みんなバブルを待っている 週刊プレイボーイ連載(91)

 

いまの若いひとに80年代のバブルの頃の話をするとほんとうに驚かれます。

当時は、クリスマスイブに大学生がホテルのスイートルームでパーティをしたり、OLが週末にハワイや香港に行って、最高級ホテルに泊まってブランドものを買いあさるのが当たり前でした。皇居の地価がカリフォルニア州と同じで、東京の不動産を担保にすればアメリカ全土が買えるといわれ、不動産成金たちは自家用ジェットで世界じゅうを飛び回って札束をばら撒いていました。

アベノミクスによって、これから日本は人類史上例をみない大規模な金融緩和を行なうことになります。経済学者のなかには、それによって資産バブルが起こると警告するひともいます。

80年代のバブルが崩壊して、日本経済は「失われた20年」に沈みました。サブプライムバブルが崩壊したアメリカではマイホームを失ったひとたちが路上にあふれ、若者たちは格差是正を求めてウォール街を占拠しました。ユーロ導入で空前の好景気に沸いたギリシアは、いまでは国そのものが解体しかけています。このような惨憺たるあり様を見れば、「資産バブルは起こしてはならない」というのはそのとおりです。

しかしその一方で、80年代のバブルを経験したひとたちは、「あんな面白い時代はなかった」と口を揃えます。夜中まで働いてから六本木に飲みに行き、朝まで騒いでタクシーで帰宅しても、5万円の飲食費も2万円のタクシー代もぜんぶ会社が払ってくれたからです。

いまでは接待交際費やタクシー代はもちろん、取引先との喫茶店代すら経費精算できないこともあります。そんなショボい会社しか知らない若者たちは、バブルの話を聞くと、「いちどでいいから自分もそんな時代を体験してみたい」と思います。

ひとはみな近視眼的にできていますから、将来どれほどの不幸が待っていても目先の快楽を追い求めます。経済合理性でバブルを抑制できるのなら、ダイエットに苦労するひとなどいなくなるでしょう。

「アベノミクスが資産バブルを起こす」と警告すると、アベノミクスへの支持が上がります。好景気と資産バブルのちがいなど、ほとんどのひとにとってはどうでもいいのです。

だとしたら、アベノミクスは成功しても失敗してもやってみる価値があるのでしょうか。

アベノミクスの最悪のシナリオは、実は別にあります。

物価と金利が上がっても資産バブルが起こらず、逆に地価や株価が下落すると、金融機関が次々と破綻して日本国の債務だけが膨張していきます。これが「財政破綻」と呼ばれる国民経済の全面的な崩壊ですが、この不吉な予言に現実味があるのは、80年代と比べて日本国の借金が増え、潜在成長力が大きく下がったからです。

未来は誰にもわかりませんが、実際には、アベノミクスで80年代バブルが再来するよりも、財政破綻で大不況に陥る可能性のほうがずっと高そうです。

その経済的混乱から、私たちはどのようにして身を守ればいいのか? その方法を『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』で書いたので、興味のある方は手にとってみてください。

 『週刊プレイボーイ』2013年3月18日発売号
禁・無断転載

第27回 詐欺師が弄ぶ「こころのクセ」 (橘玲の世界は損得勘定)

 

振り込め詐欺や架空請求詐欺の被害はなぜ減らないのだろうか? 被害者がうかつだったとか、高齢で判断力が鈍っていた、というのが常識的なこたえだろうが、現実はもうすこしやっかいだ。

神経生理学という新しい科学では、ひとは無意識に自分の行動を正当化すると考える。

たとえば、次のような実験がある。

男性の被験者に2枚の若い女性の写真を見せて、気に入った方を選んでもらう。その後、写真はいったん裏返されて被験者の目の前に差し出され、もういちど写真をよく見て、その女性を気に入った理由を述べるよういわれる。

この手順を被験者に対して20回ほど繰り返すのだが、ちょっとしたトリックを使って、5回に1回の割合で裏返された写真を別のものとすり替える。

すると驚いたことに、3分の2の被験者は、数秒前に自分で選んだにもかかわらず、ちがう女性を見せられたことに気がつかない。そのうえ、実際には黒髪の女性を選んでいたにもかかわらず、「ブロンドが好きだから」などと説明し始めるのだ。

こうした錯覚の実験から、ひとには一貫した好みがあるのではなく、「選択した」という行為がまずあって、その行為を正当化するように好みがつくられていくことがわかる。恋愛というのは、無意識に相手に魅かれた後で、「好き」な理由を次々と思いつくことなのだ。

振り込め詐欺にひっかかるのも同じ理由だ。

電話口で「オレだけど」といわれた瞬間に息子(孫)だと思い込んでしまうと、その後の話がどれほど矛盾していてもまったく気づかない。ひとは無意識のうちに、最初の判断を正当化しようとするからだ。

熟練した詐欺師はこうしたこころの性質を熟知しているから、ほとんどのひとは手もなく騙されてしまう。その意味で誰もが被害者になる可能性があるが、それでも個人差はある。

催眠術がまったく効かないひとがいる一方で、暗示にかかりやすいひともいる。欧米の研究では、人口の10~15%が催眠術にかかりやすいとされている。

進化論では、生物の特徴にはなんらかの理由があると考える。騙されやすいひとがいつも損してばかりなら、上手に子孫を残すことができずに淘汰されてしまうだろう。それにもかかわらず暗示にかかるひとがたくさんいるのは、信じることに進化論的な合理性があるからだ。人間は社会的な生き物なので、身近なひとたちを疑ってばかりいると誰からも相手にされなくなってしまうのだ。

催眠術のかかりやすさにちがいがある理由はよくわかっていないが、遺伝的な要素が関係しているとの説もある。もしそうなら、努力や訓練で信じやすさを変えるのはとても難しい。

私たちの社会には、他人の言葉を素直に信じてしまうひとが一定数いる。彼らはとてもいいひとで、健全な社会にはそのような美質が必要なのだけれど、困ったことに、それを詐欺師が利用しているのも事実なのだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.27:『日経ヴェリタス』2013年2月17日号掲載
禁・無断転載

【お知らせ】慶應丸の内シティキャンパスで講演します

 

こんにちは。

『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』が発売されましたが、ちょうど慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)さんから声をかけていただいたので、本書のテーマについてお話させていただくことにしました。

詳細は以下のとおりです。

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【講演】慶應丸の内シティキャンパス『夕学五十講』4/24(水)丸ビル7階丸ビルホールにて開催

慶應義塾の社会人教育機関である慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が主催する定例講演会『夕学五十講』(せきがくごじゅっこう)で、橘玲氏が講演します。
『夕学五十講』とは、“時代の潮流と深層を読み解く”をキーワードに、さまざまな分野の第一線で活躍する研究者・経営者・文化人・ジャーナリストなどによる講演会です。
テーマは「「日本国破産」の資産運用戦略」。ぜひご来場ください。

講演の申し込みは、https://www.sekigaku.net/をご利用下さい。
なお、ご利用にあたり、無料の会員登録が必要となっております。
開催日時:4/24(水)18:30~20:30(開場18:10)※質疑応答30分有り
会場:丸ビル7階丸ビルホール
千代田区丸の内2-4-1 JR東京駅丸の内南口より徒歩約1分
https://www.sekigaku.net/Sekigaku/Default/Profile/About.aspx
定員:300人
料金:5,250円(受講券1枚のみの場合。複数枚購入による割引あり。)
お申込み:『夕学五十講』サイト(無料の会員登録が必要です。)
お申込み受付開始:2/28 10:00~
お問合わせ:『夕学五十講』事務局
TEL:03-5220-3128(平日10:00~17:30) / FAX:03-5220-3129 /
E-Mail:sekigaku-info@keiomcc.com