今年はどんな年になるだろうか2012

ひさしぶりに日本に戻ってきて、たまっていた新聞を整理しながら、今年はどんな年になるのか考えてみた(去年も同じことをしていた)。

もちろん誰も未来を知ることはできないし、去年の予想でも、東日本大震災や原発事故はもちろんのこと、(中東を旅したばかりだというのに)「アラブの春」の到来にもまったく気づかなかった。その一方でユーロ危機のように、予定調和的に事態が悪化していくものもある。これは、「構造的な問題は現実化する」からだ。

その意味で昨年は、世界がどのような構造的な問題を抱えているのかが明らかになった年だった。

アメリカは、「雇用なき回復Jobless recovery」から抜け出せそうもない。年末の株価は1万2000ドルをなんとか維持したが、失業率は2009年以来9%台に張りついたままで一向に改善の気配がない。国勢調査局によれば、アメリカの貧困者は4618万人で過去最多となり、全人口に占める割合も15.1%に上昇している。

80年に800ドルだったニューヨーク株価は、インターネットバブルに沸いた2000年に1万1000ドルへと約14倍に上昇した。インターネットバブルがはじけ、9.11同時多発テロで「戦争」に突入した後も、FRBの低金利政策により、不動産価格が5年で倍になるというバブルに踊った。

アメリカは四半世紀にわたって「大いなる安定」を享受してきた。高いレバレッジをかけて不動産を購入し、クレジットカードで借金を積み重ね、預金ではなく株式で資産運用するアメリカ人の人生設計は、この「黄金の25年」に最適化されたものだ。

しかしいま、幸福な時代が終わってしまったことにひとびとはようやく気づきはじめた。

アメリカは現在も金融やICT(情報通信技術)のような知識産業で圧倒的な優位を維持している。しかしこれらの産業は、製造業とちがって大量の雇用を必要とせず、そのかわり高い教育を受けたエリートを獲得するために法外な金銭を支払っている。この「1%」と「99%」の構図がアメリカ社会を分裂させている。

ティーパーティーは、貧困層や不法移民への再分配を拒絶している。「ウォール街を占拠せよ」の若者たちは、「1%」から「99%」への所得移転を求めている。両者の主張に妥協の余地はなく、大統領選に向けてその亀裂が露になっていくだろう。

ユーロ危機で明らかになったのは、ヨーロッパの好況が、南の国々(および旧ソ連圏の東ヨーロッパ)の負債によって支えられていたという仕掛けだった。アテネの街にはベンツやBMWが溢れているが、これはギリシア政府や金融機関が分不相応な借金をして国民にお金をばら撒き、それを目当てにドイツのメーカーが高級車を輸出したからだった。

ドイツなど北ヨーロッパが輸出増で経常黒字になり、ギリシアやスペイン、イタリアなど南ヨーロッパが経常赤字でそれを吸収する「ヨーロピアン・インバランス」は、アメリカの巨額の経常赤字を中国や日本などアジアの国々の経常黒字で埋め合わせる「グローバル・インバランス」の縮小版だ。

EUは増税と緊縮財政によって南の国々の経常赤字を減らし、ユーロの信任を守ろうとしている。だが南の国々の輸入が減れば必然的に北の国々の輸出も減り、市場全体が縮小して、ヨーロッパは長い不況に陥るのではないだろうか。

世界経済全体では、アメリカが財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」を維持できなくなり、経常赤字の縮小は不可避だといわれている。世界全体の経常黒字と経常赤字を足し合わせればゼロになるのだから、アメリカの経常赤字が減れば、その分だけ中国や日本の経常黒字が縮小するのは避けられない。

「ヨーロピアン・インバランス」が解消される過程を観察すれば、「グローバル・インバランスの解消」でなにが起きるのかの参考になるだろう。

*念のために言っておくと、日本が大幅な経常黒字でも景気が低迷しているように、経常黒字=好況、経常赤字=不況というわけではない。アメリカの場合、米ドルが基軸通貨であることから、経常赤字が常態となる。他国が決済資金として米ドルを保有する分だけ、アメリカは余分に通貨を発行できる。これが機軸通貨国のシニュレッジ(特権)だ。

中国の抱える構造的な問題は、人民元の為替レートを安定させるため金融政策に大きな制約があることで、インフレになっても金利を引き上げることができない。中国政府は不動産バブルを抑制するために裁量的な融資規制を行なってきたが、それによって経済成長が減速するとひとびとの実質所得が減って生活が苦しくなり、各地でデモやストが頻発するようになる。

人民元相場を安定させつつインフレを抑え、大規模な公共投資によって経済成長を維持する綱渡りがいつまでもつづけられるわけはなく、いずれ大幅な調整は避けられそうもない。

世界経済で起きているさまざまな現象は、グローバル化の必然的な帰結だ。それをひと言でいうと、新興国の急速なキャッチアップによって先進諸国の経済成長が鈍化することだ。

グローバル化の直撃を真っ先に受けたのが日本で、アメリカは資産価格の上昇によって、ヨーロッパは「ヨーロピアン・インバランス」によってこの罠を回避してきたが、世界金融危機で“魔法”は効力を失ってしまった。

だがその一方で、新興国のキャッチアップはグローバル化と技術進歩によってますます容易になるだろう。BRICsにつづいて、タイやベトナム、インドネシア、メキシコ、トルコといった国々が圧倒的に安い人件費を武器に、先進諸国への輸出拠点としてテイクオフを始めた。

そんななか日本は、「失われた20年」の果てに、円という“最強通貨”を手にする奇妙な巡りあわせを迎えている。日本企業にとっても、また私たち一人ひとりにとっても、この国の構造的な問題が現実化するまでに、この“幸運”をどのように活用するのかが大きな課題になるのだろう。

謹賀新年

本年がみなさまにとって、素晴らしい1年でありますように。

T.A.

La Habana Vieja@Cuba
La Habana Vieja@Cuba

書評:シャンタラム

旅先で『シャンタラム』を読む至福を味わったので、その感想をすこし。

著者のグレゴリー・デイヴィッド・ロバーツは1952年にオーストラリア・メルボルンに生まれ、17歳で“アナキスト人民自由軍Anarchist People’s Liberation Army”を創設、労働運動や反ファシズム運動を経てメルボルン大学の学生運動のリーダーとなるも、24歳のときに離婚で娘の親権を失い、その精神的衝撃で重度のヘロイン中毒に陥ってしまう。

ヘロインを手に入れる金に窮したローバーツは銀行を襲い(被害が保険で補償される金融機関だけを選び、スリーピース姿で“Please”と丁重に金を要求したので“紳士強盗Gentleman Bandit”と呼ばれた)、26歳で逮捕。重警備の刑務所に送られたが、看守による暴力と自由を奪われたことに耐えられず2年後に白昼堂々と脱獄、暴走族やかつての革命仲間に助けられてニュージーランドに潜伏した後、30歳のときに手製の偽造パスポートを使ってインドのボンベイ(ムンバイ)に辿り着く。

『シャンタラム』は、ロバーツの分身である主人公リンジーがムンバイに到着し、バックパッカーたちといっしょに空港から市街へと向かう場面から始まる。これから語られる驚くべき物語が冒頭に簡潔に要約されているので、その部分を紹介してみよう。

私の人生の物語は長く、込み入っている。私はヘロインの中に理想を見失った革命家であり、犯罪の中に誠実さをなくした哲学者であり、重警備の刑務所の中で魂を消滅させた詩人だ。さらに、ふたつの看視塔にはさまれた正面の壁を乗り越え、刑務所を脱獄したことで、わが国の最重要の指名手配犯にもなった。そのあとは幸運を道づれに逃げ、インドへ飛んだ。インドではボンベイ・マフィアの一員になり、銃の密売人として、密輸業者として、偽造者とした働いた。その結果、三つの大陸で投獄され、殴られ、刺され、飢えに苦しめられることになる。戦争にも行き、敵の銃に向かって走り、そして、生き残った。まわりでは仲間が次々と死んでいったが、その大半が私などよりはるかにすぐれた男たちだった。何かの過ちで人生を粉々に砕かれ、他人の憎しみや愛や無関心が生み出す運命のいたずらに、その人生を吹き飛ばされたすぐれた男たちだった。私はそんな彼らを埋葬した。多すぎるほど埋葬した。埋葬しおえると、彼らの人生と物語が失われたことを嘆き、彼らの物語を私自身の人生に加えた。

安宿街でバスから降りたリンジーは、「世界をまるごと包み込むような」笑顔を持つプラバカルというガイドと知り合い、やがて二人は親友となる。プラバカルはリンジーを“リンババ(“ババ”は尊称)”と呼び、ヒンディー語やマラーティー語(ムンバイのあるマハーラーシュートラ州のローカル言語)を教え、故郷の村に案内する。そこでプラバカルの母親から与えられた新しい名前が、“シャンタラム(神の平和のひと)”だ。

“リン・シャンタラム”として生まれ変わったリンジーは、無国籍都市ムンバイに集まるさまざまなボヘミアン(故国に帰れない異邦人)と出会い、裏社会を支配するマフィアたちとつき合うようになる。ムンバイに魅せられたリンは、司法の追求を逃れるため、プラバカルが用意したスラムの家で暮らしはじめ、かつて覚えた救急医療の技術で病人や怪我人を治療したことからコミュニティの一員として受け入れられていく……。

『シャンタラム』のいちばんの魅力は、作者自身が体験したインド社会が活き活きと描写されていることだ。

スラムはたんなる貧民窟ではなく、自らの秩序や掟に従ってひとびとが共生する“村”だった。ムンバイの裏社会を支配しているのはアフガニスタンから逃れてきたムスリムの賢人で、彼のまわりにはイランやパレスチナ、アルジェリアなどさまざまな国から流れてきたムスリムの男たちが集まっていた。ムンバイではヒンディー語は支配者の言語で、マラーティー語を話す者だけが「身内」と見なされる(カーストによる差別よりも、言語や民族のちがいが大きな軋轢を生む)――。いずれも、とおりいっぺんの観察では気づかないことばかりだ。

だがそれにも増してこの作品が(ジョニー・デップを含む)多くの読者を魅了したのは、主人公のリンが逃亡犯でありながらも、純粋なリベラルの精神を体現しているからだろう。

はじめてスラムを目にしたとき、リンはその貧しさに打ちのめされる。スラムで大火が起きたときも、コレラに襲われたときも、ひとびとを救おうと奔走する。もちろん自分が白人であることは意識しているが、彼はすべてのひとを自分と対等な存在として扱うのだ。

作品中では、リンの両親はフェビアン協会(19世紀末にロンドンで設立された穏健な社会主義団体)の熱心な活動家で、その強い影響を受けて育ったことが語られているが、これもおそらく作者自身の実体験だろう。リベラルであることを徹底して叩き込まれた彼は、銀行強盗の脱獄犯として国際指名手配になっても、その価値観をけっして変えようとしないのだ。

リンがムスリムの犯罪組織に受け入れられたのも、彼が人種や国籍や宗教のちがいをまったく顧慮しないからだ。そもそもイスラムそのものが無国籍なグローバル世界で、ムンバイにはインド人のムスリムだけでなく、世界じゅうから故郷を逃れた者たちが集まっている。リンにとっては、彼らも自分と同じボヘミアンなのだ。

こうしてリンは、スラムの住人たちと親友になったのと同様に、武芸の達人であるイラン人と兄弟の契りを結び、アフガニスタン人の賢者(ムンバイの裏社会の支配者)を“父”として慕う。相当に風変わりな状況ではあるものの、人種や宗教や貧富のちがいを越えた対等な人間関係こそがリベラルの理想であるならば、リンの冒険はまさにそこから生まれるのだ。

『シャンタラム』は、愛をめぐる物語でもある。それは、カーラという謎の女性(スイスに生まれアメリカで育ち、誰にもいえない秘密を抱えている)への愛であるとともに、どれほど求めても得られなかった父からの愛を、アブデル・カーデル・ハーンというアフガニスタン生まれのマフィアのボスに見出そうとする渇望でもある。だからこれは、きわめて正統な近代小説でもあるのだ。

なお、作者のロバーツは1990年にフランクフルトでヘロイン密輸容疑で逮捕され、オーストラリアに送還・収監された後、刑期をつとめあげて97年に釈放。『シャンタラム』は獄中で書きはじめ、看守によって2度、草稿を破り捨てられたものの驚異的な記憶力で再現した。2003年にアメリカ、イギリス、オーストラリアなどで発売され、04年にはジョニー・デップ主演でワーナー・ブラザーズが映画化権を獲得(いまだにクランクインには至っていない)。本書の続編となる『The Mountain Shadow』は来年、完成予定とのことだ(詳しくは著者のホームページ)。

これ以上はよけいな解説はやめておこう。文庫本で3巻、1800ページを越える大作だが、読み始めたら止まらないのは請け合い。年末年始の休みに、できれば旅先でどうぞ。

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