同性婚に「日本の文化」で反対する自虐的なひとたち 週刊プレイボーイ連載(197)

アイルランドで憲法改正の国民投票があり、賛成62%、反対38%の大差で同性愛者の婚姻が認められました。2001年のオランダを皮切りに、イギリス、フランス、北欧諸国など、いまやヨーロッパの多くの国で同性婚が当たり前になっています。

アイスランドでは2010年にシグルザルドッティル首相が女性作家と同性婚し、ルクセンブルクでは今年5月、ベッテル首相が交際中の男性建築士との同性婚を発表しています。

アイルランドは人口の約85%がカトリックという保守的な国で、1993年までは同性愛行為が犯罪とされ、96年までは離婚が認められませんでした。男女共同参画社会の見本とされるオランダも、1970年代までは「女は結婚したら家庭を守るのが当然」とされる保守的な社会でした。近年の欧州の“リベラル化”には目を見張るものがあります。

経済学には「パレート最適」という考え方があります。「誰かの効用を犠牲にしなければ他の誰かの効用を高めることができない状態」と定義されますが、逆にいうと、「誰の不利益にもならずにいまより幸福になれるなら、それは社会にとってもいいことだ」ということです。

ゲイやレズビアンが法的な婚姻関係を結んだとしても、ほかのひとたち(異性愛者)が不利益を被るわけではありません。そう考えれば、同性婚を認めるのはパレート効率的で、それによって社会全体の幸福度も上がることになります。

日本では渋谷区が、同性カップルに「結婚に相当する関係」を認める証明書を発行する同性パートナーシップ条例を施行するなど、自治体レベルでは改革の動きもありますが、憲法24条に「婚姻は両性の合意に基づく」とあるため、同性婚を認めるには憲法改正が必要です。渋谷区の条例に対しても、保守派は「日本の伝統的な家族観や家庭観の崩壊につながる」と反発しています。

ここで大事なのは、パレート最適への反論は、それによって生じる損害を具体的に示す必要があることです。同性婚でゲイやレズビアンの幸福度は確実に上昇しますから、それを認めないのなら、たんなる観念論ではなく、同性愛者の代わりに不幸になるのは誰なのかを立証しなければなりません。

同性婚が伝統的な家族観を崩壊させるかどうか知りたいのなら、同性婚を認めている国がどうなっているかを調べてみるのがいちばんです。北欧諸国やベネルクス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)はすべて同性婚を認めていますから、保守派の主張が正しければ、道徳や倫理が失われたすさんだ社会になっているはずです。ところがこれらの国は、幸福度でも、ゆたかさ(1人あたりGDP)でも、あらゆる指標で日本より上位にあります。同性婚を認めても、なぜ社会は崩壊しないのでしょうか。

これに対して、「日本と外国はちがう」という反論が即座に返ってくるでしょう。しかしその場合は、「外国人にできることがなぜ日本人にはできないのか」の合理的な理由が必要です。

その説明は、たぶんひとつしかありません。それは「日本人が愚かだから」です。

同性婚に反対する保守派は、自分たちの「自虐思想」にいい加減気づいたほうがいいでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年6月8日発売号
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大阪都構想の住民投票が教えてくれた日本の未来 週刊プレイボーイ連載(197)

大阪都構想の賛否を問う住民投票に敗れたことで、橋下徹大阪市長が政界引退を決意しました。賛成49.62%、反対50.38%の僅差で、逆の結果が出てもおかしくはありませんでしたが、大阪市を廃止して5つの特別行政区に再編する大改革を住民の半数が反対するなかで強行すれば混乱は避けられなかったでしょう。「民主主義は最後は多数決」といっても、実際には、反対派を圧倒する大勝でなければ政治的には敗北だったのです。橋下市長も引き際を飾ることができたのですから、有権者の絶妙な判断というべきでしょう。

橋下市長と維新の会の歴史を振り返ると、石原慎太郎の太陽の党との合併がつまずきのもとだったのは明らかです。

戦後の日本の政治は、右(保守)と左(リベラル)の不毛な論争をずっと続けてきました。維新の会は古臭い政治イデオロギーとは無縁のネオリベ=改革の党として支持を集めましたが、欧米から「極右」と見なされる政治家と組んだことでリベラルな支持層が離反していきました。そのうえ日本型組織の統治を批判してきたにもかかわらず、「共同代表制」による内紛と対立で自分たちの統治が崩壊してしまいます。自民党にも民主党にも「新自由主義」の議員はいるのですから、彼らを個別に支援し、地方政党としてキャスティングボードを握る戦略をとれば状況はずいぶんちがったでしょう。

毀誉褒貶ははげしかったものの、橋下市長が硬直化した日本の政治に新風を吹き込んだことは間違いありません。今後、彼のような魅力的なポピュリストが現われることは当分ないでしょう。

大阪都構想の住民投票では、出口調査に基づき、「50代以下の現役層が賛成したにもかかわらず、70代以上の高齢者の反対でつぶされた」「地域別に見れば、所得の高い北部で賛成が多く、所得の低い南部はほとんど反対した」などといわれています。

同様の傾向は、EUをめぐるヨーロッパの政治でも見られます。2005年にフランスとオランダの国民投票でEUの改革案が否決されたとき、欧州の統合に賛成したのは都市部の高所得者層で、移民規制の強化などを求めて反対票を投じたのは地方の低所得者層でした。自由と競争を好むのは知識層や富裕層で、改革によって既得権を奪われるひとたちが規制強化を求めたと考えると、ヨーロッパにおけるリベラルと保守の対立がよく理解できます。

大阪の住民投票でも、現在の福祉水準で生活が成り立っているひとたちはそれを変える理由がありませんから、改革に反対するのは合理的です。維新の会の敗因は高齢者の票を奪えなかったからではなく、20代や30代の若者層を投票所に向かわせることができなったことでしょう。

高齢者の投票率が高く、若者の投票率が低いのは世界共通の現象です。年金に依存する高齢者は政治の変化に敏感ですが、若者には仕事や恋愛など、もっと大切なことがたくさんあるからです。

高齢者の意向で選挙結果が決まるようになると、若者はますます政治に興味を失っていきます。この“デフレスパイラル”によって、いずれあらゆる現状変更が不可能になるでしょう。

今回の住民投票に意味があったとするならば、この単純な事実を教えてくれたことなのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2015年6月1日発売号
禁・無断転載

第50回 仙境は上海上場銘柄(橘玲の世界は損得勘定)

黄山は中国・安徽省にある名山で、伝説の王、黄帝がここで不老不死の霊薬を飲み、仙人になったという。切り立った岩山が雲に浮かぶ様はまさに仙境で、古来、多くの文人が水墨画や漢詩でその姿を称えた。中国ではもっとも有名な山で、世界遺産にも登録されている。

4月末にその黄山に登ったのだが、驚いたのは断崖絶壁が連なる岩山に長大な階段がうがたれていることだった。黄山登山とは、この階段をひたすら昇り降りすることなのだ。

観光用のロープウェイもあるが、せっかくなので徒歩で挑戦してみた。歩数計では目的地にたどり着くまで8000階段ほど昇ったことになる――とうぶん階段は見たくない、という行程だ。

平日だというのに、景勝ポイントはどこも中国人観光客でいっぱいだった。夏のシーズンには、ロープウェイが数時間待ちになるという。

あちこち歩きまわっているうちに日が傾いてきた。下山するときにわかったのだが、じつは距離が長くなると、階段は昇るより降りる方がずっとつらい。踊り場のない真っ直ぐな石段をえんえんと降りるのはスクワットを続けるようなもので、たちまち腿が張って膝が笑い出すのだ。

幸い私は大丈夫だったが、なかには膝を曲げるだけで激痛が走るひともいるらしい。そうなると、まずは手すりにつかまってカニ歩きし、次は後ろ向きで降りようとし、最後は四つんばいになって後ずさりする。

1時間ほど下ったあたりから、修羅場は始まった。仲間から置いていかれたのか、携帯片手にぼろぼろと涙をこぼしながら歩く女の子や、地面に仰向けになって手足をばたばたさせて泣き叫ぶ若い女性など、ふだんは目にしない光景にも出会った。

日が落ちてしまえば街灯などないから、真っ暗闇で足元すら見えなくなる。動けなくなったらどうするのかと思ったら、あちこちに担ぎ屋がいて声をかけてくる。前後2人でかごを担ぎ、麓まで駆け下りるのだ。

だがその料金は、けっして安くない。ロープウェイの全行程を担いでもらうと5000元(約10万円)、途中からでも1000元(約2万円)はするという。値引きはいっさいなく、イヤなら山中に取り残されるだけだ。こうして、背に腹は変えられないひとたちが次々と担がれていく。

それを見て「ずいぶんビジネスライクだなあ」と思ったら、じつは黄山は株式会社化されていて、上海市場に上場していた。銘柄名は「黄山旅行開発」で筆頭株主は黄山市黄山風景区管理委員会。2014年の売上高は15億元(約300億円)、純利益2億元(約40億円)で、地方都市としては一大産業だ。

黄山内のロープウェイや宿泊施設は会社の経営で、売店の売り子から担ぎ屋までみんな「社員」なのだという。だから値引きにはいっさい応じないのだ。

黄山は入場するだけで250元(約5000円)。ロープウェイ、ホテル代、飲食代に“救出”費まで、観光客から効率的にお金を回収する仕組みが徹底されている。中国の“特色ある資本主義”だと、観光地もこうなるのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.50:『日経ヴェリタス』2015年5月24日号掲載
禁・無断転載

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石段をひたすら昇る
担ぎ屋に運ばれる登山客
担ぎ屋に運ばれる登山客