今年はどんな年になるのだろうか2013

世界的な株高と円安で幕を開けた2013年は、ひさしぶりに明るい雰囲気に包まれている。このままの勢いで経済は上向き、日本はゆたかさを取り戻すことができるだろうか? 「未来は誰も知ることができない」ということを前提に、今年がどんな年になるのか私見を述べてみたい。

去年は6月にイギリス、アイスランド、アイルランド、ポルトガル、ギリシア、イタリア、ドイツを回った。そこで感じたのは、日本での報道と現地の雰囲気はかなり違う、ということだった。

“ヘッジファンド国家”と化したアイスランドは市場原理主義が大失敗した格好の例として取り上げられるが、バブル崩壊後の通貨安の恩恵を受け、夏の観光シーズンにはヨーロッパ中からアウトドア派が押し寄せて観光地はどこも活況を呈していた。北海道よりも広い島にわずか30万人しか住んでいないから、バブルが派手にはじけても、すこし追い風が吹けばたちまち景気は回復するのだ。

不動産バブル崩壊で大打撃を受けIMFの支援下に入ったアイルランドも、週末のダブリンはパブの客が道路にあふれ出すほどの賑わいだった。住宅価格は最高値から半値で下げ止まり、国債金利も5%まで下がって、ようやく大不況から脱しつつあるようだ

北ヨーロッパに比べてポルトガルやイタリア(南部)、ギリシア(クレタ)の経済はたしかに厳しいが、だからといって、国民の総意によってユーロから離脱する、という雰囲気はなかった。ギリシア国内でもひとびとの利害が一致しているわけではなく、国民はEUから切り捨てられてしまえば自分たちが生きていけないことをよくわかっていた。

その意味で、多くの専門家が予想したようなユーロ崩壊は起こらなかったし、ヨーロッパ経済は今年も、ゆたかな「北」と貧しい「南」の緊張を抱えながら低空飛行を続けることになるだろう。

東南アジアは3月にベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマー、9月に香港、マカオ、マレーシア、インドネシア、シンガポールを回った。タイやベトナム、マレーシアはもちろん、市場のグローバル化によってカンボジアやラオスにも確実に中産階級が育ってきており、その余波が軍事独裁で閉ざされていたミャンマーまでも変えようとしているのが印象的だった。2012年は総じて東南アジアの株価が上昇したが、インフラ整備などが順調に行なわれればまだまだ成長余地は大きいだろう。

香港・マカオとシンガポールは不動産価格が大幅に上昇して、賃料を基準とした収益還元法で正当化できる水準を大きく逸脱してしまっている。これは「中国国内の不動産バブルの影響」とのことだったので、11月に上海、合肥、アモイ、海南島、成都を訪れた。

ZAi Onlineで書いたように、そこで目にした光景は驚くべきものだった。

中国では内陸部を中心に大規模な不動産開発が行なわれ、銀行からの融資を受けた富裕層(個人・法人)が積極的に投資しているが、住宅価格(とくに都市部)は一般の中国人が住宅ローンで購入できる範囲をはるかに超えており、投資用物件は転売のあてがないまま放置されている。この巨大化した(しばしば「人類史上最大」と形容される)バブルが崩壊するようなことがあれば、世界経済、とりわけ日本経済は甚大な影響を受けることになるだろう。

もちろん中国の不動産バブルは10年以上前から指摘されており、日本の中国経済専門家のなかには、毎年のように「今年こそバブルが崩壊する」といっているひともいる。日本の国債バブル崩壊と同様に、“狼が来た”化しているのだ。

バブルが10年続けば、それはバブルではなく高度経済成長だ。しかしその一方で、中国の不動産開発事業が中央政府や地方政府の利権構造に組み込まれていて、膨張を続けるほかに維持不可能なレベルにまで肥大化していることも間違いない。中国が今後、内需中心の経済にシフトするとしても、その経済成長率が不動産バブルの加速度的な膨張率を超えなければ、いずれ限界がやってくる。

中国市場がこのままの勢いで拡大をつづければ、5年後には中産階級の巨大市場が誕生する。そうでなければ、バブル崩壊とその後の混乱(これはいったい何が起きるか予測不可能だ)が待っている。いずれにせよ、早晩、私たちはこの“世紀の社会実験”の結末を知ることになるだろう。

世界経済のもうひとつの大きな不安定要因は、日本の国債バブルだ。

私はこれまで、「団塊の世代が75歳を超え、本格的に医療・介護保険を使うようになる2020年までに日本経済は大きな社会的・経済的混乱を経験することになるだろう」と書いてきた。それに対して、「日本経済がふたたび成長を始めることで財政問題は解決できる」という楽観論を語るひともいる。

リフレ政策をめぐる「神学論争」は、デフレ脱却を至上命題とする安倍内閣の誕生によって、思いのほか早く結論が出るかもしれない。だとすれば、どちらの主張が正しいのかはもはや問題ではない。生活者にとって重要なのは、最悪のシナリオが現実化しても生き延びられるように準備しておくことだ。

暗い予想が並んだが、人類にとって(そして私たちの生活にとって)大きな変化を起こす可能性があるのが、シェールガス・オイル革命だ。IEA(国際エネルギー機関)が予測するように2035年までに米国がエネルギーの純輸出国になれば、中東をめぐる国際状況が劇的に変わると同時に、原子力発電や再生可能エネルギーは不要になり、世界経済のグローバルインバランスも解消に向かうだろう。

世界経済は、無尽蔵なエネルギーを前提に、環境に配慮しつつそれを有効活用する新しいステージに入る(なんだ、ネルギー危機もなかったのか)。それがどのような世界なのかはいまだよくわからないが、人類社会にとてつもないインパクトを与えることは間違いない。

2013年は、(よい意味でも悪い意味でも)私たちの未来がすこしずつかたちを見せはじめる年になるのではないだろうか。

関連エントリー:2012年版「今年はどんな年になるだろうか

謹賀新年

 

明けましておめでとうございます。

今年が皆さまにとって、よい年になりますように。

橘 玲

Malta (June,2012)

政治はいつもポピュリズム 週刊プレイボーイ連載(80)

この原稿が掲載される頃には新しい日本の政治の枠組みが決まっているわけですが、そもそもこの国ではどのように政策がつくられていくのでしょうか?

2006年に成立した改正貸金業法の論点は多岐にわたりますが、その趣旨は明快で、「高利貸しが多重債務者問題を引き起こし、それが年間3万人を超える自殺者を生むのだから、上限金利を引き下げて高利の貸付けを違法にするとともに、利用者が収入に対して分不相応な借金をしないよう規制すればいい」というものでした。しかしこの耳障りのいい政策には、さまざまな問題があります。

まず事実として、イギリスには金利の上限規制がありません。当事者同士が納得しているのであれば、公序良俗に反しないかぎりどのような契約も自由であるべきだと考えられているからです。イギリスで上限金利導入の議論が起きたときに、「資金を必要としているひとが借りられなくなる」と真っ先に反対したのは消費者団体でした。

もちろんアメリカをはじめ先進国の多くは上限金利を定めていますから、イギリスの政策が絶対に正しいというわけではありません。この“社会実験”で明らかなのは、上限金利と自殺は関係ない(イギリスの自殺率は日本の4分の1)ということです。

上限金利の引き下げ(グレーゾーン金利の廃止)よりも問題なのは「総量規制」です。「1社で50万円、または他社と合わせて100万円を超える貸付けを行なう場合には、年収の3分の1を超える貸付けを原則として禁止する」というものですが、すくなくとも先進国でこのような規制を行なっている国はひとつもありません。

こうした「日本オリジナル」の政策が生まれた背景には、違法なヤミ金も正規の消費者金融もいっしょくたにして、「高利貸しという存在自体が社会悪だ」と決めつける『ベニスの商人』的な偏見があります。

貸金業法の改正を推進したのは“人権派”の国会議員と日弁連でした。彼らの論理は、高利貸しという悪に制裁を加え、国民に節度のある借金をさせれば多重債務者問題は解決するというものでした。たしかに法改正(と最高裁判決)によって、この世の春を謳歌していた大手消費者金融は経営破綻するか、銀行に吸収されて消滅しました。しかしその一方で自殺者は一向に減らず、経済格差や貧困の問題はより悪化しています。

これは、考えるまでもなく当たり前の話です。

家計が苦しくなるひとが増えたから、彼らの資金需要にこたえる金融業者が登場したのであって、金融業者をスケープゴートにしても貧困という根本的な問題が解決するわけはないのです。

イギリスでは、総量規制はもちろん上限金利すらなくても社会は健全に運営されています。それに対して日本では、いくらまでなら借金していいのかを国家が国民に指導しています。改正貸金業法は、「日本人は金銭の自己管理すらできない愚かな民族だ」と世界に向けて公言しているのです。

総量規制を含む改正貸金業法は、勧善懲悪を好むマスメディアの大きな支持を受けて成立しました。この国では多くの愛国者が“自虐史観”を批判しますが、ポピュリズムから生まれた“自虐政策”に反対するひとはなぜかほとんどいないのです。

参考:作家・橘玲×増原義剛対談「改正貸金業法は失敗だった! ポピュリズムに毒された政治の敗北」

『週刊プレイボーイ』2012年12月17日発売号
禁・無断転載

PS これが本年最後の更新になります。いろいろあった1年でした。来年もまたいろいろなことがあると思いますが、どうかよい年末年始をお過ごしください。