日本の大学やメディアが隠す「不都合な事実」 週刊プレイボーイ連載(331)

文科省主導の大学改革で、文学部などの人文科学系学部の「組織見直し」が掲げられ、大学教員らが強く反発しています。しかしこれは文科省の暴走というわけではなく、「教育による国際競争力の強化」を目指すのは先進諸国どこも同じで、日本はこのレースから大きく出遅れているというのが実情でしょう。

日本の労働生産性は先進国で最低で、日本のサラリーマンは過労死するほど働いてもアメリカの労働者の7割程度の利益しかあげられないという「不都合な事実」は、最近になってようやく認知されるようになりました。では、日本の研究者の生産性はどうなっているのでしょうか。

じつはここにも「不都合な事実」が隠されているようです。

オランダの学術出版大手エルゼビアが日本の研究活動を主要国と比較したところ、日本の官民合わせた研究開発投資の総額は米国と中国に次ぐ世界3位なのに、一定額あたりの論文数は主要9カ国で最低水準だとわかりました。1本の論文を書くのに、日本の研究者はカナダや英国の5倍以上の研究費を使っているのです。

なぜこんな悲惨なことになるのでしょうか。報告書は、「日本の研究者は日本国内にとどまりがちで、流動性の低さも問題だ」と指摘しています。先端研究では優れた研究者との国際共同研究が成果につながりやすく、各国とも積極的に海外との研究に乗り出しているのですが、日本の研究者は海外の研究者ネットワークに加われず、情報収集や共同研究で後手に回っているというのです。

大学に投入される研究費の多くは税金です。リベラルアーツの大切さを説くのもかまいませんが、その前に大学関係者は、研究開発投資がほんとうに有効に使われているのかを納税者に説明する重い責任を負っています。

じつはこれ以外にも「不都合な事実」はあります。

国連の「言論と表現の自由」に関する特別報告者デイビッド・ケイ氏は、「日本政府がメディアに圧力をかけている」として放送法4条の撤廃に触れたことで「反日」のレッテルを貼られましたが、その後の記者会見では日本の報道機関に対し、「先進国では優れた記者が所属媒体を移る、一種の流動性があるが、日本には存在しない。そのため政府からの圧力が記者にも特別な影響を与える」と述べています。

ところが、日本のマスコミの構造的な問題を指摘したこの会見を記事にしたのは朝日新聞だけで、他のメディアは無視を決め込んでいます。ケイ氏が安倍政権を批判したときは、「国連」を水戸黄門の印籠のようにしてこぞって大騒ぎしたというのに。

東芝は利益を水増しするために決算を粉飾し、財務省は首相の国会答弁に合わせて決裁文書を改ざんしました。ここでも問題はまったく同じ「流動性の低さ」です。「転職」という選択肢がないことで、有能なひとたちは違法行為に手を染めざるを得なくなりました。

日本の社会のすべての「不都合な事実」は、「タコツボ」にしがみつくしかないひとびとが生み出しているようです。

参考文献:「日本の研究 生産性低く オランダ出版社調査、投資あたり論文数 最低水準」日経新聞3月12日朝刊
「「日本メディア、政府圧力に弱い」――国連報告者デービッド・ケイ氏が指摘」朝日新聞2017年10月26日朝刊

『週刊プレイボーイ』2018年4月2日発売号 禁・無断転

文庫『言ってはいけない中国の真実』が発売されました

新潮文庫より『言ってはいけない中国の真実』が発売されました。文庫化にあたって、13章「「超未来社会」に向かう中国」を加筆しました。 Kindle版も改定されています。

出版社の許可を得て文庫版前書きを掲載します。

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本書は2015年3月にダイヤモンド社から発売された『橘玲の中国私論』を文庫化したものだ。文庫化にあたって本文の修正は最低限にとどめ、そのかわりに親本の発売以降の変化を踏まえた13章を追加した。

私がはじめて中国を訪れたのは20年ちかく前で、当時は上海の中心部でも古い町並みが残っていた。それから中国を何度も訪れ、満州から内モンゴル、チベット、新疆ウイグル自治区まで旅行ガイドブックに紹介されているような場所はほぼすべて旅した。

その時期は「奇跡の高度経済成長」の真っただ中で、訪れるたびに驚きとともにその変貌を眺めていたのだが、それはやがて別の驚きにとってかわった。あらゆるところでゴーストタウン(鬼城)を目にするようになったのだ。「この巨大な隣国でいったいなにが起きているのだろう」と興味をもって調べてみたのが、このちょっと長い本になった。

とはいえ、私は中国の専門家ではないから、ここで書いたことの多くは内外の研究者・ジャーナリストに負っている。3年後の現在でも本文にほとんど手を加える必要がないのは、私に先見の明があるからではなく、本書で紹介した専門家たちの知見が優れているからだ。

親本が出てから、ヨーロッパは難民問題とテロの恐怖に揺れ、イギリスは国民投票でEUからの離脱を選択し、アメリカではトランプ政権が誕生した。どれも現代史を画する大事件で、私はもちろんそれらをまったく予見できなかったが、中国に関してはもはや大きな驚きはなかった。この本で書いたことが、たんたんと進行しているからだろう。

その意味で本書は中国社会についての「原理的」な説明であり、留学やビジネス、あるいは観光でこの「不思議な隣人」と触れ合い、私と同じ疑問を抱いたひとにはきっと役に立つだろう。

お役人は「規則」ではなく「前例」を守る 週刊プレイボーイ連載(330)

森友学園問題で朝日新聞の報道を「哀れですね」と嘲笑っていた安倍首相が、朝日新聞のスクープによって窮地に陥っています。「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と大見得を切った首相答弁に驚愕した財務省が公文書を大幅に改ざんしていたというスキャンダルは、首相の悲願である憲法改正を吹き飛ばしただけでなく、このままでは9月に予定されている自民党総裁選での3選も危うくなりそうです。

公文書改ざんが明らかになってから、官僚経験者らが「こんなことは考えられない」と口をそろえて解説しています。決裁文書を改ざんすれば刑法犯の虚偽公文書作成等の罪に問われかねず、優秀な官僚がそんな愚を冒すはずはないというのですが、はたしてこれはほんとうでしょうか。

官庁の情報隠しはこれまでも頻繁に起きてきました。すぐに思いつくものでも、防衛省が廃棄したとしていた南スーダンでの自衛隊の日報が再調査で発見されたり、加計学園の獣医学部新設をめぐって文部科学省が「総理のご意向」と書かれた文書の存在を否定したのち、追加調査で見つかった例などが思い浮かびます。こんなことがごく日常的に行なわれているのなら、そこから決裁文書の改ざんまではほんの一歩でしょう。

「官庁のなかの官庁」である財務省官僚は「規則を守る」倫理観が徹底されているとの声もありましたが、公文書改ざんは近畿財務局の一存で行なったことではなく、理財局を中心とした「組織犯罪」の疑いが濃厚になってきました。真相は検察の捜査を待たなくてはなりませんが、逮捕者が何人も出る事態は避けられそうもありません。

今回の「公文書改ざん事件」を理解するには、そもそも官僚は「規則」を守ったりしないと考えなければなりません。ではなぜ彼らがあんなに杓子定規かというと、「前例」に固執しているからです。お役人というのは、日々を大過なく過ごすためにすべてを前例どおりにやろうとする人種なのです。

規則はどんなことがあっても守らなければなりませんが、前例は守っても守らなくても構いません。平時には両者のちがいはほとんど見わけがつきませんが、異常なことが起きるとはっきりわかります。前例のない事態では、日本の官僚は保身のためにあっさり規則を無視するのです。

アメリカでは、トランプ政権がルールを踏みにじったことに抗議して官僚たちが次々と辞任しました。それに対して日本では、規則に反したことをさせられた末端の官僚が自殺してしまいます。

しかしこれは、アメリカ人が高潔で日本人が劣っているということではありません。トランプ政権に嫌気がさした官僚がさっさと辞表を出せるのは、次の仕事をかんたんに見つけられると思っているからでしょう。日本の官僚が「犯罪」に手を染めざるをえないのは、上司に背けば定年まで飼い殺しにされると思っているからです。労働市場の流動性がない社会では、どれほど優秀な「高級官僚」でも、理不尽な命令に奴隷のように従わざるを得ないのです。

その意味で今回の事件は、「組織」にしばられて生きていくほかはない日本社会の残酷さを象徴してもいるのです。

『週刊プレイボーイ』2018年3月26日発売号 禁・無断転