生まれたときに未来がわかる世界になったら 週刊プレイボーイ連載(562)

質問をすると、まるで人間のような自然な言語で答えてくれる人工知能チャットGPTが世界的に話題になっていますが、近年の“指数関数的”なテクノロジーの進歩は、それ以外の分野でも、とてつもない変化を引き起こしつつあります。

そのひとつが遺伝科学だというと、ワープロのように遺伝子の配列を削除・挿入・編集できる「クリスパー・キャス9」が思い浮かぶでしょうが、その前段階として、DNAのすべての遺伝情報を読み取る「ゲノムワイド関連解析(GWAS」が安価に利用できるようになったことがあります。

人類は99.9%の遺伝子を共有しているものの、0.1%には微妙なちがいがあり、そこから外見や性格、認知能力、身体的・精神的な疾患・障害のような「表現型」の個人差が生まれます。遺伝ですべてが決まるわけではないものの、DNAの配列と表現型にはかなり高い相関があることがわかっています。

行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児を比較するなどして遺伝と環境の影響を調べてきました。それによると、身長や体重の遺伝率は70~80%で、知能は60~70%、性格でもおよそ半分を遺伝の影響で説明できます。

とはいえ、「頭がよくなる遺伝子」や「外向的になる遺伝子」があるわけではありません。特定の遺伝子疾患を除けば、ほとんどの心理的な特性は数百あるいは数千の遺伝子がかかわる「ポリジェニック」なものだとわかってきたからです。

この発見によって、影響力の大きな遺伝子を探す「モノジェニック」な研究は頓挫しましたが、GWASの登場で状況は劇的に変わりつつあります。多くのひとのゲノムを解析し、そのビッグデータを表現型と紐づけてAIに機械学習させれば、個々の遺伝子のはたらきがわからなくても、ゲノムとの相関だけで、将来、遺伝的にどのような傾向をもちそうかを統計的に高い精度で知ることができるようになったのです。

学歴と世帯所得に強い相関があることは世界共通です。日本でも、東大生の親の40%以上が年収1000万円以上であることが話題になりました。これは、大学に行けるかどうかが家庭環境で決まる証拠だとされていますが、じつは子どものポリジェニックスコアだけで、将来の教育年数を同じ精度で予測することができます。

ここでは世帯所得はいっさい考慮されていませんから、「親が裕福だと子どもはよい大学に行ける」は疑似相関で、「知能の高い親は経済的に成功し、その遺伝子を子どもに受け渡す」というのが、真の因果関係であることを強く示唆しています。

同様に、ポリジェニックスコアを身体的・精神的な医療記録や学校の成績、税務申告した所得額、犯罪歴などと紐づければ、生まれたときに、あるいは受精卵の段階で、その子どもがどのような人生を歩むかを高い確率で予測できてしまうのです。

日本ではまだ話題になっていませんが、現在はデータが足りないだけで、技術的には完成しており、このような未来は確実に近づいています。そのときいったいなにが起きるのか、わたしたちは覚悟しておく必要がありそうです。

Robert Plomin(2018)Blueprint: How DNA Makes Us Who We Are, The MIT Press

『週刊プレイボーイ』2023年5月15日発売号 禁・無断転載