「みんなで話し合うと無能な者にひきずられる」効果 週刊プレイボーイ連載(402)

私たちは学校で、なにかあるごとに「みんなで話し合って決めましょう」といわれてきました。もちろんこれは日本だけのことではなく、近代の成立以降、欧米では「自由な市民による討論」こそが民主的な社会の基盤とされ、アメリカでは議論に勝つための「ディベート」というテクニックを学生たちが一生懸命学んでいます。日本の学校の「みんなで話し合う」も、敗戦によってアメリカの「民主教育」が移植されたものです。

「三人寄れば文殊の知恵」は、一人の限られた知識で問題を解決しようとするよりも、さまざまな知識をもつひとたちが集まって協力したほうがよい結果を生むということわざで、たしかにそのとおりにちがいありません。

しばらく前に『「みんなの意見」は案外正しい』という本が話題になりましたが、そこでは「素人による多数決は専門家に勝る」と論じられました。早くも19世紀に、ダーウィンのいとこであるフランシス・ゴールトンが、牛の品評会で行なわれた体重当てクイズの投票用紙を集め、素人の参加者の投票の平均が専門家よりもずっと正確に牛の体重を予測することを示しています。素人判断は極端に重かったり軽かったりするものの、多数の投票で間違いが相殺されて平均が正解に近似していくのです。

だったら、「みんなの話し合い」によって世の中はどんどんよくなっていくのでしょうか。

インターネットの誕生で誰もがバラ色の未来を夢見ていた頃ならいざ知らず、いまではこういう楽観派は少数でしょう。話し合うほどに意見が対立し、やがては憎悪の応酬になっていく有様をSNSで日々目にしているのですから。

いったいどちらが正しいのか? 最近では認知心理学が、巧妙な実験によってこの問いに答えようとしています。

実験では、視覚の俊敏性を必要とする課題で、能力の高い被験者と低い被験者をさまざまな条件で組み合わせました。すると、不思議な現象が判明したのです。

自分と相手がどの程度の能力をもっているかがわかれば、当然のことながら、能力の低い者が高い者の判断に従うことで正解率は上がります。ところがこの条件で参加者に話し合いをさせると、正解率が逆に大きく下がってしまうのです。

その理由を研究者は「平均効果」で説明しています。話し合いでは、ごく自然に、参加者のすべてが「平均的な能力」をもっていることを前提にします。そうなると、能力の低い者は実際より有能に、能力の高い者は実際より無能に評価され(自分でもそう思い)、いつのまにかとんでもない判断に至ってしまうのです(会社の会議などで思い当たるひとがたくさんいそうです)。

これを読んで、「だからリベラルな教育はダメなんだよ」と思ったひと(保守派)もいるでしょう。しかし問題はさらにやっかいです。

研究者は文化的な偏りをなくすため、この実験をデンマーク(西欧)、中国(東アジア)、イラン(中近東)で行ないました。それぞれの国の「リベラル度」はかなりちがうでしょうが、驚いたことに、どこでもまったく同じ「平均効果」が生じたのです。

「その場を丸く収めるために無能な者にひきずられる」というのは、どうやら人類に共通の性向のようです。

参考:Bahador Bahrami, Karsten Olsen, Dan Bang,Andreas Roepstorff, Geraint Rees and Chris Frith(2012)What failure in collective decision-making tells us about metacognition,Philosophical Transactions of the Royal Society B 

『週刊プレイボーイ』2019年10月7日発売号 禁・無断転載

Siri、デモクラシーって何? 週刊プレイボーイ連載(401)

ブレグジット(EUからの離脱)をめぐるイギリスの混乱が収まりません。ボリス・ジョンソン首相は「合意なき離脱」も辞さない覚悟でEUとの交渉に臨もうとしましたが、経済への深刻な打撃を懸念した議会は離脱延期をEUと交渉するよう義務づける新法を可決しました。国民に信を問う前倒しの総選挙も否決されたジョンソン首相は進退窮まり、「(離脱延期を求めるくらいなら)野垂れ死んだ方がましだ」とまで口走っています。

それ以前にジョンソン首相は、EU離脱をめぐる審議を嫌って長期間にわたって議会を閉鎖するという奇策に出ました。この暴挙はEU残留を求める「リベラル」なひとたちに大きな衝撃を与えましたが、それは怒りというより困惑に近いものでした。議会閉鎖に抗議する集会のプラカードに、「Siri, What is Democracy?(Siri、デモクラシーって何?)」と書かれていたのが彼らの心境を象徴しています。SiriはiPhoneに搭載されているAI(人工知能)で、イギリス社会の現状を理解することも、これからどうすべきかを決めるのも、もはや機械に訊かなくてはわからなくなっているのです。

戦後ずっと、日本人にとって米英の政治こそが理想でした。政治学者のような知識人は、「日本の政治が機能しないのは共和党と民主党、保守党と労働党のような二大政党制になっていないからだ」と決めつけ、強引なやり方で小選挙区制を導入しました。これによってたしかに自民党の派閥政治は解体されましたが、民主党の「政権奪還」の失敗後に実現したのは「一強他弱」であり「“戦後最長”の安倍政権」でした。

日本の政治が衆参のねじれで機能しなくなったとき、アメリカのような強力な大統領制を待望する論者がたくさんいました。ところが皮肉なことにそのアメリカで、ポピュリズムの権化のようなトランプ大統領が登場したことで、「(愚かな)国民が直接投票で最高権力者を選ぶ大統領制より、イギリスや日本のような議員内閣制の方がマシ」との主張が出てきました。隣国の大統領の存在もあるのでしょうが、いまや日本でも「大統領制が素晴らしい」という論者はすっかり影を潜めました。

しかし、「相対的にマシ」とされた議院内閣制でも、イギリス政治はブレグジットの大混乱で、イタリアでは右と左のポピュリスト政党が連立内閣をつくったものの、たちまち仲たがいしてさらなる混乱を招いています。

大統領制も議院内閣制も機能しないとなると、あとは独裁制ということになりますが、プーチンのロシアや共産党独裁の中国を見て、「あんな社会になりたい!」というひとはほとんどいないでしょう。これでは「なにをやってもムダ」で、「デモクラシーって何?」と訊いてみたくなるのもわかります。

いまはまだ「あきらめ半分」でも、イギリスがEUから強硬離脱し、来年の大統領選でトランプが再選されるようなことになれば、英米のリベラルは自国の政治や社会にかかわることをかんぜんにあきらめてしまうのではないでしょうか。

そんな絶望したエリートたちは、AIに悩みを訴えるのではなく、AI=機械による統治を求めるようになるのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2019年9月30日発売号 禁・無断転載

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