文庫版『国家破産はこわくない』発売のお知らせ

2013年3月に発売された『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)が、『国家破産はこわくない』と改題されて講談社+α文庫から発売されます。

発売日は1月18日ですが、Amazonでは予約可能です。また文庫化にともなって、これまでの電子書籍も『国家破産はこわくない  –日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル 改訂版–』として、ダイヤモンド社より情報を更新したものが発売されます(1月26日発売予定)。

日銀の大規模な金融緩和(リフレ政策)にもかかわらず物価が一向の上がらないため、親本と論旨は変わりませんが、紹介している金融商品の情報を最新のものに改めました。

ご興味のある方はぜひ。

第73回 働き方改革、「身分制」打破から(橘玲の世界は損得勘定)

安倍政権の進める働き方改革では、残業時間を減らして生産性を高めることが強調されている。しかしその前に、「なぜ日本の(男女の)サラリーマンは残業時間が長いのに、先進国でいちばん生産性が低いのか」をちゃんと考える必要がある。

世界の労働者のエンゲージメント(会社や仕事に対するかかわり方)の度合いを調べると、日本のサラリーマンは最低レベルだ。それもひとつの調査ではなく、OECDを含む10の機関でほぼ同じ結果が出ている。

これを手短に要約すると、「日本のサラリーマンはものすごく長い時間働いているものの、生産性がものすごく低く、世界でいちばん会社を憎んでいる」ということになる。なぜこんなヒドいことになるのだろうか。

家庭に目を転じてみると、日本では若い女性の3割が「将来は専業主婦になりたい」と思っているという。しかし不思議なことに、家庭生活に満足している女性の割合を国際比較すると、共働きが当たり前のアメリカやイギリスでは7割が「満足」と答えるのに、日本の女性は4割ちょっとしかない。専業主婦になりたくて、実際に専業主婦になったにもかかわらず、彼女たちの幸福度はものすごく低い。

じつは、この問題はコインの裏表だ。専業主婦の家庭には、家事育児を妻に丸投げして会社に滅私奉公する夫がいる。

男が外で働き女が家で子育てをするモデルは、アメリカに憧れて戦後の高度成長期に定着したものだ。しかし不思議なことに、「輸入」から50年もたっていないこのライフスタイルが「日本の伝統」といわれている。これは専業主婦モデルが、日本社会の根幹にある「身分制」に見事にフィットしたからだろう。

日本では、男は会社という「イエ」に、女は家庭という「イエ」に所属する。女性が出産を機に会社から排除されるのは、会社と家庭というふたつのイエに同時に属することができないからだ。子育てが一段落してもパートなどの仕事にしかつけないことが、女性管理職がきわめて少ない理由になっている。

ジェンダーギャップだけでなく、「正規」と「非正規」、「親会社」と「子会社」、「本社採用」と「現地採用」などあらゆるところに「身分」が顔を出す。日本は先進国のふりをしているが、その実態は江戸時代の身分制社会に近い。日本人同士が出会うと、まず相手の所属=身分を確認しようとするが、こんな「風習」は欧米ではもはや存在しない。

近代の理想は、自由な個人が自らの可能性を社会の中で最大化できることだ。こうした価値観は日本人も共有しているが、実際には男は会社、女は家庭というイエに押し込められて身動きがとれなくなってしまう。理想と現実のこのとてつもない落差が、日本人の幸福度を大きく引き下げているのだろう。

だとしたら、残業時間を減らしたところで収入が減るだけでなにも変わらない。「保守」の安倍首相だからこそ、日本社会の桎梏(しっこく)である「身分制」を打破し、国民が自由に生きられる社会を実現してほしい。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.73『日経ヴェリタス』2017年12月31日号掲載
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いつ「それ」がやってくるのかを私たちは知ることができない 週刊プレイボーイ連載(319)

2017年10月は「国難」を理由に総選挙が行なわれ、民進党分裂という副産物を生みましたが、予定調和的に与党が圧勝し安倍「長期」政権がつづくことになりました。国難である北朝鮮の核ミサイル開発は脅威ですが、度重なるJアラートにひとびとは慣れてしまい、地下などに避難したのは5%台とのことです。年末の話題はあいかわらず大相撲の「日馬富士事件」で、振り返ってみれば大過なく日々は過ぎていきました。

これは日本だけのことではありません。奇矯な言動を繰り返すトランプ大統領の就任で「(第三次世界大戦のような)とんでもない災厄」の恐怖が蔓延しましたが、米国と中国・ロシアとの関係はそれなりに安定しており、北朝鮮とのあいだで戦争が起きる気配もありません。エルサレムをイスラエルの首都と認定したことはイスラーム圏で強い抗議を引き起こしましたが、それがすぐに内戦や動乱につながるわけでもなさそうです。

ヨーロッパではイギリスのEU離脱交渉が始まりましたが、残留派が危惧したような株価や通貨の暴落が起こるわけでもなく、離脱派が主張したようなイギリス経済復活の兆しもありません。EUとのあいだで事務的な交渉がだらだらとつづいているだけです。

39歳の若さでフランス大統領に当選したマクロンは、当初の勢いはなくなったものの「ネオリベ的改革」を着々と進めています。盤石だと思われていたドイツのメルケル政権は総選挙での辛勝で安定多数を維持できなくなりましたが、おそらくは大連立の復活でこの騒ぎも収拾するでしょう。

ヨーロッパでの「極右」台頭の最大の要因となっている移民問題も、トルコの協力を得て流入を抑え、移民の認定をきびしくすることで小康状態を保っています。IS(イスラム国)が壊滅したことでテロの拡散が不安視されていますが、幸いなことに大きな事件には至っていません。

こうした状況を反映して株価も上昇しています。

2017年11月6日にニューヨーク株価が史上最高値を更新すると、翌7日に日経平均株価がバブル崩壊後の最高値である2万2666円(96年6月26日)を上回りました。トランプノミクスやアベノミクスの効果かどうかは議論が分かれるでしょうが、株式市場が現在の経済環境を好意的に受け止めているのは間違いありません。「“鎖国政策”によってグローバル市場が崩壊する」というのは杞憂だったようです。

だとしたら、2018年も同じように大過なく過ぎていくのでしょうか。これは、「たぶんそうだけど、そうでないかもしれない」としかいえません。

過去の経済予測を調べると、もっともよく当たるのは「去年と同じ」です。「車は急に止まれない」のと同様に、市場には強い粘性があるので、ものごとは急には変わりません。

しかし、ここにはちょっとした問題があります。ほぼすべての専門家が、リーマンショックのような超弩級の出来事の予測に失敗しているのです。

核攻撃からハイパーインフレまで、不安の種はいくらでもあります。運命と同じく、いつ「それ」がやってくるのかを私たちは知ることができないようです。

『週刊プレイボーイ』2017年12月25日発売号 禁・無断転