第26回 振り込め詐欺、はびこる理由 (橘玲の世界は損得勘定)

どういうアルゴリズムか知らないが、You Tubeを開くと「架空請求の詐欺師に電話してみた」というお勧め動画が表示されるようになった。

携帯メールなどに、「アダルトコンテンツの利用料が未払いになっている」「すぐに支払わないと訴訟を起こす」などの督促状を大量に送信し、不安になって電話してきたひとからお金を振り込ませる、というのが架空請求詐欺の典型的な手口だ。

メールには連絡用の電話番号が記載されているから、電話すれば詐欺師が出てくる。そこで被害者の振りをしたネットユーザーが、詐欺師との会話をYou Tubeにアップするようになったのだ(しかし、いろんな面白いことを考えますね)。

実は私も何度か架空請求のメールを受け取ったことがあり、「電話してみようかな」と思うものの、なんだか面倒臭くてそのままにしていた。いまではそんな好奇心ですら、ネットが満たしてくれるのだ。

さっそく何本か聴いてみたのだが、話の展開はほとんど同じで、アダルトコンテンツの運営会社から債権回収を依頼されたと名乗る業者(たいていは若い男性)が、立て板に水の勢いで請求金額や料金の内訳、支払方法(近くの銀行のATMから振り込ませる)を説明する。請求額は相手の様子で決めるのだろうが、20~50万円という感じだ。

被害者を装って話を聞き終えると、こんどは反撃する番だ。「会社の住所はどこなのか」「アダルトサイトにアクセスした履歴を教えろ」などあれこれ質問し、返答に窮した相手が電話を切っても、また電話をかけてさらに問い詰める。そんなことを4、5回繰り返すと、相手もようやく自分が弄ばれていることに気づいて、「これからぶっ殺しに行くから待ってろ」などと豹変する(ここがいちばんの聴きどころだ)。

もちろん詐欺師が自ら姿を現わすはずもなく、最後は着信拒否されて終わるのだが、どれもなかなかの臨場感だ。

しかしそのなかで、こんなやり取りを見つけた。

「あなたのやってること、詐欺でしょ」

「はい、詐欺です」

「そんなことやっていいと思ってるのかよ」

「思ってません」

「謝れよ」

「はい、すみません」

高校中退でパチスロでスカウトされた、という若い詐欺師はあっさりと犯罪を認め、謝罪した。そのうえで、「こんなことして儲かるの?」と訊かれて正直にこう答える。

「世の中、あなたみたいな意地の悪いひとばかりじゃないんですよ。なかには100万、200万払うひともいるんです」

警察庁によれば、振り込め詐欺の被害件数は変わらないものの、被害金額は前年度から大幅に増加したという。無邪気な詐欺師の話を聞いていると、振り込め詐欺の根絶が難しい理由がよくわかる。

詐欺師たちは、架空請求が、数を集めれば必ず“当たりくじ”を引く確率のゲームだということを知っているのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.26:『日経ヴェリタス』2013年2月17日号掲載
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けっきょく、みんな損得で生きている 週刊プレイボーイ連載(87)

経済学においては、ひとの行動はインセンティブによって決まると考えます。インセンティブは「誘引」や「利潤動機」などと訳されますが、かんたんにいえば「得したい」とか「損したくない」という感情のことです。

インセンティブは、「ほめられたい」とか、「カノジョ(カレシ)から注目されたい」とか、日常生活のさまざまな場面で重要な役割を果たしますが、そのなかでも経済的なインセンティブは数値化が容易で、議論を数式で表わすことが可能になります。壮大なマクロ経済学の体系も、もとをただせば、「同じアイスクリームなら150円より148円の方がよく売れる」とか、「同じ仕事なら時給900円より910円の方がたくさん応募があるはずだ」というような、誰もが知っている経験則からつくられているのです。

ところで、世の中には経済学が大嫌いなひとがたくさんいて、「みんな損得だけで行動している」という前提(合理的経済人)が根底から間違っている、と批判します。

商売では、損を覚悟で安く売る、という“非合理的”な行動がしばしば見られます。しかし経済学では、こうした親切は「相手と長期的な関係を築くための合理的戦略」として“損得の体系”に組み込まれてしまいます。そのことが、道徳や正義といったたいせつな価値をないがしろにするように思えるのです。

もちろん私たちは、日々の決断(選択)のすべてを損得で行なっているわけではありません。しかしその一方で、「得したい(損したくない)」という気持ちが決め手となった決断もたくさんあるでしょう。だったら私たちは、どの程度、経済的に合理的なのでしょうか。

官民格差の是正を目的に、国家公務員の退職金が段階的に約15%引き下げられることが決まったことで、各地の自治体が地方公務員の退職金を減らす条例を制定しはじめました。ところが、条例の施行日が自治体ごとに異なっていることから、一部の都道府県では3月の年度末まで在籍すると退職金が150万円程度減額されることになり、公立学校の教員や警察官の駆け込み退職が急増して社会問題になりました。

2月1日に条例を施行した埼玉県では、100人以上の教員が教え子の卒業を待たずに早期退職することが明らかになり、文科相が「自己都合で早期に辞めるのは決して許されない」と述べ、「(担任の教師が)子どもよりお金を選ぶとは。信じたくない」という小学生の母親の言葉が新聞に掲載されたりしました。また愛知県警では、3月に定年退職予定の289人のうち署長を含む142人が2月末で早期退職の意向を示していて、業務への影響が心配されています。

地方公務員の退職金減額問題は巧まざる“社会実験”です。

教師は“聖職”とされ、警察官は「公共への奉仕」の象徴です。彼らはこれまで、誇りをもって公務員として働いてきたはずです。

そんな彼らが、「隣の県の公務員は満額の退職金を受け取れるのに、自分たちだけが損をする」というインセンティブにどのように反応したのかを見れば、結論は明らかでしょう。

「ひとは経済的な損得に基づいて合理的に行動する」という経済学は、たんなる空理空論ではなく、この社会で起きていることを上手に説明できるのです。

 『週刊プレイボーイ』2013年2月18日発売号
禁・無断転載

学校の運動部はすべて廃止したらどうだろう 週刊プレイボーイ連載(86)

大阪の市立高校で、バスケットボール部の男子生徒が顧問教諭からの体罰を理由に自殺した事件の余波も収まらないうちに、こんどはロンドン五輪代表を含む柔道女子の選手が代表監督の暴力行為を日本オリンピック委員会(JOC)に告発し、代表監督が辞任するという前代未聞の事件が起きました。

一連の体罰問題を受けてマスメディアは「暴力行為は許されない」と大合唱していますが、石原慎太郎日本維新の会共同代表を筆頭に、政治家や文化人のなかにも体罰肯定を公言するひとはいくらでもいます。彼らは「体罰は暴力ではない」といっているのですから、いくら暴力を否定しても話はすれ違うばかりです。

街頭インタビューなどでも、「体罰は許されない」との正論が多数派の一方で、「本人がきびしい指導を望むなら認めてもいい」という意見も多く、日本の社会に体罰容認の文化が深く根づいていることを示しています。

体罰容認派の主張は、「信頼や愛情に裏打ちされた体罰は子どもを成長させる」というものです。女子柔道の代表監督も記者会見で、「選手に乗り越えてほしいという思いから手を上げた」と述べています。私はこれを、日本の社会に典型的な「体育会系マネジメント」だと考えています。

「体育会系マネジメント」の基本は、あらかじめ閉鎖的な社会(ムラ)をつくっておいて、そこに生徒や選手を精神的に「監禁」することです。

運動部は学校単位なのでバスケを続けたければ体罰に耐えるしかありませんし、代表監督に逆らえば五輪代表はあきらめるほかありません。こうして逃げ場をなくしたうえで、愛情と暴力を交互に与えることで相手を服従させ、支配していくのは洗脳の典型的な手法で、カルト宗教だけでなく、日本では学校や会社でごく当たり前に行なわれています。

「体育会系マネジメント」は、集団を統率するうえできわめて強力な管理手法ですから、その信奉者が現われるのは当然です。運動部やオリンピックチームで体育会系マネジメントが好成績を収めているのなら、「暴力はよくない」と全否定してもなんの効果もありません。

石原氏とともに日本維新の会の共同代表を務める橋下大阪市長は、体罰自殺問題で市立高校体育科の入試中止と部活動の停止を指示しましたが、体罰が日本の文化から生まれてくるものならば、特定の学校や教師に懲罰を加えたところでなにも解決しません。

体罰問題の本質は、学校別運動部という閉鎖社会にあります。これを抜本的に解決するには、すべての学校の運動部を廃止して、Jリーグの下部組織のようにスポーツは地域のクラブが担うようにするしかありません。

生徒の側に選択の自由が与えられているのなら、「きびしくも愛情あふれる指導」を売りものにするクラブがあってもいいでしょう。体罰がたんなる指導者の自己満足だと思えば、子どもたちは別のクラブに移っていくだけです。

そのうえで優秀なスポーツ指導者が、「体育会系マネジメント」でなくても勝てるチームはつくれるし、金メダルを取れる選手を育てられることを事実として示さないかぎり、この国の「体罰神話」はなくならないでしょう。

 『週刊プレイボーイ』2013年1月12日発売号
禁・無断転載