「差別のない明るい社会」を目指してほしい 週刊プレイボーイ連載(174)

なんのためかよくわからないまま衆院解散が決まりましたが、政党同士の足の引っ張り合いにつき合っていても仕方がないので、ここでは候補者たちに託したい前向きな提言をしてみましょう。

一般にリベラルとネオリベ(新自由主義)は、結果平等を求めるのか、機会平等でじゅうぶんだ(結果が不平等になっても構わない)とするかで分かれるとされます。しかしどれほどリベラルでも、私的所有権を否定する共産主義の理想社会(グロテスクなディストピア)を目指すひとはいないでしょう。一方、貧しい高齢者が餓死するのを見て、「機会は平等だったんだから自己責任だ」と突き放すネオリベもいないはずです。現代の政治的対立とは、同じ価値観を持つ者同士が、どこでバランスを取るかでいがみ合うことなのです。

しかしそれでも、機会が平等でなければ結果の平等もあり得ないわけですから、社会から差別をなくすことはあらゆる(民主的な)政治思想に共通の理想です。しかし現実には、日本ではいまだに多くの差別が放置されています。

「差別」というと「朝鮮人を殺せ」と連呼する集団を思い浮かべるかもしれませんが、もっとも広範な社会的差別は終身雇用・年功序列の日本的雇用が生み出すものです。このローカルルールは日本人(日本採用)の正社員にしか適用されませんから、日本企業は海外での現地採用を平等に扱うことができません。これが人種や国籍による差別と見なされ、優秀な外国人社員が数年で欧米系企業に転職していく原因になっていることは、海外法人の採用担当者なら誰でも知っていることです。

また終身雇用は、定年に達した社員を強制的に解雇する制度ですから、これは年齢による差別以外のなにものでもありません。採用にあたって年齢で選別することは法で禁じられていますが、新卒採用の年齢制限は「日本的慣行」として適用除外にされています。

派遣法の改正では「派遣社員の正社員化」が目指されましたが、どのような働き方をするかは労働者の選択に任せればいいのですから、これは大きなお世話です。問題なのは「正規」と「非正規」で同じ仕事でも待遇が大きく異なることで、これは「現代の身分制」というほかありません。

そのうえ日本の会社はサービス残業という滅私奉公で社員の忠誠度を判定しており、子育てをしながら働く女性が管理職に昇進することは至難の業です。それに加えて政府は、配偶者控除や(専業主婦の社会保険料を免除する)第三号被保険者制度で女性の労働意欲を制度的に奪っており、その結果日本は、男女平等ランキングで142カ国中104位という“後進国”になってしまいました。

少子高齢化の進展で、日本経済はこれから労働力の枯渇に悩まされることになります。そんなときに、会社に生産性の低い労働者を囲い込んで失業率を下げる政策は時代遅れです。いま必要とされているのは、生産性に見合った賃金でいつまでも働けるようにすることと、金銭による整理解雇を認めて不要な人材を労働市場に戻し、有用な人材として再雇用される仕組みをつくることです。

これはべつに過激な提案ではなく、北欧諸国では当たり前の“世界標準”の労働制度にすぎません。党派を問わず、政治家にはまず「差別のない明るい社会」を目指してほしいものです。

『週刊プレイボーイ』2014年12月1日発売号
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今回の選挙で日本の未来が見えてきた? 週刊プレイボーイ連載(173)

安倍首相が年内の衆院解散・総選挙に踏み切りましたが、これは首相の政治家としての資質、というか性格をよく表わしています。それをひと言でいうなら、「嫌われたくない」です。

消費税引き上げは、民主党・野田政権時代に、野党の自民党・公明党と結んだ三党合意によって、来年10月から10%とすることが決められました。この合意には「景気弾力条項」があり、経済状況によっては引き上げを停止するとされていますが、その決断の時期が迫っていたのです。

この状況を、首相の立場になって考えてみましょう。

14年4月の8%への消費税引き上げは民主党が決めたことです。自民党も容認したとはいえ、当時は谷垣総裁ですから、消費税増税を後日批判されるようなことになっても安倍首相はいくらでも言い逃れできます。それに対して10%への引き上げは首相の判断に任されており、言い訳はききません。増税を喜ぶ国民はいませんから、今度は自分が憎まれ役にならなければならないのです。

望ましいのは増税を止めてしまうことですが、景気弾力条項で想定されているのはリーマンショックのような経済危機で、アベノミスクで「好景気」をアピールしている以上、この方便は使えません。それでも増税を延期すれば、野党から「(三党合意を反故にした)嘘つき」呼ばわりされることは避けられません。これはプライドの高い首相にとって、我慢できない状況でしょう。

ところが10月31日の日銀の追加金融緩和によって、思いがけず円安と株高が進みました。これによって、「選挙で信を問う」という都合のいい道が開けたのです。「嫌われたくない」安倍首相が、この千載一遇の機会を見逃すはずはありません。日銀は消費税引き上げを後押しするつもりだったのでしょうが、体よく利用されていい面の皮です。

与党内でも批判があるように、今回の衆院解散は胡散臭さが否めません。それは誰もが知っているように、いずれは大幅な消費税増税が避けられないからです。

年金や医療保険の大盤振る舞いを続け、「景気回復」を旗印に公共事業でお金をばらまき、財政赤字でも増税せずに国債を増発して1000兆円を超える天文学的な借金を積み重ねたのは歴代の自民党政権です。財政の専門家のあいだでは、財政破綻を回避するためには消費税率を北欧並みの20~25%に引き上げる必要があるということで意見が一致しています。

もちろん、金融政策と経済成長で税収が増えれば問題は解決する、というひともいます。しかし今回の選挙で、首相自ら「成長戦略の要」と位置づけていたカジノ法案や改正派遣法、女性活用法案の成立はすべて放棄されました(そのうえ野党が消費税先送りを容認したことで、選挙の争点すらなくなってしまいました)。

8%への消費税増税は、汚れ仕事を民主党に押しつけ、責任を免れることではじめて可能になりました。10%への引き上げは17年4月への1年半の先送りが検討されているようですが、そこでほんとうに増税できるかはわかりません。「嫌われたくない」政権が消費税引き上げを決断できるのは、都合のいいスケープゴートが見つかったときだけなのです。

もっともそんなにウマい話が転がっているわけはありませんから、私たちはこのまま日本の財政赤字がとめどもなく膨張していくことを覚悟したほうがよさそうです。

『週刊プレイボーイ』2014年11月25日発売号
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第46回 日本に適した発電とは (橘玲の世界は損得勘定)

再生可能エネルギーを固定価格で国が買い取る制度(FIT)で混乱が続いている。電力会社が送電網の不足を理由に新規の受け入れを凍結し、事業者に不安が広がっているのだという。

問題が起きたのは太陽光発電で、買い取り価格が風力や地熱などと比べて高い。買い取り期間は10年で、「敷地を確保し太陽光パネルを安く仕入れれば確実に儲かる」といわれていた。なんといっても国が太鼓判を押しているのだから……。

企業だけでなく個人も億単位の資金を注ぎ込んだというから怒るのも無理はないが、その一方で「お上」の話を無条件で信じるのもどうかと思う。まともに考えれば、こんな制度が成り立つはずはないのだから。

福島第一原発事故を受けて、民主党政権は化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を掲げた。経産省は事業者を集めるため、当初の買い取り価格を高く設定して期待を煽った。

だが事業者から割高な電力を買わされる電力会社は、当然、その分だけ電気料金を引き上げる。現在はその額が標準的な家庭で年2700円だが、経産省が認可したすべての施設が稼動すると、1家庭あたりの負担は1万円を超えるという。こんな値上げは政治的に容認できないから、計画が破綻するは最初からわかっていたのだ。

太陽光や風力発電の割合を増やす方針も疑問だ。

太陽光発電のモデルケースとしてスペインが挙げられるが、地中海性気候は雨が少なく日照時間が長い。それに対してモンスーン気候の日本は、高温多湿なうえに雨季もあるため、発電効率はスペインの半分しかない。

風力発電はドイツやデンマークがモデルケースだが、北緯50~60度にある北海は強い偏西風が吹く。一方、日本列島はそれより南の20~45度に位置していて、風力発電に適した場所はほとんどない。

もともと日本は、太陽光や風力発電に向いていない。これは専門家の常識だが、政府や経産省は科学的な議論をいっさい無視して高額の買い取りに猪突猛進した。

それなら日本は、これからも化石燃料と原発に頼りつづけなくてはならないのだろうか。そんなことはない。火山の多い日本には、有望な再生可能エネルギーとして地熱発電がある。

だったらなぜ、国は地熱発電を推進しないのか。それは火山地帯が温泉観光地になっていて、地元の反対で発電所の新設が不可能だからだ。

こうして現実的な発電方式を放棄した結果、できもしない事業に多額の予算を注ぎ込むことになった。しかしそれでも、まだ方策はある。

発電が必要なのは電気が足りないからだ。そう考えれば、もっとも効率的な「発電」は節電以外にない。日本の電気使用量はデフレ不況でも増え続けており、専門家の試算では、それを80年代末のバブル期の水準に戻すだけで原発はいらなくなる。

こんな簡単なことが実現できないのはなぜだろう。それはもちろん、節電では誰も儲からないからだ。

参考文献:川島博之『電力危機をあおってはいけない』

 橘玲の世界は損得勘定 Vol.46:『日経ヴェリタス』2014年11月16日号掲載
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