12歳の子どもでも安楽死を選べる「自由」な社会 週刊プレイボーイ連載(165)

スイスへの「安楽死ツアー」が密かな話題になっています。

ヨーロッパでは2002年4月にオランダがはじめて安楽死を合法化し、ベルギーとルクセンブルクがそれに続きましたが、自国民にしか安楽死を認めませんでした。それに対してスイスでは、外国人でも自殺幇助機関に登録でき、不治の病の末期であれば安楽死を受けられます。費用は7000ドル(約70万円)で、現在は60カ国5500人が登録しているといいます。

ベルギーで「最高齢アスリート」として親しまれてきたエミール・パウェルスさんは今年1月、家族や友人約100人とシャンパンで乾杯したあと安楽死しました。パウェルスさんは高齢者選手権で数々の記録を打ち立てましたが、末期の胃がんで寝たきりの生活を余儀なくされていました。取材に対して、「わたしの人生の中で最高のパーティだ。友人全員に囲まれて、シャンパンと共に逝くのが嫌だなんて人がいるかい?」とこたえています。

北欧やベネルクス3国など「北の欧州」はネオリベ化が進んでいて、「個人の自由を最大限尊重し、人生は自己決定に委ねられるべきだ」というのが新しい社会常識になっています。こうして売春やドラッグ(大麻)が合法化され、安楽死が容認されるようになったのですが、その流れはますます強まっています。

安楽死は本人の意思を確認できる18歳以上が原則ですが、オランダでは「子どもを苦痛にさらすのは非人間的だ」との理由で12歳まで引き下げられました。また重度の認知症で意思表示ができなくても、事前に安楽死の希望を伝えておけば、病状が進行したあとに医師の判断で安楽死させることも合法化されました。もっともどの国もうつ病など精神的な理由での安楽死は認めておらず、死が避けられないことや、激しい苦痛をともなうことが前提となっています。

もちろん、安楽死には批判の声もあります。しかし合法化から10年以上たち、当初懸念されていたような、安易に死を選んだり、家族などから安楽死を強要される、という事態が頻発しないことが明らかになって、国民のあいだで理解が広まりました。それと同時に、ドイツやイギリス、フランスなど周辺国で安楽死の合法化を求める声があがり、法制化を待てないひとたちが「安楽死ツアー」に登録しているのです。

日本では安楽死に否定的な意見が圧倒的ですが、「いつでも苦痛なく死ねるとわかったら自殺願望が消え、生きる勇気が湧いてきた」との報告もあります。安楽死によって救われるひとがいるのは確かですから、その功罪は一概にはいえません。

「北の欧州」でいま、数々の大胆な社会実験が行なわれています。その目標は、「自由で平等で経済的に効率的な社会」をつくることです。だとしたらもっとも効果的な政策立案とは、そのなから有効なものを選んで日本の社会に取り入れていくことでしょう。

ところが日本では、北欧ですら採用していないベーシックインカムが礼賛される一方、労働市場改革や農業改革のような効果の検証されているものは無視されます。既得権に手をつける面倒な議論を避け、一発逆転の甘い夢だけを見ていたいのです。

こうして、「日本より進んだ社会制度がある」という現実を頭ごなしに否定するひとたちが増えていくことになるのです。

『週刊プレイボーイ』2014年9月29日発売号
禁・無断転載

女性管理職の割合が上昇しない不都合な理由 週刊プレイボーイ連載(164)

安倍政権は2030年までに、管理職など指導的な地位に就く女性の割合を30%にするという目標を掲げています。ところが厚生労働省の調査によれば、企業の課長職以上に占める女性の割合が2013年度は6.6%と、11年度に比べて0.2ポイント下がってしまいました。こんなことでは、「男女平等」など夢のまた夢です。

日本企業の管理職はなぜ男性ばかりなのか。かつては、「女性は短大卒が多いからだ」とされていましたが、90年代半ばから短大の4年生大学への鞍替えが相次ぎ、男女の教育格差は大幅に縮まりました。それにもかかわらず、女性管理職の比率は一向に増えません。

さらに驚くべきことに、日本の会社では、大卒女子よりも高卒男子の方が管理職になる比率がはるかに高いという現実があります。日本企業では高卒でも40代のうちに6割以上が課長職以上になり、その比率は大卒の男性とほとんど変わりません。それに対して大卒の女性が管理職になる割合は40台半ばでも20%超で、それ以降はほとんど上昇しないのです。

欧米では昇進・昇格の基準は学歴・資格・経験など客観的に評価可能なものでなければならず、年齢や性別、人種や宗教で判断すれば差別として重大な社会問題になります。この“世界標準”からすると、日本はいまだに性別で労働者を差別する前近代的な身分制社会、ということになります。

しかしこのように批判されても、サラリーマンの多くは釈然としないでしょう。なぜなら、高卒の男性が大卒の女性より管理職に早くなれるのには“正当な理由”があるからです。

日本企業における“公正”な昇進・昇格の基準とはいったいなんでしょう。

経済学者の研究によれば、男女格差の要因として「週49時間以上働いているか」を加えると、日本企業の行動をきわめてうまく説明できます。さらに女性が長時間労働した場合、昇進率が大きく伸びることもわかっています。日本の会社は性差別というよりも、労働時間によって管理職への登用を決めているのです。

しかし、労働時間を会社への貢献度として評価するのは、子どもを育てながら働いている女性にとってきわめて理不尽な制度です。中高年の男性は専業主婦に家庭のことをすべて任せているからこそ、深夜まで残業(サービス残業)できるのです。

この問題を解決するひとつの方法は、東南アジアなどから大量に移民を受け入れ、気軽に家政婦を雇えるようにすることです。香港やシンガポールでは一般家庭にも住み込みの家政婦(阿媽)がおり、夫婦共働きを可能にしています。

これが日本の文化に合わないとしたら、あとは男性の労働時間を女性並みに短くするしかありません。そのためにはサービス残業に厳罰を課し、経営者に「残業させたら損だ」と思わせるのが効果的です。さらには、配偶者控除や(年金・健康保険料が免除される)第3号被保険者など、専業主婦を優遇する制度はすべて廃止すべきです。

大学の文系学部が女子学生ばかりになったように、平均的な知能は男性より女性の方が高いとされています。知識産業で男女の競争条件を完全に平等にすれば、女性管理職の割合は5割を超えることになるでしょう。

これが、素晴らしい日本の未来であることは間違いありません――競争にさらされる中高年のサラリーマンを除けば、ですが。

参考:山口一男「女性の活躍推進へ 企業の間接差別、法規制を」
(日経新聞「経済教室」2014年8月29日)

『週刊プレイボーイ』2014年9月22日発売号
禁・無断転載

『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015』の冒頭をアップします

出版社の許可を得て、最新刊『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015』から「はじめに」を掲載します。

**********************************************************************

本書は、2002年12月に発売された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(以下『黄金の羽根』)の改訂版です。

『黄金の羽根』は30万部を超えるベストセラーになり、その後、何度も改訂版の話が出たのですがそのまま月日が過ぎてしまいました。もちろん私の怠慢のせいですが、それ以外にも理由はあります。

原著は大きく3つのパートに分かれていました。

ひとつは「資産運用論」で、私たちの人生の経済的な土台(インフラ)となる金融資産や不動産、生命保険について語っています。

ふたつめは「マイクロ法人論」で、家計を効率化するために「個人」と「法人」というふたつの人格を使い分ける技術を提唱しています。

3つめは「PT論」で「永遠の旅行者Perperual Traveler」と呼ばれる「オルタナティヴな(もうひとつの)生き方」を紹介しました。

これらはいずれも私の人生設計論の中核をなす考え方で、『黄金の羽根』は間違いなく初期の著作でもっとも重要なものですが、そのことが逆に改定を難しくしてきました。その後、それぞれのパートからスピンオフするかたちでさまざまな著作を刊行してきたからです。

資産運用・人生設計については『臆病者のための株入門』『臆病者のための億万長者入門』(ともに文春新書)、『日本人というリスク』(講談社+α文庫)、マイクロ法人(法人化した自営業者)については『貧乏はお金持ち』(講談社+α文庫)、海外投資やPTについては『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(講談社+α文庫)、『マネーロンダリング入門』(幻冬舎新書)などで扱っています。これら一連の著作が、結果として『黄金の羽根』のアップデート版になってきたのです。

しかしその一方で『黄金の羽根』がこうした作品の原点となっていることも確かで、それを改訂版のかたちで読者に届けたいという希望は常に持っていました。

『黄金の羽根』がベストセラーになった理由のひとつは、ロバート・キヨサキの『金持ち父さん、貧乏父さん』(筑摩書房2000年11月)という先行するミリオンセラーがあったからです。キヨサキの本については本文中でも触れていますが、法人を使ったキャッシュフローの最適化など、そこで述べられている原理や原則は本書とほぼ同じです。ただ法人化にしても、節税術にしても、キヨサキは当然、アメリカの法制度を前提としています。それをそのまま日本に当てはめても上手くいかないのではないか、というのが私の疑問でした。

奇しくも、『金持ち父さん、貧乏父さん』も初版から13年たって「改訂版」(筑摩書房2013年11月)が出版されました。21世紀に入ってさまざまな出来事があり、日本人の投資環境や資産運用に対する考え方も大きく変わりました。それを考えると、そろそろ過去を振り返ってみる時期に来ているのかもしれません。