第109回 搾り取られる子育て世代(橘玲の世界は損得勘定)

人口減に危機感を募らせた岸田政権は、児童手当の拡充をはじめとする「異次元の少子化対策」を掲げている。

さまざまな調査で、若者は結婚して子どもをもちたいと思っていることがわかっている。ではなぜそれが実現できないかというと、その大きな理由は「経済的な不安」だ。

実際、日本の賃金はバブル崩壊後の30年間、ほとんど上がっていない。そればかりか、実質可処分所得は逆に下がっている。どんどん貧乏になっているのなら、子どもを産み育てる決心がつかないのも当然だろう。

少子化対策とは安心して子育てができる環境をつくることだが、1人月額1万数千円もらえるからといって、2人も3人も子どもを産もうと思うだろうか。大事なのは国がお金を配ることではなく、毎月の手取り給与が増えていくことなのだ。

そのためにこそ経済成長と賃上げが必要だが、「インフレになれば日本経済は復活する」という楽観論が破綻して以降、具体的な成長戦略は描けていない。パイは当分、大きくならないと覚悟するほかなさそうだが、だとすれば、そのパイをどのように切り分けて少子化対策の費用を捻出するかが政治問題になる。

真っ先に思い浮かぶのは消費税増税だが、これは政治的にハードルが高い。国債を発行すれば、ただでさえ先進国で最悪の財政赤字がさらに悪化してしまう。そこで、年金や医療・介護などの社会保険料を引き上げて、それを少子化対策の財源にする案が浮上しているという。

だがちょっと考えれば、これでは逆に少子化を加速させるだけだとわかる。社会保険料を納めているのは、子どもを産み育てる現役世代なのだ。

実質賃金が減っている原因は、名目賃金が下がっているのではなく、毎月の給与から天引きされる額が増えているからだ。税金とちがって社会保険料は、国会での議論なしに、厚労省の一存で決めることができる。その結果、高齢者が増えて財源が足りなくなると、保険料率を引き上げて帳尻を合わせている。

社会保障の受益と負担を世代ごとに計算する世代会計では、現役世代が大幅な赤字で、高齢者は大幅な黒字になっている。だとすれば、黒字の高齢者から赤字の現役世代に仕送りをすべきだが、現実に起きているのは、赤字の現役世代からさらに絞る取ることだ。

「高齢者は集団自決すべきだ」という若手経済学者の発言が批判されたが、若者からは支持されているようだ。その背景には、いまの若者が「高齢者に押しつぶされてしまう」という強い不安を抱えていることがある。そして現実に、この国の政治がやっていることを見れば、これは杞憂とはいえない。

「異次元の少子化対策」というのなら、高齢者のあいだの再分配で年金や医療・介護の費用を賄い、現役世代の負担を減らして可処分所得を増やす必要がある。だがこのような政策を掲げても選挙に当選できないから、「子育て支援」の口約束の陰で、現役世代を経済的に虐待する政治がいつまでも続いていくのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.109『日経ヴェリタス』2023年5月13日号掲載
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