グローバル資本主義に抵抗するアートも資本主義化していく

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年5月10日公開の「ニューヨークで生まれた「武器としての文化」が
やがて権力に取り込まれディストピアになるまで」です(一部改変)。

GSPhotography/Shutterstock

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今回は、ネイトー・トンプソンの『文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する』(大沢章子訳/ ‎ 春秋社)を紹介したい。

本書の原題は“Culture as Weapon The Art of Influence in Everyday Life”で、『武器しての文化 日常に潜む影響力のアート』になる。著者のトンプソンは、「ニューヨークでもっとも刺激的かつ著名な芸術家集団「クリエイティブ・タイム」のチーフ・キュレーター」で、現代アートの最先端にいるひとだ。本書の面白さは、そんなトンプソンが現場の視点から、反権力のはずのアートが権力(政治や資本主義)に奉仕する現状をシニカルに分析していることにある。

レーガンの「文化戦争」

アートの世界における「文化戦争」はNEA(全米芸術基金)への攻撃として表われた
日本語のタイトルに使われた「文化戦争Culture Wars」は、1981年のロナルド・レーガン大統領就任以降、とりわけ80年代後半に本格化した「文化」をめぐる右派と左派の衝突のことだ。これについては、トッド・ギトリン『アメリカの文化戦争 たそがれゆく共通の夢』( 疋田三良、向井俊二訳/彩流社)が詳しい。

ギトリンは1943年生まれで、ハーヴァード・カレッジ在学中から反核運動に参加し、1962年2月にワシントンで行なわれた大規模な反核集会を主催した。63年と64年には日本の全共闘にあたるSDS(Students for a Democratic Society/民主社会学生同盟)の委員長(President)に就任、ベトナム戦争に反対する1965年4月の大集会(2万5000人が参加)を組織するなどNew Left(新左翼)の代表的な活動家となった。

その後はカリフォルニア大学バークレー校で社会学の学位を取得し、母校で長く社会学を講じた。骨の髄まで“サヨク”だったギトリンは、1995年に出版した『アメリカの文化戦争』(原題は“The Twilight of Common Dreams: Why America is Wracked by Culture Wars”『たそがれゆく共通の夢 アメリカはなぜ文化戦争で難破したか』)で、60年代に自分たちが思い描いた「共通の夢」が失われ、保守派との文化戦争に敗れつつある現状を諦念ととともに描いた。

文化戦争は「政治的な正しさPolitically Correctness」をめぐる価値観の衝突で、人種、性別、宗教などあらゆる差別・偏見を偏執狂的に糾弾する左派(リベラル)に対して、自分たちの文化(古きよきアメリカ)を否定されたと感じた右派(保守派)がレーガンを押し立てて反撃に転じたものだ。いうまでもなく、このときの共和党(保守)と民主党(リベラル)の対立が現在に至る「アメリカの(政治的)分裂」につながっている。

トンプソンによると、アートの世界における「文化戦争」はNEA(全米芸術基金)への攻撃として表われた。NEAは芸術活動を財政的に支援する連邦政府機関だが、助成対象となった現代芸術のなかには保守派を激怒させるものがあった。

ニューヨーク生まれの写真家アンドレス・セラーノは作品「ピス・クライスト」で、尿を満たした容器にキリストの十字架像を沈めた。シカゴ美術館に展示された24歳の美大生による「星条旗の適切な掲げ方は?」と題するアートは、燃やされている星条旗と、棺に掛けられた星条旗の写真を合成した作品の足元に、ほんものの星条旗が敷かれた。作品の下にノートが置かれているのだが、問い(星条旗の適切な掲げ方は?)の答えや作品への批判を書き込もうとすると星条旗を踏みつけなくてはならないのだ。

さらなる議論(というか憤激)を招いたのは、ワシントンDCのコーコラン美術館で行なわれたロバート・メイプルソープの回顧展だった。1989年にエイズで死去したゲイの写真家は、尻の部分がないチャップス(カウボーイの革パンツ)姿で自分の尻の穴にムチを突き刺し、それをつかんで振り返っていたのだ。

カロライナ選出の上院議員ジェシー・ヘルムズは、保守的なひとたちを激怒させるこうしたアートを煽情的に取り上げることで、「猥褻または下品な物品、あるいは特定の宗教を侮辱する物品の製造、販売促進、宣伝のために予算を使うことを禁止する」法律を議会に提出した。

「我々の神を冒涜する作品に(NEAを通じて)公金が投じられている」という保守派の攻撃はきわめて効果的で、美術館やキュレーターなどアート関係者は窮地に追い込まれた。――日本においても、中国人映画監督リ・インのドキュメンタリー『靖国 YASUKUNI』(2008年)に文化庁所管の独立行政法人・日本芸術文化振興会から助成金(750万円)が出ているとして政治問題化した。

だがアートが“武器”として使われるのは、保守派の標的としてだけではなかった。

都市をブランド化する競争

「女は結婚したら家で子育てする」性役割分業が当然とされていた1929年、ニューヨークで行なわれた復活祭のパレードで、(当時としては)肌も露わな女性たちが堂々とラッキーストライクに火をつけた。女性が人前で煙草を吸うことが社会的なタブーだった時代に、それに対する真っ向からの挑戦だった。

「自由の松明キャンペーン」と呼ばれたこの出来事はメディアでも大きく報じられ、「女性たちが煙草をふかして『自由』への意思表示」の見出しが『ニューヨーク・タイムズ』を飾り、『ユナイテッド・プレス』は「彼女たちの一服が、女性の自由を求める一撃となった」と書いた。

ところが、女性の権利獲得への大きな一歩とみなされたこのパフォーマンスは、ラッキーストライクを販売するアメリカンタバコの“やらせ”だった。女性たちに出演料を払ったのは“広報(PR)の父”エドワード・バーネイズで、喫煙する女性をメディアに大々的に取り上げさせることで、タバコの消費者を男性から女性に拡大しようとしたのだ。

アートは権力や消費主義に反抗しつつも、広告として企業の利益に貢献し、国家プロパガンダの有効な手法として大衆を動員してきた。ナチスを例にあげるまでもなくこのことはよく知られているが、トンプソンの指摘で興味深いのは、2000年代以降、「文化=芸術」が都市開発の中心に踊り出たことだ。“グル(導師)”となったのは都市社会学者リチャード・フロリダで、2002年の『クリエイティブ資本論 新たな経済階級の台頭』(井口典夫訳/ ダイヤモンド社)で「クリエイティブ・クラスが集まる魅力的な都市が発展する」と説いた。

クリエイティブ・クラスはグローバル化にともなって登場した新興の富裕層(ニューリッチ)で、知的労働者からアーティストやデザイナー、コンピュータプログラマー、エンジニア、科学者など“クリエイティブ”な仕事に従事するひとたちの総称だ。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニスト、デイビッド・ブルックスは、そんな彼らを「BOBOs」と名づけた。ブルジョアBourgeoisとボヘミアンBohemiansを合わせた造語で、「ボヘミアン的な生活を好むブルジョア」のことだ(『アメリカ新上流階級 ボボズ―ニューリッチたちの優雅な生き方』 セビル楓 訳/光文社)。

フロリダは、シリコンバレーやサンフランシスコを筆頭に、ボールダー(コロラド)、オースティン(テキサス)、ポートランド(オレゴン)からニューヨークまで、急成長する都市には際立った特徴があることを発見した。それは人種的な多様性があり、同性愛者などマイノリティに寛容で、一流大学とスターバックスがあり、そしてなによりも芸術・音楽活動が活発なことだ。クリエイティブ・クラスはこうした刺激的な都市に集まってくるのだ。――フロリダはこれを、「ヒップスター(新しがり屋)を惹きつければGoogleがついてくる」と表現した。

こうして全米で、さらには世界じゅうで(ベルリンのクロイツベルク地区など)「都市をブランド化する」競争が始まった。「ボヘミアン的なブルジョア」を惹きつけるには、美術館や音楽ホールだけでなくモダンアートのギャラリーやライブハウス、大規模な音楽フェスティバルや芸術イベントがなくてはならない。「神を冒涜する」との理由で表現の自由を否定していては、BOBOsは出て行ってしまう。アートこそが、熾烈な都市間競争を生き延びるキーワードになったのだ。

この大きな変化を、トンプソンはこう総括している。

新たな経済階級と経済的な勢力としてのクリエイティビティの台頭こそが、新たな産業やビジネスの出現から、生き方や働き方の変化、さらには日常生活を構成しているリズムやパターン、欲求や期待の変化にいたるまでの、私たちがこれまで目の当たりにしてきた一見何の関係もない偶発的に見える時代の風潮の数々を推進する、根本的要因だった。

アートによってアーティストを追い出す

1980年代からの「文化戦争」によってリベラルは敗退し、アメリカはより保守化・右傾化しているといわれる。トランプ大統領が象徴するようにこれは間違ってはいないが、しかしその一方で、クリエイティブ・クラス(BOBOs)を獲得しようと都市はますます「アート化」し「リベラル化」している。資本主義・商業主義が右傾化を押しとどめているのだ。

しかしこれは、「アートの時代が訪れた」と単純に喜べる話でもない。アートによって成功した都市が、その成功故にアーティストを追い出してしまうのだ。この現象は「ジェントリフィケーション」として知られている。

典型的なのはニューヨーク・マンハッタンのSoHo(ソーホー)で、1950年代には倉庫や零細工場が集まる荒廃した地区だったが、賃料の安さに惹きつけられて若い芸術家やデザイナーたちが集まり、そんな彼らを目当てにレストランやギャラリー、ライブハウスができて、1980年代には「芸術の街」として有名になった。するとボヘミアンな雰囲気に憧れたヤッピーと呼ばれる新興富裕層が移住してくるようになり、地価が大きく上昇し、貧しい芸術家たちは家賃が払えなくなって街を追い出されることになったのだ。こうして現在のSoHoは、若いエグゼクティブたちが集まるアメリカで(というか世界で)もっとも高級な地区のひとつになった(都市開発としては大成功といえるだろう)。

『文化戦争』では、現代のジェントリフィケーションの典型としてテキサス州オースティンが挙げられている。テキサスは保守的な州だが、オースティンにはテキサス大学の本部キャンパスがあり、選挙では民主党候補が勝つリベラルな都市として知られている。

そんなオースティンはアメリカでももっとも成功した都市のひとつで、ミュージシャンやアーティスト、ハイテク企業の天国として注目を浴びただけでなく、「サウス・バイ・サウスウェスト」を世界最大のフェスティバルに育てあげた。

2000年代になると都市開発はさらに加速し、オースティン地区の住宅価格は2倍以上に高騰した。地元のDJレッド・ワゼニックは、経済発展によって街の魅力が失われつつあることに危機感を覚え、「Keep Austin Weird(オースティンはおかしな街であり続けよう)」というスローガンをつくった。過度な商業主義を押しとどめ、アーティストたちの活動の場を守ろうとしたのだが、皮肉なことにこのスローガンは、都市のさらなるブランド化を進めるために使われることになった。

「Keep Austin Weird」を考案したワゼニックは法廷闘争に負けてしまい、アウトハウスデザインズと称する企業が著作権を所有することになった。そしていま、このスローガンは観光客用のTシャツやバンパーステッカー、キーホルダーなどに使われ、オースティンじゅうに氾濫しているのだ。

富裕層の「慈善植民地主義」

アメリカで経済格差が拡大していることは間違いないが、しかしその一方で、2013年のアメリカの慈善目的の寄付額は総額3351億7000万ドルで、その後も着実に増加している。慈善のすべてが貧困層を支援するものではないとしても、寄付の額が爆発的に増えているのと同時に貧富の格差が拡大しているのだ。

2013年7月、ウォーレン・バフェットの息子ピーター・バフェットが『ニューヨーク・タイムズ』で「慈善・産業複合体」を批判した。

一握りの者たちのために莫大な富を生み出すシステムによって、より多くの人々やコミュニティが損害を被っている今、『社会に還元する』という言葉がより英雄的な響きをもつようになった。これはいわば『良心ロンダリング』とでも呼ぶべきもので――人一人が生きるのに十分だと思われる額以上の富を貯めこんでいる後ろめたさを、ほんの少しの慈善という名目でばらまくことによってごまかしている。

自らも慈善活動にかかわるピーター・バフェットは、富裕層の「慈善植民地主義」を指摘してもいる。「農耕法であれ、教育実践であれ、職業訓練であれ、新規事業開発であれ、ある状況で成功した方法をその土地の文化や地形、あるいは社会規範などおかまいなしにそのまま移植しようとする」ことで、慈善が富裕層の自己PRである以上、よいことをしたらすぐに結果を出さなければならないのだ。

企業が慈善事業を戦略的に行なうのがCRM(コーズ・リレーテッド・マーケティング)で、「商品やサービスを消費者に提供する際に、社会的な大義(Cause)に結び付くような仕掛けを取り入れるマーケティング手法」のことだ。

2004年の調査では、消費者の91%が「社会貢献活動を支援する企業や製品にはよりよいイメージを抱く」とこたえ、90%が「社会貢献に協力しているとわかればその会社に鞍替えすることを考えている」としている。

トンプソンが挙げるCRMの例は食品会社キャンベルで、毎年10月の乳がん撲滅月間に合わせて赤・白・黒の特徴的なスープ缶をピンクにし、利益の一部を乳がんとのたたかいに寄付すると発表した。これによって売上は2倍になったが、決算が発表されると、現実に寄付されたのは1缶あたりたったの3.5セントだった。

「マス・マーケティングと大規模な社会貢献事業の時代においては、社会貢献と、社会貢献をうたって利益を得ることにはほとんど差はない」のだ。

商業主義に取り込まれた反資本主義運動

現代アートの世界では、1990年代の「リレーショナル・アート(関係性の芸術)」や2000年代のソーシャル・プラクティス(社会的実践)、パーティシパトリー・アート(参加型アート)など新しい試みが急速に広まった。これは1960年代の「ハプニング」の発展形で、「商業化する社会」への抵抗運動だった。――唐突に始まり、一瞬で終わってしまう「ハプニング」は商業化を拒否しているのだ。

しかしその後、こうした手法を企業が取り込むようになる。家具メーカーIKEAの巨大な倉庫型店舗や、都市のクリエイティブ・クラスに社交の場を提供するスターバックス、商品を売るのではなくジーニアスによる「最高のサービス」を体験させるアップルストアなどがその典型で、こうした「経験経済」は参加型の前衛芸術の転用だとトンプソンはいう。

しかしより興味深いのはポリティカルアート(社会の現状を批判的に表現する、あるいは社会改善を目的とする芸術作品)で、1990年代後半にはインターネットベースの市民的不服従運動に結実した。

ハッキングプログラムを公開し、メキシコ南部の先住民の抵抗運動(サパティスタ民族解放軍)を支援するアーティスト/活動家集団エレクトリック・ディスターバンス・シアターは、自分たちの哲学をこう説明した。

コミュニケーションの作り手であるアーティストが結集して、次世代のコミュニケーションネットワークを操る電磁パルス攻撃をつくりあげることによって、より大きな集団が、戦略的パフォーマンスを今以上に増やすことを可能にする。それが、非暴力的な情報戦争が目指すゴールだ。

こうした活動の頂点が、1999年にシアトルで行なわれたWTO(世界貿易機関)総会への大規模な抗議行動だった。

警官隊が集会に向けて催涙ガス弾を撃ち込んだとき、抗議者たちはそれを映像で撮影しながら「世界中が見ているぞ」と叫んだ。この攻防はマスメディアだけでなくインターネットで拡散し、「グローバル資本主義」への抗議活動が世界に広がっていった。これが「アラブの春」を経て、「ウォール街を占拠せよ」の運動へとつながっていく。――新自由主義的なグローバリゼーションではなく、弱者を擁護する、社会正義に見合ったグローバリゼーションを目指すことを「アンテルモンディアリズム(もうひとつの世界主義)運動」という。

左派の活動家が行なったこうしたパフォーマンスは「暴力ポルノ」と呼ばれている。「ウォール街を占拠せよ」が典型だが、丸腰の若者をぶちのめす警官やブルックリン橋上空を旋回するヘリコプターの動画をYouTubeにアップし、視覚に強く訴える身体的抵抗運動によって「グローバル資本主義崩壊」のイメージをひとびとの心に刻みつけようとするのだ。

だがSNSなどの新たなテクノロジーを使った左派の抵抗運動は、その後、右派やカルトに取り込まれていく。IS(イスラム国)はインターネットの動画やSNSを効果的にPRに使ってヨーロッパや中東の若者たちを勧誘し、アメリカの大統領選挙ではフェイスブックに大量のフェイクニュースが流された。しかしいちばんの皮肉は、TPPなど自由貿易を批判する「アンチ・グローバリズム」の主張をそのままトランプが使い、大統領に当選してしまったことだろう。これによって左派のグローバリズム批判は思考停止に陥り、運動の主体は右派にかんぜんに乗っ取られてしまった。

こうした事態は日本もまったく同じで、インターネットには歴史修正主義の奇怪な陰謀論が蔓延し、「朝鮮人を殺せ」と叫ぶ異様なデモの動画がアップされ、ネットニュースのコメント欄はネトウヨの“愛国”コメントで埋め尽くされている。だがこうした手法は、もともとは左派が「体制=権力とたたかう」ために編み出したものなのだ。

このように考えると、トンプソンがこの本のタイトルを「武器としての文化」とした理由がわかる。「武器」は最初、前衛的なアーティストの手に握られていたが、たちまち利益を生む手段として資本主義(商業主義)に回収され、あるいはポピュリズム(大衆動員)の手法として権力者に利用されていった。それに対抗してさらに斬新なアートを生み出しても、やはり同じことが起こった。それでも世界は右傾化しないのは、商業主義がそれに対抗しているからなのだ。

現代アートはずっと、芸術(アート)を日常と一体化させることを目指してきたとトンプンはいう。そしてまさに、私たちは異形のアートがあふれるユートピア、あるいはディストピアを生きているのだ。

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