今年のことはわからなくても、10年後の日本はわかっている  週刊プレイボーイ連載(130)

東日本大震災と福島原発事故のあった2011年や、民主党政権に国民が愛想をつかした2012年に比べれば、昨年はひさびさに平穏な年でした。今年はどんな1年になるのでしょうか?

じつはこの問いには意味がありません。どんな予測も、当たるか外れるかはサイコロを投げて決めるのと同じ、ということがわかっているからです。それでも予測を聞きたがるのは、ヒトの脳が未来をシミュレーションするようにできているからです。

脳の情報処理の特徴は、極端な出来事に引きつけられ、変化しないものには興味を持たないことです。

民主党は政権交代で「予算を組み替えれば財源はなんぼでも出てくる」といい、事業仕分けで国民を熱狂させましたが、実際にやってみたら「埋蔵金」などどこにもありませんでした。アベノミクスを囃すひとたちは「金融緩和で高度経済成長期並みの好景気がやってくる」と喧伝しましたが、いまのところそんな兆候はどこにもなく、おそらくはこれも空手形でしょう。ウマい話はそうそう転がっていないのです。

それに対して福島の原発事故は依然深刻で、除染や汚染水問題も解決の見通しはありませんが、ずっと深刻なままなのでほとんどニュースになりません。それよりも「特定秘密保護法案で全体主義の世の中になる」とか、「防空識別圏は中国の軍事攻撃の前兆だ」とかの話の方がずっと面白いのです。

今年どんな事件が起こるのかはわかりませんが、10年後や20年後の日本がどうなっているのかはかなり正確に予測できます。私たちは未来を知ることができませんが、そのなかで唯一、人口動態だけは例外だからです。

日本の人口は2005年から減少を始めており、2030年には1億1500万人、2050年には9500万人まで減ります。その一方で総人口に占める老年人口(65歳以上)の比率は30年には31.8%、50年には39.6%に上昇し、年少人口(14歳以下)の比率は30年に9.7%と1割を切ります。

日本のような先進国では年齢ごとの死亡率はほとんど変化しないので、いまのゼロ歳児が平均寿命を迎える八十数年後まで、人口構成がどうなるかはあらかじめ決まっているのです。

もうひとつはっきりしているのは、日本国の借金が増えることはあっても減らすのがきわめて難しいことです。国と地方の債務の合計は1994年に450兆円、2000年に700兆円でしたが、現在は1200兆円に迫ろうとしています。

国の借金というのは、国債を発行して集めたお金を国民に分配した結果です。この借金は年間50兆円のペースで増えており、それを1億人で割れば50万円で、これが赤ん坊から高齢者まで日本人が棚からぼた餅のように受け取っている平均的な金額です。もっともその配布先は高齢者に偏っていて、13年度の社会保障給付(年金・健康保険)は100兆円を超えているのに子ども・子育て関連は5兆円しかありません。

少子高齢化の進展とGDP比2倍を超える債務残高によって、この国の未来の選択肢はきわめて限られています。しかしそれはとてもゆっくり進行するので、どれほど深刻か気づかないまま日々が過ぎていくのです。

 『週刊プレイボーイ』2014年1月6日発売号
禁・無断転載

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

今年が皆さまにとってよい年でありますように。

私事ですが、懸案だった小説を昨年末に脱稿し、今春には刊行できる予定です。

前作『永遠の旅行者』から8年も経ってしまいましたが、ようやく肩の荷が下りた感じです。

昨年は私としては慌しい日々でしたが、今年はもうすこし腰を落ち着けて仕事をしたいと考えています。

今年もよろしくお願いいたします。

2014年元日 橘 玲

sahara
Sunrise@Sahara

第38回 来年も「良くも悪くもない」年か(橘玲の世界は損得勘定)

今回の原稿が今年の最終回なので、この1年を振り返ってみたい。

去年の今ごろは、アメリカの話題は「財政の崖」だった。民主・共和両党が合意できなければ1.2兆ドルもの歳出が強制削減されて、景気は崖から転落するように悪化していくと大騒ぎしていた。

この問題はオバマケア(医療保険制度改革)をめぐって再燃し、今年10月には政府機関閉鎖という異常事態を招いたが、心配されていた市場への影響はなく米国株は史上最高値を更新した。

ヨーロッパはギリシャ危機があとを引き、ユーロ解体論は沈静化したものの、誰もが暗い見通しを語っていた。

3月にはユーロ加盟国であるキプロスが金融機関の不良債権で財政破綻し、EUの支援と引き換えに大口預金者の資産が没収された。このとき、ドイツの株価が史上最高値を更新し、1ユーロ=140円を超えるユーロ高になると予想できたひとはほとんどいなかっただろう。イタリアやスペインの政治・経済は相変わらず不安定だが、ECB(ヨーロッパ中央銀行)がユーロの守護神となったことで国債価格は安定した。

中国は昨年11月に習近平政権が発足したものの、経済の減速が明らかになって、不動産バブル崩壊が危惧されていた。今年6月には短期金利が13%台まで跳ね上がり、「影の銀行(シャドーバンキング)」に世界の注目が集まった。

中国の地方政府が高金利で集めた資金を不動産開発に投入して債務を膨張させていることも、「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンが全国各地にできていることも間違いないが、大規模なクラッシュは起きず、今年も7.5%程度の経済成長を維持できた模様だ。

日本はというと、安倍バブルで右肩上がりに上昇した株価は1万5600円を超えたところで暴落し、6月には1万2000円台まで下がってしまった。これを見て「バブル崩壊」を囃す声もあったが、けっきょくは半年かけて1万5800円台まで達した。

こうして見ると、恐れていたヒドいことは起きなかったが、だからといって投資家にとってよい年だったともいえない。米株も日本株も年の後半には上昇が止まってしまった。金や原油などの商品にもかつての勢いはなく、投資家は仕方なしに国債を買っている(だから金利も低いままだ)。

長期で見ても事情は同じだ。

米国株は1980年から2000年までの20年間で10倍以上になったが、その後は13年かけて1.6倍にしか上がらない。年利回りで3.7%で、その間にリーマンショックがあったことを考えると、損はしないまでもけっして割のいい投資とはいえない。

もっとも、リーマンショックの直後には「グローバル資本主義は終わった」と叫ぶひとがたくさんいた。それがたった5年で回復したのだから、市場は強靭だったともいえる。

これからもしばらくは、「良くも悪くもない」こんな日々が続くんじゃないだろうか。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.38:『日経ヴェリタス』2013年12月22日号掲載
禁・無断転載 

今年の更新はこれが最後です。みなさまもよいお年をお迎えください。

ヨーロッパからの機上にて 橘玲