「神経症傾向」が高いと買い占めに走る 週刊プレイボーイ連載(423)

新型肺炎騒ぎのなか電車に乗ると、マスク姿の乗客に交じって、マスクをせずに吊革につかまりスマホをいじっているひとがいます。こういうときに、パーソナリティの多様性を実感します。

近年の心理学では、性格は大きく5つの独立した要素に分かれ、それぞれが正規分布すると考えます。正規分布(ベルカーブ)は平均がもっとも多く、両極にいくほど少なくなる分布で、学生時代にお世話になった偏差値を思い浮かべればいいでしょう。

代表的なパーソナリティのひとつが「神経症傾向」で、不安感のことです。これが正規分布するのは、世の中には極端に不安を感じやすいひと(その典型がうつ病)と同時に、極端に不安を感じないひとがいることを示しています。こういうタイプは生きていくのに不都合があるわけでもなく、かといって目立つわけでもないのでふだんは気づかれないのですが、感染症のような非日常では可視化されるのです。

なぜ不安感はばらつくのでしょうか? 進化論的には、「2つの異なるサバイバル戦略があるから」と説明されます。

旧石器時代のサバンナで、おいしい果物がたくさん実っている茂みを見つけたとしましょう。「不安感の低いひと」は、歓声を上げて茂みに駆け寄り、たらふく果物を食べるにちがいありません。これが「生存戦略1」です。

ところがその茂みには、腹をすかせたライオンが潜んでいるかもしれません。無警戒に果物をむさぼり食っている「不安感の低いひと」は格好の餌食です。

そんなときに生き残るのは、集団から遅れ、こわごわとあたりを見回している「不安感の強いひと」でしょう。おいしい果物は食べそこなうかもしれませんが、生命を落とすこともないのですから、これが「生存戦略2」になります。

ふたつの生存戦略が並立するのは、環境によってどちらが有利かが異なるからです。捕食動物が少なく食料の多い地域なら、「不安感の低いひと」は圧倒的に有利です。トラやライオンがうようよしている地域で生き残るのは、「不安感の強いひと」です。長い進化の過程で、いずれの環境にも適応できるように神経症傾向のパーソナリティが正規分布するようになったのです。

いまやヒトを襲う捕食動物はいないし、先進国では戦争や内乱もなく、殺人件数も減って世の中はますます安全になりました。ところがヒトの遺伝子はそうかんたんに変わらないので、いまでもサバンナの猛獣におびえていた頃と同じように強い不安を感じるひとが一定数います。神経症傾向が高いと、現代社会ではとても生きづらいのです。

「不安感の強いひと」は、ささいなことでも「このままでは死んでしまう」という生存の脅威に突き動かされ、不安を鎮めるためにどんなことでもします。症状も出ていないのに「検査してくれ」と保健所に怒鳴り込んだり、感染症予防とはなんの関係もないトイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンタオル(!)を買うために長い行列をつくったりするのはこのタイプです。

そう考えると、目の色を変えて買い占めているひとをすこしは温かい目で見られるようになりませんか?

『週刊プレイボーイ』2020年3月16日発売号 禁・無断転載

新型肺炎「クルーズ船」対策はすべて素人の思いつき? 週刊プレイボーイ連載(422)

政府の新型肺炎対策が混迷をきわめています。感染拡大にいまだ収束の見通しは立ちませんが、現時点でわかったことをまとめておきましょう。

クルーズ船の対応で官房長官は「感染防止を徹底」と胸をはりましたが、結果は死者7名、感染者約700名にのぼりました。同様の状況にあったクルーズ船から乗客を下船・自由解散させたカンボジアは「中国におもねっている」とさんざん批判されましたが、その後、確認された感染者は1名です。どちらが正しかったかは議論の余地すらなく、非人道的な環境で長期間拘束された乗客・乗員はほんとうにかわいそうです。

春節の時期に多くの中国人観光客を受け入れたことも批判されています。アメリカのように中国全土からの入国禁止を徹底していれば感染拡大を防げたというのです。

「政治は結果責任」ですからどちらも大失態でしょうが、このウイルスが未体験であることを考えればいちがいに責めることもできません。感染の恐怖が広がるなかでの下船の決断は困難だったろうし、習近平の来日を控え、中国人を差別しているかのような対応も躊躇せざるを得なかったのでしょう。

「クルーズ船から1人も降ろすな」と大騒ぎしていたひとたちが、乗客を公共交通機関で自宅に帰したことで掌を返したように罵詈雑言を浴びせた姿を見ると、逆に政治家や官僚に同情したくもなります。自分は文句ばかりいって、なんでもやってもらえると思っている国民ばかりなら、ふつうならすべてを投げ出したくなるでしょう。

しかしそれでも、政府の対応に問題がないわけではありません。

最大の疑問は、現在に至るまで厚労省の指揮系統がまったくわからないことです。厚労大臣は国立大学経済学部卒の学士で、クルーズ船内で陣頭指揮をとったとされる厚労副大臣も、経歴を見る限り医学のなんの専門知識もありません。意思決定する政治家は「素人」の集団です。

そうであれば、厚労省内にいる(はずの)感染症対策の専門家集団が政治家を補佐し、感染の状況とか、全国一斉休校のような措置をなぜとるのかを、科学的根拠(エビデンス)に基づいて説明すべきです。そうしたことをいちども行なわず、匿名の「厚労省幹部」なる人物がメディアで好き勝手なことをしゃべるだけなら、国民が疑心暗鬼になるのも無理ありません。

これまで繰り返し指摘してきたことですが、日本の組織の特徴は「ゼネラリストを養成する」との名目で専門性を軽視し、結果として素人ばかりを生み出してきたことです。役所はその典型で、厚労省では2019年の統計不正問題で、統計の専門部署に初歩的な統計の知識をもつ人間すらいないという驚くべき事実が白日の下にさらされました。

いったん「素人」が組織を支配するようになると、専門性は徹底的に忌避されるようになります。専門家に権限をもたせると自分になんの知識もないことが暴露され、「素人支配」が崩壊してしまうのですから。

このようにして、政府や厚労省の大混乱の背景が見えてきます。恐ろしいことに、新型肺炎をめぐる一連の出来事は、「すべて素人が思いつきでやっている」と考えるとすっきり理解できるのです。

参考:厚労省が失態を繰り返すのは「素人」だから

『週刊プレイボーイ』2020年3月9日発売号 禁・無断転載

道徳にきびしい社会ほど不道徳な行ないが増えていく 週刊プレイボーイ連載(421)

数々のヒット曲をもつシンガーソングライターが覚せい剤所持の疑いで再逮捕されました。本人が使用を否定していることもあり、現時点では真偽はわからないので、ここでは別の視点からこの問題を考えてみましょう。

日本や東アジアは薬物に対して厳しく、世界的に合法化が進む大麻ですら刑務所に放り込まれ、薬物の密輸で死刑になる国もあります。それと同時に、薬物の使用は道徳的に許されないこととされており、芸能人ならCMの中止や番組の降板などきびしい社会的制裁を加えられます。

ところで、「道徳」とはいったい何でしょう?

学校は30人ほどの子どもたちを集めてクラスをつくりますが、これはお互いの名前や性格を覚えられる上限であると同時に、1人の教師が管理できる限界だからです。これ以上、人数が増えると「そんな奴いたっけ?」ということになり、ずる休みしたり好き勝手なことをしていてもわからなくなります。

それにもかかわらず、大人数で共同作業しなければならない場面を考えてみましょう。ここで問題になるのは「抜け駆け」で、収穫作業でひとり占めしたり、戦争で自分だけ逃げてしまうメンバーばかりなら、正直者がバカを見るだけで、共同体はたちまち崩壊してしまいます。

監視カメラがない時代にこうした利己的な行動を防ぐには、あちこちに監視者を置く必要があります。しかしこれは大きなコストがかかるし、その監視者が抜け駆けするかもしれません。そうすると監視者を監視する者を置き……という無限ループにはまりこんでしまいます。

これではとうてい、共同作業などできません。だったらどうすればいいのか? じつはここで、私たちの祖先はとてつもなく効果的な方法を(進化のちからによって)見つけました。それが「道徳警察」です。

人類がその大半を過ごしてきた狩猟採集社会では、抜け駆けする者は制裁の対象となり、殺されるか村を追われるかしたでしょう。ペットの育種(人為選択)と同じで、これを何百万年もつづけていると、抜け駆けすることに罪悪感を感じたり、ずるをする者に怒りを感じるようなプログラムが脳に埋め込まれるようになるはずです。

共同体の全員が互いに監視し合うようになれば、もはや監視者は不要になり、きわめてローコストで集団を動かすことができます。これを「自己家畜化」といい、道徳の起源だと考えられています。

家畜化の選択圧は、遊牧民族よりも、狭い土地にたくさんの人間が集住する農耕社会、とりわけ米作文化でより強くはたらいたでしょう。これがおそらく、東アジアが「道徳警察社会」になった理由です。

薬物依存は欧米では「治療が必要な病気」とされており、日本でもほとんどの精神科医はこの立場です。ところが誰もが道徳警察官の社会では、薬物依存者は助けを求めることができません。なぜなら、その瞬間にすべてを失ってしまうから。

依存症は、意志のちからで克服することがきわめて困難です。だとすればあとは、ひたすら隠れてその行為をつづけようとするだけでしょう。

このようにして、道徳にきびしい社会ほど不道徳な行ないが増えていくのです。

『週刊プレイボーイ』2020年3月2日発売号 禁・無断転載