シリア内戦―過去の失敗に学ぶと子どもたちが死んでいく 週刊プレイボーイ連載(329) 


ひとは過去の失敗に学ぶことがあるのでしょうか?

5年ほど前に「シリア内戦―誰にも止められない殺し合い」という記事を書きました。宗教的少数派であるアサド政権は権力を失えば“皆殺し”にされることがわかっているので、神経ガスでもなんでも使って敵を“皆殺し”にするしかないという話で、実際、その後の展開は予想どおりになりました。

とはいえ、これは私に先見の明があったということではありません。中東に詳しい知人は、「専門家ならみんな知っていること」といっていました。

ところが不思議なことに、中東の専門家がたくさんいるはずのEUやヨーロッパ諸国は、「シリアを民主化する」という大義を掲げて自由シリア軍などに大量の武器を渡しました。これに対してロシアのプーチン大統領は、「権力の空白より独裁の方がはるかにマシだ」と警告しましたが、ヨーロッパの理想主義者たちはまったく耳を貸しませんでした。

その結果、混乱に乗じてIS(イスラム国)が勢力を伸ばし、シリア北部のラッカを首都に国家の樹立を宣言します。そこに白人を含む多くの若者たちが集まり、彼らがヨーロッパでテロを繰り返すようになって、「移民排斥」を叫ぶ極右が台頭することになります。

ISが暴虐のかぎりをつくすようになった原因はシリアの内戦なのですから、これを収束させるには大規模な地上軍を派遣するしかありません。しかしヨーロッパの政治家たちは、犠牲が避けられない軍事行動を決断できず、効果のない空爆をひたすらつづけるしかありませんでした。その結果、生活の糧を失ったひとびとが次々と故郷を捨て、ヨーロッパに殺到することになったのです。

これに驚いたEUは、シリア難民支援の名目でトルコに60億ユーロ(約7800億円)を支払うことで「防波堤」とし、現在は小康状態を保っています。トルコ国内の難民キャンプの環境は劣悪だといわれていますが、「人権」をなによりも重視するEU政府はこれを問題視したりはしません。トルコを怒らせ、難民がふたたび流入するようなことになるのを恐れているのです。

ロシアとイランの支援を受けて態勢を挽回したアサド政権は、首都ダマスカス近郊で大規模な空爆を行ない、子どもたちを含む多数の犠牲者が出ています。この事態に対しユニセフ(国連児童基金)は、「殺された子供たち、その父母、そして彼らが愛した人々のことを正しく言い表せる言葉がない」という一文のみの異例の声明を発表し、筆舌に尽くしがたい惨状への怒りを表現しました。

ところがここでも、EUはなんの行動も起こそうとしないばかりか、アサド政権への批判すら控えています。これは、シリア国内でどれだけ死傷者が出ようとも、アサド政権が権力を維持したほうが難民の発生を抑えられると考えているからでしょう。

残念なことに、ほとんどの場合、ひとは過去の失敗に学ぶことができません。しかしこれには例外もあって、ちゃんと学べることもあるようです。

『週刊プレイボーイ』2018年3月19日発売号 禁・無断転

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8件のコメント

  1. かつて雨の降る日曜は幸福について考えよう
    Think Happy Thoughts on Rainy Sundays 橘 玲
    https://www.amazon.co.jp/dp/4344006712/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_z5eUAbPKX70D1

    で、こう書いたことをおぼえていますか?

    ******************************************
    私も含めほとんどの人は正義のために生きてなどいない。自分と家族の幸福を守る
    ために生きている。
    たとえ遠い世界で多くの命が失われようとも、私たちの日常は変わらない。だから、
    ニュースを見ながら小さなため息をつき、日々の仕事へと向かうのだ。
    理不尽な世界で、私たちは目の前にある問題を、一つ一つ解決していくしかない。
    ******************************************

    この言葉に影響されて橘さんの読者になった人も多いのです。

    シリア内戦といった遠い異国の話ではなく、日本国民である私たちにとって、

    「目の前にある問題を、一つ一つ解決」
    する話が聞きたいですな。

  2. 皆が賢くなったら困る。
    最高の手段で最悪の結果、愚民民主制国家はすばらしい。
    簡単にお金を稼ぐために必要なのは”たくさんの愚民”。

  3. 衆愚政治こそが政治の本質なんだろうなって最近思う。
    政治のニュースって本当に見る価値が無い。
    われわれ民衆が政治について何が正しいのか、
    知ることは不可能な仕組みがすでに出来上がっているのだから・・・。
    おそらくそれは世界どこでも同じなんだろうなって思う。
    政治の渦の中心は個人の権力闘争でしかない。
    だとしたら、権力闘争の必要の無い独裁政治もありなんじゃないかと思うこともある。
    本当に、民衆を正しく導いてくれる独裁者っていないのかなぁ。
    それがいつか、AIにとって変わるようになるのかな。
    そのAIの意思は民衆の意志をSNSで拾って成長してさ。
    そうなるとやっぱり今と同じ衆愚政治に行き着くのかな・・・。
    いづれにしても政治のネタは避けて通って、わが道を行くしかないんだろうね。
    それがリバタリアンなんだろう。

  4. >だとしたら、権力闘争の必要の無い独裁政治もありなんじゃないかと思うこともある。
    >本当に、民衆を正しく導いてくれる独裁者っていないのかなぁ。
    >それがいつか、AIにとって変わるようになるのかな。

    x,y平面上に引いた2つの直線は、並行または同一でない限り、
    一点で交差します。

    これが連立方程式の解を表すことは、中学校での数学の授業を
    まともに受けた人ならわかるはずです。

    ところが、これがx,y,zという空間中に引いた線だと、
    まず一点では交差しません(たいてい「ねじれの位置」となる)。

    つまり、x,y平面といった、要素が2つしかない場合は、

    たいてい「妥協できる点」

    というのが見いだせますが、

    x,y,zという立体になった途端に

    「妥協点」

    がほとんど不可能になるのです。

    何が言いたいかというと、

    シリア内戦のような
    多数の要素(宗教的対立、歴史的背景、バックとなるロシアやヨーロッパ、イスラム国・・・・)
    がからんで来ると、

    仮にスーパーコンピュータのAIであっても
    適切な解というのはありえないのです。

    AIがすべてを適切に導いてくれるというのは幻想ですよ。

    (参考)
    三体問題と『部分と全体』の300年
    http://pathfind.motion.ne.jp/rikeisu/trybody200904.html

  5. おっしゃりたいことは分かります。
    でもディープラーニングは、直線ではなく、植物の根のような曲線です。
    脳の構造はそれをさらに複雑にした形状。
    人間の脳が人の顔を認識し、誰が誰と似ているか、
    この人は誰なのかなどを瞬時に解釈するような感覚で、
    社会問題を適切に解決していけるようになるといいですね。
    複雑でカオスだろうと、人もAIも適切な解は得られると思います。
    もちろんそのために一部は犠牲を払うことになるんでしょうがそれは
    誰がどう統治しようと同じ事だと思うんですよね。
    その配分を公平にすることは、人間にはむしろ出来ない気もしますし。
    それぞれのポジションというものがありますからね。

  6. ちょっと前に組み合わせ爆発を紹介したアニメが話題になったことがあります。

    おねぇさぁぁぁぁぁん! 日本科学未来館のアニメに狂気が宿っていると話題に
    それでもね。私はみんなに「組み合わせ爆発のすごさ」を教えたいの! 止めないで!
    ttps://www.youtube.com/watch?v=Q4gTV4r0zRs

    この話には後日譚があって、
    Graphillion: 数え上げおねえさんを救え / Don’t count naively
    Graphillion は膨大な数のグラフに対して検索や最適化、列挙を行うための Python モジュールです。このビデオは Graphillion の概要を知るためのチュートリアルです。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=R3Hp9k876Kk

    組み合わせ論ならアルゴリズムで改良は可能ですが、

    カオスな現実世界では、
    ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こすのです。
    (今回 まだその時の指定まではしていない そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい
     つまり・・・・我々がその気になれば10年20年後ということも可能だ・・・・・・・・・・ということ・・・・!
    (C)利根川幸雄)

    やっぱりAIがすべてを適切に導いてくれるというのは幻想ですよ。

    バタフライ効果(バタフライこうか、英: butterfly effect)とは、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象。カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現である。

  7. ベストじゃなくてもベターな結果を出せるならいいんだよ
    人ではなくAIが行って、全てが解決できないまでも、人が行うより良い結果を出せるならAIを活用しない手はない

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