ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2012年10月公開の記事です。(一部改変)

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ツァールスコエ・セローはサンクトペテルブルグの南にある「皇族の村」で、ピョートル大帝が妃エカテリーナ1世のために建てた豪華な宮殿と美しい庭園で知られている。
第2次世界大戦でサンクトペテルブルグ(当時のレニングラード)を包囲したドイツ軍はこの宮殿に陣を構え、冬を迎えた。時に零下20度を下回る極寒に、ドイツ兵たちは庭園の樹々をすべて切り倒して薪にし、それがなくなると宮殿内の調度品をつぎつぎと火にくべた。貴金属や美術品は収奪され、戦争が終わる頃には絢爛たる宮殿はただの廃屋と化していた。
宮殿の復旧はソ連時代から進められていたが、サンクトペテルブルグ出身のプーチンが権力を握ると国家の威信をかけた一大事業となり、2003年、サンクトペテルブルグ建都300周年にその全貌が一般公開された。
宮殿には壁一面が琥珀細工で覆われた「琥珀の間」があり、その美しさは世界的にも知られていた。ドイツ軍は撤退の際に、ヒトラーへの献上品としてこの豪華な装飾を壁ごと切り出して持ち去ってしまった(その後の行方は謎のままで、輸送船ごとバルト海に沈んだともいわれる)。プーチンは、ロシア全土から琥珀を集め、カネに糸目をつけず、この幻の部屋を現代に甦らせたのだ。
社会主義から資本主義へという価値観の大転換
サンクトペテルブルグで日曜日が1日空いたので、この有名な宮殿を見学しようとホテルのフロントの女性に行き方を聞いた。すると彼女は、「エカテリーナ宮殿はサンクトペテルブルグでいちばん人気のある観光地で、週末はすごく混雑するから、個人で行っても入場を断わられる」という。ほんとうかどうかわからないが(あとで確認するとガイドブックにもたしかにそう書いてあった)、片道1時間かけて追い返されるのではかなわないから、彼女の勧めにしたがってツアーガイドを頼むことにした。
こうして、イゴールがやってきた。53歳で、自分で小さなツアー会社を経営しているという。身長はそれほど高くないが、がっしりとした体型で、スーツにネクタイを締めている。
車内で彼からサンクトペテルブルグの歴史についてさんざん聞かされ、宮殿を見学した。個人ガイドはどこでもフリーパスで、団体客の列に並ぶ必要もないから、たしかにものすごく効率がいい。
琥珀の間を含むさまざまな見所を案内されたあと、庭園に出た。終戦直後はわずか1本の木しか残っていない荒地だったが、往時の記録をもとに東屋まですべて再現したのだという。そんな話をひととおりすると、「なにか質問はないか」という。
歴史の話は聞き飽きたので、ソ連時代はなにをしていたのか訊いてみた。イゴールは、ちょっと驚いた顔をした。そんなことに興味を持つ観光客は、あまりいないのだろう。
イゴールは私を、池の畔のベンチに座らせた。それから私の前で仁王立ちになると、えんえん1時間にわたって自分の半生を語りはじめた。
以下は、社会主義から資本主義へという価値観の大転換を経験した一人のロシア人の物語だ。 続きを読む →
