『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた』監訳者あとがき

昨日発売されたタッカー・マックス、ジェフリー・ミラー『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた 進化心理学が教える最強の恋愛戦略』の監訳者あとがきを、出版社の許可を得て掲載します。

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本書は『Mate: Become the Man Women Want(メイト 女が求める男になる)』(その後、『What Women Want(女が求めるもの)』と改題)を、原著者の許可を得たうえで再構成した ものである。

原著のタイトルであるMateは日本語にするのが難しい言葉で、クラスメイトやルームメイトのように「仲間」「相棒」の意味で使われ、夫や妻をmateと表現することもある。動物行動学では、「つがい行動」をmatingという。従来の翻訳では「恋人選び」「パートナー選び」などとされているが、本書で一貫して述べられているように、男女の生物学的な性愛の非対称性から、男にとってのmateは「女性から選ばれる」ことだ。そこで、訳語はこの意味にもっとも近い「モテ」とし、文脈によって「パートナー探し」なども使った。

私は、翻訳書は参考文献を含めて全訳するのが理想だと考えているが、なぜこのようなかたちになったかというと原著が部厚いからで、すべて訳すと600ぺージを超えてしまう。2015年に出版された原著は英語圏で話題になったものの、これまで翻訳が出なかったのは、これでは多くの読者の手に取ってもらうことが難しいと判断されたからだろう。

そこで今回は、日本の読者に向けた体裁にする条件で版権を取得してもらい、私の責任で全体の分量を調整した。ここで原著から割愛した部分を説明しておく。

PART0「モテを実現する5つの原則」とPART1「理論編  進化論的にモテを理解する」で本書の主張の根幹が明らかにされる。この部分はほぼ全訳している。

PART2「準備編 モテる要素を装備する」では、「身体の健康を整える」ための睡眠、 食事、運動の具体的方法(糖質制限や筋トレ)、「心の健康を手に入れる」ためのマインドフルネス(瞑想)などの記述を割愛した。健康分野では日進月歩で新たな知見が積み上がっており、日本でも最新の研究にもとづいたアドバイスが容易に手に入るだろう。

PART3「実践編 モテのシグナルを発する」は、原著における「ステップ3 証拠を見せる」「ステップ4 女性のいるところへ出かける」「ステップ5 行動する」を合体している。

本書で展開される「進化論的なモテ戦略」の基本は、①女性を魅了する特性を身につけることと、②その証拠(プルーフ)を見せることで、「ロマンティック証拠」をシグナリングする段階ですでに「モテ」は実現している。原著ではそれ以降、服装や身だしなみ、デートの誘いからパーティでの会話術、セックスまでが詳細に説明されているが、ここは日本とアメリカでかなりの文化の違いがあることから大幅にカットした。

アメリカではパーティで男女が出会うのが一般的で、初対面の会話で女性を笑わすことや、ボディコンタクトやハグ、軽いキスなどが重要になるが、こうしたノウハウはそれなりに興味深いものの、日本ではほとんど役に立たないと判断したからだ(若い女性に読んでもらったところ、「こんなことされたら気持ち悪い」といわれた)。アメリカのどの都市や大学、どんなスポーツクラブなら女性と出会いやすいかという情報も意味がないだろう。

本書のアドバイスをすべて実行するのは難しいだろうし、日本の性愛文化に合わないものもあるだろうが、同じ生きものである以上、「女性を魅了するいくつかの特性を身につけ、それを正しくシグナリングできれば素敵な恋人と出会える」という原則は共通している。この本に書いてあることを日本流に翻案しながら、読者一人ひとりがよりよいデートやセックスを楽しんでほしい。

念のために言い添えておくが、本書の根幹である「徹底的に進化論的・生物学的に考えたモテの法則」の部分は、これらの編集によってもいっさい手を加えていない。精神疾患に関する記述には、現代日本のPC(政治的正しさ)の基準に照らして微妙なものもあるが、それも含めて著者たち(とりわけジェフリー・ミラー)の信念であると考えてそのまま訳出している(アメリカではまったく問題になっていない)。

本書でもっとも重要な主張は、「現代社会では〝倫理的なモテ〟以外の戦略はない」ということだろう。

リベラル化の進展によって、欧米では「性行為には相手の同意が必要」が常識になっており、パーティで泥酔したうえで性交したスタンフォード大学の男子学生が、相手の女性にいっさい記憶がないにもかかわらず、性的暴行で6か月の実刑判決を受けた(生涯にわたって性犯罪者として登録された)などの事例が実際に起きている。日本でも、刑法の性犯罪規定の見直しを議論してきた法務省の検討会で、「相手の同意がない性行為を処罰すべきだ」と意見が一致したと報じられた。

今後は、レイプのような暴力による性交だけでなく、催眠などの心理テクニックを使ったPUA(ナンパ師)の手法も「同意を得ていない」とみなされる可能性が高い。性愛において「倫理的・道徳的であれ」というのはきれいごとの説教ではなく、すべての男が受け入れなくてはならない〝現実〟なのだ。

本書の制作にあたっては、翻訳家の寺田早紀さん、河合隼雄さんに原著を全訳してもらったうえで、それをもとに私が全面的にリライトしました。原典まであたるなど丁寧な翻訳作業をしていただきましたが、その多くを使うことができず申し訳ありません。おふたりとも、正確かつ読みやすい翻訳でした。おふたりの作業が終わってから本になるまで長くかかったこともお詫びします。

最後に私事になりますが、本書の編集をしてくれた杉本かの子さんは、大学卒業後しばらくの間私の事務所でアルバイトをしていました。その彼女の担当で本を出すというのは、感慨深いものがあります。

2022年4月 橘 玲

「進化論的に正しい」モテ本の登場(『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた』監訳者まえがき)

本日発売のタッカー・マックス、ジェフリー・ミラー『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた 進化心理学が教える最強の恋愛戦略』の監訳者まえがきを、出版社の許可を得て掲載します。

 

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誰でも、「若いときに知っていれば人生が変わったのに!」と思うことがあるだろう。これはまさにそのような本だ。

君が10代、あるいは20代でこの本を手に取ったのなら、ものすごくラッキーだ。30代や40代で、新しい出会いを求めているときにも十分役に立つだろう。

男の子の親が本書を読めば、難しい性愛の話を子どもにどのように伝えればいいかわかるだろう。女性の読者でも、自分の恋愛に新たな気づきを得られるはずだ。

なぜこれほど万能なのかというと、これが進化論的に書かれた「モテ本」だからだ。

男も女も、数百万年の人類の進化のなかで、類人猿や霊長類を加えれば数千万年の歴史のなかで、脳(感情や意思決定)のプログラムを徐々に更新してきた。

ヒトはそれにくわえて文化的・社会的な影響を強く受けているが、それでもOS(オペレーティングシステム)は旧石器時代からたいして変わっていない。生殖は生存と並んで生きもの(より正確には「利己的な遺伝子」)にとってもっとも重要で、男と女のモテのOSには、時代や国、文化などを超えた普遍性(ヒューマンユニヴァーサルズ)がある。

OSやプログラムの仕組みがわかれば、それを解析することでモテに活用できる。

このように書くと、「それってよくあるナンパ本じゃないの?」と思うだろう。だが著者たち(とりわけ進化心理学者のジェフリー・ミラー)は、女の脳をリバースエンジニアリング(逆行解析)することでナンパし、女性に点数をつけてベッドに連れ込んだ合計点を競うようなPUA(ピックアップ・アーティスト/ナンパ師)の手法を批判するために本書を世に問うた。なぜなら、PUAの俗流進化論は(ほとんど)デタラメだから。

「リベラル」な知識人は、「進化論を安易に人間に適用してはならない」「ヒトは遺伝と文化の共進化でつくられてきたのだから、生物学だけでは何もわからない」などの理屈を好む。それに対して本書は、生物学、遺伝学、社会学、人類学、心理学などの最新の知見を縦横に駆使して、より徹底的に進化論を突き詰めることでモテの本質に迫ろうとする。

著者たちの主張はきわめて明快だ。

① 女性の性愛の選択は進化の過程でどのように「設計」されてきたのか。
② 女性が(無意識に)魅力を感じる「特性」にはどのようなものがあり、それをどう身につけるか。
③ その特性をどうやって効果的に「シグナリング(宣伝)」するか。

──の順にクリアしていけば、ごく自然にモテるようになる。ここで展開される生物学的な論理に反発することもあるかもしれないが、最後には誰もが実体験に照らして深く納得するだろう。

「男も女も後世に残す遺伝子を最適化するためのヴィークル(乗りもの)にすぎない」という冷徹な現代の進化論が、道徳的・倫理的に女の子にモテるようになるにはどうすればいいのか、さらには、よりよく生きるとはどういうことかという熱い議論につながっていくアクロバティックな知の冒険が本書の最大の魅力だ。

著者たちについて簡単に説明しておこう。

1965年生まれのジェフリー・ミラーは気鋭の進化心理学者で、ニューメキシコ大学准教授。メイティングMating(ヒトのつがい行動)の進化論的起源を探る研究で知られ、2008年には、「排卵期のラップダンサーはより多くのチップを稼ぐ」という研究でイグノーベル賞の経済学部門を受賞した。主著『恋人選びの心 性淘汰と人間性の進化』(岩波書店)、『消費資本主義! 見せびらかしの進化心理学』(勁草書房)は共に翻訳されている。

1975年生まれのタッカー・マックスは、シカゴ大学を飛び級で3年で卒業したあと、デューク大学のロースクールを修了したものの法律の道へは進まず、ブログにパーティやバー、クラブでの破天荒な体験を書いて人気を博した。

著作は翻訳されていないが、『I Hope They Serve Beer in Hell(地獄でビールを出してくれればいいのに)』はニューヨークタイムズのベストセラーリストに掲載され、世界じゅうで200万部を売り上げた。『Assholes Finish First(クソ野郎が一番になる)』などほかの著書も100万部以上を売り上げ、アメリカ流のパーティカルチャーを背景に新しい青春文学を創造したと評価される人気作家だ。

その経歴からわかるように、マックスはPUA用語で「アルファ」「ナチュラル」と呼ばれる天性の「モテ」で、メソッドにはいっさい頼らず100人を超える女性とのセックスを経験した。どんなパーティでも目立つ華やかさとユーモアのセンスがあり、魅力的な女たちが向こうから集まってくるのだ。だがその後、「酒とバラの日々」からはあっさり足を洗い、趣味のクロスフィット(短時間・高強度のワークアウトを行なうフィットネス)のジムで知り合った女性と結婚し、テキサス州オースティンで妻と3人の子どもたちと暮らしている。

本書では、進化心理学者としてのミラーの知見をマックスの実体験で検証することで、学者による机上の空論ではない数々の「使えるモテのアドバイス」が提案されている。その根幹は女性の脳の進化的なプログラムにアピールすることだから、もちろん日本でもそのまま適用できるだろう(この本に書いてあることを理解し、実行すればモテるようになる)。

「政治的な正しさ(ポリティカル・コレクトネス)」にしばられていると、本当に大事なことを見失ってしまう。そしてほとんどの場合、努力はたんなる時間の無駄で終わる。恋愛やセックスの「きれいごと」をすべて破壊し、事実だけにもとづいて展開される「進化論的に正しい」モテ本の登場に、ぜひ一緒に驚いてほしい。

なお、本書は原書の全訳(それだと600ページを超える大著になってしまう)ではなく、日本の読者向けに再構成している(詳細については「監訳者あとがき」を参照されたい)。PUAについては『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』(講談社現代新書)で書いたので、併せて読んでいただければ著者たちの立場がより理解できるだろう。

橘 玲

『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた』発売のお知らせ

人気作家タッカー・マックスと新進気鋭の進化心理学者ジェフリー・ミラーの共著“Mate; Become the Man Women Want”の日本版『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた 進化心理学が教える最強の恋愛戦略』がSBクリエイティブから発売されます。

発売日は21日(土)ですが、大手書店などの店頭には明日並びはじめると思います。Amazonでは予約が始まりました。電子書籍も同日配信です。

本書では、人間のつがい行動(Mating)を徹底的に生物学的に分析したうえで、“生き物”としての女性はどういう男性に魅かれるように進化してきたのかを論じています。

これだけなら「女の脳をリバースエンジニアリングすればいい」という“モテ本”のようですが、本書は俗流進化論を振りかざすPUA(ピックアップ・アーティスト=ナンパ師)の手法を批判するために書かれており、「リベラルな社会では、女が求める男になるという、倫理的・道徳的なモテ戦略以外に有効な方法はない」として、そのための具体的な方法が詳述されています。

若い男性だけでなく、男の子をもつ親や教育関係者にも広く読んでほしい本です。もちろん30代以上の男性でも役に立つし、「10代でこれを知っていたら人生は変わっただろう」と思うことでしょう。

原著はそのまま翻訳すると600ページを超える分厚さですが、翻訳者さんにいったん全訳してもらったうえで、日本の事情に合わないアドバイスなどを割愛して、300ページ強に再編集しています。手前味噌ですが、やたらと長い原著より、日本版の方がすっきりした仕上がりになっていると思います。