サブカルチャーでわかるアメリカの陰謀論

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年2月/19日公開の「アメリカの陰謀論は映画などのエンタテインメントを生み出してきた。「新世界秩序」「トゥルーサー」「UFO信者」など現実と虚構が混沌とした世界は今後ますます「加速」するだろう」です(一部改変)。

映画『陰謀のセオリー』。メル・ギブソン演じる主人公は陰謀論者のタクシー運転手

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1997年公開の映画『陰謀のセオリーConspiracy Theory』(リチャード・ドナー監督、メル・ギブソン、ジュリア・ロバーツ主演)は、ニューヨークのタクシー運転手で陰謀論者の男の話が徐々に現実のものになっていく、というサスペンス映画だ。

主人公の男は、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件をはじめとして、ありとあらゆる陰謀論を収集し、客にしゃべりまくるばかりか、政府の陰謀についてのニュースレターを書き、5人しかいない「支持者」に郵送している。

ひとはみな、説明できないものごとに強い脅威を感じる。大統領(JFK)がテレビ中継中に狙撃されて死亡し、その犯人とされたリー・ハーヴェイ・オズワルドが事件から2日後に、警察本部の地下通路でマフィア関係者に射殺されるという前代未聞の出来事は、政府・司法の公式説明ではとうてい納得できるものではなく、ひとびとはより整合性のあるストーリーを求めた。

JFK暗殺の翌年(1964年)、アメリカの現代史家リチャード・ホフスタッターは「アメリカ政治におけるパラノイド・スタイルThe Paranoid Style in American Politics」という有名な論文を発表した。作家のジェシー・ウォーカーは、『パラノイア合衆国 陰謀論で読み解く《アメリカ史》』( 鍛原多惠子訳、河出書房新社)でホフスタッターの論文を、「激しい誇張、不信感、陰謀の幻想を特徴とする「(アメリカ政治の)心のスタイル」を描きだそうと試み、それを19世紀の反フリーメイソン運動や反カトリック運動から、執筆当時の「大衆的な左派メディア」や「現代の右派」にいたる幅広い活動に見出している」と要約している。

ウォーカーは、「アメリカは、いつの時代もパラノイアに取り憑かれている」「陰謀論は歴史に彩りを添えるだけではない。この国の核心にあるのだ」と述べ、ビル・クリントンが大統領に就任したときの次のようなエピソードを紹介している。

クリントンは大統領に当選して間もなく、古くからの友人で、その後、自身の補佐役に任じたウェブスター・ハッベルにこう述べたという。「ハブ、君を司法省の職に就けたら、二つの疑問に答えを見つけてほしい。一つめは、JFKを殺したのは誰なのか。二つめは、UFOは存在するのか、だ」

FBIとCIAの謀略が陰謀論の源泉

2004年(JFK狙撃事件の40年後)、ABCニュースの調査ではアメリカ国民の7割が大統領の死の背後に陰謀があると信じていた(1983年の調査ではさらに高く、8割に上っていた)。2006年の全国規模の調査では、36%が「アメリカの指導者が9.11のテロ攻撃を許した、あるいはその計画にかかわっていた可能性が「非常に」または「やや」高いと回答した」。より困惑するのは1996年のギャラップ調査で、71%もの国民が政府はUFOの情報を隠していると考えていた。

しかしウォーカーによると、これはアメリカ国民がたんに“陰謀”に洗脳されているということではない。こうした疑心暗鬼の背後には現実の陰謀があった。

1956年にFBIが始めた「コインテンプロ」は、「破壊活動分子と見なす政治運動家を阻止し制圧するための対情報プログラム」で、共産党などの「反社会的集団」にFBIの捜査官を潜入させ、偽情報を流したり暴力的な蜂起を扇動したりして内部から攪乱させる謀略だった。

このコインテンプロはその後、「社会主義労働者党、白人至上主義団体、黒人国家主義者/黒人至上主義者 新左翼」へと拡大され、その後の議会による調査では、潜入捜査官がミリシア(極右の民兵組織)にテロをそそのかしていたことも明らかになった(ミリシアのメンバーがテロ計画を通報したことで未然に防がれた)。

1950年代には、CIAは「MKウルトラ計画」を実施している。朝鮮戦争で捕虜になった米兵が共産主義に洗脳されたことに衝撃を受け、より効果的な洗脳手法の開発を目指したもので、一般人の被験者にLSD(幻覚剤)を投与する実験も行なわれたが、その詳細は明らかにされていない。――映画『陰謀のセオリー』では、主人公はこのMKウルトラ計画の犠牲者だった。

それ以外にも、CIAが市民の郵便物を開封していたり、外国要人の暗殺に関与していたことも明らかになって、70年代には多くのアメリカ人がFBIやCIAを謀略機関と見なすようになっていた。

決定的なのは1972年のウォーターゲート事件で、民主党本部の盗聴を指示したニクソン大統領が辞任に追い込まれる政治スキャンダルにアメリカ社会は大きく動揺した。前年(71年)にベトナム戦争に関する国防総省の秘密文書(ペンタゴン・ペーパーズ)がニューヨーク・タイムズにスクープされるなど、政府内部からの情報漏洩に疑心暗鬼になっていたニクソン政権では盗聴が常態化していた。当時のアメリカでは、ホワイトハウスも陰謀論に取り憑かれていたのだ。

アメリカ映画に登場する陰謀論

アメリカの政治や司法で現実に行なわれた陰謀は、大衆文化にどのように取り込まれていったのだろうか。政治学者マイケル・バーカンは、『現代アメリカの陰謀論 黙示録・秘密結社・ユダヤ人・異星人』(林和彦訳) 三交社)で、「陰謀の存在を信じることが、20世紀末から21世紀初頭にかけての千年王国主義の中心をなすテーマである」として、「陰謀信仰」の3つの原則を挙げている。

  1. 何事にも偶然はない あらゆる出来事は意図的に発生する。これがもっとも極端にまで走ると、「実世界よりはるかに首尾一貫した幻想世界」という結末に至る。
  2. 何事も表面とは異なる 陰謀を画策する者たちは正体や活動を隠蔽している(外見が清廉潔白に見えるからといって、その個人や集団が無害という保証にはならない)。
  3. 何事も結託している 陰謀論者たちの世界に偶然のはいり込む余地はない。表面的な見方ではわからなくても、あらゆるものにある決まったパターンが存在する。隠された結合を描き出すために、つねに連鎖や相関を打ち立てなければならない。

こうしてつくられた陰謀論は、「世界が任意的なものではなく、意味に満ちている」との約束=安心感を与えてくれるものの、その一方で、あらゆる出来事にこの3原則を当てはめると次々と矛盾が露わになる。陰謀論者はそれに対処するために、新たな陰謀を「発見」しつづけなければならない。その結果、彼らの陰謀世界は徐々に歪んだものになっていく。

アメリカの大衆文化(サブカルチャー)でどれほど奇怪な陰謀論が広まったかを、バーカンの本から抜粋してみよう。

・ブラック・ヘリコプター
アメリカ政府を乗っ取り、国民を支配しようとする国際的な陰謀組織(新世界秩序軍)の前衛部隊が黒いヘリコプターに乗って現われる。ジム・キースという陰謀論者の『アメリカ上空のブラック・ヘリコプター 新世界秩序の突撃舞台』(1994)、『ブラック・ヘリコプター2 大詰め戦略』(1997)によって広く知られるようになった。映画『陰謀のセオリー』でも、CIAやFBIの上位にある謎の組織の戦闘員が黒いヘリコプターで登場する。アメリカ人はこの場面を、ブラック・ヘリコプターの都市伝説と重ね合わせたのだろう。

・強制収容所(FEMA)
アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency/FEMA)は災害などの緊急事態に対処する実在の政府組織だが、陰謀論者によれば、FEMAは反体制主義者などを収容するための強制収容所網を秘密裏に整備している。この都市伝説は、1970年代から80年代にかけて、核戦争など将来の非常事態に備えた対応計画、演習、行政命令などの一連の政府活動から生まれたらしい。もともとは左翼が唱えた陰謀論だが、その後、右翼が、監禁されるのは自分たちではないかという強烈な危機感をもつようになった。

・マインド・コントロール
CIAの(実在した)「MKウルトラ計画」から派生したとする「モナーク・プロジェクト」の陰謀。キャシー・オブライエンなる女性が「抑圧された記憶」を回復したとして、「CIAの性的奴隷と麻薬密輸用として訓練され、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領やクリントン大統領夫人ヒラリーなどから性的な虐待を受けた」と告発して話題になった。

・マイクロチップ埋め込み
1980年代に「バーコードは個人の手に刻印される獣の刻印(悪魔の印)の前駆体」との説が登場し、その後、「バーコードではなくマイクロチップを埋め込もうとしている」へと進化した。新たに登場したテクノロジーが陰謀論に取り込まれていく例で、新型コロナのワクチン接種でも、「ワクチンと見せかけてマイクロチップを埋め込まれるのではないか」との陰謀論が欧米で広まっている。

宇宙人と新世界秩序が合体してイリミナティへ

現実から離れて奇怪な方向へと進んでいくアメリカの陰謀世界の象徴が、UFO(未確認飛行物体)とキリスト教原理主義(福音派)の融合だ。

UFO伝説のなかでもっとも有名なのは、ニューメキシコ州のロズウェル近郊に謎の飛行物体が墜落し、その残骸が軍によって「エリア51」に回収され秘匿されているというもので、1947年6月14日の出来事とされる。1961年には、ベティ・ヒルとバーニー・ヒルの夫婦が異性人に誘拐されたと訴える「アブダクション」がメディアの注目を集めた。

それ以外にも、1960年代後期から70年代にかけて、西部諸州で畜牛の切断死体が次々と発見される「キャトル・ミューテーション(家畜惨殺)」が起き、悪魔教の儀式、ヒッピーの仕業、UFOの目撃証言などと結びつけられた。異星人の「収穫」や生物学的な物質の採取、「異星人と人間の混血種を繁殖させている」などの説が唱えられた。

こうして1970年代には世界的なUFOブームが到来する。スティーブン・スピルバーグの『未知との遭遇』(1977年)もこの時期で、日本でもUFOを扱うテレビ番組が人気を集めた。

1991年、イラク(サダム・フセイン)のクウェート侵攻に対する、アメリカを中心とする多国籍軍の「第一次湾岸戦争」が起きる。このときジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)は、演説で「新世界秩序(New World Order/NWO)」という言葉を使った。これは「国際的な集団安全保障体制を構築する」という意味だったが、陰謀論者は特別なメッセージとして受け取った。

「新世界秩序」は、アメリカ建国直後から陰謀論とともにあった。独立を果たしたばかりのアメリカに対して、イギリスを中心とする「国際的な陰謀組織」が秘密裏の工作によって「新世界秩序」を押しつけようとしているとの不安が社会を覆っていた。

その後、60年代のニューエイジやオカルト主義(スピリチュアリズム)の影響を受けて、福音派(キリスト教原理主義者)が「新世界秩序」を千年王国運動と結びつけるようになった。彼らの信じる前千年王国説では、ハルマゲドンとともに悪魔が世界を支配し、キリストが降臨して善と悪の「最終決戦」が始まる。悪魔が押しつける「新世界秩序」はハルマゲドンとキリスト降臨の前兆なのだ。

大統領が「新世界秩序」というキーワードを(陰謀論者にとっては)意図的に使ったことは、湾岸戦争が悪魔による「陰謀」であり、アメリカ政府はすでに「悪」に乗っ取られている証拠だとされた。こうして保守派のパット・ロバートソンは、同(91)年『新世界秩序(The New World Order)』を発表する。「イルミナティが世界政府を創設し、アメリカの自由を攻撃し、歴史の終焉をもたらす善と悪の最終戦争が始まる」と主張するこの本はアメリカでベストセラーになった。

参考:Qアノンのディープステイトと秘密結社イルミナティ

「新世界秩序」の終末論がなぜUFOと結びつくことになったのか。これについてバーカンは、「冷戦の終焉」の影響を指摘している。それまでアメリカは「共産主義=悪魔」「悪の帝国=ソ連」の脅威にさらされ、それが陰謀論の源泉になってきた。だがそのソ連が自滅してしまったことで、陰謀論者ははしごを外されてしまった。

このとき必要とされたのは、「ソ連=共産主義」を上回る巨大な悪だ。こうして「宇宙人」が召喚され、「陰の政府(ディープステイト)」が異性人と結託し、世界を支配しようとしているという「UFO+新世界秩序」型の陰謀論が生まれたというのだ。

「MJ-12(マジェスティック/マジック12)」は、1987年に発見された(とされる)ドワイト・アイゼンハワー大統領宛の秘密文書で、そこには十数名の軍高官と著名な科学者からなる超極秘集団が、UFOの墜落と搭乗者の遺体の回収について記していた。その内容は「政府と異星人の密約」で、合衆国政府は1964年4月30日から異性人たちと接触をはじめ、1971年には「密約」を交わし、異星人の技術を政府へ移管することを求めた。その代償として政府は、キャトル・ミューテーションや米国市民の一時的な誘拐を黙認したとされる。

これに秘密結社が結びついたのが「イルミナティの基本計画」で、「人類を一つの世界政府にまとめるために、宇宙からの脅威を使うこと」が決定された。この陰謀に参加したのは「イエズス会、フリーメイソン、ナチ党、共産党、外交問題評議会、日米欧三極委員会、ビルダーバーグ会議、バチカン、スカル・アンド・ボーンズ(イェール大学の秘密結社的なエリート学生組織)、ロックフェラー家、ランド研究所(保守派のシンクタンク)、連邦準備銀行、CIA、国連」だとされる。

パロディ宗教から生まれた陰謀論

アメリカの陰謀論の特徴は、それがハリウッド映画などの大衆文化に取り込まれ、さまざまなエンタテインメントを生み出したことだ。

ロズウェル事件が話題になった1950年代半ばから、「UFOに関する体験や調査があまりに真実に肉薄しすぎると、ダークスーツに身を包んだ正体不明の小集団(通常2、3名)が忍び寄ってきて邪魔するか殺される」との都市伝説が広まりはじめた。これが「メン・イン・ブラック伝説」で、トミー・リー・ジョーンズ、ウィル・スミス主演で大ヒットした映画『メン・イン・ブラック』(1997年)はこれに基づいている。その前年(96年)には、エリア51に収容されていたエイリアンが地球侵略の引き金を引く『インデペンデンス・デイ』が制作されている。

福音派の陰謀論の定番である「新世界秩序」は、『スターウォーズ』シリーズで、銀河帝国を創設するダース・シディアスが「ニューオーダー(新秩序)」を宣言する場面に転用された。超常現象をテーマに1990年代に大ヒットしたテレビシリーズ「X-ファイル」など、陰謀論とエンタテインメントの融合は探せばいくらでも見つかるだろう。

しかしこれは、陰謀論が「ひとびとを夢中にさせるもの」だと考えれば当たり前のことだ。エンタテインメントの制作者が「大衆を夢中にさせる物語」をつくろうとすれば、それは往々にして陰謀論と区別がつかなくなる。

陰謀論を批判する者が陰謀論に取り込まれていくという現象もしばしば起きた。それをよく表わしているのが、パロディ宗教「ディスコーディアン」だ。ケリー・ソーンリーという元海兵隊員が高校時代のギャグ仲間と始めたもので、パロディ聖典『プリンキピア・ディスコーディア』では、ボーリング場に巻物を手にしたチンパンジー(大天使)が現われ、続いてギリシアの混沌の女神エリスが顕現し、「なぜ原始の秘密によって人びとのあいだに混沌が生まれたのか」と問う。

このパロティ宗教の教祖になったソーンリーの動機は、いたって真剣なものだった。きっかけは海兵隊員時代にオズワルドという若者と友人になったことで、その後、オズワルドはソ連に亡命するが、考えを変えて1962年に娘を連れてアメリカに帰国、翌63年にケネディ大統領狙撃犯として逮捕される。

ソーンリーはJFK暗殺をオズワルドの単独犯行と考えていたようだが、パロディ宗教の背景には、かつての友人の「混沌」を理解したいという強い思いがあった。

ディスコーディアン協会は徐々に帰依者を増やしていったが、そのなかに「トロツキストで無政府主義者のリバタリアン」であるロバート・ウィルソンという若者がいた。彼はソーンリーと組んで、「マインドファック作戦」と称して、さまざまな陰謀集団に手紙を送りつけた。

キリスト教反共十字軍には、バイエルン・イルミナティの便箋を使って、「われわれはロック音楽業界を乗っ取った。だが貴様たちはまだ気づいてはいまい。われわれは19世紀はじめにはすでに音楽業界を牛耳っていたのだ。ベートーヴェンがわれわれの最初の信奉者だった」という手紙を送った。右派のジョン・バーチ協会や左派の地下新聞、リバタリアンやヒッピー組織などの出版物にもイルミナティの噂をばらまき、この秘密結社の存在をカウンターカルチャーに浸透させた。

ウィルソンは、自分たちはゲリラ的存在で、「ありとあらゆるオルタナティブ・パラノイアを提供する大規模なギャグ問屋(コスミック・ギャグ・ファクター)」だと考えていた。その目的は「誰でもその気になれば好みのパラノイアを選ぶことができるようにすること」で、その結果として「このパラノイアゲーム全体を眺めて、より広範で、笑えて、希望のもてる現実地図に目覚めてほしい」と考えていたという。――ウィルソンとロバート・シェイの共著『イルミナティ』三部作(集英社文庫)はこうして生まれた。

だが後年、パロディ宗教の教祖になったソーンリー自身が陰謀の罠にはまりこんでいく。「ぼくは文字通り情報機関に取り込まれている。ところが私を殺そうという試みが三度失敗してからは、周辺は落ち着いてきており、現在スパイの大半はぼくの味方になったようだ」と書き、自分は「ブリル教会の繁殖/環境操作実験の産物」だと信じるようになった。

陰謀論とエンタテインメントは紙一重で、陰謀論をパロディにしようとした者も陰謀論にからめとられてしまうのだ。

トゥルーサーとバーサー

ジェシー・ウォーカーは『パラノイア合衆国』で、現代の陰謀論を「フュージョン・パラノイア(融合パラノイア)」で「カフェテリア悪魔教」だとする。かつての陰謀論や終末論はそれぞれの文化に特有なものだったが、60年代の洗礼を受けた以降は、「東西の宗教、ニューエイジのアイデアや秘伝、急進的な政治要素をごた混ぜにし、得られた成果物に矛盾があっても気にしない」ようになった。これが「パラノイアの融合」で、その好例としてオウム真理教が挙げられている。

カフェテリアというのはビュッフェスタイルのことで、「自分に合わない教義は捨て去り、他の宗教的要素を取り入れ、自分自身の信仰をカスタマイズする傾向」だ。『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』(山田美明、山田文 訳、東洋経済新報社)のカート・アンダーセンも、1980年代からアメリカ社会の「ファンタジー化」が進み、「真実は相対的なものになり、批判は不当なものになり、個人の自由が絶対視され、誰もが何を信じ、何を疑ってもよくなった。その結果、さまざまな分野で意見と事実の差がなくなった」と述べている。

現代アメリカの代表的な陰謀論がトゥルーサー(truther)とバーサー(birther)だ。

トゥルーサーは「9.11トゥルース運動」に参加するひとたちで、さまざまなヴァージョンがあるが、「アメリカ政府内の何者かが9.11を計画したか、それを防止する手立てをわざわざ取らなかった」とする。アル・カイダのテロリストに乗っ取られた航空機が世界貿易センタービルに激突する瞬間、UFOが現われた(あるいは悪魔の顔が写真に写った)との風説も広まっている。

バーサーは、「オバマはハワイではなくケニア生まれなので、アメリカ大統領になれない」と主張するひとたちだ。ウォーカーによれば、この陰謀論が白人のあいだに急速に広がったのは、それが「魔法のような解決法」だったからだ。

白人が「黒人」のオバマを批判すると、レイシスト(人種主義者)のレッテルを貼られてしまう。だがオバマに大統領の資格がないとするならば、「自分はオバマを支持しているが(オバマの政策に賛成だが)、残念なことに、合衆国の憲法の規定によって彼は大統領になることができない」と自分の偏見を正当化できる。

そもそもバーサー説は2008年の民主党予備選挙でヒラリー・クリントンの支持者がいいはじめたもので、それをドナルド・トランプが引きついでSNSでオバマの出生疑惑を追及し、熱狂的なフォロワーを獲得して16年の大統領選の地歩を築いた。――これが現在に至るトランプとオバマの遺恨につながっている。

Qアノンの陰謀論にUFOが登場するわけではないが、これがさらに複雑な事態を引き起こしている。UFO+新世界秩序の荒唐無稽な陰謀論があまりにも広がったため、「陰謀論者とはUFO信者のことだ」とされるようになった。そうなると、UFOを信じていないQアノンは「陰謀論者」でないことになる。連邦議会議事堂を占拠したトランプ支持者が、「陰謀論者はUFOがもうすぐ降りてくるとか、そういう類のものだ。立証されている事実は、陰謀論にはなり得ない」と力説するのは、こうした背景があるのだろう(2月7日朝日新聞「「トランプ寄り」報道が情報源」)。

「誰もが自分の信じたいものを信じる権利がある」のなら、この対立には解決はない。これからますます、現実と虚構が混沌とした世界が「加速」するのではないだろうか。

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