SNSの「正義」はオルガスムと同じ? 週刊プレイボーイ連載(373)

最初は、たわいもない話でした。ロックバンドの女性が、親友だった男性ミュージシャンと絶交したとフェイスブックに書き込んだのです。

きっかけは、そのミュージシャンが知人の女性にひわいな写真を送りつけたとSNSで告発され、ライブ会場から出入り禁止になったことでした。バンドのメンバーは疑惑を否定しましたが、#MeToo(ミートゥー)運動で社会がセクハラにきびしくなっていることもあって、彼女は「ひとりの女性として、彼がしたすべてのことを拒絶する」と書きました。それはたちまち「炎上」へとつながり、ミュージシャンは仕事を失い、アパートを追い出され、別の街に引っ越さざるを得なくなって、人生は過酷なものになりました。

その後彼女は、ロックバンドのボーカルとして(すこし)有名になりました。すると突然、高校時代の出来事を蒸し返されて大炎上することになります。誰かが女子生徒のヌード写真をSNSにアップし、その写真に対して彼女が辛辣なコメントをしたというのです。

この「糾弾」はたちまちネットに広まり、彼女は音楽業界から出入り禁止になりました。友だちはみんな離れていき、なにもかも失った彼女は、この世界から消えてしまいたいと思ったといいます。

10年以上前の「ネットいじめ」を告発したのは若い男で、「彼女がつらい思いをしていることが気にならないのか」と訊かれ、こうこたえています。

「セックスでイッたときみたいに楽しかったよ。あいつのこと? どうだっていいよ。ヒドいことをしたんだから自業自得だろ。生きようが死のうが俺には関係ないね」

このようにいう男は、幼い頃から親に虐待されていました……。

立派なことをいうひとは世の中にたくさんいますが、「正義」にとって不都合な真実は、他人をバッシングすると脳内に快楽物質(ドーパミン)が出るようにヒトの脳が「設計」されていることです。脳の画像を撮影すると、復讐を考えたときに活性化する部位は、快楽を感じる部位ときわめて近いことがわかりました。道徳的な不正をはたらいた者を「糾弾」すると、セックスと同じような快楽が得られるのです。

さらに不都合なのは、匿名で道徳的な「糾弾」を執拗につづけるひとには「実生活の幸福感が低い」という共通する特徴があることです。仕事が充実していたり、恋人や家族から愛されていれば、こんなことで「自己実現」する理由がありません。バッシングによって「オルガスム」を得るより、ふつうにセックスしたほうがいいに決まっているのですから。

このようにして、「非モテ」や「インセル(非自発的な禁欲主義者)」などと呼ばれる集団内でお互いをディスったり、女性やLGBTのようなマイノリティを攻撃して気分よくなろうとする現象が起きました。「モテ(上層カースト)」に所属する男女は、こうした「炎上騒動」を困惑しつつも高見から見物しています。

ネットの効用は、誰でも自由に自分の意見を主張できるようになったことです。これは素晴らしいことですが、その代償として、世界じゅうで「糾弾」というドラッグを手放せない「正義依存症」のひとたちを大量に生み出したのです。

ちなみに、これはアメリカで実際に起きた話です。日本ではどうでしょうか?

参考:David Brooks“The Cruelty of Call-Out Culture  How not to do social change.”The New York Times Jan,14,2019

『週刊プレイボーイ』2019年2月25日発売号 禁・無断転載

小4女児虐待死事件で、やはりメディアがぜったいにいわないこと 週刊プレイボーイ連載(372)

目黒区で5歳の女児が虐待死した事件につづいて、千葉県で小学4年生の女児が父親の虐待によって死亡しました。このふたつの事件に共通するのは、児童相談所など行政をバッシングする報道があふれる一方で、メディアがぜったいに触れないことがあることです。

報道によると、今回の事件で逮捕された父親と母親は沖縄でいちど結婚したあと離婚し、そのあと再婚しています。被害にあった10歳の女児は最初の結婚のときの子どもで、再婚後に次女(1歳)が生まれたようです。

長女を虐待していた父親は沖縄の観光振興を担う財団法人に勤めていましたが、千葉への転居を機に退職、18年4月からは同じ法人の東京事務所の嘱託社員として働いていました。「家族の話も頻繁にし、同僚は家族仲が良いと思っていた」とされ、沖縄時代の元同僚も「愛想が良かった」と証言しています。

ここから浮かび上がるのは、ジキルとハイドのような「モンスター」的人物像です。そうでなければ、職場ではごくふつうに振る舞い、家庭では子どもを虐待するような非道な真似がどうしてできるでしょう。

たしかにそうかもしれませんが、実はもうひとつ可能性があります。

あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされています。逆に、実の子どもが虐待死する事件はきわめて稀です。長大な進化の過程で、あらゆる生き物は自分の遺伝子を後世に残すよう「設計」されているからです。――不愉快かもしれませんが、これが「現代の進化論」の標準的な理論です。

そう考えれば、真っ先に事実関係を確認すべきは父親と長女の血縁関係です。報道では実子にように扱われていますが、戸籍上はそうなっていても、実際に血がつながっているかどうかはわかりません。

英語圏を中心に9カ国約2万4000人の子どもを検査したところ、約3%の子どもが、「父親」と知らされていた男性と遺伝的なつながりがないことがわかりました。イギリスでは2007~08年に約3500件の父子鑑定依頼が持ち込まれましたが、鑑定の結果、約19%の父親が他人の子どもを育てていました。こうしたケースは、一般に思われているよりずっと多いのです。

目黒区の事件では、5歳の女児を虐待していたのは継父でした。仮に今回のケースでも父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたとしたら、その行動を(すくなくとも)理解することは可能です。だとしたら、行政はDNA検査を促すこともできたのではないでしょうか。

もしこの仮説が正しいとすると、検査の結果、実子であることが証明できれば虐待は収まるでしょう。逆に別の男との子どもであることがわかれば、子どもの身の安全は強く脅かされますから、行政が女児を保護する正当な理由になります。

ひとつだけたしかなのは、「なぜ虐待したのか」を知ろうとせず、行政担当者の不手際を集団で吊るしあげて憂さ晴らししているだけでは、問題はなにも解決しないということです。このままでは同じような悲劇がまた起きるでしょう。

参考:「温厚・威圧的 二つの顔 小4死亡事件 容疑の父親」朝日新聞2019年2月7日
参考文献:オギ・オーガス、サイ・ガダム『性欲の科学』CCCメディアハウス

『週刊プレイボーイ』2019年2月18日発売号 禁・無断転載

生物地理学会の市民シンポジウムで講演します(会場が変更になりました)

【会場が変更になりました】

参加希望者多数のため、会場が東大中島記念ホールから、同じ東京大学内にある「伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール」へと変更になりました。日時等、それ以外の変更はありません。

すでにお申し込みの方は、再度、お申込みの必要はありません。主催者より会場変更の連絡があると思います。

よろしくお願いします。

****************************************************************************************

日本生物地理学会の森中定治さんから熱心にお誘いいただいたので、久しぶりに講演することにしました。テーマは「次世代にどのような社会を贈るのか?」で、「リベラル化する世界の分断」について語る予定です。

講演のあとに「論評」があって、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(「紀伊國屋じんぶん大賞2019」3位)の吉川浩満さん、『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』の共著者で哲学者の神戸和佳子さん、日本生物地理学会の春日井治さんが登壇します。

司会は『系統樹思考の世界』などで知られる三中信宏さん、趣旨説明は学会長の森中定治さんです。

日時:2019年4月13日(土)13:00~(12:30開場)

場所:伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール

参加希望の方は、森中さん宛てにメールを送ってください。

森中定治 delias@kjd.biglobe.ne.jp

参加費は1000円(資料代 別途500円)、講演後の懇親会にも参加する場合は会費3500円です。

たくさんの方のご参加を期待しています。