やっぱりみんな“ネオリベ”になった 週刊プレイボーイ連載(109)

 

事前の予想どおり参院選で自民党が圧勝し、民主党が惨敗して、衆参のねじれが解消されました。投票率は52%とからくも有権者の半分を超えただけで、前回、民主党に投票したひとの多くが今回は棄権したと思われます。

昨年12月の衆院選で自民党が政権を奪還し、経済運営でも結果を出しているだけに、7カ月後の選挙であえて野党に投票する理由がないのは当然です。参議院がなければ最初からこうなっていたわけで、安倍政権はいよいよその真価を問われることになるでしょう。

以下、今回の選挙で気づいたことを列挙してみます。

①参議院はそもそもいらない

半年以上も不毛な議論を繰り返し、選挙を経ないと正常化できないなら最初からない方がマシ。有権者の判断は昨年の12月にすでに出ている。

②反原発は票にならない

“被災地”の福島ですら「反原発」を掲げた候補者はまったく相手にされず。議席を獲得できたのは共産党候補と東京選挙区の山本太郎だけ。

③反TPPは信用されない

「TPP反対」を掲げる政党は共産党を除いて全滅。安倍政権がTPPに参加した以上、いまさら反対しても意味がないと見透かされた。

④憲法改正は投票に無関係

「平和憲法護持」を掲げた政党も共産党を除いて全滅。その共産党は、かつては憲法改正と天皇制廃止を主張していた。

⑤“リベラル”勢力は共産党に結集した

自民党政治に反対するひとは、もっとも主張のわかりやすい共産党に投票した。歴史的にリベラリズムは共産主義と対立してきたが、日本では共産党がリベラルの代表となった。

⑥労働組合は票を集められない

民主党の頼みの綱である労働組合はサラリーマンと公務員のための組織。非正規社員の数が4割に達し、今後、ますます増えていくことが確実ななかで、正社員の既得権を守るのに汲々とする労働組合は共産党や創価学会よりも集票できなくなった。

⑦民主党(野田政権)の政策は自民党に取り込まれた

TPP参加も消費税増税も民主党が言い出したこと。民主党は過去の自民党政治を全否定しようとして失敗したが、安倍政権は民主党の成果を上手に利用している。

⑧やっぱりみんなネオリベになった

野党で共産党以外に票を獲得できたのは“ネオリベ”の政党のみ。民主党も、小沢一郎が出て行ってネオリベが主流派になった(その小沢一郎こそがネオリベ=新自由主義の元祖だった)。安倍政権もネオリベといわれているのだから、今回の選挙で、衆参ともに日本の政治はネオリベ一色になった。

リベラルが退潮してネオリベが勢力を伸ばすのはヨーロッパも同じで、これが“グローバルスタンダード”。ネオリベもまたリベラリズムである以上、「自由」や「平等」という近代の価値を擁護します(反原発や平和憲法護持のネオリベがあってもおかしくありません)。

いま起きていることは、オールドリベラルが生み出した福祉社会が機能不全になった時代の必然です。日本の政治は今後、「保守的なネオリベ」と「現実的なネオリベ」に二極化していくことになるでしょう。

  『週刊プレイボーイ』2013年7月29日発売号
禁・無断転載

参考:そしてみんなネオリベになった

“憲法改正”論議がカルト化していく理由 週刊プレイボーイ連載(108)

 

この記事が掲載されるのは参院選の翌日で、事前の選挙予想では自民党の大勝が確実視されています。衆参のねじれが解消されれば、アベノミクスや消費税増税とならんで憲法改正が政治の争点として浮上することになるでしょう。

安倍政権の本音が憲法9条の見直しにあることは、昨年4月に自民党が発表した憲法改正草案を見ても明白です。ところがこの「草案」が強い批判を浴びたことで、憲法改正のハードルを下げるために96条先行改正へと方針変更されました。

日本において常に憲法が問題になるのは、それが敗戦後の米軍支配下において、マッカーサー元帥率いるGHQによってつくられたものだからです。「日本側の意見も取り入れられた」との主張もありますが、現行憲法が英語版を日本語訳したことは歴史資料においても明らかです。

ところで、私たちはなぜ憲法を「押し付けられた」のでしょうか。それは、大日本帝国が無謀な戦争に突入して無残な敗戦を喫し、広島と長崎に原爆を落とされたうえに、侵略と植民地主義の責任を戦勝国から問われたからです。それは日本国に対し、300万人の自国民の戦死者だけでなく、2000万人ちかいアジアの死者への「罪」を問うものでもありました。

戦後70年ちかく経ったいまに至るまで、日本人はこの「歴史問題」とどのように向き合えばいいかわからないままです。だからこそ、“不都合な歴史”を不断に突きつけてくる憲法を「取り戻す」ことが保守派の悲願になるのでしょう。

一般論としていえば、主権者である国民の総意によって、憲法を時代に合わせて改正していくのは当然のことです。保守派は社民党などの護憲派を「憲法を不磨の大典にしている」と揶揄しますが、GHQの若者たち(ただし、理想に燃えた優秀な若者たち)が突貫工事でつくった憲法をありがたく押し頂いて一字一句の変更も許さないのでは、自主自尊の気概に欠けるといわれても仕方ありません。

憲法護持派は、現行憲法にはなにか特別なちからが宿っていて、9条の文言を変えればたちまち日本を災いが襲い、戦争に巻き込まれると信じているようです。これは、言霊信仰以外のなにものでもありません。

しかしそれをいうなら、憲法改正派もまた同じ言霊信仰に毒されています。

憲法はもともと、暴力を独占する国家から国民の人権を守るためのものです。現行憲法の前文はそうした意図で明快に書かれていますが、自民党の改正草案はこれを全面的に書き直し、国民に対し、「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って」、「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承する」ことを求めています。立憲主義の立場からすると、憲法は国民が国家を拘束するためのもので、国家が国民に説教するのは大きな勘違いです。

ひとびとがゆたかになるにしたがって、価値の中心が「社会」や「家族」から「個人」に移るのは世界のどこでも同じです。ところが憲法改正派はこれを“マッカーサー憲法”のせいにして、憲法を変えれば日本人がふたたび“和”を尊ぶようになると信じているのです。

異なる言霊信仰が衝突しているのですから、憲法をめぐる議論が「国民和解」へと至ることは永遠にありません。憲法について語ると徒労感しか残らないのも当然です。

 『週刊プレイボーイ』2013年7月22日発売号
禁・無断転載 

第33回 うっとうしいネット広告 対処法(橘玲の世界は損得勘定)

 

インターネット広告が、たんなるテキストから大画面に“進化”している。それにともなって、薄毛や精力回復の広告がいやでも目につくようになった。

なんとかならないものかと調べてみると、広告会社は私(正確には私のパソコンのブラウザ)がどんなサイトや記事を閲覧したのかのデータを収集し、その属性に合った広告を表示しているらしい。私の場合、「中高年」「男性」というカテゴリーに入っているから、「60歳になっても妻を驚かすことができるなんて」という広告を毎日のように見る羽目になるのだ。

ネット業界では、ダイエットや薄毛など外見に関する広告を“コンプレックス系”と呼び、もっとも利益率が高いとされている。コンプレックスから逃れるためにはひとはいくらでもお金を払う、ということなのだろうが、どこかもの悲しくもある。それ以前に、中高年男性の全員が強壮剤の広告を必要としているわけではないだろう。

ビッグデータの活用が注目を集めている。ネットユーザーの閲覧履歴はビッグデータの代表で、広告会社がそれを使って“効果的”な広告を表示させることに異存があるわけではない。ここで述べているのは、それとは逆に、データの活用が不十分だという不満だ。

ネット書店は、過去の購入履歴などを元に読むべき本を教えてくれる。これはなかなか役に立つサービスで、書店からのお勧めがなければ気づかなかった面白い本とこれまで何冊も出会うことができた。それと同様の精度で、「こんな商品やサービスがあったのか」と驚くような広告が表示されるのなら、私としては大歓迎だ(異論があるひともいるだろうが)。

ところで、いつも出てくるうっとうしい広告をどうにかする方法はないのだろうか?

正攻法は、広告会社がブラウザから情報を読み取らないようにすることのようだ。顧客の属性がわからなくなれば、年齢や性別に関係なくさまざまな広告がランダムに表示される。

しかし私の場合、まったく別の方法でこの問題は解決してしまった。

あるとき、ネットでアルバイトの時給を調べたことがある。ファストフードや居酒屋などの労働条件が知りたかったからだが、その後、ブラウザにアルバイト情報やゲーム・アニメ、携帯など電子機器の広告が表示されるようになった。どうやら、最新の閲覧履歴を読み込んで私の属性が変わったらしい。現在の広告にはなんの不満もないので、そのままにしている。

ちなみに検索広告最大手のグーグルでは、不愉快な広告を個別にブロックできるようにしている。ただしこの方法では、また似たような広告が出てくるだけだ。

世の中には同じ不満を持つひとも多いらしく、ネット上には広告そのものを表示させなくするソフトも流通している。たしかに便利だが、これが広く使われるようなると広告会社は収益源を失い、「ネットの情報はタダ」という常識が覆されることになるかもしれない。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.33:『日経ヴェリタス』2013年7月14日号掲載
禁・無断転載