第101回 複雑すぎる年金繰り下げ申請(橘玲の世界は損得勘定)

いつの間にか齢を重ね、私も年金受給について考えなくてはならない年になった。とはいえ、いまもふつうに仕事をしており、70歳以降に受給を繰り下げるつもりなので、放っておけばいいのかと思っていた。行政サービスは本人申告が原則で、制度上、請求しなければ年金は自動的に繰り下げられていくはずだ。

しかしいろいろ調べてみると、いくつかやらなくてはならないことがあるとわかった。

まず、国民年金の任意加入手続き。これはあまり知られていないが、納付月数が480カ月(40年)に満たない場合、国民年金の加入を65歳まで任意で延長できる。「自分はちゃんと年金を納めてきた」というひとも、多くの場合、20歳から大学卒業までは納付猶予にしていたはずだ。すると60歳時点で(最低)2年分は納付月数が足りないので、その分を追加で納めることができる。

「その程度なら大したことない」と思うかもしれないが、働いているなら、年金保険料を所得から控除できる。さらに大きいのは、納付期間中は国民年金基金に加入できることで、この場合は、掛け金上限の月6万8000円(年81万6000円)まで所得控除の対象になる(今年5月以降、iDeCoも65歳まで加入できるようになる)。

この仕組みは知っていたものの、手続きには区の社会保険事務所か区役所の本庁舎まで行かなくてはならない。コロナ禍で不要不急の外出を控えるよういわれ、ぐずぐずしているうちに、65歳までに満額を納めることができなくなってしまった。条件に該当するひとは、60歳を過ぎたらさっさと手続きした方がいいだろう。

ややこしいのは、私の場合、制度の移行期間で、厚生年金と厚生年金基金の受給開始が63歳になっていることだ。書類が送られてきたので確認してみたら、「繰り下げは65歳にならないとできないので、63歳になったら厚生年金・厚生年金基金の受給請求をし、65歳の誕生日が近づいた頃に、最初に厚生年金、次いで基金の順で繰下げの申請をしてほしい」といわれた(基金のみを繰り下げることはできない)。

だったら最初にそう設定しておけば楽だと思うのだが、年金の申請は直前に行なうのが原則で、「65歳になったら受給を止めて繰り下げる」と予約しておくことはできない。

もうひとつ国民年金基金にも加入していて、私の場合、65歳から受給が開始されるが、これは繰下げができない。

以上をまとめると、

①65歳までは任意加入の国民年金と国民年金基金の保険料を納める。
②63歳になったら厚生年金と厚生年金基金の受給請求をする。
③65歳になる直前に、厚生年金と厚生年金基金の繰り下げ申請し、受給を停止する(「追記」参照)。
④65歳になったら、国民年金基金の受給を申請する。

私には扶養家族がいるわけでもなくシンプルなケースだと思うが、それでもこれだけの手続きが必要になる。はたして覚えていられるだろうか。

追記:65歳の誕生日を過ぎると年金機構から年金請求書が送られてくるが、63歳から厚生年金(報酬比例部分)の特別支給を受けていても、基礎年金と厚生年金をともに繰り下げる場合は、この請求書を送付しなければ自動的に繰下げになる。受給額を分割し、基礎年金、あるいは厚生年金部分のみを繰り下げる場合は請求書の「繰下げ希望」欄にその旨を記載する。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.101『日経ヴェリタス』2022年2月19日号掲載
禁・無断転載