行政と大企業の「癒着」には理由がある 週刊プレイボーイ連載(436)

新型コロナ対策の持続化給付金の民間委託に対し、疑問や批判の声が高まっています。報道を見るかぎりたしかにヒドい話で、徹底した真相究明が求められるのは当然ですが、ここではちょっと距離を置いて、なぜこんなおかしなことになるのか考えてみましょう。

話の前提として、組織のなかでいかに成功するかに「ポジティブ・ゲーム」と「ネガティブ・ゲーム」があるとします。ポジティブ・ゲームは「リスクを負ってでも一発当てて目立てばいい」で、失敗しても転職などでやり直しがきく開放系に最適な戦略です。それに対してネガティブ・ゲームは、「いっさいのリスクを負わず、目立つこともしない」で、いちど失敗すると悪評がずっとついてまわる閉鎖系での最適戦略になります。

年功序列・終身雇用の日本的雇用は、新卒でたまたま入った会社(組織)に定年まで40年以上も勤めるのですから、典型的な「閉鎖系」です。役所=官僚組織はそれに輪をかけて閉鎖的で、そこで生き残るのはネガティブ・ゲームの達人だけです。

とはいえ、どんな仕事でも失敗のリスクはついてまわります。役人の世界でも無リスクの仕事は事務・雑用などのバックオフィスだけで、これでは出世などできそうもありません。

そうなると、成功を目指す官僚にとってもっとも重要なルールは、「失敗しても責任をとらない」になります。そのときに効果的なのが「前例」で、なにか大きなトラブルが起きても、「これまでのやり方が時代に合わなくなっていた。今後は聖域なき改革に粉骨砕身したい」と、すべての責任を(引退している)前任者に負わせ、おまけに自分を“改革の旗手”に偽装することまでできてしまいます。

大きなお金が動く事業では、政治家などの利害関係者からさまざまな注文や横やりが入ります。これに対処できるのは、民間ではあり得ないような異常な状況に的確に対応できる経験とノウハウをもつ事業者だけです。有力政治家が「こんなやり方は認めん」と騒ぎだせば、すべては吹き飛んで「大失敗」になってしまうのですから。

このふたつの理由から、必然的に、官僚は大きな事業を特定の大企業につねに発注することになります。しかしいまでは公共事業は公募が原則で、これではメディアから「利権」「癒着」との批判を浴びてしまいます。

懇意の会社をダミーすればいいのでしょうが、コンプライアンスがきびしくなり、談合が刑事告発されるようになると、どこもグレーな取引を嫌がるようになりました。こうして困り果てた結果、正体不明の「協議会」をつくらざるを得なくなったのではないでしょうか。

「769億円もの事業費を(いったん)受け取るのに決算すらしていない」と批判されましたが、これは怠慢ではなく意図的なものでしょう。「幽霊協議会」の名ばかり役員でも、決算印を捺してしまえば「責任」をとらなくてはならないのですから。

このようにすべてのプレイヤーが「責任をとらない」というネガティブ・ゲームをしていると考えれば、不可解な出来事でも話のつじつまが合ってきます。これが日本社会の本質ですから、大なり小なり、すべてのひとが似たような体験をしていることでしょう。

『週刊プレイボーイ』2020年6月22日発売号 禁・無断転載

『残酷すぎる成功法則 文庫版』まえがき

出版社の許可を得て、制作をお手伝いしたエリック・バーカー『残酷すぎる成功法則 文庫版』の「まえがき」を掲載します。

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文庫版に寄せて

2019年末から東アジアで広まった新型コロナウイルスは、たちまちヨーロッパや北アメリカ、中南米やアフリカなど新興国へと拡大し、世界で40万人に迫る死者(2020年6月現在)と、ロックダウンにともなう甚大な経済的損害を引き起こした。幸いなことに日本は感染爆発・医療崩壊に至ることなくいまは小康状態を保っているが、もはやコロナ以前の世界に戻ることはできず、わたしたちはこれからもずっとやっかいなウイルスと共存していくしかないのだろう。――自然界には160万種もの未知のウイルスが存在するといわれているのだ。

そんななか、エリック・バーカーの『残酷すぎる成功法則』文庫版をお届けできることになった。新たに加えられた「パンデミック・エディション」3編は、アメリカの感染拡大後に著者が書き下ろしたもので、今回のような想定外の事態を乗り切るためにどのような生活習慣や心構えが必要なのかが簡潔に述べられている。

2017年10月の発売後、本書は一二万部(電子書籍含む)を超えるベストセラーとなり、TBS系「林先生が驚く 初耳学」や読売新聞、毎日新聞、週刊文春、週刊新潮、週刊ダイヤモンドなどさまざまなメディアで紹介されたこともあって、多くの読者を獲得することができた。

「研究結果をもとにしてあるので信頼性があった」「世間一般でいわれていることがデータとは違っていて面白い」「単なる自己啓発本ではない」などの反響は日本もアメリカも同じだ。それはバーカーが実際に役に立つアドバイスをしているからであり、本書に書かれている知識は「アンダー・コロナ」の世界でこそますます重要になっていくだろう。

2020年6月

監訳者序文

これは、「コロンブスのタマゴ」のような画期的な自己啓発書だ。そのうえわかりやすく、かつ面白い。だったら序文なんか必要ないじゃないか、といわれそうで、まさにそのとおりなのだが、それでもひとこといっておきたいのは本の厚さに躊躇するひとがいそうだからだ。

しかしこの本には、これだけの分量と膨大な参考文献がどうしても必要なのだ。なぜなら、玉石混淆の自己啓発の成功法則を、すべてエビデンスベースで検証しようとしているのだから。

日本にも「幸福になれる」とか「人生うまくいく」とかの本はたくさんあるが、そのほとんどは二つのパターンに分類できる。

  1. 著者の個人的な経験から、「わたしはこうやって成功した(お金持ちになった)のだから、同じようにやればいい」と説く本
  2. 歴史や哲学、あるいは宗教などを根拠に、「お釈迦さま(イエスでもアッラーでもいい)はこういっている」とか、「こんなとき織田信長(豊臣秀吉でも徳川家康でもいい)はこう決断した」とか説く本

じつはこれらの本には、ひとつの共通点がある。それは証拠(エビデンス)がないことだ。

ジャンボ宝くじで3億円当たったひとが、「宝くじを買えばあなたも億万長者になれる」という本を書いたとしたら、「バカじゃないの」と思うだろう。なぜなら、この「成功法則」には普遍性がないから。ちょっと計算すればわかることだが、宝くじで1等が当たる確率は、交通事故で死ぬ確率よりずっと低い。

ところが世の中には、不思議なことに、「1等がたくさん出た売り場に行けば当たりやすい」と行列をつくるひとが(ものすごく)たくさんいる。これを経済学者は「宝くじは愚か者に課せられた税金」と呼ぶが、著者のエリック・バーカーは「間違った木に向かって吠えている(Barking up the wrong tree)」という。――ちなみにこれが本書の原題だ。

「間違った木」というのは、役に立たない成功法則のことだ。会社で出世したり、幸福な人生を手に入れるためには、「正しい木」をちゃんと選ばなければならない。でも、どうやって?

それが、エビデンスだ。

じつは、エラいひとの自慢話や哲学者・歴史家のうんちく、お坊さんのありがたい講話がすべて間違っているわけではない。困るのは、そのなかのどれが正しくて、どれが役に立たないかを知る方法がないことだ。それに対してエビデンスのある主張は、科学論文と同じかたちで書かれているから、どんなときにどのくらい効果があるのかを反証可能なかたちで説明できる。

だとしたら、有象無象の成功法則を片っ端から同じように(エビデンスベースで)評価して、どれが「正しい木」でどれが「間違った木」なのかわかるようにすればいいじゃないか、と著者は考えた。これが「コロンブスのタマゴ」で、最初に読んだときは「その手があったのか!」と思わず膝を打ったのだが、それをちゃんとやろうとするとこのくらいのページ数がどうしても必要になってしまうのだ。

この本は、これまでいろんな自己啓発本を読んできて、「ぜんぶもっともらしいけど、どれが正しいかわからないよ」と思ったひとにまさにぴったりだ。それだけでなく、「自己啓発本なんて、どうせうさんくさいんでしょ」と思っているひとにもお勧めできる。なぜならすべての主張が、エビデンスまで辿ってその真偽を自分で確認できるようになっているから。

とはいえ、ここに「普遍的な成功法則」が書かれているわけではない。もしそんなものがあるとしたら、世界じゅうのひとが「成功」しているはずだ。

エビデンスのある主張というのは、(むずかしい)病気の治療法に似ている。
科学的に正しい治療を行なえば、一定の確率で治癒が期待できるが、誰でも確実に治るわけではない。しかしそれは、科学的根拠のない民間療法(水に語りかける、とか)よりも統計的に有意に治癒率が高い。これはようするに、デタラメな成功法則でも(どれほど確率が低くても宝くじの当せん者がいるように)たまたまうまくいくことはあるが、エビデンスのある法則を実践したほうが成功率はまちがいなく上がる、ということだ。

ということで、本書の予備知識はここまで。それでは、混沌とした森のなかで「正しい木」を見分ける著者の見事な手際をお楽しみください。

アメリカの「人種問題」は善と悪の対立では理解できない 週刊プレイボーイ連載(435)

アメリカ中西部のミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性が白人警官に暴行を受け死亡した事件をきっかけに、アメリカ全土で抗議行動が広がっています。新型コロナの感染拡大でアメリカ社会の矛盾が顕在化しましたが、そのすべてがこの混乱に象徴されています。

アメリカの雇用制度は不況時のレイオフを広く認めており、ニューヨークなど都市部のロックダウンによって失業率は戦後最悪の14.7%に達しました。とはいえ、すべてのひとが経済的な苦境にあるわけではありません。

今回は連邦政府による週600ドル(約6万4000円)の上乗せ支給があり、働くより解雇されて失業保険を申請した方が収入が増える逆転現象が起きています。その一方で以前と同じように働く場合は上乗せがなく、医療・介護だけでなく、警備やゴミ収集などの「不可欠な仕事」に就くマイノリティは経済的な見返りもなく感染リスクにさらされています。これが、黒人の新型コロナ死者数が10万人あたり54.6人と、白人(22.7人)の2倍以上になる理由のひとつとされます。

貧困層のなかには、失業保険の受給要件を満たさず、働く場所を失ったひとたちがたくさんいます。これが、抗議行動に乗じて略奪が起きる背景でしょう。アメリカの経済学者は、「黒人や白人といった人種を問わず、4000万人の失業者が激怒している。コロナ危機が暴動につながると想定していた」と述べています。感染症が拡大しはじめたとき、アメリカ各地で銃や弾薬が売れはじめたことが面白おかしく報じられましたが、表には出ないものの、これがアメリカ人(中流階級)の本音なのでしょう。

混乱に輪をかけたのは、トランプ大統領が、「アンティファ(アンチ・ファシズム)」なる極左組織が暴力行為を煽っていると主張していることです。実態は不明ながら、急進的な個人やグループのネットワークがあることは確かなようですが、話がさらにややこしくなるのは、トランプを支持する白人至上主義者が、アンティファをかたって暴動を扇動しているとの有力な証拠があることです。

肌の色による差別は世界のどこにでもありますが、隣国のカナダでは、黒人が警官によって殺され、暴動に発展するなどということは起きません。これはアメリカ社会がいまだに、奴隷制の負の歴史を克服できていないからだとされます。

アメリカでは「警察の不当な扱い」を経験する黒人が5人に1人にのぼるととされ、こうした主張はたしかに説得力がありますが、その一方で法律家・社会評論家のヘザー・マクドナルドは、ウォールストリートジャーナルへの寄稿(「組織的な警官の人種差別という神話」)で、「2019年の警察官による容疑者の射殺の4分の1は黒人だが、それは警官が武装している相手と遭遇する比率で説明できる。同年に武装していない黒人9人が射殺されたが、白人は19人だった。武装していない黒人が警官に射殺される比率より、警官が黒人に射殺される比率が18.5倍高い」とのデータを示しました。

11月の大統領選の思惑も含め、アメリカ社会ではさまざまな問題が「人種」を中心に重層的に絡み合っています。ひとつだけたしかなのは、誰もがそこから自分好みの「真実」を取り出しているということでしょう。

参考:日経新聞 2020年6月3日「米デモ拡大、三重苦が招く 人種差別・コロナ・失業、しわ寄せ黒人らに」
Wall Street Journal(June 2, 2020) “The Myth of Systemic Police Racism: Hold officers accountable who use excessive force. But there’s no evidence of widespread racial bias.”By Heather Mac Donald

『週刊プレイボーイ』2020年6月15日発売号 禁・無断転載