野党から「あんこの入っていないあんパン」などと批判された年金改革法案は、与野党の修正協議を経て、基礎年金の底上げが復活することになりました。
そもそもこの問題は、年金の財政検証によって、32年後の2057年度には(24年度に比べて)基礎年金が約3割減るとされたことで浮上しました。
基礎年金は厚生年金の1階部分で、自営業者などが受け取る国民年金と同じです。現在の国民年金の受給額は、40年間の満額を収めて65歳から受給する場合、月額約6万9000円です。「3割減る」というのは、将来のインフレを調整した実質受給額ですから、月額4万8000円相当、年額約58万円になってしまい、これではとうてい生きていけません。そうなれば生活保護の申請が殺到し、制度は破綻してしまうでしょう。
年金の目減りが直撃するのは、1990年代のバブル崩壊後の就職氷河期に翻弄されたロシジェネ世代です。団塊の世代の雇用を守るために正社員の道を閉ざされた彼ら/彼女たちもいまや50代をむかえましたが、ようやく年金を受け取る年齢になると、こんどは80代になるまで毎年、受給額が減らされてしまいます。本人たちにはなんの非もないのに、「失われた30年」の負の歴史を一生背負わされるのは、きわめて不公正で理不尽です。
そこで厚労省は、厚生年金の積立金を使ったり、国民年金の保険料を払う期間をいまの40年から45年に延ばすなどして、将来の基礎年金を上積みしようとしました。
この案が不評なのは、サラリーマンが自分たちにために積み立ててきた年金保険料を「流用」したり、年金保険料の納付期間を延ばすことでなんとかしようとしているからです。これでは、子育てや住宅ローンの返済などで家計が苦しい現役世代のなかでの再分配になってしまいます。
少子高齢化でも年金制度を「100年安心」にするために2004年につくられたのが「マクロ経済スライド」で、年金支給額を毎年に減らしていくことで、制度は持続可能になるとされました。ところが、年金の名目受給額が減ると高齢者が反発すると恐れた政治家が、デフレ下での発動を延期してしまいます。
その結果、厚生年金のモデル世帯(夫婦2人)で、本来は給付水準(所得代替率)を2004年の59.3%から23年までに50.2%まで下げなければならなかったのに、逆に24年には61.2%まで上がっています。この差が年金受給者の「もらい得」になっているのですから、本来であればそれを財源にして基礎年金を底上げすべきでしょう。
ところが超高齢社会の日本は、「老人が不安になることはいっさい許さない」という“老人ファシズム”なので、「現役世代の負担が限界なら、あとは高齢世代内で再分配するしかない」という当たり前のことを、政治家はもちろん、ふだんは「社会正義」を気分よく振りかざしている大手メディアもいっさい口に出すことができません。
その結果、厚生年金の積立金を「活用」するという当初案に落ち着き、現役世代はさらに搾取されつづけることになったのです。
参考:「政府、低年金対策を削除」2025年5月14日『日本経済新聞』
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