人間の本性はアリに似ている

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年12月3日公開の「人間はチンパンジーよりもアリに似ている。 巨大な群れ(社会)をつくる生き物は自然界に社会性昆虫とヒトしかいない」です(一部改変)。

Nmaneer/Shutterstock

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マーク・W・モフェットは昆虫の生態を研究するフィールド生物学者で、「昆虫学界のインディ・ジョーンズ」の異名をもつ。「高校中退後、大学に進学し、近接撮影(マクロ撮影)を独学で修得し、ハーバード大学で昆虫学・生物学の大家E・O・ウィルソンの指導のもと略奪アリの研究で博士号を取得し、社会性アリと森林樹冠に生息する生物の生態研究を専門にしている」という。

『人はなぜ憎しみあうのか 「群れ」の生物学』(小野木明恵訳/早川書房)では、そんなモフェットが、さまざまな生き物の「群れ」を論じている。原題は“The Human Swarm: How Our Societies Arise, Thrive, and Fall(ヒトの群れ われわれの社会はどのように勃興し、繁栄し、崩壊するのか)”だが、誰もが知りたい謎に焦点を当てたタイムリーな邦題になっている。

ところで、アリを専門に研究してきたモフェットが、なぜヒトをテーマにすることになったのか。それは、「社会的な動物としての人間は、チンパンジーやボノボのような近縁種よりアリに似ている」からだ。今回は、このかなり衝撃的な前提から始まる興味深い「群れの生物学」を見てみよう。 続きを読む →

兵庫県知事選は劇場型”推し活” 週刊プレイボーイ連載(625)

兵庫県知事のパワハラ騒動にさしたる興味はなかったのですが、それでもSNSで何回か「ワイドショーの報道がひどすぎるので、ぜひ取り上げてください」と依頼されたことがあります。なんのことかと思ってURLをクリックすると、知事が「ゆかたまつり」でボランティアに罵声を浴びせたという報道について、現場の担当者が「(知事はボランティアが待機していた公民館に行っておらず)怒鳴ったという事実はありません」とSNSに投稿していました。

「ワインのおねだり」についても、何件か拡散の依頼をもらいました。県の会議で「生産者が頑張ってワイン作っている、応援してください」と県議から頼まれた知事が、「ぜひ応援したいですね、機会があれば飲んでみたいですね」と社交辞令を述べたときの音声が流出し、ワイドショーが前後の文脈を切り取って、知事が生産者に「おねだり」したとさかんに報じたというのです。

私はワイドショーを見ないので、「こんなのはちょっと調べれば事実関係がわかるのだから、すぐに訂正されるだろう」と思っていました。ところがどうやら、テレビ局は自社の報道を検証・訂正するのではなく、「パワハラで自殺者を出した知事が辞任しないのはけしからん」と、自分たちを“善”、知事を“悪”として、正義の鉄槌を振り下ろすことに狂奔していたようです。

県議会の不信任決議で失職した知事が再出馬を表明すると、この「善悪二元論」のストーリーは選挙によって決着がつけられることになりました。知事の辞任を求めたメディアは、落選して当然という報道を繰り広げました。

ところがこのあたりから、風向きが変わりはじめます。全会一致で辞職させられた前知事が、たった一人で街頭演説する姿を見て、「改革を断行しようと孤軍奮闘し、既得権を守ろうとする県議会に寄ってたかって引きずり下ろされた」という、別のストーリーを語るひとたちが現われたのです。

この「対抗言説」に信憑性を与えたのが、「ゆかたまつり」や「ワインのおねだり」のような「ファクト」のかけらです。「ファックトチェック」が大好きなメディアは、こうしたファクトを検証するのではなく、県の職員の4割が知事のパワハラを見聞きしたことがあるという伝聞のアンケート結果を繰り返すだけでした。

事実と伝聞を並べれば、事実の方が説得力があるのは当然です。選挙期間中も、前知事を応援するひとたちは、さまざまな事実(とされるもの)をSNSなどで拡散し、「メディアの報道はすべてデマ」と主張しました。

こうして前知事は、「罠にはめられ、すべてを失った政治家」という別のキャラへと変身しました。興味深いのは、前知事自身がSNSでなにが起きているのかをよく理解できておらず、その“無垢”な姿がより同情を誘ったことです。

前知事の選挙事務所前では、当選が決まると、見ず知らずの支援者たちが互いに抱き合い、涙を流して喜び合ったそうです。兵庫県知事選は、「どん底に落ちたヒーローを自分たちのちからでもういちど輝かせる」という、劇場型の“推し活”だったのです。

『週刊プレイボーイ』2024年12月2日発売号 禁・無断転載

インフルエンサーは 「思想的リーダー」

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年4月12日公開の「今、アメリカで起きている 「思想的リーダー」の台頭と言論市場の変容とは?」です(一部改変)。

alphaspirit.it/Shutterstock

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今回は、ダニエル・W・ドレズナーの『思想的リーダーが世論を動かす 誰でもなれる言論のつくり手 』 (佐々木俊尚監修、井上大剛・藤島みさ子訳/パンローリング)を紹介したい。原著のタイトルは“The Ideas Industry”(「思想産業」あるいは「言論産業」)で、「ペシミスト、党派主義者、超富裕層は言論の自由市場をどのように変容させているのか?」の副題がついている。

著者のドレズナーは1968年生まれの49歳。タフツ大学国際政治学教授で、ワシントンポストの常連寄稿者でもある。政治的立場は「保守」だが反トランプで、2017年10月に共和党員を脱退している。

そんなドレズナーがアメリカの言論市場を内側から観察・批評した本書は、私たちにとっても興味深い。なぜならほぼ同じ事態が日本でも起きているからだ。 続きを読む →