「働き方国会」が紛糾する”恥ずかしい”理由 週刊プレイボーイ連載(327)

厚労省の裁量労働制調査で不適切なデータが見つかって、「働き方国会」が紛糾しています。とはいえ、いったい何が問題になっているのかよくわからないひともいるでしょう。じつはこれは、かなりややこしい話なのです。

ひとつは、裁量労働制の適用範囲を拡張したい政府に対して、それを批判する側が単純に「反対!」とはいえないことです。なぜなら、安倍政権と対決する“リベラル”なテレビ局や新聞社の社員の多くは裁量労働制で働いているのですから。

「なぜあなたと同じ働き方をほかにひとたちもしてはいけないのですか?」と問われて、「自分たちは特権階級でお前らとはちがう」とこたえるわけにはいきません。これが、メディアが「裁量労働制とは何か」という本質的な議論を避け、重箱の隅をつつくような話を繰り返す理由でしょう。

ふたつ目は、なぜ労働時間にばかりこだわるのかということです。国会では、過労死を招く長時間労働こそが元凶で、労働時間さえ短くすればすべて解決するような話になっていますが、その根拠は示されていません。

シリコンバレーのベンチャー企業では、エンジニアやプログラマは会社に泊まり込んで働いています。日本でも同じでしょうが、法律によって彼らの長時間労働を規制してなにかいいことがあるのでしょうか。

このような混乱が起きるのは、スペシャリスト(高度プロフェッショナル)とバックオフィスの働き方が根本的に異なることを理解できていないからです。

スペシャリストは「会社の看板を借りた自営業者」ですから、青天井の成果報酬で、求められた結果さえ出せば週休3日でも1日24時間働いても本人の自由です。それに対してバックオフィスは正規・非正規にかかわらず同一労働同一賃金の時給計算で、労働時間には上限を定め、サービス残業という「奴隷労働」など許されるはずがありません。

日本的雇用の特徴は、スペシャリストとバックオフィスが正社員という「身分」でいっしょに扱われていることです。そのため本来は裁量労働制を適用すべきでないバックオフィスに長時間労働させる一方で、自由に働きたいスペシャリストに窮屈な枠をはめて生産性を落とすことになっています。だからこそ、法によってスペシャリストを厳密に定義したうえで、彼らの自由な働き方を保証しなければならないのです。

3つめは、政策の決定にあたってこれまで「証拠(エビデンス)」になんの価値もなかったことが暴露されたことです。厚労省の対応を見れば、「裁量労働制の拡張」という結論が先にあって、それに見合ったデータを適当につくったことは明らかです。それがいきなり、データの学問的な根拠を問われてあわてふためいているのです。

しかしこれは、厚労省のお役人が経済学や統計学のなんの訓練も受けていないことを考えれば当然のことです。そもそも彼らは、「異なるデータを比較してはいけない」ことすら知らなかったのではないでしょうか。

こうして話はひとつのところに落ち着きます。日本社会のいちばんの問題は、会社にも官庁にもまともな専門家(スペシャリスト)がおらず、「仕事は苦役」と考える素人が適当なつじつま合わせをやっていることです。これでは、「高度プロフェッショナル」のための法律などつくれるはずはありません。

『週刊プレイボーイ』2018年3月5日発売号 禁・無断転

ネットを徘徊する「正義依存症」のひとたち 週刊プレイボーイ連載(326)

平和な日本を象徴するように「不倫」騒動の話題が相変わらずに賑やかです。

単純な疑問として、女性タレントや女性政治家の不倫は「ぜったいに許されない」ことで、男性ミュージシャンの不倫は「報道してはいけない」のはなぜでしょう。「妻の介護で苦労していた」というかもしれませんが、だとすれば、夫の介護を美談にしていた女性タレントが不倫していたら同じように「かわいそう」と大合唱するのでしょうか。

ここには明らかに男女の非対称性がありますが、「女性差別はけしからん」という話をしたいわけではありません。ワイドショーや女性週刊誌が有名人の不倫を大きく扱うのは、女性の視聴者・読者が求めているからでしょう。「女が(不倫をした)女をバッシングする」現象をフェミニズムは「女性差別が内面化されている」と解釈するかもしれませんが、これはもっとシンプルな説明が可能です。男であれ女であれ、ルールに違反した者を罰することは快感なのです。

脳科学の実験では、裏切り者や嘘つきへの処罰が脳の快楽中枢を刺激し、ドーパミンなどの神経伝達物質が放出されることがわかっています。ドーパミンは「快楽ホルモン」と呼ばれていましたが、いまではその機能は「もっと欲しくなる」焦燥感を煽ることだとされています。アルコール依存症のひとは、ひと口の酒で大量のドーパミンが放出され、意識を失うまで泥酔してしまいます。ギャンブル依存症のひとは、「今日は1万円まで」と決めていても止められなくなり、消費者金融に多額の借金をつくってしまいます。「バッシング」でも同じことが起きているなら、これは「正義依存症」という病理です。

正義になぜ“中毒性”があるかは、人類がその大半を生きてきた狩猟採集時代の濃密な共同体から説明できます。ひとは誰でもエゴイストで、放っておけば殺し合いになるほかありません。それでも共同生活を成り立たせようとすれば、ルールに従うことと、ルールに違反した者を罰することを(自然選択によって)脳に組み込んでおくのがもっとも効果的です。「現代の進化論」では、これが道徳の起源だとされています。

不道徳な人間を罰すると、脳はドーパミンという報酬を与えます。ただし、相手を殴ったり直に文句をいったのでは逆恨みされるかもしれません。だとしたら、自分は安全な場所から噂によって相手の評判を落とし、共同体のなかでの序列を下げる(村八分にする)ことに習熟していくのは当然でしょう。匿名で不愉快な相手を叩くのは「道徳(正義)」の一部で、それがどれほどグロテスクでも、私たちの社会は市井の「道徳警察」によって支えられているのです。

現代社会の大きな問題は、インターネットやSNSといったテクノロジーが匿名でのバッシングをきわめて容易に、かつ効率的にしたことです。その結果、洋の東西を問わず、ネット上には“正義という快楽”を求めて徘徊するひとが溢れ、あちこちで炎上を起こしています。そんな「中毒患者」たちにとって、バッシングの対象は芸能人でも政治家でも週刊誌でも、理由さえつけばなんでもかまわないのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年2月26日発売号 禁・無断転

「働き方改革」の第二章は「解雇自由化」 週刊プレイボーイ連載(325)

「働き方改革」で政府は、同一労働同一賃金の実施を当初案から1年遅らせて、大企業は20年度、中小企業は21年度からにする方針とのことです。同じ仕事をしているのに待遇が異なるのは「身分差別」で、それを解消するのになぜ2年も3年も待たなくてはならないのかわかりませんが、「差別」の存在すら認めなかったことを思えば大きな前進です。それに対して、専門職に成果給を導入する「高度プロフェッショナル(高プロ)制度」は予定どおり19年4月からになりそうです。

ほとんど理解されていないようですが、これらの法律が厳密に適用されると「日本的雇用」は根底から覆ります。

いまは「正社員への特別手当を非正規にも払え」というレベルの話ですが、すぐに「なぜ正社員は社宅に入居できて非正規は拒否されるのか」「親会社からの出向と子会社の社員で給与がちがうのは違法だ」という話になっていくでしょう。「一般職」を女性限定で募集するとか、「現地採用」の外国人社員を「本社採用」の日本人と区別することももちろん許されません。

同一労働同一賃金を徹底した北欧では、社宅や住宅手当はもちろんボーナスや退職金もなく、フルタイムでもパートタイムでも平等に時給換算されます。日本でも事務系の仕事は早晩、正規・非正規の区別がなくなり、先進国ではありえないほど劣悪な非正規のステイタスが上がり、ありえないほど恵まれている正社員(サラリーマン)のステイタスが下がることで「平等」が実現されるでしょう。

バックオフィスは時給仕事ですから、サービス残業は「奴隷労働」以外のなにものでもありません。残業代を払ったからといって無制限に働かせていいわけではなく、労働時間の上限規制も必要でしょう。会社の都合で一方的に解雇(雇止め)にされるのは生活権の侵害で、リストラは金銭的な補償を含む厳格なルールの下に行なわれるべきです(ただし、会社が「終身」雇用を約束する義務はないでしょう)。

それに対して専門職(高プロ)は、「会社の屋号を借りた自営業者」です。この法案に「残業代ゼロ」のレッテルを貼って反対するひとたちがいますが、自営業に残業代などないのですからこれは当然のことです。その代わり成果給は青天井で、大きな利益をあげれば社長の給与を上回ることもあります(欧米では珍しくありません)。

「高プロは残業に上限がなく過労死の危険がある」というひともいますが、いい歳をした大人が仕事時間くらい自分で管理できなくてどうするのでしょうか。これでは、「私はバカなのでどうか面倒みてください」といっているのと同じです。高プロの仕事は成果のみで評価し、会社が働き方に介入しないよう決めておけばいいだけです。

そして、もうひとつ大事なことがあります。報酬が青天井ということは、契約時にお互いが合意した目標に成果が達しなければ解雇されても文句はいえない、ということです。これも、自営業者に雇用保障などないことを考えれば当たり前の話です。

流動性の高い労働市場では、専門職はよりよい条件で他の会社に移っていきます。これに反対するひとはいないでしょうが、それは(成果を理由にした)専門職の解雇自由化とセットです。これが、「働き方改革」の第二章になるのです。

『週刊プレイボーイ』2018年2月19日発売号 禁・無断転