たかがMDMA(ドラッグ)で目くじら立てて… 週刊プレイボーイ連載(410)

「合成麻薬MDMAで挙げられた沢尻エリカは警察にとって金星か、マスコミにとって堕ちた天使か、ファンにとって殉教者か。彼女がそれらのいずれにもならぬことを願いたい。いまどき有名スターが合成麻薬で捕まって全国的なスキャンダルになるのは世界広しといえども日本くらいのものだ。たかが合成麻薬ぐらいで目くじら立てて、その犯人を刑務所にやるような法律は早く改めた方がいい」

いまの日本でこんなことをいったらたちまち袋叩きにあうでしょうが、じつはこれは、大物フォーク歌手がマリファナ所持で逮捕されたことを受けて、1977年の毎日新聞に掲載された編集委員(関元氏)の「たかが大麻で目くじら立てて…」という文章の一部を変えたものです。

関氏はここで、マリファナおよび薬物乱用に関する全米委員会の報告書を引きながら、日本のマリファナ取締りは科学的というよりタブーめいた先入観に立脚していると批判しています(佐久間裕美子『真面目にマリファナの話をしよう』文藝春秋)。驚くべきことに、40年前はこうした論説が全国紙に堂々と掲載されていたのです。

その後、欧米社会のドラッグ使用者への扱いは、「犯罪者」から(アルコールやギャンブルの依存症者と同様に)精神疾患に苦しむひとたちへと変わっていきます。もちろんだからといって、ドラッグ依存症者への差別がなくなったわけではありません。しかし、メディアが芸能人のドラッグ使用を暴いたり、それを理由に映画やテレビに出演させないなどということは考えられません。――そんなことをしたら出演者が誰もいなくなってしまうからかもしれませんが。

ギタリストのエリック・クラプトンは映画『12小節の人生』で、アルコールとドラッグに溺れた日々を赤裸々に語っています。ドキュメンタリー映画『オールウェイズ・ラヴ・ユー』では、不世出の歌姫ホイットニー・ヒューストンが、成功の絶頂からドラッグで無残に変わり果てていくさまが描かれました。

さまざまな困難を乗り越え、依存症を克服して人生の後半になってようやく愛を手に入れた男の物語でも、とてつもない才能に恵まれながらも依存症との戦いに敗れ、なにもかも失って死んでいった女性の悲劇でも、ドラッグ使用を批判するような描写はいっさいありませんでした。

欧米では、ドラッグの密売で利益を得ることは犯罪ですが、自分の稼いだお金でドラッグを使うことは「本人の勝手」、ドラッグで人生が破綻したりホームレスになることは「自己責任」、過ちに気づいて依存症を克服しようと決意すれば「支援」の対象です。なぜなら、ドラッグの使用そのものは誰の迷惑にもなっていないからです。

このようにいうと、「大河の撮り直しで関係者がものすごく苦労しているじゃないか」というひとが出てきますが、そもそも逮捕などしなければいいだけの話です。

かつての日本は、このような議論がごくふつうにできました。マリファナ合法化に見られるように欧米がどんどんドラッグに寛容になっていくのに対し、日本だけがなぜ逆行し、ますます不寛容になっていくのか。

これは日本社会と日本人を考える興味深いテーマかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2019年12月2日発売号 禁・無断転載

日本の「歴史問題」はずっとマシ 週刊プレイボーイ連載(409)

黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス山脈の南に、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアの三国があります。

この地域は古来、東西の交易の要衝で、南からはペルシア、西からはギリシア・ローマ(ビザンティン)の影響を受け、独特の歴史と文化をつくってきました。アゼルバイジャンにはペルシアのゾロアスター教の遺跡が残り、アルメニアは301年、ジョージアは330年にローマ帝国に先立ってキリスト教を国教化しています。

イスラームの勢力が中近東から南コーカサス一帯まで伸張すると、16世紀にはペルシアにシーア派のサファヴィー朝が勃興します。その頃、西ではビザンティン帝国がオスマン帝国に取って代わられ、北からは「タタールのくびき」と呼ばれたモンゴルの支配を脱したロシア帝国が進出を始めました。地政学的にこの3つの帝国が衝突するコーカサスの国々は、大国の思惑に翻弄されるほかありませんでした。

アゼルバイジャンはロシア(ソ連)とペルシア(イラン)に南北に分割されたことで、本国の1000万人よりも多い1500万とも2000万ともいわれるアゼルバイジャン人がイラン北部に暮らしています。アルメニアはロシア(ソ連)とオスマン(トルコ)に東西に分割され、19世紀末のオスマン帝国末期にトルコ人ナショナリズムが高揚すると国内のアルメニア人は強制移住させられ、この混乱で100万から150万人の生命が失われました。

ソ連崩壊にともなって両国は独立しましたが、アルメニア人が多く住むアゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフをめぐる紛争が起き、いまは事実上独立した「未承認国家」となっています。こうした経緯でアゼルバイジャンとアルメニアは国交が断絶しており、アルメニアとトルコも隣国でありながら長く国交がありませんでした。

一方、ジョージアではソ連からの独立時にコーカサス山地や黒海沿岸の少数民族が反乱を起こし、それをロシアが支援したことで、国内に南オセチアとアブハジアという2つの「未承認国家」を抱えることになりました。かつて「グルジア」と呼ばれたこの国が国名を英語読みに変えたのは、ロシアと断絶してEUに加盟し、欧米の一員になるという決意のあらわれです。

すべての紛争がそうであるように、当事者には自分たちを「善」、相手を「悪」とする(それなりに)説得力のある理屈があります。しかし、相手側がこの善悪二元論を受け容れることはぜったいにないため、自らの正義を振りかざせばかざすほど事態は泥沼化していくのです。

これは昨今の「歴史問題」でもよく見られる光景ですが、じつは、海によって国境が明示されている日本はものすごく恵まれています。日本民族が分断されているわけでもなければ、国内に「未承認国家」があるわけでもありません。

もちろん、だからといって小さな島の帰属をめぐる隣国との争いがどうでもいいというわけではありません。しかし世界には、はるかに困難で複雑な領土問題を抱えながらなんとか平和にやっている国があることを、たまには冷静になって考えてみてもいいのではないかと、コーカサス三国を旅しながら考えました。

『週刊プレイボーイ』2019年11月25日発売号 禁・無断転載

コーカサス山脈(Alt-Invest.Com)

「スクールカウンセラー」はほんとうに役に立っているのか? 週刊プレイボーイ連載(408)

どれほど「いじめ対策」をしてもいじめ件数が増えつづける事態に業を煮やした文部科学省は、来年度から「スクールロイヤー(学校弁護士)」約300人を各都道府県の教育事務所や政令市などに配置するそうです。といっても、弁護士が学校に常駐するのではなく、トラブルがあったときに相談できる弁護士を登録しておく制度です。

いつでも専門家から法律的なアドバイスを受けられるのはよいことのように思えますが、なんとなくうさんくさく感じるのは、「スクールカウンセラー」の前例があるからです。

いじめや不登校など学校現場の「問題行動」にうまく対処できないのは、教師に専門的な心理学の知識がないからだ。臨床心理士の資格をもつスクールカウンセラーを学校に常駐させれば、生徒は教師を気にすることなく適切なアドバイスを受けることができ、教師も問題行動を起こす生徒にどう対処すればいいか教えてもらえるのだから、大きな利益が得られるはずだ。――このように説明されれば、誰でも「もっともだ」と思うにちがいありません。

では、1995年に鳴り物入りでスタートした「スクールカウンセラー事業」にどれほどの効果があったのでしょうか。驚くのは、その検証が財務省主導で2004年に1回だけしか行なわれていないことです。

この調査では、2001年と02年の公立中学校1校あたりの問題行動の減少率を比較しています。それによると、「スクールカウンセラーのみを配置する自治体」で、減少率は配置校が11.7%、未配置校が10.7%、「(スクールカウンセラーに)準ずる者を原則どおり30%以内で配置する自治体」で、減少率は配置校で16.85%、未配置校で15.9%でした。この結果をかんたんにいうと、スクールカウンセラーがいてもいなくてもまったく関係ないのです。

唯一ちがいがあったのは「(スクールカウンセラーに)準ずる者を30%以上配置する自治体」で、こちらは減少率が配置校で30.4%、未配置校で17.4%でした。「効果があったならいいじゃないか」と思うかもしれませんが、「準ずる者」というのは、大学や短大を卒業し、「心理臨床業務又は児童生徒を対象とした相談業務について、5年以上の経験を有する者」などとされています。不思議なことに、臨床心理の専門家が多いほど生徒の問題行動は増え、子どもの相談に乗った経験があるだけの「素人」が多いほど問題行動は減るのです。

さらに困惑するのは「中学校へのスクールカウンセラーの配置率と問題行動件数の減少率の相関関係」です。こちらも奇妙なことに、もっとも効果が高かったのは配置率21~40%(マイナス10.4%)で、配置率41%以上でマイナス8.2%、61%以上でマイナス5.7%と、カウンセラーを配置するほど問題行動が多くなってしまうのです。

もちろん一片の調査だけで「スクールカウンセラーは不要だ」と決めつけることはできません。しかし国民の「血税」を投入する以上、文科省と臨床心理学会は、厳密なランダム化比較試験によって政策の費用対効果を納税者に説明する責任を負っています。

スクールロイヤーも同じで、せっかく調査研究を行なうのであれば、ぜひその結果を広く公表し、世界の専門家が検証できるようにしてほしいと思います。

参考:財務省 (2004年). “総括調査票 – スクールカウンセラー活用事業 (PDF)”

『週刊プレイボーイ』2019年11月18日発売号 禁・無断転載