年金機構をまともにするなら「年金民営化」を 週刊プレイボーイ連載(200)

外部からのウイルスメールによる不正アクセスで、日本年金機構から個人情報約125万件が流出しました。流出情報には基礎年金番号と氏名、生年月日が含まれており、すでに年金機構をかたる不審電話がかかってきていますが、厚労相は、流出した個人情報が悪用されて詐欺などの被害にあっても補償する考えはない、と述べています。「お上にとって都合の悪いことはすべて自己責任」ということなのでしょう。

年金機構の前身にあたる社会保険庁では、2007年、基礎年金番号への統合にあたって5000万件もの年金記録が宙に浮いていることが発覚しました。この「消えた年金」問題で第一次安倍政権は国民の支持を失いますが、同時に、自治労や社会保険庁の労組もきびしい批判にさらされました。

労組は社会保険庁とのあいだで、「キーボードへのタッチは1日当たり平均5000以内」など非常識な覚書を大量に結んでいました。芸能人などの個人情報の盗み見も常習化しており、おまけに労組委員長が、許可なく組合活動に従事し不当に給与を受け取る「ヤミ専従」で辞任しています。

年金記録問題の検証委員会でも、社保庁は業務への責任感が決定的に欠如し、「(労組は)自分たちの待遇改善を目指すことに偏りすぎた運動を展開した」と批判され、組織そのものが解体されました。こうして年金機構が生まれたのですが、職員の大半は社保庁からの横すべりで、要は看板をかけかえただけです。中身が同じなら、同じようなトラブルを起こすのも当然でしょう。

年金機構のずさんな体質は、いくら批判したところで変わりません。職員は自分たちに責任があるなどとはまったく思っておらず、とりあえず謝っておけばそのうち嵐は過ぎ去るとたかをくくっています。年金制度を維持するには年金機構が必要で、自分たちの仕事がなくなることなどあり得ないとわかっているからです。

市場競争のないところでは、組織は必然的に腐敗します。ちんたら働いていても給料がもらえるのに、頑張るのはバカだけです。真面目な職員がいるとみんなが迷惑するので、よってたかって足を引っ張ろうとするでしょう。バレない程度に手を抜きながら、テキトーに仕事をするのがいちばんなのです。

銀行や保険会社など、膨大な個人情報を扱う会社はたくさんありますが、こうした組織で規律が守られているのは社員の道徳心が高いからではなく、信用を失えば顧客をライバルにとられ、会社がつぶれて失業してしまうと知っているからです。だったら、年金機構を改革する方法はひとつしかありません。

年金業務を民営化し、複数の金融機関に移管すれば、個人情報の安易な取扱いはなくなるでしょう。今回のような不祥事が起きたら、株主の資産で賠償させることもできます。年金機構の職員を転入させるときは、無能な従業員を解雇できるようにして、ぬるま湯から叩き出せばいいのです。

年金制度を国が運営するとしても、年金業務を国家が独占する理由はありません。もっとも、民間よりもお上がエラいと信じ込んでいる国では、こういうまっとうな意見は相手にされないでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2015年6月22日発売号
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「女性が輝く社会」はまず官公庁から 週刊プレイボーイ連載(199)

中国の戦国時代、燕(えん)の国の王様から「賢者を部下にするにはどうすればいいか」と問われた郭隗(かくかい)は、「それならまず私に高給を払ってください」といいました。「私のようなつまらない人物を重用したという噂が広まれば、全国から賢者が我も我もと集まってくるでしょう」

これが「隗より始めよ」という諺の由来で、いささか虫がよすぎる気もしますが、「大事を成し遂げるにはまず自分から始めなければならない」という意味で使います。

世界男女平等ランキングで日本が142カ国中104位と最底辺に位置することに衝撃を受けた安倍政権は、「女性が輝く社会」を掲げ、大臣にも積極的に女性を登用しています。女性政治家の人材プールが貧しいなかで無理な人選を行なったために不祥事が続出しましたが、「やらないよりはマシ」との意見ももっともです。隗より始めなければ、女性が活躍できる社会を誰も本気でつくろうとは思わないでしょう。

とはいえ、日本の国会に占める女性議員の割合は8%程度とOECD加盟国ではぶっちぎりの最下位で、全国の地方議会のうち「女性ゼロ」が2割超もあるのですから、道のりは遠いといわざるを得ません。

政治家と並んで隗より始めなければならないのが公務員です。幹部候補の国家公務員を「キャリア」と呼びますが、その女性比率が急上昇して、2015年度採用では34.3%と3人に1人になりました。安倍政権の意向を受けて各省があわてて女性の採用を増やしたためですが、政府はさらに、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を3割に高める目標を掲げています。これは民間企業にも求められていますから、真っ先に隗とならなければならいのは企業を指導する厚生労働省でしょう。

厚労省は唯一、女性の事務次官を出すなど、女性活用では優等生のようですが、組織図を見るかぎり現状は惨憺たる有様です。室長クラス以上のおよそ350人の幹部のうち女性は20数名しかおらず、それも雇用関係など一部の部署に偏っています。また20ある局長・部長クラスのポストで女性は1人だけで、このままではあと5年で管理職3割などとうてい無理でしょう。

民間企業に政府が目標を課す以上、官公庁の女性活用はノルマとすべきです。厚労省の場合、あと5年で女性管理職を80人増やさなくてはならないのですから、1年あたり最低16名の女性を室長以上に任命する必要があります。どんなことをしてでもこのノルマを達成するよう厳命すれば、子どものいる女性職員が昇進をためらう深夜の“超長時間サービス残業”などの悪弊は抜本的に改められるでしょう。これならブラック企業を堂々と指導・監督できるようになります。

「政府は問題を解決できない。政府こそが問題なのだ」と宣言したレーガン政権は、非効率な行政組織にメスを入れ、公務員の大量解雇に踏み切りました。これを見た民間企業も争って人員整理を行なうようになり、アメリカの硬直した雇用慣行は大きく変わりました。

官公庁がまず隗より始めれば、国辱的なまでに男女が不平等な日本の社会・組織にも変化が生まれるにちがいありません。

『週刊プレイボーイ』2015年6月15日発売号
禁・無断転載

同性婚に「日本の文化」で反対する自虐的なひとたち 週刊プレイボーイ連載(197)

アイルランドで憲法改正の国民投票があり、賛成62%、反対38%の大差で同性愛者の婚姻が認められました。2001年のオランダを皮切りに、イギリス、フランス、北欧諸国など、いまやヨーロッパの多くの国で同性婚が当たり前になっています。

アイスランドでは2010年にシグルザルドッティル首相が女性作家と同性婚し、ルクセンブルクでは今年5月、ベッテル首相が交際中の男性建築士との同性婚を発表しています。

アイルランドは人口の約85%がカトリックという保守的な国で、1993年までは同性愛行為が犯罪とされ、96年までは離婚が認められませんでした。男女共同参画社会の見本とされるオランダも、1970年代までは「女は結婚したら家庭を守るのが当然」とされる保守的な社会でした。近年の欧州の“リベラル化”には目を見張るものがあります。

経済学には「パレート最適」という考え方があります。「誰かの効用を犠牲にしなければ他の誰かの効用を高めることができない状態」と定義されますが、逆にいうと、「誰の不利益にもならずにいまより幸福になれるなら、それは社会にとってもいいことだ」ということです。

ゲイやレズビアンが法的な婚姻関係を結んだとしても、ほかのひとたち(異性愛者)が不利益を被るわけではありません。そう考えれば、同性婚を認めるのはパレート効率的で、それによって社会全体の幸福度も上がることになります。

日本では渋谷区が、同性カップルに「結婚に相当する関係」を認める証明書を発行する同性パートナーシップ条例を施行するなど、自治体レベルでは改革の動きもありますが、憲法24条に「婚姻は両性の合意に基づく」とあるため、同性婚を認めるには憲法改正が必要です。渋谷区の条例に対しても、保守派は「日本の伝統的な家族観や家庭観の崩壊につながる」と反発しています。

ここで大事なのは、パレート最適への反論は、それによって生じる損害を具体的に示す必要があることです。同性婚でゲイやレズビアンの幸福度は確実に上昇しますから、それを認めないのなら、たんなる観念論ではなく、同性愛者の代わりに不幸になるのは誰なのかを立証しなければなりません。

同性婚が伝統的な家族観を崩壊させるかどうか知りたいのなら、同性婚を認めている国がどうなっているかを調べてみるのがいちばんです。北欧諸国やベネルクス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)はすべて同性婚を認めていますから、保守派の主張が正しければ、道徳や倫理が失われたすさんだ社会になっているはずです。ところがこれらの国は、幸福度でも、ゆたかさ(1人あたりGDP)でも、あらゆる指標で日本より上位にあります。同性婚を認めても、なぜ社会は崩壊しないのでしょうか。

これに対して、「日本と外国はちがう」という反論が即座に返ってくるでしょう。しかしその場合は、「外国人にできることがなぜ日本人にはできないのか」の合理的な理由が必要です。

その説明は、たぶんひとつしかありません。それは「日本人が愚かだから」です。

同性婚に反対する保守派は、自分たちの「自虐思想」にいい加減気づいたほうがいいでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年6月8日発売号
禁・無断転載