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首相の答弁に「覚悟」はあったのか?(週刊プレイボーイ連載663)
高市首相の国会答弁を機に日中関係が急速に悪化しています。そもそものきっかけは、立憲民主党の岡田克也氏が、「(総裁選で)台湾の海上封鎖が発生した場合、存立危機事態になるかもしれないと言っている。どういう場合に存立危機事態になるのか」と質問したことです。
これに対して高市氏は、「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置く」ための手段としてシーレーンの封鎖、武力行使、偽情報、サイバープロパガンダなどを具体的に挙げたうえで、「それがやはり戦艦を使って、そして武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースであると私は考える」と明言しました。
「高市応援団」は岡田氏に対して、「中国を怒らせるような答弁をするようわざと誘導した」と批判していますが、集団的自衛権の行使は日本の安全保障政策にとってきわめて重要なので、野党がこの質問をするのは当然です。高市氏は自分の言葉で答弁することに強いこだわりをもっているのですから、じゅうぶんな準備をしたうえで、覚悟をもってこたえたのでしょう。これを「だまされてうっかり失言した」と擁護するのは、首相を務める能力がないというのと同じです。
高市氏は国会での答弁に先立つ10月31日、韓国で行なわれたAPEC首脳会議で習近平国家主席と会談しています。ここからは推測ですが、この会談がなごやかな雰囲気で行なわれたことで、国内向けに多少強気の発言をしても、中国側の許容範囲と判断したのではないでしょうか。その後すぐに「特定のケースを想定したことをこの場で明言することは慎む」と事実上の軌道修正を図ったのも、予定どおりだったかもしれません。
しかし中国の反応は、高市氏の予想をはるかに超えたものでした。そのうえ中国駐大阪総領事が「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」とSNSに投稿したことで、事態はさらに混迷していきます。――この投稿は、日中友好よりも共産党内での自分の出世を優先したと考えれば合理的な行動でしょう。
訪日自粛の呼びかけから水産物の輸入禁止へと、高市氏が発言を撤回するまで中国の「制裁(というか、いやがらせ)」はどこまでもヒートアップしていく気配です。ふつうはここまで相手の国から嫌われるようなことはしませんから、中国の過剰反応にはどこか不気味なものがあります。そうなると、「まともに相手にして、対立をエスカレートさせてもしかたない」という現実論が出てきます。
このようにして日本政府はなんとか中国をなだめようとして、外務省の高官を北京に派遣し、相手側のアジア局長から𠮟りつけられるような演出までされることになりました。この高官派遣も当然、高市氏の指示でしょうが、皮肉なのは、こうした対応がこれまで保守派がさんざん批判してきた「弱腰」「媚中」とほとんど区別がつかないことです。
そうなると、「アメリカとも中国ともうまくやっていた石破政権のほうがマシ」という話になってしまいます。いずれにせよ、高市氏の「覚悟」は来年の8月15日に明らかになるでしょうが。
参考「日中 見えぬ糸口」2025年11月19日朝日新聞
後記:高市首相は11月26日の党首討論で、立憲民主党の野田代表の質問に対し「私も(7日の国会の場で)具体的なことに言及したいとは思わなかった」と釈明、「具体的な事例を挙げて聞かれたので、その範囲で誠実に答えた」と述べたことに対しては、「まるで質問した立憲の岡田克也氏に非があるかのような言いぶりに、委員会室にはどよめきの声もあがった」と報じられました(「首相 矛先そらす」11月27日朝日新聞)
『週刊プレイボーイ』2025年12月1日発売号 禁・無断転載
「バチカン銀行」のぜったいに知られてはならない秘密とは?
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2013年11月公開の記事です。(一部改変)

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教皇ヨハネ・パウロ1世は、バチカンがフリーメーソンの秘密組織「P2」に侵食され、バチカン銀行が南米の麻薬取引をはじめとするマフィアビジネスに深く関わっていることを知り、バチカン銀行総裁マルチンクス司教の更迭を決めたが、その直後、1978年9月に在位33日間で謎の死を遂げた。
アンブロジャーノ銀行の頭取ロベルト・カルヴィは「神の銀行家」と呼ばれ、バチカン銀行との取引を一手に引き受けていたが、銀行は13億ドルの負債を背負って1982年に破綻し、カルヴィはロンドンのテムズ川にかかる橋で首吊り死体で発見された。
この驚愕すべき事件の後日談を膨大な資料を駆使して描いたのが、イタリアのジャーナリスト、ジャンルイージ・ヌッツィの『バチカン株式会社 金融市場をかす神の汚れた手』 (竹下・ルッジェリ・アンナ訳/花本知子・鈴木真由美訳/柏書房)だ。
「魔王」と呼ばれた男
数学・工学・哲学・神学の学位を取得し、企業経営者を経て51歳のときに天職として聖職者の道を選んだレナート・ダルドッツィは、その教養と豊富な社会経験を買われてバチカン銀行の醜聞処理を任されることになる。ダルドッツィは20年間にわたってメモや文書を丹念に整理・保存しており、その量は4000点に及んだ。生前はバチカンの掟に従って沈黙を守りつづけたダルドッツィは、その資料を知人に預け次のような遺言を残した。
「この書類を公表すること。何が起きたのかをみなが知るように」
ジャーナリストのジャンルイージ・ヌッツィはこの内部文書を入手し、バチカンのもっとも奥深い秘密を暴いた。 続きを読む →
バチカン市国「神の資金」を扱う闇の男たち(後編)
ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2013年10月公開の記事です。(一部改変)

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1979年3月20日、政治情報誌を発刊する弁護士兼ジャーナリストのミーノ・ペコレッリが自宅前の駐車場の車の中で死んでいるのが発見された。口の中に拳銃が突っ込まれ、2発撃たれていた。「オルメタ(沈黙)の掟」を破った者に対するコーザ・ノストラの死の制裁だった。
“処刑”されたペコレッリは、リーチョ・ジェッリという右翼のフィクサーから情報提供を受け、政財界の裏情報を記事にして小金を稼いでいたが、1978年5月に起きたアルド・モーロ元首相の誘拐・暗殺事件に同じキリスト教民主党の大物政治家ジュリオ・アンドレオッティ元首相が関与しているとの暴露記事を発表してイタリア社会を激震させた。
ジェッリはその当時、「P2」という秘密組織を運営していた。ペコレッリがこの“スクープ”を手に入れたのは彼自身もP2のメンバーで、アンドレオッティがP2会員であることを知っていたからだ。
ペコレッリは同じ時期にもうひとつ、超弩級のスクープ記事を書いている。彼がジェッリを裏切ったのは口止め料を強請るためだといわれているが、この記事がイタリア現代史を大きく動かすことになる。
ペコレッリは、独自に調べたバチカン内のP2会員100人の名簿を雑誌に掲載したのだ。問題は、このP2がフリーメーソンの秘密組織であり、バチカンは理神論のメーソンを異端として否定していたことだった。
フリーメーソンの巨大ネットワークをつくったリーチョ・ジェッリ
リーチョ・ジェッリはイタリアの右翼活動家で、ムッソリーニ率いるファシスト党の民兵組織・黒シャツ隊としてスペインのフランコ政権を支援し、第二次世界大戦後はネオファシストと呼ばれたイタリア社会運動党の創設に参加し、幹部として活動した。反共主義者としてジェッリは、アメリカやイギリスの情報部に協力して共産党への謀略を仕掛けると同時に、ナチスドイツ戦犯の南米への逃亡を支援している。
ジェッリは1963年、フリーメンソンのグランドロッジ「イタリア大東社」に入会すると、かつての有力支部「プロパガンダ」の再建を目指して「プロパガンダ2」略称「P2」を結成した。
当時のイタリアは左翼政党が勢力を伸ばし、共産主義政権誕生の“危機”に晒されていた。ジェッリは退役した高級将校を通じて軍の上層部に食い込み、「極右勢力の大同団結」を旗印に組織を拡大した。これには、NATOの一員であるイタリアの共産化に備え軍部によるクーデターを準備していたCIAからの積極的な支援があったとされる。
ジェッリはP2入会にあたって、忠誠の証として他の有力者の秘密を明かすよう求めた。それは有力者を脅し、会員に誘い込むための魔法の鍵だった。
P2の会員は2000名といわれ、陸軍司令官、秘密警察首脳、国税局長、閣僚、共産党をのぞく各政党の有力者、将軍・提督、新聞社・テレビ局の首脳、実業界・金融界トップなど、イタリアの有力者のほとんどが名を連ねていたが、その全貌を把握しているのはジェッリ一人だった(後にイタリア首相となるメディア王シルヴィオ・ベルルスコーニもP2会員だった)。 続きを読む →