『難しいことはわかりませんが、1億円貯める方法を教えてください!』あとがき

大橋弘祐さんに書いていただいた『難しいことはわかりませんが、1億円貯める方法を教えてください! 普通の会社員が「億り人」になって自由に生きる超現実的ルート』(文響社)のあとがきを、出版社の許可を得て掲載します。

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私は落ちこぼれでした。子どもの頃から親や教師のいうことがよく理解できなかったし、学校では同級生のやっていることがずっと不思議でした。

これはべつのところで書いたのですが(『80’s エイティーズ ある80年代の物語』幻冬舎文庫)、大学生になっても「働く」ということがわからず、就職活動はまったくしませんでした(というより、できませんでした)。

それでも新聞の求人広告を見て新橋の雑居ビルにある小さな出版社に拾ってもらい、そこでようやく自分が業界の最底辺にいることに気づきました。とはいえ、時間を巻き戻してもういちどやり直すことはできません。

こうして、「世の中の仕組みはどうなっているのか?」を考えるようになりました。

人生がゲームだとすれば、上手にプレイするには、ルールがどうなっているかを知らなければなりません。ところが私は、こんな当たり前のことに気づかず、「好きなようにやっていれば、なんとかなるだろう」と能天気に考えていたのです。

24歳でデキ婚して、子どもが生まれてからも年収120万円(80年代はじめとはいえ” 極貧”です)で暮らし、友だちと編集プロダクションを始めたもののすぐにつぶれ、25歳のときに運よく中堅の出版社に拾ってもらってようやくひと息つけました。

ところが三十代になると、自分がサラリーマン(管理職)に向いてないのではないかと思うようになりました。とはいえ、その頃は子どもが小学生で、会社を辞めて生きていく自信はありませんでした。このときはじめて、人生には経済的な土台が必要だという現実を突きつけられたのです。

そういうわけで、「人生設計」について考えるようになったのは35歳のときでした。読者のなかには、「そんなのもっと早くから知っていたよ」と思ったひともたくさんいるでしょう。

40歳になって文筆家として独立しますが、それ以来書いてきたのは、「自分のように社会のメインストリームからドロップアウトした人間が、どうやって生き延びるのか」です。だから、私の本の読者は同じようなひとたちだと思っていました。

この本を書いてくれた大橋弘祐さんは、大学で就活を頑張って大手通信会社に入社したのですから、私よりずっとちゃんとしています。最初に会ったときは(ずいぶん前です)、「なぜこんなエリートビジネスマンが出版業界なんかに転職したんだろう」と不思議でした。

でも「(本書に掲載された大橋さんの)体験談 僕が黄金の羽根を拾うまで」を読むと、大橋さんは入社以来、仕事になじめず、「ダメ社員」になってしまったようです。20代後半で「このままではさすがにマズい」と思ってブログを始め、それを見た作家の方から声をかけられて小説を書くようになり、13年間勤めた大手企業を辞めて出版社の立ち上げに参加した、という話ははじめて知りました。大橋さんもやっぱり「ドロップアウト組」で、だからこそ私の書いたものに興味をもってくれたのでしょう。

誰もがうらやむようなメインストリームにいたはずの大橋さんも、30代でドロップアウトしています。そう考えると、そもそも順風満帆の人生を送っているひとなどほとんどいないことがわかります。

会社は社員の人生すべての面倒を見てくれるわけではありません。仮に、いまは会社でうまくいっていたとしても、出世し続けて役員になる人はごく一部です。運よく、社長に上り詰めたとしてもいつか引退があります(70歳で引退しても100歳まで生きたら、残り30年も人生が続きます)。

そもそも勤務先の会社がいつまで続くかわかりません。だとすれば、早いか遅いかのちがいがあるだけで、誰もがどこかで「落ちこぼれる」のです。

でもこれは、それほど悪い話ではありません。ドロップアウトは、「自由」を手入れることでもあるのですから。

世の中には「成功法則」があふれていますが、じつは私はそうした本をあまり読んだことがありません。「絶体絶命の危機を乗り越えて成功した」という波乱万丈の物語は魅力的ですが、それと同じことができるわけはないし、実際には自分とはなんの関係もないことがほとんどだからです。

私が知りたかったのは、「一般化できる成功法則」です。たとえば、同じ収入でも支払う税・社会保険料が少なければ、そのぶんだけ可処分所得が増えます。1年ではたいした金額ではないかもしれませんが、それが10年、20年と続けばその差は複利で広がっていきます。

これが「マイクロ法人」戦略ですが、最近ではNISAが「一般化できる成功法則」です。これらは、条件さえ同じなら誰でも使えて確実に効果があります。

本書では、こうした成功法則(黄金の羽根)を大橋さんが自ら実践してみた体験が、わかりやすい図表とともに語られています。私が読んでも、「ああ、こういうふうに説明すればよかったのか」と気づかされることがたくさんありました。

日本ではずっと、新卒でたまたま入った会社に定年まで「滅私奉公」するのが当たり前で、OECDをはじめとするあらゆる国際調査で、日本のサラリーマンの仕事へのエンゲージメント(やる気)がきわだって低いことが明らかになっています。日本の知識人は右も左も「日本的雇用が日本人(男だけ)を幸福にした」として、ネオリベ(新自由主義)の「雇用破壊を許すな」と大騒ぎしてきましたが、じつは1980年代のバブル最盛期ですら、「日本人は世界でいちばん仕事が嫌いで、会社を憎んでいた」のです。

なぜこんなことになってしまうかというと、日本の会社が終身年功制によって40年も社員を「監禁」しているからでしょう。解雇がきびしく制限され、労働市場に流動性がない日本では、中高年が転職しようとすると収入が大きく下がるか、そもそも雇ってもらえません。そうなると、どれほど嫌な仕事(あるいは嫌いな上司)でも会社にしがみつくしかなくなりますから、会社を憎むようになるのも当然です。

嫌な仕事はさっさと辞めて、フリーエージェントとして生活できれば、人間関係のしがらみ(健康・お金と並ぶ不幸の大きな原因です)から自由になれますが、いきなりそんなリスクは負えないというひともいるでしょう。私も独立するときはずいぶん悩みましたから、この気持ちはわかります。

そこで、会社員として働きながら別の可能性にチャレンジする「副業」が注目されています。ただし、私には副業の経験がないので、自分のノウハウがどのように活かせるのかよくわかりませんでした。でも本書では、大橋さんが自身の体験から、「副業しながらどうやって黄金の羽根を拾うのか」を解説してくれます。

人類史上、未曽有の超高齢社会になった日本は、発展途上国ならぬ「衰退途上国」と揶揄されますが、それでもGDPでは世界第4位の経済大国です。そんなゆたかな社会に生まれた幸運を活かせば、経済的な独立を達成するのはけっして無理な目標ではありません。そればかりか、「合理的な人生設計」を実践すればほぼ確実に達成できるでしょう。

この本によって新たな読者を獲得して、一人でも多くのひとが「自分らしく生きる」人生を手に入れてほしいと願っています。

2026年2月 橘 玲