外国人労働者「問題」の大きな勘違い 週刊プレイボーイ連載(365)

10年ちかく前のことですが、フィリピンの有料老人ホームを取材したことがあります。現地で成功した日本人実業家が、旧米海軍の将校宿舎の一部を改築して日本人向けの24時間介護の施設をつくったのですが、実際には海を渡る決心ができる高齢者は多くなく、日本語を話すフィリピン人介護士を養成して日本の老人介護施設に派遣する事業に変えたという話でした。

その頃にはすでに介護業界は人手不足に陥っていて、多くの施設が外国人介護士を求めていたものの、来日3年後に介護福祉士の試験に合格することが継続滞在の条件とされていました。この資格は日本人でも半分は落ちるという難関で、それを慣れない日本語で受験するのですから合格はほとんど望めず、「永住されたら迷惑だから3年で帰ってくれ」という意図は明白でした。

「日本人は、外国人労働者にすこしでも門戸を開放したら移民が押し寄せてくると思ってるんですよね」と、介護士養成の担当者はいいました。「でも、それは大きな誤解です」

彼の話によると、外国で働きたいフィリピンの看護師・介護士が目指すのはなんといってもアメリカで、次いでカナダやオーストラリアなどの英語圏です。給与が高く、長く働くことができ、永住権や市民権も取得できるのですから、条件がぜんぜんちがいます。日本の介護施設は当たり前のように「優秀な人材を送ってくれ」と要求しますが、当時から、優秀な介護士は日本になど来てくれないのが現実だったのです。

こうした状況はますます進んで、いまではアジアですら日本は外国人労働者の獲得競争から脱落しつつあります。英語が公用語となっているフィリピンでは、高卒以上であれば英語を話せますから、英語圏ならわざわざ外国語を覚える面倒がありません。アジアでは香港とシンガポールで英語が広く使われており、1人あたりGDPでもシンガポールは5万8000ドル、香港は4万6000ドルで、3万8000ドルの日本よりずっとゆたかです(2017年)。だとしたらなぜ、英語が通じず、貧乏なくせに「外国人は迷惑だ」と思っている国で働かなくてはならないのでしょうか。

安倍政権が入管法を改正し、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしているのは、地方を中心に人手不足が顕在化し、外国人に来てもらわないと地域経済が回らなくなったからです。しかしこんなことは、何十年も前からわかっていたことです。未来は不確実ですが、出生率や死亡率は先進国では大きく変化しませんから、人口動態だけは確実に予測できるのです。

それにもかかわらず日本政府は純血主義に固執し、ようやく人手不足に慌て出しても「いわゆる移民政策は採らない」といっています。これは安倍政権が「真正保守」だからではなく、日本人の大半が「排外主義者」で、選挙を考えればそうやって宥めるしかないからでしょう。

当たり前の話ですが、優秀な人材は、どの国で働くかを自分で選択することができます。日本はずっとアジアでもっともゆたかな国でしたが、いつのまにか優先順位のはるか下に落ちてしまったことを、あと10年もすればすべての日本人が思い知ることになるのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年12月17日発売号 禁・無断転載