なぜ減点、自分の信用スコアを調べてみた 日経ヴェリタス連載(122)

信用情報機関のCICはクレジットカードや消費者ローンの信用情報を収集し、業者間で共有している。新規のカードやローンの申し込みがあると、加盟会社はCICに信用情報を照会し、契約内容や支払状況、残債額などから諾否を判断している。

CICは新しい試みとして、昨年11月から信用力を指数化した「信用スコア」を個人に開示し、今年4月からはそのスコアを加盟約800社に提供しはじめた。信用情報がどのように登録されているかは個人でも確認でき、私も以前やってみたことがあるが、せっかくなので自分の信用スコアがどのくらいか調べてみることにした。

信用情報の確認にはインターネットと郵送の2つの方法があるが、現在はネット開示が休止中だったので、郵送で申し込むことにした。

手続きとしては、CICのサイトで信用情報開示申込書を作成して印刷し、住民票か印鑑登録証明書、およびマイナンバーカード、運転免許証などの本人確認書類のコピーを用意する。コンビニのマルチコピー機でチケット(JTBレジャーチケット)525円分(税込)を購入し、それらをまとめて郵送すると10日ほどで簡易書留が送られてきた。

私の場合、メインで利用しているクレジットカードは1枚で、それに加えて交通系カードや家電量販店などで使用するカード何枚かを使い分けている(財布に入っているカードは5枚だ)。ところがCICに登録されている情報は19件もあり、そのなかにはいつつくったのかまったく記憶にないものもあった。

登録されているクレジットカード情報は、氏名・住所・電話番号・生年月日・勤務先・運転免許証番号などの個人情報のほか、保有しているカードの極限度額やキャッシング枠、残債額や遅延の有無などで、過去2年間(24カ月)の入金状況が記号で示されている。請求額全額が入金されている場合は「$」マークで、一部入金や未入金の場合はケースごとに他の記号がつけられる。

肝心の信用スコアは200~800点で、私は637点だった。中央値は620~709点で、710点以上のハイスコアも約2割いる。

私は支払いのほぼすべてをクレジットカードで行ない、延滞したこともないので、正直、もっと高いスコアになると思っていた。「算出理由」として4つが挙げられているが、プラスの影響を与えているものばかりで、なぜ満点から140点以上も引かれたのかはわからない。

「平均」の範囲に収まっていればとくに問題はないのだろうが、今後、こうした信用スコアはクレジットカードや消費者ローンの申込以外にも、住宅ローンや学生ローン、不動産の賃貸契約など広い用途で使われるようになる可能性がある(実際、アメリカではずいぶん前からそうなっている)。

自分の点数にちょっとがっかりしたというのもあるが、そんな未来を考えれば、どのような理由で減点されたのか、スコアを上げるにはどうすればいいのか、もうすこし詳しい説明があってもよいように思った。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.122『日経ヴェリタス』2025年6月28日号掲載
禁・無断転載

世界をバラ色の眼鏡で眺める者と、灰色の眼鏡で眺める者 週刊プレイボーイ連載(648)

あなたのまわりにも、何気ない言葉やささいな態度を自分に対する攻撃だと思い、過剰に反応してしまうひとがいるでしょう。こうした被害妄想が重度になると、精神医学では「パラノイア」と呼ばれます。

このひとたちは「精神疾患」と診断されますが、「政府の秘密組織が自分を殺そうとしている」というような妄想以外では、きわめて理知的に自分について語ることができます。

そのことに驚いたイギリスの心理学者は、パラノイアは「病気」ではなく、一般のひとがもっている心理的な傾向(性格)が極端になったものではないかと考えました。そして、この仮説を検証するための独創的な実験を思いつきます。

被験者はロンドンに住む100人の男性と100人の女性で、VR(仮想現実)のゴーグルを装着して「仮想の地下鉄」を体験します。超満員の車内にいる他の乗客はすべてアバターで、ごく自然に振る舞い、なにひとつ特別なことは起こらないようにプログラムされました。

参加者の多くは、当然のことながら、いつもの地下鉄と同じだと感じました。アバターはそのようにつくられているのです。

ところが研究者は、別の反応をする2つのグループがあることを発見します。ひとつはポジティブな反応で、「ひとりの男性は私をじっと見つめて、お世辞を言いました」「微笑みかけてくる人がいて、それはとても心地よかったです」などと答えました。

もうひとつはネガティブな反応をするグループで、「私が通り過ぎようとすると、座っていた女性が私を笑いました」「攻撃的な人がいました。私を脅して、不快にさせようとしました」などとこたえたのです。

もういちど確認しておくと、参加者は全員がまったく同じVRを体験しています。それでも感じ方に、これだけ大きなちがいが生じたのです。

この実験からわかるのは、わたしたちのうち4人(あるいは3人)に1人は世界をバラ色の眼鏡で眺めていて、その反対側には、世界を灰色の眼鏡で眺めているひとがやはり4人(あるいは3人)に1人いることです。

このようなばらつきが生じるのは、それが進化の適応だからでしょう。複雑な環境では、どのような性格なら生き残れるかを決めることができません。そのため「利己的な遺伝子」は、楽観から悲観までさまざまなパーソナリティを用意して生存確率を高めたのです。

ところが人類史上もっともゆたかで平和な時代が到来したことで、かつては役に立った「灰色の眼鏡」が人生の障害になってしまいます。学校でも会社でも、被害妄想的なひとは煙たがられ、排除され、ときにいじめの標的にされてしまうのです。

イギリスで行なわれた大規模な調査では、パラノイア傾向のひとたちが「新型コロナウイルスは国連が世界征服のために製造した」などの陰謀論を信じ、コロナワクチンに強い疑いをもっていることがわかりました。パラノイアの特徴が世界への不信であることを考えれば、この反応は不思議ではありません。

かつては社会の片隅に押し込められていたひとたちが、SNSによって連帯し、自分たちの被害感情を大きな声で主張できるようになったと考えれば、近年の社会の混乱のかなりの部分が説明できるのではないでしょうか。

ダニエル・フリーマン『パラノイア 極度の不信と不安への旅』高橋祥友訳/金剛出版

『週刊プレイボーイ』2025年6月30日発売号 禁・無断転載

職場のいじめは法律や精神論では解決できない。なぜなら、人間の本性だから

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年8月26日公開の「「苦難の転換期」にアメリカ企業で出現した 《残忍なボスたち》による「いじめ」被害は日本でも繰り返されたのか?」です。(一部改変)

claudenakagawa/Shutterstock

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コロンビア大学教授で「社会組織心理学の世界的な権威」ハーヴィー・ホーンスタインは、1995年に”Brutal Bosses(残忍なボスたち)”を出版して大きな評判を呼んだ。『問題上司 「困った上司」の解決法』(齊藤勇訳/プレジデント社)として翻訳されている四半世紀前のこの本を手に取ったのは、アメリカの会社組織のいじめやハランスメントについて語る際に必ず言及される古典だからだ。

ホーンスタインの研究が与えた衝撃を、訳者で社会心理学者でもある齋藤勇氏が「あとがき」で次のように書いている。

私はアメリカの大学に留学していたことがあり、多少なりともアメリカ社会を知っているつもりになっていただけに、本書の内容にはこん棒で殴られたような衝撃を受けた。

私が理解していたアメリカ企業の人間関係は、ビジネスライクな契約関係を基本にしたクールなもので、社員の個性を尊重する社会だと思っていた。仮に、今の上司がどうしても嫌だったら別の会社に移ればいいし、それを可能にするムービング・ソサエティー(可動性のある社会)が機能している、と思っていた。

1980年代後半から90年代前半にかけて、アメリカ企業は「苦難の転換期」を迎え、リストラ、業績評価、ポスト削減、ダウンサイジングなど、企業も労働組合も新たな出口を求めて迷走した。この苦難の時代に、「上司と部下の人間関係」をめぐって多くの問題が噴出した。

ホーンスタインは「日本語版によせて」で、「私は、日本企業に「アメリカ企業の二の舞い」を踏んでほしくない。あの転換期にアメリカ企業で出現した《問題上司》による被害を未然に防いでほしい」と書いている。わたしたちはこの言葉にこたえることができたのだろうか。

アメリカの会社員の90%以上が上司の「いじめ」を体験していた

最初に、アメリカ社会における「残忍なボス(問題上司)」との遭遇体験を紹介しよう。ホーンスタインが「職場いじめ」について調査・研究するなかで出会ったある会社員の告白だ。

上司の机は私の席の隣にあり、私はたまたま、上司の机の上に私のメガネを置いてしまいました。すると、メガネが自分の机の上に置かれるのを見た途端、上司は顔を真っ赤にして怒り出したのです。

彼は突然、私のメガネを投げつけ、メガネは飛んで壁に当たり、コナゴナに割れてしまいました。

私は、ショックのあまり小声で「何をするんですか?」としか言えませんでした。

「何もしてやしないさ。お前は、さっさと消え失せろ!」

私は、怒鳴り返そうと思いました。しかし、上司に逆らってケンカして、もし今の職場を辞めたら、私にはほかに仕事の口が見つかりそうにありません。のみならず、私は子供の学費を払わなければならないうえに、これからまた子供が生まれる、といった状況にありました。

仕方なく、私は割れたメガネと砕かれた自尊心を拾って、言われたとおりにするしかなかったのです。腹が立ち、挫折感と悔しさのあまりに涙が込み上げました。今こうして思い出すと、また悔しい思いが湧き上がってきます。

ホーンスタインの調査によれば、アメリカの会社員の実に90%以上が、サラリーマン人生の中で、一度ならず上司の「いじめ」を体験していた。また、ある1日を無作為に選んで調査すると、会社員の5人のうち1人が、何らかのかたちで上司の「いじめ」を受けていた。 続きを読む →