トランプの言動は壮大な自己欺瞞(週刊プレイボーイ連載685)

1965年のアメリカで、2人の心理学者がシアトルの50人のドライバーに、最後に運転したときの「運転技術、能力、注意力」を自己採点するよう依頼しました。するとドライバーのほぼ3人に2人が、自分の運転技術は普通以上だとこたえ、直近の運転を「特別よい」とか「100パーセント」と表現した者もかなりいました。

社会心理学では「平均以上効果」がよく知られています。自分の能力や性格、外見などを過大評価することで、さまざまな調査でドライバーの70~90%が自分の運転は平均以上だと回答することがわかっています。

だとすれば、シアトルの調査もそれを追認しただけなのでしょうか。そうともいえないのは、心理学者がインタビューしたのは病院で、調査対象のドライバーは全員、自分の車を運転していて大きな事故を起こし、救急車で運ばれてきたことです。

警察によると、ドライバーの68%は事故に直接の責任があり、58%が過去2回以上の交通違反をしていました。さらに56%は自分が起こした事故によって車が全壊し、44%が最終的に刑事責任を負うことになりました。それにもかかわらず50人のドライバーのうち、一部でも事故の責任があるかもしれないと認めたのは5人しかいませんでした。

病院に担ぎ込まれたドライバーたちは、脳震盪、顔面損傷、骨盤圧搾、その他の骨折から深刻な脊椎損傷までの重傷を負い、同乗者の3人が死亡していました。こんな悲惨なことになっているのに、それでも自分の運転は卓越していると回答したのです。

進化生物学者のロバート・トリヴァースは、徹底的に社会的な動物であるヒトは、ライバルよりも生存や生殖で優位に立つために自己欺瞞の能力を進化させたと論じました。自分自身を客観的に評価せず過大に見積もることは、傷ついた自尊心を守るためというよりも、他者をよりうまくだますための進化の策略だというのです。

これは一見、奇妙な理屈に思えますが、詐欺師やカルトの教祖が自分の言葉を本気で信じていることを考えると納得できるでしょう。わたしたちはウソを見抜くのに長けていますが、ウソをついていない相手の「ウソ」を見破ることはできないのです。

自己欺瞞する脳は、自分にとって都合の悪い情報を無視し、都合のいい情報だけを意識に上げます。そのうえで自分の能力を非現実的なまでに拡張し、ライバルを過小評価して攻撃しつつ、それをエゴイズムではなく「みんなのため」だと正当化します。

これは共同体の中でステイタスを上げる効果的な戦略ですが、その代償として、現実を正しく認識できず、なにをやってもうまくいかなくなるリスクがあります。するとその失敗を否定するために、さらに大きな自己欺瞞が必要になります。

ここまで読んで、誰のことをいいたのかわかったでしょう。イランを武力攻撃し、その後の展開が自分の思いどおりに進まなかったあとのドナルド・トランプのさまざまな言動(とりわけSNSの投稿)は、壮大な自己欺瞞としてきれいに説明できるのです。

参考:Robert Trivers (2011) The Folly of Fools; The Logic of Deceit and Self-Deception in Human Life, Basic Books

『週刊プレイボーイ』2026年6月1日発売号 禁・無断転載