「同一労働同一賃金」が都合が悪いほんとうの理由 週刊プレイボーイ連載(201)

「相手の身になって考えてみよう」というのは、小学生でも知っている道徳の基本です。これをちょっと難しくいうと、「自分の主張が正しいのは、自分が相手の立場になっても、その主張が正しいと納得できる場合だけだ」ということになります。

人種差別をするひとは、自分が外国に行ったときに、「お前は黄色人種だからあっちの汚いトイレを使え」といわれて、「わかりました! ひとを人種で差別するなんて、なんて素晴らしい社会なんでしょう」と素直に納得できなければなりません。こんな奇特なひとはめったにいないでしょうから、人種差別が正義に反することが普遍的なルールとして要請されるのです。

「同一労働・同一賃金」は日本では労働制度の問題とされ、派遣法改正といっしょくたに議論されていますが、その本質は「正義」にあります。

正社員と同じ仕事をしている派遣社員の給料が半分、というのはよく聞く話です。これを当然と思っているひとは、自分が派遣社員になったときに、「いやあ、正社員を優遇する日本的雇用って素晴らしいですねえ」とこころから喜べなくてはなりません。

保守派のひとたちが礼賛する日本的な雇用慣行は、新卒一括採用・定年制という年齢差別、残業できない女性を管理職に登用しない性差別、日本人と外国人(現地採用)で人事制度が異なる国籍差別、正社員と派遣社員で待遇を変える身分差別で成り立っています。ここまで差別的な組織が社会の根幹にあれば、「日本は差別社会だ」といわれても反論できません。同一労働・同一賃金は、日本を「世界に誇れる国」にするための最低条件なのです。

ところが不思議なことに、常日頃から「あらゆる差別に反対する」と公言しているリベラルなメディアは、こんなに大事な「同一労働同一賃金推進法案」についてほとんど触れず、年収1075万円以上の限られた雇用者にだけ適用される高度プロフェッショナル制度に「残業代ゼロ」のレッテルを貼り、ファストフード店の店員まで残業代をもらえなくなるかのような偏向した報道をつづけています。なぜかというと、同一労働・同一賃金は彼らにとってものすごく都合が悪いからです。

日本的雇用制度で、派遣社員問題よりさらに深刻なのは、親会社から出向してきた社員と子会社の社員(プロパー)の身分格差です。会社組織はピラミッド型で、年功序列の正社員を解雇できないとなると、給料の高い中高年がどうやっても過剰になります。そこで彼らを子会社に出向させるのですが、その際、給与などの労働条件を改定できないため、同じ仕事をしていても、子会社の水準よりはるかに高い給与を受け取ることになります。

日本の会社制度の根幹は、実はこの出向にあります。親会社の正社員は、これまでと同じ待遇が保証されるから、子会社での勤務をいやいや受け入れています。これを同一労働・同一賃金にしてしまうと、人事制度が根底から崩壊してしまうのです。

日本の新聞社やテレビ局で子会社への出向を行なっていないところはありません。そんなメディアが、同一労働・同一賃金の推進を主張できるわけはないのです。

差別的な身分制度に安住しながら口先だけで「差別」に反対する、そんな“似非リベラル”とバカにされないためには、まずは自らの組織で範を示すべきでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年6月29日発売号
禁・無断転載

年金機構をまともにするなら「年金民営化」を 週刊プレイボーイ連載(200)

外部からのウイルスメールによる不正アクセスで、日本年金機構から個人情報約125万件が流出しました。流出情報には基礎年金番号と氏名、生年月日が含まれており、すでに年金機構をかたる不審電話がかかってきていますが、厚労相は、流出した個人情報が悪用されて詐欺などの被害にあっても補償する考えはない、と述べています。「お上にとって都合の悪いことはすべて自己責任」ということなのでしょう。

年金機構の前身にあたる社会保険庁では、2007年、基礎年金番号への統合にあたって5000万件もの年金記録が宙に浮いていることが発覚しました。この「消えた年金」問題で第一次安倍政権は国民の支持を失いますが、同時に、自治労や社会保険庁の労組もきびしい批判にさらされました。

労組は社会保険庁とのあいだで、「キーボードへのタッチは1日当たり平均5000以内」など非常識な覚書を大量に結んでいました。芸能人などの個人情報の盗み見も常習化しており、おまけに労組委員長が、許可なく組合活動に従事し不当に給与を受け取る「ヤミ専従」で辞任しています。

年金記録問題の検証委員会でも、社保庁は業務への責任感が決定的に欠如し、「(労組は)自分たちの待遇改善を目指すことに偏りすぎた運動を展開した」と批判され、組織そのものが解体されました。こうして年金機構が生まれたのですが、職員の大半は社保庁からの横すべりで、要は看板をかけかえただけです。中身が同じなら、同じようなトラブルを起こすのも当然でしょう。

年金機構のずさんな体質は、いくら批判したところで変わりません。職員は自分たちに責任があるなどとはまったく思っておらず、とりあえず謝っておけばそのうち嵐は過ぎ去るとたかをくくっています。年金制度を維持するには年金機構が必要で、自分たちの仕事がなくなることなどあり得ないとわかっているからです。

市場競争のないところでは、組織は必然的に腐敗します。ちんたら働いていても給料がもらえるのに、頑張るのはバカだけです。真面目な職員がいるとみんなが迷惑するので、よってたかって足を引っ張ろうとするでしょう。バレない程度に手を抜きながら、テキトーに仕事をするのがいちばんなのです。

銀行や保険会社など、膨大な個人情報を扱う会社はたくさんありますが、こうした組織で規律が守られているのは社員の道徳心が高いからではなく、信用を失えば顧客をライバルにとられ、会社がつぶれて失業してしまうと知っているからです。だったら、年金機構を改革する方法はひとつしかありません。

年金業務を民営化し、複数の金融機関に移管すれば、個人情報の安易な取扱いはなくなるでしょう。今回のような不祥事が起きたら、株主の資産で賠償させることもできます。年金機構の職員を転入させるときは、無能な従業員を解雇できるようにして、ぬるま湯から叩き出せばいいのです。

年金制度を国が運営するとしても、年金業務を国家が独占する理由はありません。もっとも、民間よりもお上がエラいと信じ込んでいる国では、こういうまっとうな意見は相手にされないでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2015年6月22日発売号
禁・無断転載

「女性が輝く社会」はまず官公庁から 週刊プレイボーイ連載(199)

中国の戦国時代、燕(えん)の国の王様から「賢者を部下にするにはどうすればいいか」と問われた郭隗(かくかい)は、「それならまず私に高給を払ってください」といいました。「私のようなつまらない人物を重用したという噂が広まれば、全国から賢者が我も我もと集まってくるでしょう」

これが「隗より始めよ」という諺の由来で、いささか虫がよすぎる気もしますが、「大事を成し遂げるにはまず自分から始めなければならない」という意味で使います。

世界男女平等ランキングで日本が142カ国中104位と最底辺に位置することに衝撃を受けた安倍政権は、「女性が輝く社会」を掲げ、大臣にも積極的に女性を登用しています。女性政治家の人材プールが貧しいなかで無理な人選を行なったために不祥事が続出しましたが、「やらないよりはマシ」との意見ももっともです。隗より始めなければ、女性が活躍できる社会を誰も本気でつくろうとは思わないでしょう。

とはいえ、日本の国会に占める女性議員の割合は8%程度とOECD加盟国ではぶっちぎりの最下位で、全国の地方議会のうち「女性ゼロ」が2割超もあるのですから、道のりは遠いといわざるを得ません。

政治家と並んで隗より始めなければならないのが公務員です。幹部候補の国家公務員を「キャリア」と呼びますが、その女性比率が急上昇して、2015年度採用では34.3%と3人に1人になりました。安倍政権の意向を受けて各省があわてて女性の採用を増やしたためですが、政府はさらに、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を3割に高める目標を掲げています。これは民間企業にも求められていますから、真っ先に隗とならなければならいのは企業を指導する厚生労働省でしょう。

厚労省は唯一、女性の事務次官を出すなど、女性活用では優等生のようですが、組織図を見るかぎり現状は惨憺たる有様です。室長クラス以上のおよそ350人の幹部のうち女性は20数名しかおらず、それも雇用関係など一部の部署に偏っています。また20ある局長・部長クラスのポストで女性は1人だけで、このままではあと5年で管理職3割などとうてい無理でしょう。

民間企業に政府が目標を課す以上、官公庁の女性活用はノルマとすべきです。厚労省の場合、あと5年で女性管理職を80人増やさなくてはならないのですから、1年あたり最低16名の女性を室長以上に任命する必要があります。どんなことをしてでもこのノルマを達成するよう厳命すれば、子どものいる女性職員が昇進をためらう深夜の“超長時間サービス残業”などの悪弊は抜本的に改められるでしょう。これならブラック企業を堂々と指導・監督できるようになります。

「政府は問題を解決できない。政府こそが問題なのだ」と宣言したレーガン政権は、非効率な行政組織にメスを入れ、公務員の大量解雇に踏み切りました。これを見た民間企業も争って人員整理を行なうようになり、アメリカの硬直した雇用慣行は大きく変わりました。

官公庁がまず隗より始めれば、国辱的なまでに男女が不平等な日本の社会・組織にも変化が生まれるにちがいありません。

『週刊プレイボーイ』2015年6月15日発売号
禁・無断転載