『幸福の「資本」論』が発売されます

ダイヤモンド社より『幸福の「資本」論』が発売されます。私にとっては、久しぶりに人生設計について書いた本になります。

発売日は16日(金)ですが、都内の大手書店では明日から店頭に並ぶ予定です。

Amazonでも予約が始まりました。電子書籍も同日発売で予約可能です。

この本では幸福の条件を「金融資産」「人的資本」「社会資本」の3つの資本=資産のポートフォリオ最適化戦略として考え、そこから人生の8つのパターンを考察しています。それが「貧困」「退職者」「ソロ充」「プア充」「リア充」「お金持ち」「旦那」「超充」です。

私たちは、金融資産を金融市場に投資することで金銭的な利益を、人的資本を労働市場に投資することで収入とやりがいを、社会資本を共同体に投資することで幸福感を得ています(この「幸福」には、愛情や友情のような絆のほかに、社会での評価も含まれます)。

この3つの「資本=資産」をどのように組み合わせるかで生き方が決まります。だとすれば、幸福へと至る最適なポートフォリオとはどのようなものなのでしょうか?

その答えに興味のある方はぜひ手にとってみてください。

「高等教育の無償化」は教育関係者への巨額の補助金 週刊プレイボーイ連載(292) 

2020年施行を目指して憲法改正を表明した安倍首相ですが、9条と並んで「高等教育の無償化」を掲げたことが議論を呼んでいます。

「わざわざ憲法に書き入れる必要はない」との批判は、9条改正の目くらましを警戒しているのでしょう。「社会保険料から徴収する子ども保険は負担が現役層に偏り不公平だ」とか、「子ども国債は赤字国債と同じで将来世代への借金の先送りにすぎない」との批判もありますが、だったら消費税を引き上げて教育予算を増額すればいいのでしょうか。

この問題を考えるポイントは、そもそも教育無償化が誰のためのものか、ということです。

農家が、「ご飯をたくさん食べれば健康で長生きできる」としてコメの無償化を求めたとしたら、これが農家への補助金であることは誰でもわかります。しかし教育の無償化では、まったく同じことを主張しているにもかかわらず、「子どものため」とか「未来の日本ため」とされて、教育関係者への巨額の補助金であることは誰も指摘しません。

これは国民のあいだに「教育はよいもの」という幻想が強いことと、一般的に教育関係者が頭がいいことから説明できます。彼らはその高い知能を使って教育幻想をまき散らし、政治家や官僚、国民を幻惑して自分たちの懐に税金を投入させようとし、その利己的な所業を自己欺瞞によって気づかないようにしています。優秀な詐欺師と同じように、自分への補助金を「子どものため」だと本気で信じ、きれいごとをいいつづける厚顔無恥は、自分で自分をだましているひとにしかできません。

教育を無償化する根拠として、高卒より四年制大学の卒業者の収入が高いことが挙げられますが、これは奇怪な論理です。

一流大学の卒業生が就職に有利なのは、その希少性が知能と能力の指標として使われているからです。「東大卒」のブランドがあれば誰でも成功できるなら、18歳の全員が東大に入れるようにすればいいでしょう。大卒を増やせば貧困を解消できるというのは因果関係が逆転しています。

もちろん、「賢い子どもが貧しさで進学をあきらめる」ことはあるでしょう。しかしその場合は、奨学金や民間金融機関の教育ローンを充実させればいいだけです。「よい大学にいけば経済的に成功できる」というのがこの話の前提なのですから、社会に出たあとに利子をつけて返済してもらえばいいだけの話で、税金を投入する理由はどこにもありません。

教育無償化の理屈が破綻するのは、「子どものため」に税金を使えと主張するからです。「私的な利益になぜ自分の税金が使われるのか」との批判に抗するには、教育が「社会のため」であることを証明しなければなりません。「人的資本に投資すれば、(犯罪率の低下などで)10万円の税金が将来的に20万円になって返ってくる」というのなら、この話を真剣に考えるひとも出てくるでしょう。

だったらなぜ、「証拠に基づいた」議論ができないのでしょうか。それは、日本で「高等教育」と呼ばれているものの現場にいるひとたちが、働いて税金を納めることのできる人材を養成しているかどうかを検証されると困るからなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2017年6月5日発売号 禁・無断転載

子どものときにすぐにマシュマロを食べてしまったら 週刊プレイボーイ連載(291) 

オークションサイトに現金が出品されていることが話題になりました。1万円札3枚が3万6000円、1万円札4枚が4万7300円で落札されたというのです。なぜこんな不思議なことが起きるかというと、一部のひとがクレジットカードで現金を購入しているからのようです。

クレジットカードにはショッピング枠とキャッシング枠が設定されています。キャッシングはATMなどから現金を引き出すことで、ほとんどの場合、利息制限法の上限である年20%(元金10万円未満の場合)の金利が上乗せされます。それに対してショッピング枠では、翌月一括払いであれば、クレジットカード会社に支出を立て替えてもらっても金利はかかりません(なぜこんなウマい話になっているかというと、店からカード会社に手数料が支払われるからです)。

現金を高い値段で買うという非合理的な行動は、カードのショッピング枠とキャッシング枠に大きな差があることから説明できます。

多重債務者対策の規制強化の影響で、クレッジトカードのキャッシング枠はゴールドカードでも10万円程度しかないのがふつうです。その一方でショッピング枠は拡大される傾向にあり、いまや100万~300万円というのも珍しくありません。そうなると、カードローンやキャッシング枠がいっぱいになってしまったひとが、なんとかしてショッピング枠を利用しようと考えるのも無理はありません。このようにして、3万円を3万6000円で買う取引が成立するのです。

クレジットカードの一括払いでは、最長で50日、最短でも20日間支払いを立て替えてもらえます。そこから計算すると、この取引は年利換算で272%から2526%になります。高利貸しの代名詞がトイチ(10日間で1割)で、これは年利3000%に相当しますから、ほぼそれに匹敵する暴利です。逆にいえば、高利での借入に慣れたひとが納得できる絶妙な値付けになっているのでしょう(彼らはクレジットカードの一括払いではなくリボ払いや分割払いを使うでしょうから、実質借入金利はさらに高くなります)。

なにかをガマンするのではなく、いますぐ欲望を満たしたいひとを、経済学では「時間割引率が高い」といいます。逆に「時間割引率が低い」ひとは、いまの欲望をガマンして将来のために貯蓄します。時間割引率が高いか低いかは、遺伝的な影響が大きいことがわかっています。

4歳の子どもが、マシュマロをいますぐ食べるか、ガマンできるかを調べたアメリカの有名な実験があります。15分間ガマンすればマシュマロがもうひとつ手に入るのですが、それができた子どもは全体の3分の1しかいませんでした。実験に参加した子どもたちを追跡調査すると、マシュマロをガマンした子どもは大学進学適性試験(SAT)の成績が高く、社会的にも成功していることがわかりました。現代社会(知識社会)では、時間割引率が低いのは有利で、高いのは不利なのです。

オークションサイトの奇妙な取引は、私たちの社会には、子どもの頃にマシュマロをすぐに食べてしまったひとが思いのほかたくさんいることを示しているようです。

参考:ウォルター・ ミシェル『マシュマロ・テスト』

『週刊プレイボーイ』2017年5月29日発売号 禁・無断転載