“芸術”という腐った楽園 週刊プレイボーイ連載(126)


スクープは大きくふたつに分けられます。ひとつは、これまで一般に知られていなかった秘密を暴くもの。もうひとつは、誰もが当たり前だと思っていたことに対して、「それはルール違反だ」と指摘するものです。公募美術展「日展」の書道部門で、入選数を有力会派に事前分配していたという朝日新聞のスクープは後者の典型でしょう。

日本の美術界は芸術院会員を頂点とするピラミッド組織で、弟子は階級が上がるほど上納金が増え、「日展に入選するには審査員に心づけを渡し、作品を購入しなければならない」というのが常識でした。これは茶道などの家元制度を持ち込んだものでしょうが、「公募」をうたっていながら、有力会派に属していなければ入選できないというのでは、不正審査といわれても仕方ありません。報道を受けて日展は、日本画や洋画を含む全部門で最高賞の選考を中止することを決めました。

こうした問題が起きるのは、日展だけでなく日本の美術界そのものが歪んでいるからです。その根本的な原因は、「芸術」の社会的な地位が大きく低下したことでしょう――かんたんにいうと、芸術では食べていけなくなったのです。

芸術院会員というのは、その世界では神様のように扱われるようですが、名前を知っているひとはほとんどいないでしょう(私も知りません)。日本画や洋画の“大家”は、たくさんの肩書きを持っていても社会的には無名なのです。

その一方で、「芸術」に憧れるひとたちはいつの時代も一定数います。退職後に趣味で書を始めたひとは、せめていちどくらい日展に入選したいと思うでしょう。そして有力な会派に入り、審査員をしている“先生”の指導を受け、さまざまな名目で謝礼を払います。日展というのは、芸術では食べられなくなった芸術家の集金システムなのです。

こうした商売の仕組みは、美術学校も同じです。美大やその受験予備校は、芸術に憧れる生徒から高い授業料をとって、そのお金を仲間内で分配します。生徒の学費は、芸術に夢を託した親が払います。美術学校の教員が売っているのは“芸術という幻想”で、日本国内では一流とされる美大の教授でも世界の美術界ではまったくの無名です。

日本の美術業界のこうした構造を歯に衣着せずに批判したのが現代美術の村上隆氏で、「エセ左翼的で現実離れしたファンタジックな芸術論を語りあうだけで死んでいける腐った楽園」と形容しました(『芸術起業論』)。「芸術家とは芸術によってカネを稼げる人間のことだ」とする村上氏が、日本の美術界で嫌われるのも当然です。

日展は、「内閣総理大臣賞」のような国家の権威を利用して大規模なビジネスを行なってきました。師弟関係で部外者を排除し、受賞暦によって階級が上がっていくムラ社会にあるのは、仲間内の自己満足(マスターベーション)だけです。

開かれた世界(市場)との回路を閉じてタコツボ化した組織は、必然的に腐っていきます。その気になって探してみれば、あなたのまわりにも同じように「腐った楽園」がいくらでも見つかるでしょう。

 『週刊プレイボーイ』2013年12月2日発売号
禁・無断転載 

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16件のコメント

  1. 要はスポーツに例えれば、トーナメントプロが存在せず、レッスンプロだけが存在する世界ということかな?

    税金が使われてさえいなければ、部外者にとっては、別にどうでもいい話ですけどね。

  2. たくさんの参加者がいてその中からまれに天才的な人が出てくるわけですから、
    たくさんの参加者を集め、基礎的、技術的なことを教えるシステムは(業界的には)必要でしょうね。芸術で食えなくても、そのような人たちはある程度の需要があるでしょうし。
    無名教師に教えを乞うのは残念では有るけど、どちらにしても芸術性を教えるなんて事は不可能でしょう。集金システムは同じでも学校と日展は別問題だと思うな。

  3. 腐った日展を浄化し光り溢れる美の世界を再生するにはたった2つの手順を実行するだけでよい。

    (1)応募作品の作者の名前が判ってはいけない。
      (事務局でシリアルNo.を振ってそれのみ表示する。
       審査員はリストを見ることは出来ない。事務局と審査員は接触禁止。
       これによりだれそれの作品と言うことでなく純粋に作品の力のみが評価される)

    (2)審査員は弟子や会派を持ってはいけない。
      (一切のしがらみを持たず純粋に作品に向き合う事ができるようになる。
       また弟子からの上納金ではなく自分の作品だけで食べていける
       真の実力者のみが審査員になれる)

    さ~~て出来るかな?

  4. そもそも日本の美術なんか横山大観の時代から高級老舗デパートの美術部が値段を付けてくれるもの。そこで“この先生は日展では何回……”という一種の鑑定書が付くわけだ。

    ある意味、ちょろい世界かもしれない。だれがボスか芸能界以上にわかりやすいクリアな世界。

  5. 本邦最大の腐った楽園は、か・す・み・が・せ・き 。
    行政府なのに実質的に立法し、司法のごとく裁量し、自分達で給料を決める、
    天下り先も用意できます。

    そのうち、中共官僚を超え、北朝鮮官僚を凌ぐでしょう、いやマジで。
    私の下らないタワゴトが実現しませんように・・

  6. どうなのかね? こういう組織ピラミッドって、芸術に限らないと思う。

    会社組織だって、実力のある人が上に必ず登るわけじゃないでしょ?

    日展だって、単に受賞者の数を割り振っていたというだけで、無能な人に
    割り振っていたわけではないでしょう。

    美術にしても音楽にしても、難しい時代だと思う。技術は開発され尽くしてい
    るように思う。例えば、何十年も前に亡くなった音楽家の演奏が未だに、一番
    良かったりする。こういう時代に音楽家になるのは大変だ。乗り越えなくて
    は意味がないとすれば、虚しい仕事になる可能性がある。昔は、録音がなかった
    ので、生演奏ができるだけでも演奏家の意味があった。録音で満足してしまう
    人がいれば、生演奏には意味がなくなる。

  7. 4の方の話しを広げると、平気で「人間国宝の○○先生、危篤状態らしいです」と画廊からの情報を伝える販売員がいます。芸術における世界的な習性、著名な先生の死後の作品=価格が跳ね上がるの展開待ちはまさに下衆の極みでしょう。当然それが嫌で、版画商法で細かく稼ぐ先生や画廊もいます。
    また○○会に属しながら先生からの出展への推薦を受ける生徒の様は、一攫千金狙いの投機にも似た感があります。別に食えなくていいという割りきりの元、最終一攫千金さえ出来ればそれでいいわけです。ではその千金は何かといえば、富裕層の資金なんですよね。彼らを騙す・・・もとい絵を売り込む為に、画廊やスポンサーに認めてもらう、その輩の出す提示が「賞入選何回」であり「○○派」所属であるわけで、画家の卵達はとかく有力な先生探しから始めるという図式なりマニュアルがある、実際そこからずれて動いても日本の画廊は相手してくれません、またデビューしても売れないと即ポイだそう。これは本当に画家デビューした方の実話です。悪徳な奴は、画家に自殺をほのめかす事もする。

    海外のオークションにおいて使われた絵の具が一億円するわけでなく何百億のお金が動く絵もある・・・そんな要素を重きに彼らの心がビジネスのみに動かされている以上、一枚(点)物系の芸術は、画家の短命や作品数が少なくなるようにと、何か呪うかの如く監視しされながら現場はわびしく虚しい現状が続き、個人的な感性はどうでもよい次元に向かう事でしょう。とかく落札価格が高ければ絶対的に良い作品なんですから、彼らの世界では・・・ほんと腐ってるんですよねw

  8. 音楽も同じだ
    音大入るには 音大の助教授や講師にレッスンを受け、教授を紹介してもらい教授にもレッスンを受け、そして入学するとまた教授…そしてそのグループに入り演奏会という集金システム。
    延々とつづいていきますなー

  9. 高齢のODの職場を確保することが目的で、大学院の重点化政策をやり、その結果
    国費の無駄遣いばかりではなく、より重大な余剰博士問題を発生させた。
    法科大学院も同様。実務家養成なのに、教師は実務の経験のない単行法の専門家が
    ほとんどで、これは旧来からの法学の高齢ODの救済策。
    騙された方にも落ち度があるが、高価な国費で養成されたワープア(又はニート)が
    大量に発生。

    純粋な芸術は、国費をあまり使っていない分、これらに比べれば害が少ない。

  10. 現代のバザールにおける美術、つまり現代美術って少しずつ価値観が変わってるような。ヴェネチアビエンナーレでキュレーターがDJ感覚でピックアップしてくる面白さ。
    日展受賞歴で付加価値をつけるのも一手段だけど、ネットもあればLCCもある世の中で芸術家がマーケットアクセスするハードルは低くなってる。
    日本の美術は終わってるのかもしれないけど、世界を目指せば面白い事起きるかも。価値転換が起こりつつあって、今が始まりみたいな感じが僕はしています。

  11. 記事は内容がなく、個性もなく、つまらないものだが、週刊誌のフォーマットに合わせるのはお上手ですね(笑)。
    読んですぐ内容を忘れるような実に無色な記事、という感想しかない。
    日本の「腐った楽園」は、世界規模で見れば相当クリーンな閉鎖的組織といったところだろう。
    個人・企業・業界・国家すべてのレベルにおいて、腐った楽園の住人は政治力だけ強く、市場競争力のない情けない連中。まあ、個人的にはどうでもいい世界だな。

  12. 音大も同様。
    先生の演奏会のチケットノルマに始まり、各種贈物、お礼、楽器も先生がキックバックをもらえる楽器屋での購入が義務。

  13. 日展批判は同感です。
    でも3番の方も書いていますが、学校と日展を同じにしちゃいけないと思いますよ。
    美大受験では、ちゃんと誰が描いた絵かはわからないようになってますから。
    大学の授業料の妥当性については私にはわかりませんが、それが相当に必要以上であって、在籍学生が受けられる何かしらの対価が余程授業料には見合わず、給料に分配されてるなら、それは問題かもしれませんがね。それに、芸術家として有名な人が必ずしも教育者や研究者などとしても優れているとは限りません。実績の積み方、評価のされ方は人ぞれぞれですから。

    とは言え、この記事全般を批判しているわけではありません。むしろ同感です。

  14. 佐野氏のエンブレム問題でこのコラムを思い出した。
    協会を中心とした同じ様な村構図に加えて、広告代理店が絡む
    巨大なビジネスとなると、日展の比ではないでしょう。

    ネットに載っている登場人物相関図を見ると、まるでオリンパスの様だ。

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