「朝日」はなぜこんなに嫌われるのか? 週刊プレイボーイ連載(341)


「朝日」はなぜこんなに嫌われるのか? そう訊ねれば、たちまちいろいろな答えが殺到するでしょう。かつては慰安婦問題で叩かれていましたが、最近は「どうでもいい話を針小棒大に報道する」というのが定番の批判のようです。それを「ネトウヨの遠吠え」と嘲笑するひとたちもいて、この話題は収拾のつかない罵り合いになっていきます。

それぞれ言い分はあるでしょうが、議論の泥沼から一歩退いて眺めれば、世界じゅうで同じような憎悪の応酬が起きていることがわかります。典型的なのはアメリカで、「親トランプ」の(白人)保守派と「反トランプ」のリベラルの衝突のはげしさは日本の比ではありません。

「朝日」は戦後民主主義という日本独自のサヨク思想を代表しています。冷戦の終焉によってソ連、中国共産党、北朝鮮、マルクス主義を礼賛するこの奇怪なイデオロギーは破綻しましたが、それにもかかわらず「むかしの名前」でへたくそな歌をうたいつづけているというのが、「朝日ぎらい」の標準的な説明でしょう。

しかし、理屈が間違っているのなら、それを指摘すればいいだけですから、「しょーもないなあ」と呆れることはあっても、SNSなどに見られる底知れぬ憎悪は説明できません。そこには、なにか別のちからがはたらいているようです。

「安倍一強」に象徴されるように、日本の「右傾化」が止まらないといわれています。しかしもしこれが事実だとすると、「右」方面のひとたちは、自分たちが望む社会にどんどん近づいているのですから、毎日を気分よく過ごしているはずです。しかしネットを見るかぎり(個人的な知り合いはいないので)、彼らはなぜかいつも怒っています。

この奇妙な現象のもっともシンプルな説明は、世界は「右傾化」しているのではなく「リベラル化」しているというものです。声をかぎりに「正論」を叫んでも思いどおりにならないからこそ、抑えようのない怒りが込み上げてくるのです。

21世紀を迎えて、AI(人工知能)などのテクノロジーの急速な進歩を背景に、私たちは「グローバル化・知識社会化・リベラル化」の巨大な潮流に飲み込まれることになりました。しかし残念なことに、すべてのひとがこの急激な変化に適応できるわけではありません。こうしていたるところで、「アンチグローバリズム・反知性主義・右傾化」というバックラッシュ(反動)が起きるようになったのです。

しかしこれを、レイシズム(人種差別)と結びつけるのは誤りです。トランプ支持者は白人の優越を主張するのではなく、自分たちを「見捨てられた白人」だといいます。これが「白人アイデンティティ主義」で、「白人という以外に誇るもののないひとたち」のことです。同様にネトウヨは、「日本人という以外に誇るもののないひとたち」と定義できるでしょう。

アイデンティティは「社会的な私」の核心で、これを心理的に攻撃されると、脳は物理的な攻撃と同じ痛みを感じます。いま世界のあちこちで(もちろん日本でも)起きている事態は、「リベラル化」と「アイデンティティ化」の衝突と考えるとすっきり理解できます。

そんな話を書いた『朝日ぎらい』が、朝日新聞出版社から発売されました。「私たち、そんなに嫌われてますか?」という帯を書店で見かけたら、手に取ってみてください。

『週刊プレイボーイ』2018年6月18日発売号 禁・無断転載

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4件のコメント

  1. >しかしこれを、レイシズム(人種差別)と結びつけるのは誤りです。トランプ支持者は白人の優越を主張するのではなく、自分たちを「見捨てられた白人」だといいます。これが「白人アイデンティティ主義」で、「白人という以外に誇るもののないひとたち」のことです。同様にネトウヨは、「日本人という以外に誇るものないひとたち」と定義できるでしょう。

    日本のネトウヨはともかく、アメリカのトランプ支持者の多くは
    「キリスト教原理主義者」
    でもあるという考察が抜けていますよ。

    もちろん、安倍政権を支える公明党支持者が
    「創価学会原理主義者」

    でもあるのですが。

    アメリカの場合、マックスウェーバーの

    「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」が

    「キリスト教原理主義」をある意味
    肯定しているという面もあるので、
    一概に否定できないのです。

    ニーチェはアメリカではボコボコでしょうな。

    橘さんも話に「宗教」がからんでくると
    論説がどうも歯切れが悪いような。。。

  2. 朝日新聞が嫌われるのは、中韓にゴマをするからである。「ゴマはすればするほど得をする」など大嘘である。
    中韓に忖度をする朝日新聞を非難するのは、自分で自分の首を絞めることになるのだろうか???

    奈良時代の宇佐八幡宮神託事件において、正直者の和気広虫・清麻呂姉弟が一度は下劣な名前を付けられ流罪に処せられるも誠実さと忠誠心が認められ出世したのに対し、ゴマスリ忖度道鏡は後ろ盾を失った途端に左遷である。

    http://bi-bi.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-862e.html
    黒柳徹子氏の盟友である田川一郎氏も、こちらの記事で忖度人間の悲惨な末路を述べている。

  3. >これを心理的に攻撃されると、脳は物理的な
    >攻撃と同じ痛みを感じます

    ペンは剣よりも強し、自己責任だ、資本主義は最高だ、
    国家に依存するな、野垂れ死ねば良い。

    アンタは「言葉の暴力」を行使していることに
    気付いているのだろうか?

    >底知れぬ憎悪は説明できません。
    >そこには、なにか別のちからがはたらいているようです。

    朝日とか歴史とかはまあどうでも良いが
    俺が何に怒っているのか教えてやろうか?
    自尊心を傷つけるな!ということだ。
    もっといえば手前の言動を広められると
    俺の不利になるというのもある。手前は手前で
    早稲田に入れるくらいの脳みそを持ち合わせていて
    労働意欲もそれなりにある(親の教育の賜物か?)
    何の疑問も抱かずに働いて生まれ持った?能力を
    行使して「大金」を得ているわけだ。そうして
    モスクワにも足を運んで人生を謳歌しているわけだ。
    俺ですら一回も海外旅行に行ったことがねえのに。
    そしてそういう奴が18世紀とか17世紀に活躍した奴らの
    正しい理論だとして「自己責任」を捲し立てるわけだ。
    別に俺の主人は手前ではないから手前に言われたところで
    無視しても良いのだがネットで手前のことを
    知らない人は少ないだろう。
    流行り言葉で言えば「インフルエンサー」かな?
    自分にとっては君の言説は「ガン」なのでね。
    ネトウヨは無力なのだから数で応戦するしかないのだろう。
    俺はつるむことはないけど原理としては同じようなもの。
    権力ないからね。

  4. 権力がない人間が手前(インフルエンサー)の言葉を見てどう思うか。
    相手の名実ともに「押し込まれた」感じがするだろう。
    現に自分は手前の幾つかの記事を軽く読んで
    かなりの窮屈さを感じさせられた。何が「リベラル」だ。
    手前のそれは「ネオリベ」でありそれは一つのリベラルの形であり
    全体を包括した「リベラル」ではない。手前は独自解釈した
    「リベラル」を使って手前に都合の良いネオリベ的世界を
    構築したいだけだろう。何が「人間は利己的だ」だ。
    手前が利己的な存在でありたいが為にアダム・スミス(権威)を
    使って好き放題する権利を欲しただけだろ。

    とまあ此処で攻撃することで仮にも後に橘を
    排したとしても「橘二世、橘三世」が生まれるだけ。
    「諦めたらそこで試合終了」とは有名な
    漫画の台詞だが次から次へと湧いてくる
    こういう奴らに支配されて生きていくのも辛いのよな。
    でも俺は低能先生(犯罪者)のようなことはしない。
    此処で僅かばかりの爪痕を残している時点で
    無風というわけではないが静かに静かに死んでやる。
    クソな人間、クソな社会、全て消えてなくなれ!
    と言いたいところが言わなくても何れは消滅するのかな。
    出来ればその時を拝みたいがまあ良い。
    先に旅立つとしよう。

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