「気分のいい嘘」と「不愉快な事実」 週刊プレイボーイ連載(77)


世の中には、目をそむけたくなるような話があります。といっても、背筋も凍るホラーや怪談の類ではありません。たんに不愉快なだけです。

有名大学の学生を調べると、裕福な家庭の子どもが多いことが知られています。そこから、「貧しい家に生まれると教育を受ける機会もなく、ニートや非正規になってしまう」とか、「金持ちの子どもだけが私立の進学校に進み、エリートになるのは不公平だ」などの批判が起こりました。自らも有名大学の出身である大学教授などは、「“教育格差”をなくすためにもっと公費(税金)を投入すべきだ」とか、「低学歴で就職できない若者には国が(税金で)教育支援すべきだ」などといっています。

ところで、「金持ちの家の子どもは有名大学に進学できる」という因果関係は正しいのでしょうか?

以前の回で述べたように、行動遺伝学は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較から、知能における遺伝の影響が80%以上であることを明らかにしました。この結論は厳密な統計的手法から導かれており、現在に至るまで有力な反証はありませんから、“科学的真理”です。

行動遺伝学によれば、正しい因果関係は、「知能の高い両親から生まれた子どもは有名大学に進学する可能性が高い」というものです。知識社会では一般に、知能の高いひとが高収入を得ていますから、有名大学の学生を調べると結果的に「金持ちの家の子どもが多い」ということになるのです。

どうです? 目をそむけたくなるような話だと思いませんか。

「格差社会」の原因が親の収入にあるのなら、裕福なひとから税金を徴収し、貧しいひとに分配することで問題は解決します。これはきわめて簡単明瞭で、正義感情にもかなうので、とても人気のある主張です。

それに対して、経済(教育)格差の原因が遺伝である場合は、原理的に解決方法はありません。こちらは多くのひとの神経を逆なでしますから、「差別」として激しいバッシングにあいます。行動遺伝学の拠点はアメリカですが、研究者たちはリベラルな団体からの抗議と脅迫のなかで、その結論が科学的に証明されていることを示しつづけたのです。

このやっかいな問題をどのように考えるかは個人の自由ですが、ひとつだけ知っておかなければならないことがあります。

「教育格差」を批判するひとの多くは、大学の教員などの教育関係者です。このひとたちは、教育に公費(私たちが納めた税金)が投入されると得をする利害関係者でもあります。大学の授業料がタダになれば学生はいくらでも集まるでしょうし、再教育や職業訓練の費用が国の負担になれば教育市場は拡大して教員の生活は安泰でしょう。

このように、一見すると正しいものの、科学的には間違っている主張の背後には、「偽善」によって得をするひとが隠れています。

あなたは、「気分のいい嘘」と「不愉快な事実」のどちらを選びますか? もし後者なら、この連載をまとめた新刊『不愉快なことには理由がある』をきっと気に入ってもらえると思います。

 『週刊プレイボーイ』2012年11月25日発売号
禁・無断転載

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「気分のいい嘘」と「不愉快な事実」 週刊プレイボーイ連載(77) への24件のフィードバック

  • だらりまら のコメント:

    橘さんと同じ1959年生まれで子供の大学受験が終わりかけの勤務医です。
    周囲には高卒の医療専門職の女性と結婚した医師が結構いますが、子供の大学受験には皆苦戦しています。
    知能は遺伝するというのは常識以前の問題で話題にもなりません。

  • 一言と、ひとりごと のコメント:

    鈴木光司さんですね。普段あまり関心を持たない領域でした。

    面白そうな方ですね、単なるスリラー、ホラー小説家ではなく一貫した思想がある様。

    何冊か読んで見ます。ありがとうございます。

  • ポメきち のコメント:

    親からの遺伝によって知能が高く、高学歴を成した人であっても、昨今の日本では
    まともな就職ができないケースも多いと思いますので、そんなに気にしても仕方ない
    かと思います。「知能高い>偏差値の高い大学へ進学>高いステータスの企業に入れる」
    …というレールが無くなったので、これからは親が裕福・高知能だと海外へ脱出するレールかな。

  • ボンタロウ親父 のコメント:

    一卵性双生児と二卵性双生児の比較からわかる事実というのは、人は先天的なもの(すなわち
    遺伝子)によって能力的に支配されているということであって、必ずしも両親の能力等が次世代に確実に引き継がれるということではありません。むしろ二卵性双生児の能力差の大きさこそが
    同じ両親を持っても才能差の振幅が大きいこともあるというのを物語っているのです。マクロ的に見れば両親の頭が良ければ子供もそうなる(蛙の子は蛙)相関性は強いのでしょうが、二卵性双生児の才能差が出現して片方はトンビであったりもう一方は鷹であったりするので人生はおもしろいのです。

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