第16回 魅惑のドル建て高金利預金(橘玲の世界は損得勘定)

今年の3月から4月にかけて東南アジアを回った。今回は、そこで見つけた面白い金融商品を紹介しよう。

ひとつは年利13%の定期預金。キャンペーンなどではなく、れっきとした大手銀行が提示している通常の1年定期だ。ただし、ベトナムの銀行だけど。

年利13%というと、仮に100万円を複利で預ければ1年後は113万円、10年後には300万円、20年後には1000万円に増える。なぜこんなウマい話があるのだろう。

それは、ベトナムのインフレ率がものすごく高いからだ。

ベトナム経済はここ数年物価の高騰に悩まされていて、2011のインフレ率は18.68%、12年は12.61%(予想)だ。13%の定期預金の実質金利は-5.68%(11年)~0.39%(12年)。生活コストが急激に上がっていくベトナムのひとたちにとって、“高金利預金”にお金を預けても損するだけだったのだ。

ところが今年になってインフレがすこし収まって、高金利の定期預金の魅力が増してきた。だがこれは銀行が損をするということでもあるから、今後、金利は下がっていくだろうと銀行員は解説してくれた(事実、それから2週間後に定期預金金利は12%になった)。

新興国通貨の高金利預金はベトナム以外にもあって、最終的には通貨が下落して金利分の利益が相殺されることに(理屈のうえでは)なっている。

それでは、為替リスクのない高金利預金ならどうだろう。「そんな都合のいい話があるはずはない」と思うだろうが、事実、米ドル建てで年利7.75%の定期預金(5年)が存在する。ただし、場所はカンボジアになるが。

カンボジアは東南アジアのなかでも、米ドルが決済通貨として広く流通している特異な国だ(トゥクトゥク=三輪タクシーの運転手も米ドル札しか受け取らない)。そんな国で時ならぬ不動産バブルが起こり、銀行が米ドルと現地通貨のリエルで融資を始めた。このときリエルの金利に引っ張られて、米ドル金利もいっしょに上がってしまったのだ。

もちろんこうした明らかな市場の歪みは、裁定取引によってただちに解消されるはずだ。ヘッジファンドがアメリカ国内で低利のドルを調達し、それをカンボジアで運用すれば、為替リスクなしで莫大な利益を手にすることができるだろう。

だがカンボジアはソブリンリスクが高く、大手銀行といえども格付はない。機関投資家はもちろんヘッジファンドの投資基準すら満たさず、結果としてガラパゴス化した市場でドルが流通することになる。こうして、常識を超えた高金利が維持されているのだ。

ただし、徒歩や自転車でも行き来できる隣国のタイやベトナムの米ドル金利(定期預金)は0.5%程度。このような異常な金利差がいつまでもつづくはずはない。

興味があれば、ご利用はお早めに。ただし、あくまでも自己責任で。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.15:『日経ヴェリタス』2012年5月20日号掲載
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