「自由と人権」を守るのは右翼・保守派と陰謀論者? 週刊プレイボーイ連載(492)

「自分らしく自由に生きたい」という価値観は、1960年代のアメリカ西海岸で「ヒッピー・ムーブメント」「カウンターカルチャー」として始まり、たちまち世界じゅうの若者たちを虜にしてパンデミックのように広まりました。これはキリスト教やイスラームの成立に匹敵する人類史的事件で、いまや誰も(「右翼」「保守派」を自認するひとですら)このリベラルな価値観を否定することはできません。

リベラル化する社会では、「自分らしく生きる」ことを阻むものはすべて否定されます。「黒人だから」「女だから」という理由で進学や就職の機会を奪われるとしたら、そのような理不尽な差別をなくしていくのは当然のことです。

日本でも、「リベラル」を自称するひとたちが、自由や人権を抑圧する「権力」と闘ってきました。新型コロナの感染抑制対策でも、「人権派」の弁護士などが「ワクチン接種の強制は許されない」「ワクチンパスポートで接種者を優遇するのは打たないひとへの差別だ」などと主張し、それを「リベラル」な新聞・テレビが大きく取り上げました。

ところがいまや、日本よりずっとリベラルな欧米諸国で困惑するような事態が起きています。

フランスは「自由と人権の祖国」ですが、ワクチン接種証明(および6カ月以内の感染証明、72時間以内の陰性証明)の提示義務を、当初の大規模集会だけでなく、国内の長距離移動やレストラン、百貨店の入店にまで「全面導入」しました。イタリアもほぼ同様の規制を行なっており、ワクチン接種をしていないと通常の日常生活にも支障を来します(大規模な反対デモが起きていますが、感染者数が減少したこともあり世論は好意的です)。

アメリカではバイデン政権が、ワクチン接種率が頭打ちになったことへの対策として、100人以上の従業員を抱える企業に、従業員にワクチンを接種させるか、未接種なら少なくとも週1回の陰性証明の提出を求めるよう義務付けると発表しました。また400万人を超える連邦職員は、正当な理由なくワクチンを打たない場合は懲戒処分となります。

これに対して、いまだトランプ氏の影響力が大きい共和党は、「ワクチンを受けるかどうかは本人の自由」と主張し、「憲法違反」として政府を提訴する構えです。

こうした事態が興味深いのは、権力から「自由と人権」を守ろうとするのが右翼や保守派(あるいは「反ワクチン」の陰謀論者)で、人権を抑圧してでも接種率を上げて感染抑制しようとするのがリベラル派になっていることです。従来の「保守vsリベラル」の関係はかんぜんに逆転してしまいました。

この現象についてはさまざまな意見あるでしょうが、ひとつだけたしかなのは、日本でも、馬鹿のひとつ覚えのようなきれいごと(権力はけしからん)を唱えているだけでは、まともなひとから相手にされなくなったことです。コロナ禍は社会に甚大な損害をもたらしましたが、これはそのなかで数少ない「よいこと」のひとつでしょう。

『週刊プレイボーイ』2021年10月4日発売号 禁・無断転載

政治家の仕事は「国民のための政治」ではなく、次の選挙で当選すること 週刊プレイボーイ連載(491)

【9月16日執筆のコラムです。29日の総裁選で岸田文雄氏が新総裁に選出されましたが、記録のためそのままアップします。】

菅首相が自民党の総裁選出馬を断念したことで、政治が大きく動き出しました。いったいなにが起きたのかは、政治家という「自営業」の特徴を考えるとよくわかります。

すべての政治家が身に染みて感じているのは、再就職がきわめて困難なことです。ワイドショーのコメンテーターや大学の教員になれるのはごく一部で、公務員のような天下り先もなく、落選した元国会議員を雇ってくれるような会社もありません。アメリカでは議員からロビイストに転身するケースがあるようですが、日本にはそのような仕事は存在せず、「選挙に落ちればただの人以下」です。

これほどまでつぶしがきかないと、政治活動の大半が「次の選挙に勝つこと」になり、天下国家のことにはたいした興味をもたなくなるでしょう。実際、官僚が政治家に政策の説明をすると、二言目には「それは選挙に有利になるのか?」と訊かれるそうです。

衆院選が近づくなか、メディアはさかんに安倍政権の検証をしていますが、長期にわたる「一強」を維持できたいちばんの理由は支持率が高かったことです。安倍氏の「看板」で当選した議員が安倍政権を支持し、次の選挙でも勝つという好循環によって、盤石の権力基盤がつくられました。

その安倍氏から権力をそのまま引き継いだ菅首相は、なぜ政権を維持できなくなったのか。「コミュ力が足りない」「説明責任を果たしていない」などといわれていますが、そんな難しい話をしなくても、「新型コロナの感染者数と支持率が連動しているから」で説明できてしまいます。

菅首相の目論見は、東京五輪を無事に終わらせ、ワクチン接種を進めながら緊急事態宣言を解除し、再選を目指すことだったはずです。ところが変異種の感染力が予想外に強く、感染者が急増して医療崩壊が起こり、入院できないまま自宅で死亡するケースが相次いできびしい批判を浴びることになりました。

ワクチン接種で先行する欧米諸国を見ても、菅政権のコロナ対策が間違っていたわけではありません。医療機関が感染症に対応できないのは構造的な問題で、かんたんに解決できる話ではないでしょう。――厚労省は病床確保のために1兆円を超える補助金を投入しましたが、ほとんど役に立ちませんでした。

その意味では運がなかったともいえますが、政治は「結果責任」です。とはいえこの責任は、国民のためによい政治をするというより、自党の議員が選挙で勝てる「看板」であり続けることです。

自民党には、選挙基盤が安定しない当選3回以下の「安倍チルドレン」が半分ちかくいます。「衆院選に勝てるなら誰でもいい」という若手議員の発言が報じられましたが、これが彼らの本音でしょう。

そのように考えれば、政権の支持率が30%を切った時点で、選挙に向けて看板を掛けかえる以外の選択肢は残されていませんでした。総裁選も、「誰がいちばんいい看板になるか」をめぐって争われています。

政治家も人間ですから、「“ただの人以下”になりたくない」と思うのは当然です。これまでも、これからも、民主政治はこの不安によって動いていくのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2021年9月27日発売号 禁・無断転載

1940年代の日本とイラク・アフガニスタンは同じじゃないのに 週刊プレイボーイ連載(490)

米軍がアフガニスタンから撤退し、イスラーム原理主義組織タリバンが全土を掌握したことで、2001年10月の空爆以来20年続いた戦争はアメリカの「敗北」に終わりました。

米大学の試算では、アメリカがこの戦争に投じた費用の総額は2兆2600億ドル(約250兆円)で、20年間、毎日3億ドル(約330億円)を費やしたことになります。これをアフガニスタンの人口4000万人で割れば、1人当たりGDPがわずか500ドル(約5万5000円)ほどのこの国で、1人5万6000ドル(約600万円)を配ることができました。

それに加えて、これまで2500人の米国軍人、4000人ちかくの米国民間人、10万人を超えるアフガニスタンの軍・警察関係者や民間人が死亡しています。このとてつもない損害に対し、得たものはさらなる混乱だけなのですから、すべてが最初から間違っていたと考えるほかありません。

なぜアメリカは、ベトナム戦争以降つねに失敗しているのか? それは日本占領の成功体験が大きすぎるからでしょう。

9.11同時多発テロのあと、ニューヨークに滞在していて、毎日ニュース番組でブッシュ(子)大統領の演説を聞きながら不思議に思ったことがあります。大統領は米国民に向かって、日本を引き合いに出し、「かつての敵国がいまでは最良の友人になったように、アメリカの介入によって、イラクもアフガニスタンもリベラルデモクラシー(自由民主政)の国に生まれ変わる」と力説していたのです。

しかし、1940年代の日本と、イラク、アフガニスタンでは条件があまりにもちがいます。

日本が近代化に成功して欧米と並ぶ「帝国」になったのは、明治時代に国民国家(「日本民族」という想像の共同体)の確立に成功したからです。日本社会にもマイノリティとして排除される集団は存在したものの、ほとんどの国民は、自分が「日本人」だと当たり前のように考えていました。

それに対して、イラクはイスラームのスンニ派とシーア派が対立し、それにクルドという民族問題が加わって、「国民(イラク人)」という意識は希薄でした。山岳地帯のアフガニスタンは多数の部族に分かれており、それを植民地時代のイギリスが、ロシアの南下を抑えるために便宜的に「国」の体裁を整えただけです。

さらに戦前の日本では、1910~20年代にかけて「大正デモクラシー」と呼ばれるリベラルな文化・政治運動が盛り上がりました。敗戦は45年ですから、30代以上の国民はこの体験を覚えていて、占領軍がなにを求めているかをすぐに理解できたでしょう。自由主義や民主政は、当時の日本人にとってけっして奇異なものではなかったのです。

前提となる条件がこれほどちがえば、軍事的な占領が自動的に同じ結果を生み出すと考える方がどうかしています。この程度のことは、日本なら歴史に興味がある高校生だってわかるでしょう。

現在の無残な事態は、ブッシュ以降の政権の失政というより、歴史学者や軍事専門家を含むアメリカのエリート層の無知と傲慢によってあらかじめ運命づけられていたのです。

参考:「アフガン戦争のコストは20年間で「250兆円」、米大学が試算」Forbes Japan2021年8月17日

『週刊プレイボーイ』2021年9月13日発売号 禁・無断転載