フーリガンを率いて残虐行為を行なった「アルカン」と呼ばれた男

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2015年10月公開の記事です。(一部改変)

1993年8月16日、ボスニア・モスタル/Northfoto/ Shutterstock

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これまで3回にわたって、東欧史・比較ジェノサイド研究の佐原徹哉氏の労作『ボスニア内戦 グローバリゼーションとカオスの民族化』(ちくま学芸文庫)に依拠しながら、1990年代に旧ユーゴスラヴィアで起きた凄惨な殺し合いの歴史的背景を見てきた。

個人でも集団でも、異常者でもないかぎり、正当な(合理的な)理由がなければひとを殺すことなどできるはずはない。ジェノサイドの本質が「歴史の修正」であるのはこのためで、「自分たちは本質的に犠牲者で、悪の脅威によって自分や家族の生命を危うくされており、自衛のための暴力はやむをえない正義の行使だ」という物語が民族のあいだで共有されてはじめて、ごくふつうの市民が、かつての隣人を平然と殺すことができるようになるのだ。

参考:旧ユーゴスラビアの民族紛争はいかにして始まったか(前編)
旧ユーゴスラビアの民族紛争はいかにして始まったか(後編)

安倍総理による「戦後70年談話」でも述べられているように、第一次世界大戦は近代兵器を使った人類初の総力戦で、そのあまりの被害の大きさに震撼した欧州では帝国主義・植民地主義からの脱却が模索されるようになった。だが遅れて近代世界に参入した日本はその潮流に気づかず、さらなる侵略に突き進んで国土は焦土と化した。

アウシュヴィッツとヒロシマに象徴される第二次世界大戦のグロテスクな現実を前に、大国同士の総力戦は封印され冷戦が始まった。それは同時に、国民国家の主権を尊重し、内政不干渉の原則の下に、国家の内部でどのような理不尽なことが起きてもそれは国民の「自己責任」で他国は無関心、という暗黙のルールの支配でもあった。

だが1990年代の旧ユーゴ内戦によって、この内政不干渉の原則は大きく修正されることになる。国際社会が傍観しているうちに、ヨーロッパの一部(裏庭)で凄惨な民族浄化の悲劇が起きたからだ(これに対しては、ドイツが一方的にクロアチアの独立を支持したことがユーゴの解体と内戦を招いた、との批判もある)。

欧州社会での民衆の批判に押され、米国とEUはベオグラードなどの空爆に踏み切り、軍隊を展開してボスニアとコソボの紛争を収束させた。国際社会から一方的に「加害者」の烙印を押されたセルビアには大きな不満があるだろうが、この「内政干渉」の成功が「国家の主権よりも人権が優先する」という新たなルールを生んだ。

この人権志向は国境を越える「積極的平和主義」としてイラク戦争やリビア、シリアの内戦への介入につながっただけでなく、歴史を遡っても適用される。1990年代から従軍慰安婦問題が欧米社会で取り上げられるようになったのは、ボスニア内戦での女性への性的虐待が背景にある。だが日本はここでも、元慰安婦の訴えが「女性の人権問題」であることに気づかず、韓国による「反日」宣伝に矮小化して対応を誤った――これはもちろん、韓国社会が慰安婦問題を「反日ナショナリズム」に利用したことと表裏一体だ。

日本人にとって第一次世界大戦は、漁夫の利よろしく中国におけるドイツの権益を獲得できた「よい戦争」だったが、国際社会のパラダイム転換を理解できなかったことがその後の破滅を招いた。同様に大半の日本人にとって冷戦崩壊や東欧の民主化、旧ユーゴ内戦は他人事だろうが、EUにおける「人権」理念の中核にある現代史の体験を見逃すと、いまの「世界」を理解することはできない。その意味でユーゴ内戦は、わたしたちにとってもきわめて重要なのだ。 続きを読む →

小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(3)

小説『HACK(ハック)』発売に合わせて、ビットコインとダークウェブを組み合わせた闇サイト「シルクロード」をつくった20代のリバタリアン、ロス・ウルブリヒトの物語をアップします(全3回の3回)。

ほんとうは小説のなかに入れたかったのですが、うまくいかずに断念しました。とても興味深い話なので、『HACK』の背景としてお読みください。

小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(1)

小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(2)

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「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイト「シルクロード」が有名になるにつれて、アメリカの司法当局は全力をあげて「ドレッド・パイレート・ロバーツ(DPR)」と名乗る首謀者を特定し、逮捕しようと躍起になった。今回はNick Bilton “American Kingpin: The Epic Hunt for the Criminal Mastermind Behind the Silk Road”から、彼らがどのようにロス・ウルブリヒトを追い詰めていったのかを見てみよう。

薬物依存症の麻薬捜査官

カール・フォースはメリーランド州ボルティモアのDEA(アメリカ麻薬取締局:Drug Enforcement Administration)に勤務する捜査員で、仲間からは「solar agent(ソーラー・エージェント)」と呼ばれていた。太陽が出ているときしか働かないことで、午後3時になると、カールはオフィスを抜け出して妻と20歳の娘のいる自宅に帰った。

カールが1999年に麻薬捜査官になったときは、毎日がわくわくするような緊張感にあふれていた。午前4時に起き、防弾チョッキを身につけ、銃の弾倉を確認し、麻薬組織のアジトを急襲する。そんな日々は、これ以上望めないほどエキサイティングだった。

だが幸福な時期はとうに終わり、カールはすべてにうんざりしていた。どれほどドラッグディーラーを逮捕しても、すぐに縄張りを継ぐ者が現われた。若手の捜査官たちは、カールのやり方を時代遅れと見なすようになった。そのうえ彼は薬物依存症になり、飲酒運転で逮捕され、うつ病と診断された。仕事も家庭もすべて失いそうになったとき、デスクワークでの復職を許されたのだ。

2012年1月、カールは上司のニックから呼び出された。ニックは相当な変わり者で、オフィスの自分の部屋のブラインドをすべて下ろし、壁じゅうにアイアン・メイデンとメタリカのポスターを貼り、ドアを閉めて大音量でヘヴィメタルをかけていた。

ニックはその部屋で、ネットで薬物を売っている違法サイトの捜査に加わる気はないかとカールに訊ねた。司法省を中心にシルクロードの捜査体制を強化することになり、「マルコポーロ・タスクフォース」と名づけられた捜査本部にDEAからもスタッフを出さなくてはならなくなったのだ。

カールはコンピュータ犯罪についてなにも知らなかったが、シルクロードにアクセスして、ドラッグ取引の未来を変える恐るべき可能性を知って驚愕した。しかしその当時、FBIやNSA(アメリカ国家安全保障局:National Security Agency)はドラッグ犯罪になんの関心もなく、インターネットの闇サイトが西部開拓時代に匹敵するフロンティアであることに気づいていなかった。人生に希望をなくしていたカールは、シルクロードに「生まれ変わる(Born Again)」チャンスを見出したのだ。

ベテランの麻薬捜査官であるカールは、潜入捜査こそがドレッド・パイレート・ロバーツに迫る最短距離だと考えた。しかし同時に、これまでの経験から、捜査を徹底的に秘匿しないと、すべてが台無しになることも学んでいた。

カールはシルクロードで、「毎年2500万ドルのコカインとヘロインをアメリカ国内で売りさばいているドミニカ共和国の大物ドラッグディーラー、エラデォ・ガズマン」という架空のキャラクターを演じることにした。だがネット上では、誰も本名を名乗らず、特徴のあるハンドル名を使っている。そこで、聖書に出てくる町の名前からとった「Nob(ノブ)」をガズマンに名乗らせることにした。カールは娘の部屋に行くと、フーディー(パーカー)をかぶり、アイパッチで顔を隠した写真を撮らせ、それをアイコンにしてシルクロードのアカウントにログインした。

Nobことカールは、シルクロードの買収を提案してロスの関心を惹くことに成功すると、捜査当局の手口について豊富な知識を提供した。ロスはこれを、Nobが大物ディーラーの証拠だと考えたが、現役の麻薬捜査官なのだから当たり前だった。こうしてロスの信用を獲得したことで、カールはマルコポーロ・タスクフォースのなかで、ドレッド・パイレート・ロバーツに接触できる唯一の人間になった。

カール(Nob)はロス(ドレッド・パイレート・ロバーツ)と毎日、長時間のチャットをするうちに、仮面の背後にいるのが孤独な若者であることに気づいた。そのうち2人は、ドラッグビジネスについてだけでなく、音楽やダイエットなど私的なことも話すようになった。カールはロスに、「Hello my friend」と呼びかけた。

友人のように親身に振る舞うのは潜入捜査官の手口だが、カールは実際にロスのことが好きになっていった。「捜査の手が伸びているぞ」と注意するとき、それが逮捕を目的として親しさを装う演技なのか、それとも本心からロスの身の安全を心配しているのか、わからなくなっていった。 続きを読む →

小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(2)

小説『HACK(ハック)』発売に合わせて、ビットコインとダークウェブを組み合わせた闇サイト「シルクロード」をつくった20代のリバタリアン、ロス・ウルブリヒトの物語をアップします(全3回の2回)。

ほんとうは小説のなかに入れたかったのですが、うまくいかずに断念しました。とても興味深い話なので、『HACK』の背景としてお読みください。

小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(1)

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賢く、親切で、友人たちにも人気のある「アメリカの理想の青年」ロス・ウルブリヒトは、自由を至上のものとするリバタリアンで、国家のよるドラッグ規制に反対していた。

マリファナやコカイン、ヘロインの取引を違法にすることは、国民の安全と健康を守っているのではなく、逆に危険にさらしている。禁酒法と同じで、ドラッグビジネスをアンダーグラウンドの世界に押しやり、中南米ではギャング同士の抗争で死体の山が築かれ、アメリカではヤクの売人以外に仕事がない黒人の若者が大量に刑務所に収監されている。そのうえ、ドラッグの価格を高騰させることで犯罪を招き、粗製品が流通して死亡事故が相次いでいる。これらはすべて、ドラッグを合法化すれば避けられる悲劇なのだ。

そこでこの理想主義の若者は、わずかひと夏で「完全に匿名でどんなものでも取引できるネット・ショッピングサイト」をつくりあげ、それをシルクロードと名づけた。

ドレッド・パイレート・ロバーツ

接続経路を匿名化したブラウザTorと、支払履歴を匿名化できるビットコインを組み合わせたシルクロードでは、ありとあらゆるドラッグを安全に取引することができた。シルクロードはたちまちダークウェブの世界で有名になり、上院議員が「ドラッグのAmazon」と呼んだことでマスメディアに大きく取り上げられた。当然のことながら、捜査当局は「ドレッド・パイレート・ロバーツ」と名乗るシルクロードの首謀者を血眼になって逮捕しようとした。

Dread Pirate Roberts(恐ろしい海賊ロバーツ)はウィリアム・ゴールドマンの小説『プリンセス・ブライド』(1973)の登場人物で、1987年にロブ・ライナー監督で映画化された(邦題は『プリンセス・ブライド・ストーリー』)。病気の孫のために祖父が語る物語で、映画はこんなふうに始まる。

「バターカップはフローリンの農場で育った。彼女の楽しみは乗馬と農夫をいじめること。ウェスリーと名前で呼んでやらなかった。彼女の喜びはウェスリーに命令することだった」

農場の娘バターカップと農夫のウェスリーはやがて恋に落ち、ウェスリーは結婚資金をつくるため旅に出る。ところが乗っていた船が海賊に襲われ、ウェスリーは消息不明になってしまう。その5年後、バターカップは王の世継ぎとの結婚をしぶしぶ承諾するが、そのとき、謎の男ドレッド・パイレート・ロバーツが現われる……という話だ。

この映画はファンタジーもののラブロマンスのパロディーで、日本ではほとんど話題にならなかったが、アメリカ人の笑いにツボにはまるらしく、年齢を問わず誰もが知っている大衆作品となった。Dread Pirate Roberts(DPR)というハンドル名は、ネットのサブカルチャーでは、ドラッグ帝国に君臨する王の名称にぴったりだったのだ。

ロス・ウルブリヒトはシルクロードをオープンしてからわずか2年8カ月のあいだに、FBIが押収したビットコインで約30億円、一説には数百億円もの莫大な富をつくった。今回はウルブリヒトの逮捕からさかのぼって、この「若き天才リバタリアン」の栄光と蹉跌を追っていこう(Nick Bilton “American Kingpin: The Epic Hunt for the Criminal Mastermind Behind the Silk Road”)。 続きを読む →