幸福に生きるためのヒント(『人生は攻略できる』)


新刊『人生は攻略できる』の「おわりに 幸福に生きるためのヒント」を、出版社の許可を得て掲載します。

どうすれば幸福になれるのか。これが永遠のテーマなのは、それがものすごく難しいからだ。なぜなら、幸福が長つづきしないようにぼくたちがつくられているから。

だからといって、がっかりすることはない。これは不幸を跳ね返すことができる、ということでもある。

交通事故で両足を失ったひとたちの幸福度を調べた研究がある。

当たり前だけど、誰もが事故の直後は大きな衝撃を受け、不幸に打ちのめされる。このまま生きていたって仕方ないと絶望したりもするだろう。

でもそれからすこしたつと、不幸はだんだん消えていって幸福感が戻ってくる。傷が癒えて車椅子に乗る頃になると、最初に思っていたよりもずっと自由に動けることがわかる。家族や見舞いに来た友だちから、「あんな事故で生きている方が奇跡だ」といわれることもあるだろう。こうして車椅子生活に慣れる頃には、「自分は幸運だったんだ」と考えるようになり、2年か3年で幸福感は事故前の水準に戻るのだ(パラリンピックを目指してトレーニングを始めるかもしれない)。

脳には、ネガティブな出来事をポジティブに考える癖がある。これが「レジリエンス(反発力)」で、ひとが生まれながらに持っているすごい能力だ。レジリエンスがあるからこそ、不幸を乗り越えて前に向かって進んでいくことができる。

でもその一方で、これが幸福になりにくい理由になっている。宝くじに当たったひとの幸福度を調べると、もちろん最初は天にも昇る心地がするけれど、その幸福感はだんだん減っていって、やはり2年か3年で当せん前と同じになってしまうのだ。

レジリエンスというのは、不幸にも幸福にも慣れて、元の水準に戻る脳の仕組みのようだ。ひとはそれぞれの「幸福の水準」を持っていて、それは(おそらく)なにがあっても変わらないのだ。

レジリエンス(反発力)

これをポジティブに言い換えると、「いますぐ幸福になろうと必死にならなくてもいい」ということでもある。もちろん、若くして幸福の絶頂を手にするのは素晴らしいことにちがいない。でもそれにもいずれ慣れてしまって、いつもの日々が戻ってくるのだから。

「不幸から幸福に向かって上昇しているときが、いちばん幸福」という話を思い出してほしい。一度や二度の挫折で落ち込むことはない。長くゆっくりと幸福になっていけばいいのだ。

幸福の研究は、モノよりもコトの方が幸福感は長くつづくということを明らかにした。

モノというのは、高級ブランドの服やカバンのようなかたちのある商品のことだ。
シャネルのバッグを買うと、最初はものすごく幸福度が上がる。でもそれは、レジリエンスの作用によって、すぐに元の水準に戻ってしまう。去年のバッグだと流行遅れで笑われるんじゃないかと不安になって、衝動的に新作を買ってしまう。そして一瞬幸福度が上がって……というのがブランドビジネスで、その本質はアルコールやドラッグの依存症とたいして変わらない。

コトというのは出来事、つまりイベントのことだ。友だちと参加したオールナイトのフェス、恋人とのはじめての旅でいっしょに見た夕焼けなど、印象的な体験はそれぞれのこころに刻まれ、会話で繰り返され、人生の物語をつくっていく。かたちあるモノがどんどん老朽化し、しょぼくなっていくのに対し、「こころのなかにあるコト=物語」は脳のポジティブな作用によって、逆にどんどん美化されていく。

そう考えれば、若いときはいろんな体験をした方がいい。そのなかにはイヤなこともあるかもしれないが、レジリエンスのちからで、何年かたつうちに楽しい思い出に変わっていくだろう。――友だちとの会話でいちばん盛り上がるのは、みんなでヒドい目にあった体験にちがいない。

モノではなくコトをたくさん積み上げることが、君の人生をゆたかにしてくれるのだ。

アメリカの大企業のCEOに「あなたの精神年齢は?」と訊くと、26歳と答えるらしい。でもこれを聞いても、ほとんどの日本人はたいして驚かないだろう。自分もそう思っているから。女性に精神年齢を訊けば「18歳」になるのではないだろうか。――同窓会が盛り上がるのは、学校時代の友だちと会うと、タイムスリップして一瞬で「いちばん輝いていた時代」に戻れるからだ。

成熟とは、青春に別れを告げて、大人としての責任ある態度や考え方を身につけることだ。狩猟採集時代から現代まで、人間社会は、子どもが若者になり、大人に成熟することで成り立ってきた。

でもこれは、社会が貧しくて、それぞれが役割分担しないと生きていけなかったからだ。ぼくたちが暮らしているとてつもなくゆたかな社会では、そんなことをしなくても生活になんの支障もない。だったらなぜ、成熟なんかしなければならないのか。ずっと青春の楽しい日々をつづけていけばいいじゃないか。

こうして、ゆたかな社会ではひとは成熟しなくなったのだとぼくは思っている。

母親と娘が友だち関係になった、とよくいわれる。でもこれは、女性の精神年齢が18歳のままだと考えれば、なんの不思議もない。小学校までは親子の関係でも、中学にあがる頃から娘の実年齢が母親の精神年齢に近づいてくるのだ。高校生になる頃には、母親と友だちの区別はほとんどつかなくなるだろう(ちなみにこれは日本だけでなく世界的な現象だ)。

君はもしかしたら、大人になることを恐れているかもしれない。でも、そんなことはぜんぜん心配することはない。もはや誰も大人にならないし、なれないのだ。

ここで「100倍の法則」を説明しておこう。これは(たぶん)誰も教えてくれないだろうけど、これから君が生きていくのにとても大切なことだ。

「100倍の法則」をひとことでいうと、「加害は100分の1に、被害は100倍に評価する」になる。これはヒトの本性なので、加害や被害の当事者がそれを客観的に知ることはぜったいにできない。

いじめっ子に「なんでそんなことをしたのか」と問い詰めると、「悪気はなかった」という。これは言い訳をしているのではなく本心で、スピリチュアル(無意識)が加害を100分の1に評価しているのだ。いじめられた子どもに「そんなに気にすることないよ」と慰めても、いつまでも泣き止まないのは、これとは逆に被害を100倍に評価しているからだ。

なぜこんなふうにできているかというと、その方が生きていくのに有利だから。

被害というのは、同じことを繰り返すと生命にかかわる出来事だ。不機嫌そうな大人に近づいたらいきなり殴られたとしよう。次から同じ失敗をしないようにするのは、この被害体験をしっかり覚えておいて、どういうときになにをしてはいけないかを学習するしかない。この仕組みをうまくはたらかせるには、実際よりもずっと強く被害を意識した方がいい。

それに対して加害の方は、覚えておいてもなんの意味もない。そんなものはさっさと忘れてしまってかまわないのだ。

これが「加害と被害の非対称性」で、個人と個人、集団同士、国と国との関係まで、この世界で起きるやっかいな問題のほとんどはここから発生する。

君がまず覚えておかなくてはならないのは、ひとにイヤなことをしたら、君はすぐにそのことを忘れてしまうだろうが、相手はずっと(場合によっては死ぬまで)覚えているということだ。これに気がつかないと、最初はいばっていられても、最後はたいていヒドいことになる。いつのまにかまわりが敵だらけになって、なにかあったら足を引っ張ろうと復讐の機会を待っているのだから。

もうひとつ大事なのは、ひとからイヤなことをされても、それを過剰に考えすぎないことだ。そのためのいちばんいい方法は、友だちに相談してみることだ。

「自分のことは自分がいちばんよくわかっている」と思うだろうが、これはまちがいで、友だちの判断の方がずっと正しい。なぜなら友だちは当事者ではないので、「100倍の法則」に影響されないから。

友だちが「そんなのたいしたことじゃないよ。無視しとけばいいよ」といったら、君がどれほど傷ついていたとしても、その程度のことなのだ。ただし、友だちもいっしょに巻き込まれているときは注意した方がいい。被害感情が増幅して、ますます判断が歪んでしまう可能性がある。

学校での地位(スクールカースト)が実社会での成功とあまり関係ないということも覚えておこう。生徒会長に選ばれるようなリーダーシップのある生徒が政治家や大企業の社長になるというのはもちろんあるけど、それよりもカースト上位の生徒が社会に出るとぜんぜん目立たなくなったり、下位カーストの(いじめられていた)生徒が起業家になったり、芸能や音楽、芸術の世界で有名になったりすることの方がずっと多い。

なぜこんなことになるかというと、近代の学校が同い年の男女をひとつの場所に集めて共同生活させるというものすごく特殊な場所だからだ。こんな異常な環境は実社会にはないから(会社はときどきこれに近くなるとしても)、学校生活に最適化された「コミュ力」はたいして役に立たないのだ。

ついでにいっておくと、恋人ができたとき、うまくいくかどうかもたいていは友だちが正しく判断している。本人たちはものすごく盛り上がっていても、まわりが「あの2人、似合わないよね」といっていたら、いずれ破綻する可能性が高い。これも、自分のことは自分ではわからないからだ。

相談する友だちがいないこともあるだろうけど、そんなときは旅に出るといい。とくに海外旅行が効果的だ。

なぜなら、脳(スピリチュアル)は心理的な距離と物理的な距離をうまく区別できないから。心理的に傷ついた場所から物理的に遠ざかると、その出来事を客観的に見られるようになる。「失恋旅行」というのは、ちゃんと理由があるのだ。

ぼくたちが生きている日本の社会は伽藍の世界で、ほとんどの日本人は失敗を避け、誰からも批判されないようにしようと、一生懸命ネガティブゲームをやっている。これはたしかに、その場をうまくやりすごすにはいい方法かもしれない。

でもこれからの時代は、どれほどネガティブゲームがうまくてもなんの役にも立たない。なぜなら、いつまでたってもよい評判が集まらないから。

「いいね!」というのは、なにかに挑戦したひとに与えられる評価だ。1年間なにひとつ失敗しなかったことで、たくさんの「いいね!」をもらえるはずがない。

みんながネガティブゲームをしている日本では、ポジティブゲームができるようになるとものすごく有利だ。大富豪や有名人にはなれないかもしれないが、すくなくともここで説明したような「幸福の土台」を手に入れるのは、そんなに難しいことではないだろう。

そのためには、ものすごい努力も、とてつもない才能も、信じられない幸運も必要ない。なぜなら君はすでに、「人類史上もっともゆたかないまの日本に生まれた」という大きな幸運を手にしているし、少子高齢化の日本では若者はますます希少になるのだから。

君たちの未来は明るい。必要なのはちょっとした勇気だ。

コメントを閉じる

22件のコメント

  1. 橘さんの新刊へのオマージュ

    今日、確定申告の帰りに‥パラパラ立読みした。

    これを読んでも‥勇気が湧かない若者が心配

    俺は、どうやって先輩各氏のように勇気を与えられるだろうか

    – 内田さんが、生きる力の筆頭にする条件
    – 菅さんが、官僚生まれの会社を叩いてでも‥推してるブッダ
    – かの東照大権現が側近にした末裔が率いている‥ 会社

    スペインのアイドルを集めたなら、メキシコやコロンビアにも拡大できる衝撃

    今なら、NISAめいいっぱい買えるが‥まもなく一口で手数料ゼロは超えるかも

    遅く買って損したなら、それはよほど売んないと俺も‥一緒に泣いてあげる

  2. 人間が「社会的動物」であって、

    社会的な価値観
    「カネ」「容姿・見てくれ」「学歴・職歴・社会的地位」
    といった

    「他人からの判断」
    に常にさらされている
    ということに対する
    認識が甘いんじゃないでしょうか???

    わかりやすい例でいうと、
    「ホリエモンの東大再受験」
    ですよ。

    東大合格歴のある
    「ホリエモン」が

    なぜいまさら東大再受験???

    と普通なら考えます。
    カネも社会的地位も、入獄経験すらある
    ホリエモンが
    なぜいまさら東大受験???

    やっぱり
    若いころの
    「学歴こそが至上価値という洗脳」
    から逃れられない一例なのです。

  3. あなたの昔からの支持者です。
    著作物は全て読んでます。
    失敗を恐れる必要はない。
    勇気が出ない、気力が出ないうちは、
    海外旅行など物理的に離れれば良い。
    そうすれば個人差はあれど時間とともに、
    心理的苦痛は和らぐ可能性が高い。
    ぜんぶそのとおりです。
    でも、現実はネガティブゲームからそう簡単に抜け出せないし、仮に一時的に失敗を恐れずに挑戦できても、また周りがわたしの失敗を責めたら、また気力がなくなり、その繰り返しでいつかは、いっそ死んでしまおうとなる。加害者は罪の意識が低いから、社会で無意識に他者を虐める社会は変わることがない。結局は、純粋で敏感で感受性の強い優しい人は社会から姿を消してゆく。

    君たちの未来は明るい。必要なのはちょっとした勇気だ。

    この言葉は正しい。でもとても薄っぺらい。
    苦労が積み重なり苦痛が強い人にとっては、全く響かない。というかむしろ、さらに傷つけられる。

    そんな薄っぺらい言葉で解決できるなら、
    今わたしがこんなに悩むこと自体おきていないから。

  4. 投資家さん。
    これを読んでも勇気が沸かない若者が心配。
    心配するなら寛容をくれ。

    わたしはいわゆる若者で、日本的価値観や日本的社会、日本的生き方が大嫌いで日本を出た日本人です。一時的に失敗を恐れずに挑戦できても、失敗をしたら周りが無意識に加害してくる。失敗を恐れずに、と言われても、挑戦後責められるんでは恐れるに決まってます。

    男は稼いでナンボ、女は支えてナンボ、まだまだこんな考えが根強くある日本で、失敗に寛容な姿を期待できない。だから若者には響かない。どんなに正しくても、薄っぺらい言葉より、社会の寛容さに期待を持てる確証がほしい。

    ヨーロッパじゃ、ジェンダーフリーの考えが今では当たり前です。ジェンダーフリーは個を見るから、寛容なんです。日本にも早くジェンダーフリーが浸透してほしい。

    男女トイレ共同こわいー!って叫ぶ表面しか見ない非論理馬鹿がまだまたたくさん日本にいる。
    男が男を襲う、女が女を襲う可能性もあるから、性別の問題ではなく、セキュリティーの問題。
    セキュリティーの脆弱性をなくす方法を考えればいいだけ。でもそんなシンプルなことが日本じゃできない。固定観念に縛られた日本、日本人に、寛容さなんて期待できない。だから勇気も気力も出ない。どうせまた潰されると安易に想像できてしまう。

    心配するなら寛容をくれ。

  5. そもそも、学校というシステムが、

    「社会の歯車養成機関」

    であり、

    実は、「歯車」としてしか
    生きていけない人が大多数である以上、

    安易にドロップアウトすることを勧めることは
    とてもハイリスクだ!
    というだけのハナシですよ。

    「歯車」には「歯車」としてのメリットがあって、
    自分の意志とはかかわりなく、
    強制的に回らされることになることです。

    「歯車」だからこそ、
    ある一定期間回っていれば、
    「給料日」がやってきて
    「給料が支払われる」
    のです。

    そうでなければ、
    自ら動いて回っていかなければならなくなる
    のです。

    自営業者は傍からみているほど
    楽ではありませんよ。

    セブンイレブンに反旗をひるがえした
    フランチャイズが報道されていましたが、

    そもそも個人営業の商店なんか絶滅危惧種でしょ。
    個人で膨大な商品の管理するだけでも大変なはず。
    まさか今どきレジを手入力し、アナログで在庫切れ管理や発注出来ますか?
    ロイヤリティ払わないで自由な場合、
    現代人が古代で生活するくらい不便だし、競争力ないはずです。

    若い人に言いたいことは、
    まず
    「良き歯車になることを目指す」
    べきなのです。

    そこから自力だけで稼げるようになれば、
    独立するなりすれば良いだけのハナシ。

    まず「良き歯車になることを目指す」
    のなら、学歴や職歴は大事ですよ。

    よーく考えよう!お金は大事だよ。

  6. 「自分のことは自分がいちばんよくわかっている」と思うだろうが、これはまちがいで、友だちの判断の方がずっと正しい。
    薄っぺらい持論でコメ欄を荒らすまえに本書を買って読むべきだろう。

  7. >「自分のことは自分がいちばんよくわかっている」と思うだろうが、これはまちがいで、友だちの判断の方がずっと正しい。
    >薄っぺらい持論でコメ欄を荒らすまえに本書を買って読むべきだろう。

    だからこそ、前から言っているじゃないですか!!!

    目玉の数さえ十分あれば、どんな バグも深刻でないのです。
    (Linusの法則)

    薄っぺらい持論でコメ欄を荒らす
    ベータテスターがたくさんいれば、

    すこしはマシになるのです。

    橘さんの言っていることにも
    バグは山のようにあります。

    ちょっと前は、
    ハイパーインフレで国家破産の危機を
    やたらと煽ったり、

    インデックスファンド投資だけが
    賢い投資だとか。
    (マクロな視点では正しいが、世の中の歪みを見つけることが
    できる個別投資家なら、より稼ぐことは不可能ではない。)

    私はコバンザメであると同時に、バグ取り人でもあるのです。

  8. ずんさん。

    >「自分のことは自分がいちばんよくわかっている」と思うだろうが、これはまちがいで、友だちの判断の方がずっと正しい。
    薄っぺらい持論でコメ欄を荒らすまえに本書を買って読むべきだろう。

    いや、友だちの判断の方がずっと正しいとも限らないよ。当たり前だけど。
    言葉足らずで語弊がある橘玲さんの言葉にひと手間加えるなら、「100倍の法則が適用されない非当事者で第三者の友達、できれば複数人に、多角的に意見を貰えばいい」じゃないかな。なぜなら、友だちの人間的なレベルによって相談の回答がずいぶん異なるから。人はいかに人間的にレベルの高い人と出逢えるか。これは結構難しいし、縁もある。だから複数人の友達に聞いてから、自分で判断すれば、自分ひとりで判断するよりはより客観的に決断を下せるよね、ってことを橘玲さんは言っていると思います。

    人間的なレベルは橘玲さんも言っている様に学歴の高さとは相関しない。全く関係がないわけじゃないけど、勉学が出来るから人として優れているとは断言できないし、逆に勉学の出来ない人は人としてダメだとも断言できない。GTOの鬼塚みたいに、勉学ができない知的レベルの低い人でも人間的には高いレベルの人が現実にいるから。

    本書を買って読むかどうかはちょっとわからない。橘玲支持者だけあって今まで全部読んでいるので、Amazonレビューで本書は今までの橘玲さんの意見をまとめただけだから真新しくはないゆえ、ファンにはお勧めできないが初心者にはおすすめできると書いてあり、その意見を踏まえると買わなくても別にいいかな、という気持ちにはなっている。

    あと他人の意見を薄っぺらいと揶揄するのはいかがなものかと。

    私が橘玲さんのある言葉に対して薄っぺらいと言ったのは、いくら正しい言葉でも、そんな言葉じゃ勇気を持てるようになるフェーズまで響かないです、と。苦労苦痛が多ければ多いほど、そんなの詭弁だと思ってしまうよ、と。

  9. 尖沙咀さん

    割と長文で返信を書いたんですけど、反映されていなくて、でもずんさんへの返信は反映されたので、もしかしたら長すぎてもスパム判定になるんですかね…

    てことで適度な文章量を心がけて返信します。
    学校が歯車養成機関なのも、大多数がネガティブゲームをやっていることも、どっちもそれが日本式。私はそのうえで日本式は人を殺す!と断言できると思う。
    かつての職場の上司と飲んでいる時に言われたんですけど、私はスピーディに仕事をこなすタイプらしく迅速さと仕事の正確さを評価されていたんです。でも同時に、会社の悪い体質を指摘しちゃうかなりクソ生意気な若者でもあったので、飲んでいる時に「ちょっとは滅私しろ」と言われました。わたしは本気で勘違いして、メッシ?リオネル・メッシ?と言いました。
    私は、滅私をするプレイヤーばかりの組織的なチーム(これは日本式)と、リオネル・メッシ的な個人力の高いチーム(これは欧米式)と、どっちが強いかと問われたら迷わずメッシと答えます。実際、個人力高いチームの方がFIFAランク高いしwww
    日本の労働生産性が悪いのは、個人力がないから。私は日本人で尊敬しているのは、橘玲さんと遊川和彦さんの二人で、お二人とも言われている事は似ていたりする。女王の教室では、日本式の問題点・社会の暗い話を冒頭にドンとしてから、先生自らがヒエラルキーの上の方の悪を体現して若者に権力者と闘う術を考えさせていました。結論は、権力者なんていなくたって私はどんな時も信頼できる仲間と一緒に助け合って生きていくので権力者さん私たちのことはほっておいてください!っていうことなんですよね。

    セブンイレブンに反旗をひるがえしたフランチャイズー別に反旗は翻してなくないですか?単純に人手足りぬし妻死んだしキツイから24時間辞めたいんだけどって本社に相談しても契約違反なので無理ですと門前払いされて、でもマジでキツイから勝手に時短したってだけの話で。報道なんか見てても、フランチャイズのオーナーは私からすれば経営者という位置づけだとやはり思うんだけども、なぜか労働者という位置づけで本社側から見られていてオーナ権限がなさすぎた、だからコンビニ大手がそこを見直し始めたってだけの話だと思います。

    個人営業の商店は日本では絶滅危惧種かもしれないけど、欧米行くと普通にまだまだ地域店あるし、わたしは大阪人なんで大阪の話をしますけど大阪もフランチャイズじゃない個人店まだまだ残っているし。そりゃあ昔に比べれば減ってるけどさ。ある程度黒字運営できさえすれば、個人店で情のある暖かい生き方ってのはそれだけで価値があると私は思う。アナログで在庫切れ管理や発注出来ますか?―いや、できるでしょ。地方ならどこの国もまだカードマジ使えねえってとこ結構ある。それを手間だと感じるか感じないか、それも含めて人間味だと感じるかどうかは人それぞれだけどさ。

    大阪人で阪神ファンで金本知憲さんファンなんで、金本監督の話もちょこっとすると、金本監督が辞任した時に後日インタビューで感想を聞かれていて、「そこ監督の権限で出来ないんだ」っていうフロントへの不満を少し吐露していて、監督とフロントの関係って、フランチャイズの関係性と同じ問題点があると思う。監督という仕事も、フランチャイズのオーナーという仕事も、権限は現場のトップさんに委ねるべきだと思う、私はね。じゃないと、現場の苦しみを知らない人に指示される不満は絶対出てくるし。

    まあ、要は私が言いたいことは、総じて、一人ひとりが自分の人生に自分の責任を以って生きていけるだけの確固たる一本筋の信念を持て!って話。それが日本じゃ未だに難しいよねって話。

  10. >私はスピーディに仕事をこなすタイプらしく迅速さと仕事の正確さを評価されていたんです。でも同時に、会社の悪い体質を指摘しちゃうかなりクソ生意気な若者でもあったので、飲んでいる時に「ちょっとは滅私しろ」と言われました。

    もし、会社にとってメリットのある人間なら、
    クソ生意気な人間であっても確保しておくでしょう。

    そこでの戦略は「面従腹背」ですよ。
    会社でノウハウ人脈技術その他吸収できることは何でも吸収して、
    独立するなり、待遇改善交渉でのカードとして使えばよいのです。

    >わたしは大阪人なんで大阪の話をしますけど大阪もフランチャイズじゃない個人店まだまだ残っているし。そりゃあ昔に比べれば減ってるけどさ。ある程度黒字運営できさえすれば、個人店で情のある暖かい生き方ってのはそれだけで価値があると私は思う。

    外人がわんさかくるようになった
    大阪ならなおさらのこと、

    「カンバン」の強さは身にしみて
    わかるはずですね。

    海外進出している日本のチェーン店の
    本店に行きたいから日本に来るのです。

    逆に私だって、海外に行って知らない店に
    入るのは勇気がいります。
    東南アジアでは、
    日本のコンビニ(セブンやファミマ)の系列や
    イオン系のスーパーや、
    日本でも有名な店に入ってしまうもんなんです。

    日本でココイチや一風堂や元気寿司より美味しい
    カレー店やラーメン屋や回転すしはたくさんありますが、
    いきなり入れますか?

    >フランチャイズのオーナーという仕事も、権限は現場のトップさんに委ねるべきだと思う

    コンビニのメリットといえば、
    均質なサービスが日本どこでも
    得られることであって、

    店ごとの特色ではないのです。

    北海道でも沖縄でも
    雑誌やおにぎりや飲み物が買えるから、
    あれだけ広がっているのです。

    >大阪人で阪神ファンで金本知憲さんファンなんで、金本監督の話もちょこっとすると、

    野球の場合は、ただ単に勝てるチームなら良いわけではなくて、
    経営側の視点、すなわち「興行」という面があります。

    かつて37歳の若さで阪急の監督に就任した上田監督は、就任2年目の1975年から日本シリーズ3連覇を含むリーグ4連覇を果たし、現在でも語り継がれる阪急の黄金時代を築き上げましたが、
    そもそも、上田監督も野球選手としてはスター選手とばいえないけど、
    指導者、監督者としては超一流です、

    そのせいか阪急の人気はさほどでもなかったですね。
    関西で、宝塚も擁するお洒落なイメージの阪急と、ちょっと泥臭い野球というのは
    合わなかったわけですが。

    何が言いたいかというと、組織としての野球人と個人技能としての野球人は
    全く違うというわけです。

  11. 尖沙咀さん

    それこそ橘玲さんの言う様に、私はその時の職場で仲良くなった先輩に相談したし、その先輩もオフレコで実は辞めようと思っているって話をして、「あ!感じてるの俺だけじゃないんだ!」って思えたから、転職を決意できた。その先は日本脱出も決意できた。基本、私は最後自分で決断するけど、その過程はやっぱり自信ないから相談しまくるし、心ない回答をされたこともあったりして傷ついたりもたくさんしたけど、いろんな意見を受けてると結局さいごは、自分の感じていることって自分だけじゃないんだな、ってわかるから自信が付く。

    わたしはメッシ人間なんでチェーンより個人色の強いこだわりのある店の方が好きなんで、むしろチェーンの方が入りづらい。入りたくないと思う。日本で友達と食事するときに、友達がおすすめのところに連れて行きたいって言ってくれて、それがチェーンだったら内心がっかりしてるよw おすすめがチェーン??ww 逆にこだわりがあってオシャレな独特なキャラを持つ店に連れて行ってもらった時は、好みに合えばもちろん楽しいけど、好みに合わなくてもこういう感覚もあるんだ!世の中面白いなあ!って楽しいですね。

    コンビニのメリットは解ります。どこも同じ質と量を提供はわかります。
    それとオーナーの24時間限界は別の話ですよね。実際フランチャイズオーナーが急に時短し始めたわけじゃなくて、一応数度は本店に限界だから時短させてほしいと提案していたわけで。でもその切実な苦しみを本店は契約違反の一言で取り合わなかった。本店が店ごとに個別対応する柔軟さは必要って話。で、私はその先の話をして、そもそも現場の苦しみを本店の人が心底理解できるわけないから、フランチャイズの一定のルールをできるかぎり守りつつ、現場の苦しみを解放しやすいように、オーナー権限の拡大は大切だと思うって言ったんです。
    阪神はプロ野球球団の中でもかなり特殊だと思うよw
    興行=勝て!負けたら汚い言葉でヤジられる。
    阪神ファンやけど、阪神の応援を生ではできない。一部の過激ファンが普通に怖い。
    あの人でなしファンのせいで、阪神が好成績残せないってのも普通にある。
    それこそ、橘玲さんのいうように、人でなしファンはオーガズム感じたいだけ。
    組織としての野球人と個人技能としての野球人は違うのは当たり前で仰る通りです。
    でも監督の仕事はチームの勝利のためのチーム作り。阪神はとにかく勝たないと興行伸びづらい。現場の苦しみを経営陣のフロントが本当に分かっているとは思えない。ここがフランチャイズと同じ問題点だって思ってます。
    現場の苦しみを解れないなら、初めから権限を現場トップに渡しましょうよ。そっちの方が効率的ですって!っていう話です。
    もちろん、現場の苦しみにちゃんと寄り添って個別対応できる柔軟さがあるなら、権限を現場トップに渡さなくても十分できると思うけど、みんな人だから、自分の味わっていない苦しみを理解するには限界がある。

  12. 尖沙咀さん、書き忘れたこと。
    面従腹背なんてそんな器用なテクニック、当時の今よりも若い私には無理でした。
    というかたぶん今でも無理。私には。私は自分でも思うくらい不器用です。テクニックとか駆け引きとか上手くないんで向かないっす。

  13. >でも監督の仕事はチームの勝利のためのチーム作り。阪神はとにかく勝たないと興行伸びづらい。現場の苦しみを経営陣のフロントが本当に分かっているとは思えない。ここがフランチャイズと同じ問題点だって思ってます。
    >現場の苦しみを解れないなら、初めから権限を現場トップに渡しましょうよ。そっちの方が効率的ですって!っていう話です。

    勝たなきゃいけないというプレッシャーは、
    むしろ巨人の方が強いのでは?

    阪神は野村監督の時代まで低迷していた時代も長かったでしょ。

    逆にソフトバンクみたいな金満球団は選手層も厚く
    南海末期やダイエー初期が信じられないくらい強くなりましたね。
    やっぱり「カネ」なのです。

    >今わたしがこんなに悩むこと自体おきていないから。
    あなたが悩んでることって何ですか?

  14. 尖沙咀さん
    阪神以外の球団体質は詳しくないので、よくわからないけど、巨人とかソフバンとか金満主義の球団は、サッカーだとバルサ目指している金満主義ヴィッセル神戸(楽天)は、知名度のある選手を獲得できているからファンからすれば成績関係なしに見れるだけで価値があると思っている人は結構いると思うよ。丸が今季成績不振でももちろんある一定のバッシングはあるだろうけど疲弊するほどのものがあるかといえばたぶんそれはないと思う。巨人、読売、日テレ、は体質として政府にべったりだから。
    昨季プロ野球シーズンを終えてお疲れ様会が各球団で行った時、巨人と阪神が同じホテルだったらしくて、巨人よりも阪神の方が出席者は多いのに、巨人の方が出席者は少ないのに権力者が集まっていたらしくて、受付の手厚さが巨人の方が好待遇だったり、食事や飲み物が巨人の方が好待遇だったり、巨人は椅子があったのに阪神は立席で出席者が多いのに巨人よりも狭い部屋だったそうですよ。
    バッシングがあっても、金満主義は権力者が付いているから護ってもらえるし、そういうところにはファンも長い物には巻かれるタイプが多いんじゃないかな?

    やっぱりカネというより、ヒエラルキーの上の方に行ったら勝ちってだけじゃない?
    橘玲さんの本でもいつか読んだけど、上の方に行く人間は器用だし上手く借金もするし。資本主義はカネがすべてというより情報の先取りが全てだと私は思う。情報はヒエラルキーの上の方にいればいるほど簡単に集まるけど、下の方にいればいるほど手に入りづらい。情報が手に入りづらいと行動が限られる。だから貧困者は貧困から
    抜け出せない。
    よく言うやん?魚をただ与えるより、釣りの仕方を教える方が大切だって。でも貧困層になればなるほど、釣り方知らないし。たとえ一攫千金で金を手にしても釣り方使い方をちゃんと知らないから悪銭身に付かずだし。

    てかわたしの悩み聞いちゃうの?こんなオープンなとこで?w
    まあ別に私は海外体質でオープンだからそのへん言おうと思えばオープンにいえるけど、でも不特定多数の見える場のネットで個人情報に関わりそうなことは言うの怖いですねー。
    一言でいうなら、私自身はアナキストです。まあ、遊川和彦さんの言っていることも橘玲さんの言っていることも、他の作家さんの言うことも、大体アナキスト的な部分に行きつくことが多いとは思うねんけど。
    http://cira-japana.net/pr/?p=645
    ここにも書いてあるんだけど、戸田三三冬さんもとても良い人だし、エッリーコ・マラテスタという人もとても良い人です。愛に溢れた人です。
    わたしはこういう博愛的な人たちが本当の平和を実現できると思っていて、わたしも博愛的な人間だと自覚しているし、ただそれだけ純粋すぎて感受性が強すぎると、どうしても社会では潰されて殺されてしまう。その苦痛を解ってもらえないことも辛いけど、何よりも世の中自分勝手な奴多すぎてそんな世の中で生きていきたいと思わない心から。だから私はスイスにある安楽死(自殺幇助)を手伝ってくれる団体に登録しています。何かあったらすぐにこんな腐った世の中からリタイアできるように。
    橘玲さんの、自分勝手な日本人のコラムは、たまに読みかえして、やっぱそうだよなって自信を付けて何とか死なないようにしています。
    橘玲さんの本も新書以外全部読んできたけど、それと同じくらいC.G.ユングの本も全部読んできた。ユングはマニュアルが大嫌いな人で、とても共感しています。
    わたしはこういう人間なんで、閉塞的な陰湿な非論理的なマニュアル重視な日本社会はキツイし、そういう社会の矛盾に気付けないマインドコントロールされた日本人たちには理解されないです。

  15. >一言でいうなら、私自身はアナキストです。まあ、遊川和彦さんの言っていることも橘玲さんの言っていることも、他の作家さんの言うことも、大体アナキスト的な部分に行きつくことが多いとは思うねんけど。

    ニーチェは
    「国家が終わるところ、そこに、はじめて人間が始まる。」
    と言い、さらに
    博愛主義がアナキズム(無政府主義)に変貌することはしばしばあるけど、

    あえていわせてもらえば、

    それは釈迦の手の上の
    孫悟空でしかありえません。

    国家があるから自分が存在するのです。

    呉智英先生曰く、

    ‏人は時代を超えることはできない。近代人は近代国家の枠を超えることはできません。地球市民なんてただのネゴトですよ。外国に観光旅行に行く時、地球市民のパスポートでどこの国が入れてくれますか。病気になった時、地球市民の健康保険証でどこの病院が診てくれますか(笑)。

  16. 尖沙咀さん。
    なんか論点ずれずれですよ。
    国家があるから自分が存在するのではありません。時間がかかっても良いので、提示したURLの記事読んでみてください、じっくりと。
    国家と社会は違います。社会というのは人間生まれた時からずっとありますから、女がいて男がいて子どもを産んでそこに集団ができて集落ができたりすれば、もう人が2人いれば社会だから、人間は人間になったときからずっと社会があるわけですね。だけど、19世紀から20世紀には、近代国家という枠がバーンと社会の上にはめ込まれてしまった、と考えればわかりやすい。知らない間に私たちはその中に住んでいて国家はだいたい教育を握ってますから、国家の思うような人間をつくろうというので、人が生まれたときからヒエラルキーを上から課してくるんです。
    これそのまま真実ですよ。これ論破できるわけがないと思うけど?
    国家がなくても社会は存続できます。

    呉智英さんをあまり存じ上げないので、今軽く調べましたけど、
    あと軽く調べるにあたってwiki使ったんで信憑性は定かじゃないですけど、
    アンチクレヨンしんちゃんで、差別もある明るい都政を目指す様な人はちょっと相いれないです。
    まずしんちゃんはすごく自然主義です。しんちゃんもコナンもドラえもんもわたしは好きですけど、どれも言いたいことは自然に逆らうと人は罰を受けるよ、ってこと。
    しんちゃんは自分の教示に従って、子どもには唇許さないし、大人のお姉さんが大好き。それはひろしの影響もあるし、ひろしって普通に世の中の大半の男の姿そのもの。コナンも宮野志保(灰原)がアポトキシンを作ってしまったことで自然の流れに逆らうことに協力してしまったことに自責の念を抱き続けています。ドラえもんだって、のび太というダメダメな男でもしずかちゃんに無条件に認められて生きていける世の中であってほしいという想いがストレートに込められています。
    世の中には、社会に適合して時には八方美人で生きていける人もいるんだろうけど、そういうことが苦手で向かない人だっています。社会に向かない人は死ねというのか?
    社会に向かない人であってもありのままで生きていける世の中じゃないと、心から安らがないのでストレス過多で生きていきたいなんて思いません!

    最後の三文なに?
    ちょっと何言い出したのか意味が分からない。
    誰も地球市民のパスポートとか保険証の話なんてしていませんよ。
    くだらない三文なんでスルーしようかと思いましたけど、あえてつっこむと、世界には、資本主義の国の中でも一部地域はカネじゃなくて義理人情でまだまだ通用している村もあります。そういう村が日本を一歩出れば存在しているという事実は知っておいた方がいいと思います。異様な日本式にマインドコントロールされないために。

  17. https://matome.naver.jp/odai/2148692212861989301

    セックスって人間も動物だから普通にするよね。
    それをやましい事の様に隠し、スケベな事して子どもを産んだ親当事者たちが、
    子どもには教育上悪いから見せたくない。

    え?夫婦のセックスで子ども産まれているんですが?
    その行為が教育上悪いんですか、へー(・o・)
    って、いっつも目が点になりますよ

    しんちゃん原作はいつ見ても面白い。
    人間の、生物の、自然な姿を教育上悪いとかいう言葉で否定する人って…ry

  18. >国家があるから自分が存在するのではありません。

    国家がなかった「流浪の民」が
    どういう目にあって来たか
    というのをご存知ですか?

    ヨーロッパにいたユダヤ人やジプシーは常に迫害されてきましたね。

    国家は国民に対して教育や勤労や納税を課しますが、
    だからこそ国民は国家に対して生存権、教育権、参政権を主張できるのです。

    私もあなたも
    「国家」による教育で
    人格が形成されてきたことは
    否定できないですよ。

    あなたも私も、日本語が使えるのも国家のおかげですね。

    >え?夫婦のセックスで子ども産まれているんですが?
    その行為が教育上悪いんですか、へー(・o・)
    って、いっつも目が点になりますよ

    栗本慎一郎は「パンツをはいたサル」で、「人間は、20%の人間性と80%の動物性から成る」との認識から、生物としてのヒトを考察した。

    栗本慎一郎の父の栗本一夫が、野坂昭如のポルノ裁判(永井荷風の「四畳半襖の下張り」を翻刻して雑誌に掲載したことを「わいせつ文書頒布」と認定した事件)に出した判決を擁護している。後に「朝まで生テレビ」で共演する大島渚や、ファンであることを公言することになる阿木燿子の夫である宇崎竜童のポルノ擁護発言を厳しく批判した。

    「パンツを脱ぐ」ことの快感があるから、ポルノやセックスへの衝動が生まれるわけで、
    すべての文化や文明は、性的衝動を昇華したものから生まれているんだよ。

    そういう垣根(心理的リアクタンスといいます)をとっぱらうと、逆に性衝動が
    鈍ってしまい、文化や文明が退化してしまうんだよ。
    ttps://www.motivation-up.com/motivation/reactance.html

    安易なエロネタやエロ漫画に対して
    私や呉先生が批判的なのはこのせいです。

    現在、日本のみならず、先進国で少子化が問題になっていますが、
    その要因の一つが
    「ネットポルノの隆盛」
    であることは間違いないですな。

  19. 尖沙咀さん
    どこから突っ込めばいいのか…
    まずジプシーと言うなよ。差別用語を使う時点で、あなた自身にロマ人・移動民族・非定住民族への差別意識を感じます。
    昔、朝日新聞出版が橋下徹さんの部落育ちを差別的に報じたことで制裁受けたみたいに、また、在日外国人に対してヘイトスピーチして最高裁で最近も差別者が制裁を受けたみたいに、あなたの言っていることは常に制裁を受けている側のしている行動だと思います。

    何でもそうだけど、橘玲さんが言うみたいに日本に生まれ育った日本人ってだけで世界から見ればヒエラルキーの上の方にいる人なわけで、ヒエラルキーの上の方にいる人はヒエラルキーの下の方にいる人が入ってくるとなると、治安悪化がぁ―!とか陰謀がぁー!とか騒ぐんだよね。ロマ人も、どういう経緯で、どういう苦悩で、移動民族という生き方を選んだのかをちゃんと知らないからそういう平気で差別意識を持っちゃうんでしょうね。ちゃんと勉強してほしい。
    ヒエラルキーの上の方にいる人には理解できないんだろうけど、ヒエラルキーの下の方にいる人はそこから抜け出す方法にかなり制限があるんだよ。その制限を作っているのがヒエラルキーの上の方にいる人達。
    アメリカのメキシコ壁じゃないけど、グアテマラ民族の移動も、まずそもそもグアテマラにいたら、橋下徹さんの父が暴力団をしていた様に、マフィアに誘われたり不法な生き方をせざる得ない状況に追い込まれていく。それが嫌で、移動していたりする。かといって私はトランプ批判はしない。トランプよりも悪いのはグアテマラの統領。ああいう腐敗権力者が一番の膿。国家があるから「流浪の民」が差別されるんです。

    >「国家」による教育で人格が形成されてきたことは否定できないですよ。
    否定はしないけど、正しい表現とは思わない。別に私は国家に教育されたわけじゃないです。親や教師、創作物や友人、そうやって関わる人とのコミュニケーションの中で教わってきましたから。国家による教育って、ただのマインドコントロールですよ。

    まず、しんのすけをポルノに分類する神経が相いれないわ。しんのすけってポルノなの?それでオナるの?それこそ気持ち悪いわ。
    次に、心理的リアクタンスの使い方間違っていますよ。心理的リアクタンスは自由を制限されると反発したくなる心理のことです。しんのすけのテーマソングの、ダメダメの唄のことですわな。何でもダメダメ←それって大人の都合なんじゃないの?って奴。
    ロミジュリじゃないけど、リアクタンスは逆に衝動を高めます。
    「パンツを脱ぐ」ことの快感があるから、ポルノやセックスへの衝動が生まれるというのは正しいです。でもリアクタンスの使い方が間違っているのは何故?

    首都東京は年間2、3万本なる気持ち悪い企画ものAVが制作配給されるポルノの首都なわけですけども、ジェンダーフリーなわたしからすれば、そういうのは規制されて当たり前。まず企画ものというのはただの性倒錯。ロリコン、小児性愛者が多いのは残念ながら日本も。そういう性倒錯は諸外国では受け入れられていません。私も受け付けられません。でもなぜか日本ではAVポルノで表向きに発信されている。気持ち悪い。
    ですが、しんちゃんしかりライトなエロネタ、しんちゃん原作もわたしからすれば別にディープなエロネタとは思えないので、しんちゃんをポルノに分類とは思えないですね。
    基本的にライトなものを隠すと人はよりディープな方向に走りますよ。それこそリアクタンス。ライトなアニメを規制したら、異常にヤバい同人誌が出現するのが日本。
    AVとか同人誌とかに比べれば、しんちゃんなんかライトもライト。
    原作のしんちゃんが吉永先生のスカートの中に入って先生が感じてしまうって、ぶっちゃけ現実でもなくない話でしょ。だからしんちゃんを規制したい人は、エロだから下品だから規制じゃなくて、普通に現実になくない話だから、嫌悪感を示すんでしょうね。

    で、心理的リアクタンスをとっぱらうと、文化や文明が退化してしまうってのは?
    まず文化と文明は違います。文化は自由な発想から生まれる事の方が多いですし、文明は国家がなくても人が2人以上いれば自然と出来上がります。
    自然主義者の集まる集落が世界にはあります。あなたのいう垣根を取っ払たからこそ生まれた素晴らしい文化です。
    たしかに、常にパンツを脱いでいる状態ですので、裸=エロにはなりませんから、裸でいても性的衝動がずっと起きるわけではありません。あなたのいう性衝動が鈍るというのはこういう意味なんでしょう。しかし、そういう人たちが全く性衝動がないかというと違います。裸=エロではないだけで、行為をする相手とロマンチックな状況を作り出して行う、メタな性衝動なわけです。
    EDってなんで起きるか知っています?生活習慣とかストレスとかもありますし、原因はひとつじゃないですけど、あえてシンプルに回答するなら、パンツを脱いでも性衝動が起きない状況に陥っているんです。リアクタンスがとっぱられていない人の方が、EDになったり、セックスレスになったりするんです。セックスレスもリアクタンスをとっぱっていないのに、なるでしょ。
    あれれー、あなたの垣根取っ払うと退化する説がすでに矛盾しているよー。
    http://www.minamitohoku.or.jp/kenkokanri/200512/ed.htm
    性欲あるのに性衝動がない状況に陥るのは、垣根があるから。
    垣根がない方が、メタな性衝動を体験できるよ。

    私は性的なことにおいて、この「メタ」さはとても大事だと思う。
    レイプとか痴漢とか慰安婦とか風俗とかを本気でそういう被害をなくそうと思うなら、
    それこそ垣根をとっぱらって自由になった上で、その自由さに慣れて、常に裸ならロマンチックな状況を作り出そうとする努力をしないとより楽しめないですから、「メタ」さが必要になるんですよ。そのメタさがあると、安易な性衝動がなくなり、知的な一つ高次な「メタ性衝動」に切り替わる。と、いろんな人とか文献とか実体験とかから出た一つの私の結論です。

    ちょうど、非自発的禁欲のテロリズムを橘玲さんがかいていらっしゃるのですが、非自発的禁欲は低俗だけど、自発的禁欲は高尚な人間にしかできない。

  20. >まずジプシーと言うなよ。差別用語を使う時点で、あなた自身にロマ人・移動民族・非定住民族への差別意識を感じます。

    1980年の山口百恵引退間際の曲に
    「謝肉祭」
    という曲があります。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=V0y1OeZMWMo

    安易に「差別語」と認定することが、
    名曲を葬り去ることこそ問題にするべきです。

    空耳アワーを知っている人なら、
    「ジブシー・キングス」はおなじみですね。
    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9

    ジプシー・キングスのメンバーは、互いに兄弟・親戚関係にあるロマの一家である。レイエス兄弟の父である歌手のホセ・レイエス(José Reyes)とバリアルド兄弟の父であるギタリストのマニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata、本名はリカルド・バリアルド Ricardo Baliardo)は従兄弟同士で、またチコはホセの娘婿であった。

    >首都東京は年間2、3万本なる気持ち悪い企画ものAVが制作配給されるポルノの首都なわけですけども、ジェンダーフリーなわたしからすれば、そういうのは規制されて当たり前。まず企画ものというのはただの性倒錯。ロリコン、小児性愛者が多いのは残念ながら日本も。そういう性倒錯は諸外国では受け入れられていません。私も受け付けられません。でもなぜか日本ではAVポルノで表向きに発信されている。気持ち悪い。

    何を言っているだか。
    【書評】職業としてのAV女優
    ttps://www.tachibana-akira.com/2012/12/5268 #橘玲公式BLOG
    をお読みください。

    尖沙咀
    2012年12月10日 2:33 AM
    中国でいちばん有名な日本人は「蒼井そら」だったりするわけで、
    AVを含めた性産業が日本のこれからの主要産業になるかもしれません。

    特に、私のハンドルネームである「尖沙咀」、すなわち香港などの
    地域では、男女の数にかたよりがあるため、AVなどのお手軽な「性」
    に対する世界の潜在的需要は非常に大きいと思いますけど。
    ttp://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51940709.html
    香港では、日本のAV専門店というのもあります。
    ttp://animetic.web.fc2.com/hongkong02.html
    なぜ日本にこういった「性産業」が発展したかという点については、
    モザイクをかけなけれなならないなど、様々な表現の規制が逆に性商品としての
    品質を高めていったという逆説もあります。二次元とか。
    世界には様々な形で「性」に対する規制がありますが、逆にそれを
    逆手にとってどんどん世界進出してほしいものです。

  21. >まずジプシーと言うなよ。差別用語を使う時点で、あなた自身にロマ人・移動民族・非定住民族への差別意識を感じます。

    1980年の山口百恵引退間際の曲に
    「謝肉祭」
    という曲があります。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=V0y1OeZMWMo

    安易に「差別語」と認定することが、
    名曲を葬り去ることこそ問題にするべきです。

    空耳アワーを知っている人なら、
    「ジブシー・キングス」はおなじみですね。
    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9

    ジプシー・キングスのメンバーは、互いに兄弟・親戚関係にあるロマの一家である。レイエス兄弟の父である歌手のホセ・レイエス(José Reyes)とバリアルド兄弟の父であるギタリストのマニタス・デ・プラタ(Manitas de Plata、本名はリカルド・バリアルド Ricardo Baliardo)は従兄弟同士で、またチコはホセの娘婿であった。

    >首都東京は年間2、3万本なる気持ち悪い企画ものAVが制作配給されるポルノの首都なわけですけども、ジェンダーフリーなわたしからすれば、そういうのは規制されて当たり前。まず企画ものというのはただの性倒錯。ロリコン、小児性愛者が多いのは残念ながら日本も。そういう性倒錯は諸外国では受け入れられていません。私も受け付けられません。でもなぜか日本ではAVポルノで表向きに発信されている。気持ち悪い。

    何を言っているだか。
    【書評】職業としてのAV女優
    ttps://www.tachibana-akira.com/2012/12/5268 #橘玲公式BLOG
    をお読みください。

    尖沙咀
    2012年12月10日 2:33 AM
    中国でいちばん有名な日本人は「蒼井そら」だったりするわけで、
    AVを含めた性産業が日本のこれからの主要産業になるかもしれません。

    特に、私のハンドルネームである「尖沙咀」、すなわち香港などの
    地域では、男女の数にかたよりがあるため、AVなどのお手軽な「性」
    に対する世界の潜在的需要は非常に大きいと思いますけど。
    ttp://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51940709.html
    香港では、日本のAV専門店というのもあります。
    ttp://animetic.web.fc2.com/hongkong02.html
    なぜ日本にこういった「性産業」が発展したかという点については、
    モザイクをかけなけれなならないなど、様々な表現の規制が逆に性商品としての
    品質を高めていったという逆説もあります。二次元とか。
    世界には様々な形で「性」に対する規制がありますが、逆にそれを
    逆手にとってどんどん世界進出してほしいものです。

  22. AV女優含め、グレーゾーン含め、そういう女の武器使えば稼げるわ~、って女と、それを管理する男、両方とも自分の胸に手を置いて一度考えてみろ。自分の人生を心から誇れるのか?その背中を次世代に見せたいか?って話。
    もし誇れるというなら、芸名使わずに本名で活動して堂々とすればいいけど、現実は心の奥底では恥じているから堂々としないでしょ!
    こういう世界の奴らが、簡単に稼げるイージーモードな人生の送り方をするせいで、世の中真面目に生きている側が損をする。
    勝手にしてくれるだけなら構わないけれど、好きになった異性、結婚する婚約者の過去が何かの瞬間で知る事となり苦しむのは真面目な人。
    初めから本名で活動して顔も変えずに堂々としていれば、それを嫌いな人は近づかないで済むから、巻き添え被害は起きない。
    低俗な奴は、男であれ、女であれ、ただの人でなし。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

投稿したコメントが表示されない場合は、SPAM判定された可能性があります。詳細はこちらをごらんください。

管理スタッフはコメント欄への投稿をしません。管理人を詐称してのコメント投稿はおやめくださるようお願いいたします。