消費税率30%の未来 週刊プレイボーイ連載(32)

野田首相は、消費税増税の「捨て石」となると覚悟だといいます。現在5パーセントの消費税率を10パーセントまで上げようと苦心惨憺しているのですが、日本の財政状況を考えるとじつはその程度ではぜんぜん足りません。日本国の歳出は100兆円もあるのに、税収は40兆円しかないのですから、単純に考えると、消費税率を30パーセントくらいまで上げなければ財政は均衡しません。

財政破綻の危機に陥ったギリシアの消費税率が23パーセントに引き上げられたことを考えると、これは荒唐無稽な話とはいえません。実現可能性はともかくとして、このような高消費税率の未来ではどのようなことが起きるのかをここでは考えてみましょう。

消費税率30パーセントというのは、100円の買い物で30円の税金を納めることです。1万円なら税額3000円、10万円で税額3万円、100万円だと税額30万円……と考えていけば、ひとびとがどのように行動するかは容易に想像がつきます。大きな買い物になればなるほど、なんとかして消費税を逃れようと画策するようになるのです。

このようにして、ギリシアやイタリア、スペインなど南欧の国々では闇経済が膨張していきました。闇経済といっても犯罪組織の暗躍ではなく、現金取引(いわゆる“とっぱらい”)のことです。

たとえば、事務所の内装工事に100万円かかるとしましょう。正規の業者に依頼すると、消費税込みで総支払額は130万円になります。そこへ“とっぱらい業者”が、「ウチなら領収書なしで110万円で請け負いますよ」とやってきます。この闇取引であなたは工事費を20万円節約し、業者は利益を10万円増やすことができます。これは双方にとってきわめてウマい話なので、みんなが経済合理的に行動すると、正規の業者は市場から駆逐されてしまいます。

ヨーロッパの若年失業率はスペインで48パーセント、ギリシアで45パーセントにも達します(日本は7.8パーセント)。若者の2人に1人に職がないというのはちょっと想像しがたい状況ですが、失業者の一部(もしかしたらかなりの部分)は闇経済からなにがしかの賃金を受け取っているのです。

ところで、EU加盟国でもっとも消費税率が高いのはスウェーデンの25パーセントですが、ここでは南欧諸国のような闇経済の弊害は起きていません。それは、脱税できないような社会の仕組みがあるからです。

スウェーデンやノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国は、国民の課税所得を納税者番号で管理するばかりか、全国民の課税所得を公開情報にしています。

スウェーデンの税務署には誰でも使える情報端末が置かれていて、名前や住所、納税者番号を入力すると他人の課税所得が自由に閲覧できます。そうやって羽振りがいいのに課税所得の少ない隣人を見つけると、国税庁に通報するのが“市民の義務”とされています。北欧の手厚い社会保障は、こうした相互監視によって支えられているのです。

日本がもし高消費税国になったら、南欧のように闇経済がはびこるよりも、北欧のような超監視社会になる可能性のほうがはるかに高いでしょう。福祉には、相応の代償がともなうのです。

参考資料:「朝日新聞グローブ」第42号(2010年6月28日)「覚悟の社会保障」

 『週刊プレイボーイ』2011年12月19日発売号
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贈与税の非課税枠はなぜ不動産投資にしか使えないのか?

12月1日付の日経新聞(夕刊)に、「住宅向け贈与 非課税拡充」という記事が掲載されていた。

2012年度税制改正で、住宅の購入用資金を親や祖父母から譲り受ける際の贈与税の特例措置を2年間延長するとともに、贈与税の基礎控除(110万円)に上乗せできる非課税枠(現行1000万円)を、省エネや耐震性能で一定の基準を満たす住宅を購入する場合は1500万円に拡充するのだという。

さらには12年度改正で、省エネ住宅に住宅ローン減税を上乗せする制度の創設も決まっており、12年度から始まる認定省エネ住宅(仮称)制度の認定を受けた住宅を新築した場合、所得税額から10年間で最大400万円控除できるとされている。

同紙によると、この措置は「高齢者世帯から現役世帯への資産移転を促すとともに、優良住宅への投資を後押しする」ためのものだという。

総務省統計局の家計調査年報(平成22年)によると、2人以上の勤労者世帯で、50代の平均貯蓄は1585万円、負債は531万円で、1054万円の貯蓄超過になっている。60代以上にいたっては、平均貯蓄2173万円に対して負債はわずか234万円で、1939万円の貯蓄超過だ。

もちろんこれは、平均的な50代や60代がこれだけの資産を持っている、ということではない。資産は標準偏差で分布するわけではなく、ごく少数の富裕層が平均値を大きく引き上げているからだ。

しかしそれを割り引いても、ほとんど家計に余裕のない50歳未満に比べて、高齢者世帯のゆたかさは圧倒的だ。そこに滞留している資金を若い世代に還流させようという政策は、それなりの意味があるだろう。

しかしなぜ、資金の用途が不動産の購入に限定されているのか。

日本社会で経済的にもっとも脆弱なのは、すでにマイホームを購入して住宅ローンを払いながら、子どもの教育費を捻出しなければならない40~50代だろう。彼らにとって、不動産を買わなければ使えない非課税枠などなんの意味もない。

そもそもマイホームの購入というのは、住宅ローンでレバレッジをかけたハイリスクな投資の一種だ。80年代半ばから90年代半ばにかけて不動産を購入したひとは、地価が半分から最大で4分の1になってしまったのだから、家計は債務超過に陥っている可能性が高い。30年ローンなら、85年に家を買ったひともいまだに返済をつづけていて、ようやく返し終わったときに残っているのは、老朽化して無価値になった建物と、買ったときの半分以下の値段しかつかない土地なのだ(89~90年のバブル最盛期にマイホームを買ったひとはもっと悲惨だ)。

このような悲劇が起きるのは、国家が恣意的な非課税措置や住宅ローン減税でひとびとに歪んだインセンティブを与えるからだ。それによって、金融資産を銀行預金で運用し賃貸住宅で暮らしていた保守的なひとたちまでマイホームという不動産投資に手を出すことになり、塗炭の苦しみを味わうことになった。

それにもかかわらず、国家はなんの反省もなく(というか、反省しないのが国家の特徴のひとつだ)、“善意”によって国民をハイリスクな投資に誘いこもうとする。すでに総世帯数を上回る住宅があり、これからますます人口が減少していくこの国で、さらに新築住宅を建てていったいどうするのだろう。

高齢者世帯から現役世帯への資産移転が政策目的なら、使途を自由にして、たんに非課税枠を拡充させればいい。

受贈者がそのまま銀行預金しても、名義人が変わるだけだから、経済にはなんの悪影響もない。子どもの教育費に使ったり、家族で旅行に出かけたり、ブランドものを買い漁ってくれれば、景気を浮揚させるなにがしかの効果はあるだろう。

80年代のバブルの原因はプラザ合意に驚いた政府・日銀が金融を緩和しすぎたことで、「失われた20年」の元凶は、地価暴落で金融機関ばかりでなく、企業や家計までもが巨額の不良資産を抱え込み実質債務超過になってしまったことだった。

なにを買い、なにに投資をするのかは国家が国民に“指導”することではない。国家が立派そうなことをすると、たいていはずっとヒドいことが起こるのだ。

「独裁者」はまた現われる 週刊プレイボーイ連載(31)

大阪のダブル選挙で橋下徹市長が率いる「大阪維新の会」が圧勝しました。選挙結果については「独裁だ」との批判から「これこそが民主主義だ」という賛美までさまざまでしょうが、ここでは地方であいついで“反乱”が起きている理由を経済的な側面から考えてみましょう。

“地域主権”を求める主張は多岐にわたりますが、そのなかでもっとも有権者の関心を集めたのが、地方議員や地方公務員の待遇であることは間違いないでしょう。鹿児島県阿久根市の“ブログ市長”は数々の奇矯な振る舞いで批判されましたが、それでも市長選で多くの支持を集めたのは、市議会議員の報酬や市職員の給与の明細を公開したからです。

それによると、阿久根市職員の平均年収は655万6000円で、平均年収200万~300万円という阿久根市民の2~3倍にあたります。さらに市職員の受け取る退職金は平均で2650万円(定年前の退職勧奨に応じた場合は3295万円)で、これは一部上場企業並みの厚遇です。

市民の代表として税金の使い道を監督する市会議員はというと、議員報酬や期末手当、政務調査費、議員日当などを加えて1年間で435万円の公金を受け取っています。それに対して地方議会の期日は年間で80日(実質は20日)程度で、地方議員のほとんどは本業を持っているため、政治家の仕事は割のいい“副業”となっているとのことです。

ここで暴かれたのは、地方議員と地方公務員が自分たちの都合のいいように公金を山分けする実態でした。阿久根市では税収が20億円しかないにもかかわらず、2008年度はなんと27億円を議員や市職員の人件費として支出していたのです(国からの交付金33億円の一部までが人件費に使われています)。

ほとんどの自治体では首長もこのもたれ合いの構図の上に乗っているため、“不都合な真実”はなかなか表に出てきません。市民が事実を知るためには「独裁者」が必要だったのです。

もちろん地方議員や地方公務員にも言い分はあります。地方議員の報酬は地方自治法に基づいて条例で定められており、地方公務員の給与は人事院勧告に準拠しているだけで、不当に得をしているわけではないというのです。こうした条例や勧告は、その趣旨からいえば、民間の給与を基準にして“公僕”としての適正な報酬を定めることを目的にしています。

ではなぜ、このような理不尽な事態が起きているのでしょう。それは「失われた20年」で民間人の所得が減ってしまったのに対して、公人の所得には減額の仕組みが備わっていなかったからです。

ひとびとがデフレで苦しんでいても、公務員の給与は年齢とともに着実に上がっていきます。それが20年間積み重なって、現在の「公務員天国」ができあがったのです。

大阪や名古屋でいま起きていることは、公務員と民間人の「経済格差」の是正を求める大衆運動です。この問題は日本じゅうどこでも同じですから、テレビなどで顔を知られた人気者であれば、“ポピュリスト”として権力の座を射止めるのは難しくないでしょう。

ゲームのルールが明かされた以上、私たちはいずれ第二、第三の「独裁者」を見ることになるのかもしれません。

参考文献:竹原信一『独裁者 “ブログ市長”の革命』

『週刊プレイボーイ』2011年12月12日発売号
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