「政界を揺るがせた賭け麻雀」の背後にある権力とメディアの癒着の構造 週刊プレイボーイ連載(433)

検察庁法改正に反対するSNSの盛り上りで安倍政権が今国会での法案提出を断念したかと思ったら、疑惑の当事者である東京高検検事長が新聞記者宅で賭け麻雀をしていたことが週刊誌で暴露され、辞職するというまさかの展開となりました。

とはいえ、これは日本のメディアの実態を知っていればさほど驚くようなことではありません。新聞社もテレビ局も、社会部記者は警察・検察幹部、政治部記者は有力政治家や高級官僚の自宅に夜討ち朝駆けして、公私混同のつき合いでネタを取ってくるのが仕事だからです。

これが白日の下にさらされたのが2018年の「財務省事務次官セクハラ疑惑」で、このときは官僚機構の頂点にある財務省事務次官が、記者のなかから気に入った若い女性を選んで、「タダで遊べるキャバ嬢」として夜中に呼び出していました。今回は「次期検事総長」と噂される検察庁幹部が気の合った新聞記者を集めて賭け麻雀をしていたのですから、これがまったく同じ構図なのは明らかです。

こうした不祥事の背後にあるのが日本独特の記者クラブ制度です。賭け麻雀に呼ばれた新聞記者はいずれも司法記者クラブで検事長と懇意になり、新聞社のハイヤーで送り迎えするなど便宜を図ってきたとされます。記者クラブに所属していないジャーナリストには、重要人物と接触するこんな機会は得られません。

日本の大手新聞社・テレビ局にとって死活的に重要なのは、記者クラブの既得権を守ることです。なぜなら、日本にしかないこの異習によって情報を独占し、外国メディアやフリーのジャーナリストなど「よそ者」を排除できるのですから。

記者クラブ制度はメディアと権力の癒着の温床になるとして、言論・表現の自由に関する国連特別報告者である法学者デイヴィッド・ケイ氏から繰り返し批判されていますが、「リベラル」なメディアですらこれを無視し「排外主義」に固執しています。「自由な言論」を否定するひとたちが「自由な言論」を主張するというかなしい日本の現実が、ここに象徴されています。

今回の事件で驚いたのは、新聞社が渦中の記者らへの取材を、「記事化された内容以外は取材源秘匿の原則に基づき、一切公表しておりません」などと拒んでいることです。第三者の批判を受けつけず、信用できるかどうか検証しようのない「内部調査」で好き勝手な説明と謝罪をするだけでいいのなら、今後、この新聞社から不都合な取材を受けた個人・組織は同じ対応をするようになるでしょう。

皮肉なのは、疑惑の人物と麻雀卓を囲んだのが、安倍政権を擁護する「保守」の新聞社と、政権批判の急先鋒に立つ「リベラル」の新聞社の社員だということです。一見、対立しているように見えても、裏では「仲間」同士でつながっているメディアの内情が、これよってはからずも明らかになりました。

同業者の非常識な対応を批判できない他のメディアも含め、自分たちの信用がこうして毀損していくのだということを、もうすこし真剣に考えたほうがいいのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年6月1日発売号 禁・無断転載

検察法改正でほんとうはなにが問題だったのか? 週刊プレイボーイ連載(432)

検事総長らの定年延長を可能にする法案改正に対し、SNSで「#検察庁法改正案に抗議します」の投稿が広がり、大きな政治争点になりました。とはいえ、素人にはいったい何が問題なのかよくわかりません。

この改正案はもともと、年金支給年齢の引き上げにともない、国家公務員の定年を65歳まで延長するという改革の一部です。一般の公務員の定年はこれまで60歳でしたが、検察官は63歳とされていました。ところがこのままだと検察官の定年が2年早くなってしまうため、それを是正する必要があるというのが法案改正の本来の趣旨です。

政府としては、公務員の定年延長を先行させることで、65歳までの雇用に二の足を踏む民間企業の背中を押したいとの思惑があるようです。とはいえ、年功序列のまま定年を延ばせば人件費が膨らんでしまいますから、60歳以上は給与を引き下げたり、短時間勤務に移行したり、役職定年制を設けて管理職から外すようにしています。

しかしそれでも、一律に役職定年を実施してしまうと、引き継ぎがうまくいかないなど組織の運営に支障をきたすに事態になりかねません。そこで、大臣など任命権者が認めた場合にかぎり、役職定年を延長できる例外規定が置かれました。

わかりにくいのは、ここまでは野党を含め誰も反対していないことです。だったらどこで意見が分かれるかというと、この役職定年の延長を検察官にも適用したことのようです。

問題の発端は、今年1月、カルロス・ゴーン事件をはじめとする「重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため」として、安倍内閣が東京高検検事長の勤務延長を閣議決定したことです。この検事長は一部のマスコミから「安倍官邸の番犬」と呼ばれており、森友学園問題や「桜を見る会」の疑惑などに特捜部が乗り出すのを封じる策略ではないかと疑われたことで事態が紛糾しはじめます。

その後の議論は錯綜していますが、結論からいうと、焦点は検察官の役職定年延長でもなく(他の国家公務員と同じなので)、この検事長が検事総長に就任し、「番犬」として安倍氏やその周辺を守りつづけることにあるようです。この予想(「反安倍」にとっての悪夢)が実現するかどうかはわかりませんが、「検事長が勤務延長を固辞していればこんなことにはならなかった」との批判はそのとおりでしょう。

残念なのは、検察庁法改正の騒動に紛れて、「公務員の定年延長」という改革の是非をめぐる議論がまったく消えてしまったことです。「生涯現役社会」を目指すのはどの国も同じですが、本人の意思を無視して強制的に「解雇」する定年制は「年齢差別」と見なされるようになり、いまでは「定年廃止」が世界の大きな流れになっています。そのなかで、「定年を延長するかわりに給与を減らす」日本の「改革」はかんぜんに時代遅れなのです。

そもそも「年次」によって役職が決まるという、軍隊のようなことをいまだにやっている公務員の世界が異様なのです。ほんとうに実力があれば、40代の検事総長が生まれたっていいでしょう。

「働き方改革」が終身雇用・年功序列・定年を当然の前提にしているようでは、「日本の夜明け」はまだまだ遠そうです。

【追記】これは5月15日執筆のコラムですが、その後、事態は急展開し、検察庁法の今国会での法案提出を断念したあとに、疑惑の東京高検検事長が新聞記者宅で賭け麻雀に興じていたことが暴露され辞任しました。それにともなって国家公務員の定年を延長する国家公務員法の廃案が与党内で議論されています。

『週刊プレイボーイ』2020年5月25日発売号 禁・無断転載

「軽率な発言」への私刑(リンチ)はどこまで許されるのか? 週刊プレイボーイ連載(431)

人気お笑いタレントが深夜のラジオ番組で、女性を貶めるような発言をしたとして炎上騒ぎに発展しました。

発言の経緯を見ると、リスナーから「コロナの影響でしばらく風俗行けない。思い切ってダッチワイフを買おうか真剣に悩んでいる」との相談が寄せられ、「苦しい状態がずっと続きますから、コロナ明けたらなかなかの可愛い人が、短期間ですけれども、美人さんが、お嬢(風俗嬢)をやります。なんでかって言うたら、短時間でお金を稼がないと苦しいですから」「今我慢して、風俗に行くお金を貯めておき、仕事ない人も切り詰めて切り詰めて、その時のその3カ月のために、頑張って今歯を食いしばって、えー、踏ん張りましょう」と述べたとされます。

たしかに軽率な発言ですが、その趣旨はリスナーに対し、「この時期に風俗に行くのは我慢して感染拡大を防ごう」というもので、その理由として「コロナが収束したらいいことがある」との軽口で笑いを取ろうとしたのでしょう。男同士の会話としてはよくあるもので、「経済的に困窮する女性を蔑視している」といわれればそのとおりでしょうが、芸能人として社会的生命を断たなければならないほどの「罪」とは思えません。

この事件をはじめとして、SNSなどで広がる炎上騒ぎの問題は、罪の重さが恣意的に決められていることです。当然のことながら法治国家では、罪を判定し刑を科すことができるのは司法だけです。もしその行為が違法でないのなら、どれほど不愉快であっても、表現・思想信条の自由として許容するのがリベラリズムでしょう。

ところがネット上の「道徳警察」は、自分たちで罪を認定し、本人が謝罪してもなお「謝り方が気に入らない」として番組からの降板を求める署名を集めています。これは「私刑(リンチ)」であり「公開羞恥刑」以外のなにものでもありません。

かつては多くの国に、公の場で恥をかかせる羞恥刑がありました。18世紀のアメリカでは不倫をした妻と間男は2人とも公開のむち打ち柱で打たれることになっていましたが、その後、「公衆の面前で屈辱を与える刑罰は死刑よりも残酷である」との批判が高まり、19世紀半ばまでにほぼ廃止されます。ところがその羞恥刑が、21世紀になって「私刑」として復活したのです。

道徳バッシングがなぜこれほどまでひとを夢中にさせるかというと、それがきわめて強い「快感」をもたらすからです。脳科学は、不道徳な行為を罰すると脳の快感回路が刺激されて神経伝達物質のドーパミンが分泌されることを明らかにしました。

ネットニュースでもっともアクセスが多いのは「芸能人」と「道徳」の話題だといいます。芸能人の不道徳なスキャンダルはこの2つの組み合わせですから、ページビューを増やして手っ取り早くお金を稼ぐもっとも効率的な方法です。

こうしてニュースを提供する側の利益と、そこから快感を得ようとするひとびとの欲望が一致して、異様な公開羞恥刑が起きるのでしょう。この仕組みはきわめて強固なので、私たちはこれから何度も同じような光景を見ることになるはずです。

参考記事:岡村隆史「コロナ明けの風俗を楽しみに」貧困セックスワーカー増加を歓迎し猛烈批判

参考:ジョン・ロンソン『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』 (光文社新書)

『週刊プレイボーイ』2020年5月18日発売号 禁・無断転載