ダークトライアドとしてのトランプ 週刊プレイボーイ連載(448)

「史上もっとも見苦しい」と酷評された米大統領選の最初のテレビ討論が終わったと思ったら、トランプ夫妻が新型コロナに感染したというニュースが飛び込んできました(その後、回復しました)。アメリカ社会の混沌は深まるばかりですが、ここでは現実からすこし距離をとって、この事態をパーソナリティ(人格/性格)から考えてみましょう。

マキャベリズム、サイコパシー、ナルシシズムは社会的に好ましくない代表的な3つの性格で、これがすべて揃うことを「ダークトライアド(闇の三角形)」といいます。このタイプは他者への共感がなく、すべてが自分本位で、ささいな利益のために他人を操ろうとします。愛情や友情などとうてい期待できず、かかわった相手を片っ端から破滅させる、まさにモンスター的人格です。

このダークトライアドにあてはまる人物像として、トランプ米大統領ほどぴったりの例はないでしょう。トランプはことあるごとに、世界は強者(捕食者)と弱者(犠牲者)に二分されており、優れた者がすべてを手に入れ、敗者はなにもかも失うのが当然だと述べているのですから。

トランプ=ダークトライアド説はたしかに説得力がありますが、それが究極の「反社会的」人格だとすると、現実に起きていることがうまく説明できなくなります。ヒトは徹底的に社会的な動物ですから、「反社会的」なメンバーは真っ先に共同体から排除されるはずです。それにもかかわらずトランプは「世界最強国家」の権力の頂点に居座り、アメリカ人のおよそ半分がいまも熱烈に支持しているのです。

この矛盾は、次のように考えれば理解可能です。

感謝や思いやりの気持ちにあふれ、共同体のために生命を捧げることを厭わない「向社会的」な人物は、誰からも好かれ、高く評価されるにちがいありません。しかしこの「高徳なひと」が生存と生殖に有利かというと、そんなことはないでしょう。みんなのために真っ先に犠牲になれば子孫を残すことはできないし、平時であっても「いいひと」は一方的に利用されるだけかもしれません。とはいえ、向社会的なひとは共同体から排除される恐れがなく、そこそこの暮らしができるでしょうから、これは「ローリスク・ローリターン戦略」です。

それに対していっさい社会性がない人物は、一歩まちがえるとみんなの怒りを買って殺されてしまいますが、うまくすれば「いいひと」たちを出し抜いて大きな成功を収められるかもしれません。こちらは「ハイリスク・ハイリターン戦略」です。

だとすれば、ダークトライアドがたんに忌み嫌われるだけでなく、多くの追従者が生まれる理由がわかります。なぜなら、一発当てれば大きな権力を握る可能性があるのですから。社会的な動物である人間は、「反社会的」な人物を恐れながらも、称賛し憧れる「本能」をもっているのかもしれません。

向社会性というのは、ある意味、共同体の圧力から身を守る鎧のようなものです。ところがダークトライアドは防御をすべて放棄しているため、批判や中傷のような共同体からの攻撃にきわめて脆弱です。盾をもたない以上、すべての「敵」に全力で反撃し、殲滅しなければ生き延びることができません。

このように考えると、トランプの特異な性格をかなりうまく説明できるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年10月12日発売号 禁・無断転載

国民の3人に1人が「敬老」される国 週刊プレイボーイ連載(447)

世界でもっとも早く超高齢社会に突入した日本では、「敬老の日」で敬う高齢者の数がどんどん増えています。65歳以上の人口は1年間で30万人増えて3617万人となり、高齢化率(人口に占める高齢者の割合)は28.7%で、団塊ジュニア世代が高齢者となる2040年には35%を超えて国民の3人に1人が「敬老」される側になります。

誰も未来を知ることはできませんが、その(ほぼ)唯一の例外が人口動態です。戦争や内乱、疫病などで大量死する恐れがなくなった現代では、先進国だけでなく新興国でも半世紀後までの人口をほぼ正確に予測できます。

なんらかの「奇跡」が起きて若い女性がどんどん子どもを産むようになったとしても(そんなことはあり得ないでしょうが)、その子たちが成長して納税者になるまでには20年以上かかります。高齢者の急増で財政が逼迫し、社会保険制度が維持困難になることはずっと前からわかっており、いまからなにをしようが日本の未来はすでに決まっているのです。

「そんなことはない。若い移民にどんどん来てもらえばいい」という意見もありましたが、最近ではそうした声もだいぶ小さくなってきたようです。ヨーロッパで「移民問題」が、アメリカで「人種問題」が噴出し、社会が大きく動揺しているからで、ひと昔前には想像すらできなかったことですが、いまや欧米のリベラルな知識人が「移民の少ない日本社会は安定している」と評価するようになりました。

とはいえこれは、「多様性がない方がうまくいく」ということではありません。日本企業の幹部・役員は「日系日本人、男性、中高年、特定の大学卒(学士)」というきわめて一様な集団で占められており、これがリスクをとらずイノベーションを起こせない理由になっています。グーグルのようなシリコンバレーのテクノロジー企業は、多様な文化的背景を持つ社員たちの交流から、世界を変えるようなとてつもないアイデアを「創発」しているのです。――世界じゅうから学生を集めるアメリカの大学の魅力も同じでしょう。

しかしさらに考えてみると、こうした「多様性」の背後には「一様性」があることが見えてきます。GAFAのようなテック企業の従業員には、「きわめて高い知能を持つ」という共通点があるのです。

多様性が大きなちからを発揮するのは、優秀なひとたちが共通のゴール(収益の最大化、研究実績、あるいは世界を変える“ムーンショット”)を目指すときです。さまざまな国籍のひとたちが雑然と集まっただけでは、「よいこと」は起こらないのです。

そればかりか最近の研究では、「移民が多いほど社会資本の水準が低下する」ことがわかってきました。アメリカでは移民の割合が多いコミュニティの住民ほど、(自分と同じ民族を含め)他人を信用する気持ちが乏しく、政府や行政、メディアを信用せず、慈善活動のような社会参画にも消極的だったのです。

日本の場合、高齢化と人口減で外国人労働者がいなければ経済が回らず、かといって移民が増えると社会が不安定化し、それ以前に、高齢化に押しつぶされそうになっている国に優秀な若者たちが来てくれるのかすらこころもとなくなってきました。この難問に解はあるのでしょうか?

参考:Robert D. Putnam(2007)E Pluribus Unum: Diversity and Community in the Twenty-first Century, Nordic Political Science Association
ハッサン・ダムルジ『フューチャー・ネーション 国家をアップデートせよ』NewsPicksパブリッシング

『週刊プレイボーイ』2020年10月5日発売号 禁・無断転載

どんどん貧乏臭くなった日本をふたたび「憧れの国」に 週刊プレイボーイ連載(446)

いまから10年以上も前の話ですが、バンコクで暮らしている日本人の知人から「日本大使館の対応がひどすぎる」という話を聞きました。タイ人女性と結婚したにもかかわらず、妻が日本に行けないというのです。

当時、日本政府は外国人の不法就労を警戒し、タイ人への観光ビザの発給をきびしく制限していました。その結果、妻を連れて里帰りすることすらできなくなってしまったのです。

しかし、驚いたのはここからです。

配偶者の観光ビザをめぐって理不尽な思いをするのは彼だけではなく、バンコクの日本大使館のビザ申請窓口では、連日のように担当者とのあいだで険悪なやり取りが交わされていました。大使館の担当者はタイ人で、交渉するのは日本人の夫とタイ人の妻です。そうするとある日突然、ビザ申請窓口がミラーガラスになってしまったというのです。

「“あなたの結婚は信用できません”といわれて、頭にきて相手を怒鳴りつけようとするでしょ。そうすると、目に前に映っているのは自分の顔なんですよ」と、知人は嘆いていました。

バンコクは狭い社会で、ビザの発給でもめると、それを恨んだタイ人の妻が伝手をたどって担当者の身元を洗い出し、嫌がらせをすることがある。大使館のタイ人職員がそんな不安を訴え、担当者が誰かわからないように窓口をミラーガラスに変えたのだそうです。

1980年代のバブルの時代には、海外旅行とは日本人が外国に行くことで、外国人が物価の高い日本に観光に来ることなどないと思われていました。2000年代になっても、中国や東南アジアから日本に来るのは出稼ぎ目的に決まっているとされ、タイから観光ツアーの受け入れを決めたときも「不法就労者が増える」との批判が沸騰しました。

しかしその後、状況は一変します。新型コロナが明らかにしたのは、外国人観光客の「インバウンド」がないと地方や観光地の経済が立ち行かないという現実でした。

1990年以降、中国の高度経済成長に牽引され、東アジア・東南アジア諸国の経済は大きく発展しました。それに対して日本は、平成の「失われた30年」でほとんど経済成長できなかったのですから、経済力の差はどんどん縮まっていきます。

しかし多くの日本人は、この事実(ファクト)を無視してきました。なぜなら「不愉快」だから。こうして、気づいたときには全国の観光地にアジアから観光客が押し寄せ、日本人でもめったに行けないような高級料理店が外国人富裕層の予約で埋まるようになったのです。

この変化をひと言でまとめるなら、「日本がどんどん貧乏くさくなった」でしょう。書店に反中・嫌韓本が並び、SNSで「ネトウヨ」が跋扈するようになったのは、「アジアでは圧倒的に一番」という日本人のプライド(アイデンティティ)が大きく揺らいだからです。

現実を否定しても現実は変わりません。日本人の「誇り」を取り戻すには、アジアのひとたちから「ゆたかで安全で“民度”の高い社会だ」と評価されるようになるしかありません。

新しい政権が、この課題に真正面から取り組んでくれることを願っています。

『週刊プレイボーイ』2020年9月28日発売号 禁・無断転載