会食バッシングではなく、接待が不要になる仕組みをつくろう 週刊プレイボーイ連載(470)

総務省の「会食疑惑」は、事務次官候補とされていた総務審議官が辞職するなど、底なしの様相を呈しています。内閣人事局の集計では、利害関係者との会食の届け出は、経産省や農水省では過去3年間で300件前後もあるのに、総務省は1件だけでした。

国家公務員倫理規定では、割り勘でも1人1万円を超える利害関係者との会食は届け出が必要とされています。とはいえ、業者から会食に誘われたときに1人1万円を超えるかどうかは知りようがなく、会食後に相手から「割り勘で1万円です」といわれたら、その計算が正しいかどうかも確認のしようがありません。総務省ではこの理屈で、「1万円さえ払えば接待OK」が常態化していたようです。

こんないい加減では批判されて当然ですが、会食ばかりをバッシングすると、「会食しなければいい」ということになりかねません。これが本末転倒なのは、「飲食をともなわない密室で談合するのは許されるのか」を考えれば明らかでしょう。

報道ではほとんど触れられませんが、問題なのは会食や接待ではなく、行政が民間の事業に対して強大な許認可権をもっていることです。旧大蔵省が金融機関の箸の上げ下ろしまで指導していたときは、MOF担という「お世話係」が大銀行のエリートコースで、高級官僚をノーパンしゃぶしゃぶなどで接待していました。認可が得られれば儲かり、拒否されれば会社がつぶれてしまうのなら、どんなことでもやろうとするのは当然です。

電波帯域は有限なので、テレビ局や通信会社は自由に事業に参入できるわけではなく、総務省から電波帯を割り当ててもらわなければなりません。これはまさに事業の根幹ですから、民間企業は電波資源を独占する総務省の一挙手一投足に右往左往せざるを得ません。この利権があるからこそ、高級ワインも飲めるし、定年後も天下りで優雅に暮らすことができるのです。

「7万円の接待などけしからん」と本気で思うなら、この利権構造をなくすのがいちばんです。なんの役得もないならそもそも接待などしないでしょうし、それでもおごるとしたらただの友だち関係です。

電波帯域の割り当ては、先進国ではオークション方式で行なわれ大きな財源になっていますが、日本だけは頑強に導入を拒んでいます。その理由は、オークションでは許認可が不要になるからでしょう。その実態がようやく国民の目に触れたのですから、この機会に、接待の必要のない公正でオープンな行政の仕組みに変えていけばいいのです。

だったらなぜ、そうした議論にならないのか。それはテレビ局が、オークションをやらないことで、稀少で高額な電波枠を格安で利用できる「既得権」を享受しているからです。日本の新聞社はテレビ局の大株主で、それに加えて自分たちも、値引きを禁止する再販制や、消費税の軽減税率などの恩恵を受けています。

そう考えれば、アワビやステーキだけを面白おかしく報じ、本質的な議論を避ける理由がわかります。日本のマスメディアは、新聞もテレビも、本音では行政の利権構造を維持することを望んでいるのです。

『週刊プレイボーイ』2021年3月29日発売号 禁・無断転載

第95回 金持ち賃貸 貧乏持ち家(橘玲の世界は損得勘定)

いまだに多くのひとが、「老後に備えて早めにマイホームを買わなければならない」と思っている。だがこの常識は正しいのだろうか。

ここで、「持ち家が得か、賃貸が得か」という神学論争を始めるつもりはない。マイホームの購入というのは、住宅ローンによってレバレッジをかけて不動産市場に投資することで、ファイナンス理論的には、株式投資の信用取引と同じだ。投資戦略でリスク・リターン比にちがいはあるだろうが、どちらが得かは結果論でしかない。

そこで視点を変えて、「持ち家なのに貧困」という現象を考えてみたい。

金融広報中央委員会が「家計の金融行動に関する世論調査」を毎年公表しているが、2019年の「2人以上世帯」では、「持ち家」と回答したなかに「金融資産非保有」が21%もいる。持ち家が5軒並んでいたら、そのうちの1軒は銀行口座に残高がほとんどない。

さらに驚くのは、金融資産ごとの持ち家率を計算してみると、「金融資産非保有」と回答した世帯のうちじつに69%が「持ち家」であることだ。

「貯金ゼロ」の7割が持ち家というこの奇妙な数字はなにを意味しているのだろうか。ここからは私の推測だが、貯金をはたいてマイホームを購入したケースもあるかもしれないが、その多くは貧困によって実家から出られないまま高齢になり、結果として「持ち家」の世帯主になったのではないだろうか。

80歳を過ぎて、持ち家(とりわけ一戸建て)を管理するのは大変だ。庭の手入れができなければ雑草に蔽われ、ゴミ出しが面倒になればたちまち「ゴミ屋敷」になってしまう。

この状態で貯蓄がなく、マイホームが「負動産」と化していたら、生活は立ち行かなくなってしまうだろう。今後、「持ち家の貧困層」が大きな社会問題になることは間違いない。

同じ調査では、金融資産1000万円以上でも持ち家率は82~87%で、富裕層の1~2割は賃貸生活をしている。「ヒルズ族」のように、大きな収入があっても身軽な賃貸を好む成功者はいるだろう。だがこれも、年齢別のデータがないので推測しかできないものの、高齢の富裕層が賃貸に移行しているのではないだろうか。

経済的に余裕のある世帯が、歳をとってからも持ち家にこだわり、ヘルパーに頼りながら買い物やゴミ出しをする理由はない。そう考えた富裕層が、自宅を売却して高級サ高住(サービス付高齢者住宅)や高級有料老人ホームに移れば、統計上は賃貸になる。

「人生100年時代」では、富裕層が「賃貸」になる一方で、乏しい年金をやりくりしなければならない貧困層は自宅から出られず「持ち家」のままかもしれない。

ここからわかるのは、重要なのは「持ち家か賃貸か」ではなく、時価評価した純資産の額だということだ。またもや身もふたもない結論になってしまうが、最後は「現金(キャッシュ)」がものをいうのだ。

PS  金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」は2020年版も公開されていますが、(おそらくは)コロナの影響で貯蓄割合が大幅に上がるなど、これまでの傾向とはかなり異なる数字になっているので、ここでは2019年版を使っています。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.95『日経ヴェリタス』2021年3月20日号掲載
禁・無断転載

「悪夢」のあとは「敗戦」だったという笑えないオチ 週刊プレイボーイ連載(469)

2001年、日本政府は「e-Japan重点計画」を策定し、「世界最高水準」の電子政府を目指すと高らかに宣言しました。2013年には「世界最先端IT国家創造宣言」で、力強いIT戦略を打ち出してもいます。

政府・自治体を合わせると、国民がITシステムに支払っている経費は年間1兆円をゆうに超えています。では、20年間で20兆円を投じた見返りに、わたしたちはなにを得たのでしょうか。

一律10万円を配布する特別定額給付金は、マイナンバーカードを使うオンライン申請で混乱が相次ぎ、1カ月で40を超える自治体が受付を取りやめ手作業に戻りました。申請者の入力ミスや二重申請をチェックする基本的な機能がなく、オンラインでの申請が正しいかを人力で確認するほかなかったからだといいます。

雇用調整助成金のオンライン申請システムは、申請者の名前や電話番号など個人情報を他の申請者が閲覧できてしまう信じられない不具合が見つかり、2カ月ちかく稼働が止まりました。

売上が減った個人事業主や中小企業を対象にした持続化給付金は経済産業省と中小企業庁が全手続きを申請用サイトに一本化しましたが、『日経コンピュータ』編集部によれば、標準的な開発費の見積もりで3865万円、緊急時を想定した最大規模のモデルでも4億8489万円でできるシステムにもかかわらず、ベンダーに14億円も支払っていました。これではまるで火事場泥棒です。

「新型コロナ対策に焦点を絞った、感染者情報を管理する新システム」として副大臣の肝いりで始まった「HER-SYS」は、保健所などの業務負担を減らしつつ感染者情報を迅速に把握できると期待が高まりましたが、個人情報保護の機能が足りないなどの理由で一部の自治体が導入を見合わせ、対応が終わるまで4カ月かかりました。その後も、患者1人あたりの入力欄が200もあり、必須項目の判別もできないなど、かえって負担増になっているとの苦情が医療機関や保健所から殺到し、誤入力が相次ぎました。

感染抑制の切り札とされた「接触確認アプリCOCOA」は、陽性者と接触しても通知されない致命的な欠陥が4カ月も放置され、影響は利用者の3割に及びました。その後もAndroidのスマホでは1日1回起動しないと正常に動作しないなど、通常のアプリでは考えられないようなことになっています。

以上をまとめると、「コロナ対策で政府が行なったDX(デジタルトランスフォーメーション)はすべて失敗」ということになります。企業ならとっくにつぶれているでしょうから、ここまでのていたらくはなかなかできることではありません。

平井卓也デジタル改革相は、「日本ほどの通信インフラを持たない国がITで(コロナ対策の)成果を上げたのに、日本は過去のインフラ投資やIT戦略が全く役に立たなかった。「敗戦」以外の何者でもありません」と述べています。

3.11のとき、野党だった自民党は民主党政権の危機管理能力のなさをきびしく批判し「悪夢」と呼びましたが、自分たちが有事に直面したら「敗戦」になったという、国民にとっては笑えないオチになったようです。

参考:日経コンピュータ『なぜデジタル政府は失敗し続けるのか 消えた年金からコロナ対策まで』(日経BP)

『週刊プレイボーイ』2021年3月22日発売号 禁・無断転載