで収入が途絶えるリスクに供えるためだろう。日本の場合、特殊なケースを除けば医療費の大半は公的保険で賄えるから、とりあえずは貯金で生活できる。

でも入院が長引くと、蓄えが乏しくなってどんどん不安になっていく。リスク管理はまさにこのときのためのものだから、ほんとうに必要なのは、入院1年後(半年後でもいい)から生活費が支給される医療保険だ。

日本でも入院日数の短期化が進んで、厚生労働省の調べでは統合失調症などは平均入院期間が1年を超えるものの、たいていの病気は長くても1カ月で退院できる。商品設計にもよるけれど、保険対象を限定すれば、超長期入院に備えるための保険料は格安になるだろう。

こういう医療保険なら、月額100円程度で「安心」を買うことができる。でも「賞金」がもらそうにない保険商品はぜんぜん人気がなく、これまでも商品化はすべて失敗してきた。みんな「夢」を買うことに夢中で、経済合理性なんか相手にされないのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.55:『日経ヴェリタス』2015年12月20日号掲載
禁・無断転載