第5回 証券会社はいまだに鎖国体質?

本紙でもお馴染みの冒険投資家ジム・ロジャーズは、2度の世界1周旅行を敢行している。最初は1990年から2年をかけたオートバイ旅行、2度目は1999年から世紀の変わり目を挟んで116カ国を走破した自動車旅行だ。

新興諸国へのジムの投資手法は、徹底的にデータを調べ、自分の五感で現地を体験し、気に入ったら片っ端から株を買うというものだ。だからジムは、これまで中南米、東ヨーロッパ、中東、アフリカ、中国、東南アジアなどで証券口座を開設してきた。そんな“大投資家”でも、口座を開けなかった国がある。それが、日本だ。

2度目の世界一周旅行の途中、日本を訪れた彼は口座を開こうと考える。証券取引所に問い合わせると、「外国人が株式を売買するのは完璧に合法である」というこたえが返ってきた。ところが証券会社に電話すると、どこも外国人は口座を開けないという。あちこち訪ね歩いてようやく、外国人の口座を扱っているという証券会社に辿り着くが、営業担当者はどうやってドルを円に換えたらいいかわからないと言い、さらにはそれを調べようともしなかった(『冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界大発見』より)。

建前では口座開設を認めるものの、本音では開かせない。その奇妙な暗黙の掟は、冒険投資家をひどく戸惑わせた。だがこれは、日本の金融機関が外国人を差別しているという話ではない。ぼくたちが暮らす不思議の国では、たとえ日本人であっても国外に居住していると証券会社に口座を保有することができないのだ。

海外赴任の決まったサラリーマンがびっくりするのは、住所変更を証券会社に伝えると、口座を解約してくれと言われることだ。非居住者の口座を持ちたがらないのは、税務上の取扱いが面倒だからだという。差別されているのは「ガイジン」ではなく、「ガイコク」だった。

世界の証券会社は、英語や中国語のホームページをつくって海外の個人投資家を呼び込もうと競っている。ところが世界第2位の経済大国である日本には、英語でオンライン取引ができる証券会社はぼくの知るかぎり1社もない――タイやマレーシアやインドネシアやベトナムにだってあるのに。

金融市場のグローバル化といいながら、日本株に投資したい海外の個人投資家は、いまだに香港やシンガポールの証券会社を利用するしかない。日本の証券会社が門戸を開けばこうした需要も取り込めると思うのだが、その必要もないほどもうかっているのだろうか。

将来、海外居住の予定のある日本人はもっと深刻だ。証券口座を維持したければ、実家などに住所を移して無駄な税金を支払わなくてはならない。これでは、日本国から出ることに懲罰を課しているのと同じだ。鎖国政策は、とっくのむかしに終わったはずなのに。

いやそれとも、日本はまだ江戸時代なのか? 「不思議の国」を歩いていると、ときどきなにがなんだかわからなくなる。

橘玲の「不思議の国」探検 Vol.5:『日経ヴェリタス』2009年12月13日号掲載
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