日本の「リベラル」より、安倍政権の方がリベラル? 週刊プレイボーイ連載(289) 

安倍首相は5月3日の憲法記念日に、読売新聞のインタビューと憲法改正を推進する民間団体へのビデオメッセージで、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」として、憲法9条と高等教育無償化を具体的な検討項目に挙げました。これまで「9条に手をつけられるはずがない」とたかをくくって「お試し改憲」を批判していたひとたちは、腰を抜かんさんばかりに驚愕したのではないでしょうか。

安倍首相はメッセージで「多くの憲法法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が今なお存在する」として、「『自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ』というのは、あまりに無責任だ」と述べました。

無責任と名指しされた“リベラル”な学者や共産党は、この批判に責任をもってこたえなくてはなりません。とはいえ、これまでの主張を見るかぎりこれはなかなか大変です。

共産党委員長は「自衛隊は憲法違反だと思うが、国民の合意がなかったらなくせない」と述べました。これは「人民の支持があれば憲法に反することをやってもいい」ということですから、立憲主義の否定どころか革命の論理そのものです。このひとたちは戦後日本の民主政治になんの価値も認めず、共産革命によって理想社会を建設すべきだといまでも本気で考えているのでしょう。

憲法学者は、「自衛隊は違憲ではなく、個別自衛権は国家の自然権だから“合憲”だ」というでしょうが、これもいまひとつ説得力がありません。「だったらなぜ、それをそのまま書いちゃいけないの?」という“子どもの疑問”にこたえられないからです。

憲法は国家の基本設計図で、市民が国家権力の“暴力”に制約を課すためのものです。近代国家は警察、司法、徴税などすべての“暴力装置”を独占しており、一人ひとりの市民に比べてその権力はとてつもなく強大です。そのなかでも最大の“暴力”は軍隊ですから、その存在を憲法に明記して法の統制の下に置かなければならない、というのが世界標準のリベラリズムです。

安倍首相が悲願の9条改正に向けて、「自衛隊の尊厳」で保守派を満足させるだけでなく、こうした“まっとうなリベラル”を掲げれば国民の多くは納得するでしょう。日本にしか棲息しない希少種である「戦後リベラリズム」は、いよいよ正念場に立たされました。

あまり話題にならない「高等教育無償化」も、9条改正のための目くらましと決めつけることはできません。

北欧の国々は大学を無償にしていますが、なぜこのような仕組みが成立するかというと、(日本ではほとんど報じられませんが)大学の実態が高等職業専門学校だからです。北欧の会社は社員教育を大学にアウトソースし、そこで得た資格が昇進や昇給に反映されます。こうして「能力」の指標を標準化することで、同一労働同一賃金の“リベラル”な労働市場が成立します。

安倍首相が本気で大学無償化を考えているとしたら、その先にあるのは日本を北欧のような「ネオリベ型福祉国家」に改造するビジョンでしょう。9条改正と同様に労働改革においても、「日本的雇用を守れ」と叫ぶしか能のない“リベラル”はすっかり先を越されてしまったのです。

『週刊プレイボーイ』2017年5月15日発売号 禁・無断転載

日本は「極右国家」?安倍政権は「極右政権」? 週刊プレイボーイ連載(288) 

4月23日に行なわれたフランス大統領選の第1回投票では、独立中道右派のエマニュエル・マクロンと、国民戦線(FN)党首マリーヌ・ルペンが決選投票に進むことになりました。この記事が掲載されるときにはすでに結果が出ていますが、現時点の世論調査ではマクロンがルペンを大きく引き離しています(世論調査のとおり大差でマクロンが勝ちました)。

各社の報道を見ていて気になるのは、いまだに国民戦線に「極右」のレッテルを貼るところが大多数なことです。極右(ultranationalism)は「国粋主義」のことですから、たんなる「自国ファースト」のナショナリズムではなく、自民族の優越性を前提とした人種主義(レイシズム)と見なされます。

国民戦線が「極右政党」なら、ルペンに投票した770万人(決選投票では1000万人)のフランス人は「人種差別主義者(レイシスト)」になってしまいます。もし大統領に当選すれば、フランス革命によって近代の画期をひらいた国は「極右国家」になりますが、それでほんとうにいいのでしょうか。

冷戦終焉後の1990年代にヨーロッパ各国で台頭した右翼は「ファシズムの再来」ではなく、グローバル化と福祉国家モデルの破綻がもたらす先進国社会の動揺から生まれた新しい現象でした。「反移民、反EU、反グローバリズム」を唱えるものの露骨な人種差別からは距離を置き、白人の優越性をことさらに主張するわけでもありません。彼らの世界観はハリウッド映画のような善と悪の対立ですが、ポスト産業資本主義=知識社会から脱落しつつある主流派中流層(善良なふつうのひとびと)は“被害者”で、その救済のために“古きよき時代”を破壊するイスラームの移民や“強欲”なグローバリストとたたかっているのです。そう考えれば、「ポピュリスト(民衆主義)」「伝統保守」「新右翼」などの呼称がより適切でしょう。

風刺雑誌『シャルリー・エブド』襲撃事件の後、日本の新聞社のインタビューに応じたマリーヌ・ルペンは、「(両親が外国人でもフランスで生まれた子どもは国籍を付与される)出生地主義の国籍法を改定し、二重国籍を廃止すべきだとしたうえで、「めざすは(どちらも実現している)日本のような制度」と明言しています。EU加入とユーロ導入で通貨主権を失ったことを嘆き、「日本はすばらしい。フランスが失った通貨政策も維持している。日本は愛国経済に基づいたモデルを示しています」とも述べています。

さらに、国民戦線の新世代を代表する政治家(仏北部エナンボモン副市長)は、「今は安倍晋三氏の自民党に近い政策の党だ」と自分たちを紹介します。移民や難民に門戸を閉じ、よそものに不寛容で、多文化主義からもっとも遠い日本は、国民戦線にとって理想の社会モデルなのです。

その国民戦線が「極右」だというのなら、彼らが憧れる日本は「極右国家」、自民党は「極右政党」、安倍首相は「レイシスト」で安倍政権は「極右政権」になります。「まさにそのとおり!」というひともいるかもしれませんが、確信犯でなくたんなる惰性でやっているのなら、「事実(ファクト)」を無視したレッテル貼りはいいかげん終わりにした方がいいでしょう。

参考:朝日新聞2015年1月27日 マリーヌ・ルペン「国民戦線」党首インタビュー(インタビュアー国末憲人)

『週刊プレイボーイ』2017年5月8日発売号 禁・無断転載

第67回 「海外居住で節税」の限界(橘玲の世界は損得勘定)

日本の税制は属地主義なので、日本国外に暮らすひと(非居住者)が海外で保有する財産を贈与・相続しても原則として課税されない。課税権が居住国にあるのだから当然ともいえるが、贈与税や相続税のない国が存在するとやっかいな問題を引き起こす。理屈のうえでは、国外で莫大な財産を受け取っても一銭も税金を払わない、ということが起こりうるからだ。

2011年2月、これがたんなる理屈でないことが示された。消費者金融大手の武富士創業者(故人)の長男が当時住んでいた香港で、海外居住者として約1330億円の生前贈与を受けた。この贈与に対して最高裁が課税を取り消し、延滞税に還付加算金を加えた総額2000億円を還付するよう命じたのだ。この判決が大きく報じられたことで、非居住者を使った相続税回避の方法が富裕層のあいだで広く知られるようになった。

しかし皮肉なことに、この「武富士事件」を機に、「海外で暮らせば税金がタダになる」というウマい話はなくなった。それまでは子どもが非居住者になればよかっただけだが、法改正によって、贈与者(被相続人)と受贈者(相続人)がともに5年を超えて海外に住むことが条件とされたのだ。

親の財産を無税で受け取るために1年ちょっと外国で暮らすだけなら、ハードルはさほど高くない。しかし親子ともども5年以上では、家族での海外移住を決意しなければならない。日本でのこれまでの仕事や生活をすべて失うことになるから、かなりの資産家でなければこんなことをやろうと思わないだろう。

ところが、この「5年シバリ」でも多くの富裕層が海外に資産を移して家族で移住したらしい。こうして税法がふたたび改正され、4月から非居住者の期間が10年に延長された。これによって、5年たったら財産を子どもに贈与して日本に戻ってこようと思っていたひとたちは、さらに5年間、慣れない外国暮らしをつづけるか、帰国して課税対象者に戻るかを決断しなければならなくなった。

あとすこしで5年というひとは大きなショックを受けているだろうが、きびしいようだが、これは自己責任だ。国家は立法権を持っているのだから、5年のものを10年や20年に延ばすのは自由だ。海外居住で節税したい富裕層は少数で、政治的にはほとんど無力だから、法改正を食い止める方途はない。そう考えれば、「5年で税金がタダになる」と考えること自体が間違っていたのだ。

徴税は国家が行使する“暴力”なのだから、そこから逃れようとしたら、それなりの覚悟が必要だ。だとしたら、どうすればよかったのだろうか。

本気で日本国に税金を払わないと決めたなら(それは個人の自由だ)、外国籍を取得して日本国籍を放棄すべきだった。外国人(親)が国外に保有する資産を外国人(子)に贈与したとしても、(いまのところ)日本国はそれに課税することはできない。そんなことまでする気はない? だったら住み慣れた日本に暮らし、決められた税を納めた方がずっといいだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.67『日経ヴェリタス』2017年4月30日号掲載
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